403 第24話06:海獣
ざわめきが伝播するように兵士たちが動揺し始めた。
「な、何だあれは!?」
「デカいぞ! 何のモンスターだ!?」
指揮官であるランバートとレイルウォードは声こそ出さなかったが、両者とも眼を見開いたままで、部下たちと同様に驚愕しているようであった。
『むうっ、虎丸! クラーケンとは何だ!?』
ハークとてこの一年でいろいろ学んできたが、さすがに全てではない。ギルド寄宿学校でも、モンスターへの知識を修める魔生物科は専攻していなかった。全て
『ご主人! クラーケンとは、もうエルザルドやガナハ並みに伝説級の魔物ッス!』
『ひゅーじクラスのドラゴンと、同等だというのか!?』
『そう考えて欲しいッス! オイラも今まで見たことも、もちろん戦った経験も無いッスけど、結構有名な魔物ッス! それに、その中でも実力は格別の相手ッス! で、でも、クラーケンって海に生息するモンだと思ってたッス!』
ここで起動したままであったエルザルドからの注釈が入る。
『虎丸殿の言う通りで、クラーケンは本来、深海に生息する蛸型モンスターだ。しかし、ここは湖でも、多量に塩分を含んだ塩湖でもある。昔は海に繋がっていたから、それほど不思議な話でもないぞ』
その言葉の中に気になる台詞があり、ハークが口を挟んだ。
『待て、エルザルド。蛸型と言ったか?』
ハークは前世で、本当に星の数ほど見た蛸の姿を思い出していた。
『うむ、そうだ』
『蛸、ということは、あの馬鹿デカいのは頭部だけか!?』
『その通りだ』
『……あの下に足があるというのか、八本も!?』
つまりは、今見えている部分は、たかだかの一部にすら過ぎないということである。
『気をつけるのだ、ハーク殿、虎丸殿。恐らく全長は生前の我より大きいであろう。恐らくレベルもそれに見合ったものだ。五十は超えている可能性もある』
『五十!? 虎丸、どうだ!?』
『はいッス! 今見えたッス! レベル……五十四ッス!』
『……!?』
さすがのハークも一瞬絶句するしかなかった。何と、あのモログよりも高いレベルの魔物であるというのだ。
即座にランバートへとクラーケンのレベルを伝えようと口を開きかけた時だった。ボバッサが叫んだ。
「さあ、俺を喰え!! 『バケモノ』!!」
ハークを含めて、この時既に油断なく臨戦態勢へと身も心も整えられ、完了していた者たちは多い。
が、これまたハークを含め、出現させた
思いっきりハシゴを外された形ともなって、全員の行動と次への判断が一拍遅れる。
その隙を突くかのようにクラーケンの巨大な顔面の下から、超大な蛇の尻尾にも似た物体が素早く伸びた。
それが蛸の足、つまりはクラーケン八本足の内の一本であると認識できていたのは、この時点でハークだけだったかも知れない。
更に、もしその足が自分らに襲いかかってきたならば、危機感により鍛えられし反応も、しっかりと示せたにも違いない。
しかし、そのクラーケンの足はボバッサへと向かい、彼の身体を絡めとると軽々と運んだ。乱立する杭のような牙が並ぶ、人一人を飲み込むなど簡単そうな口へと。
そして、躊躇の無く彼の下半身に食らいつく。
びしゃあっ、と鮮血がほとばしった。
「ぐっ……ぎゃああああああああああああああああああああああああああああ!」
ボバッサの絶叫であった。
ここまでを半ば他人事、いや、現実感の無い映像の如くにも眺めていた者たちは、国王だろうと第二王女だろうと、或いは元宰相だろうと第三将軍であろうと、そして辺境卿であろうとも等しく何事が起きているのか理解し切れていなかった。
クラーケンは尚一層、自身の中へと食物を
バキボキベキという、耳にするだけで虫唾が走る音はボバッサの腰骨が粉砕される音であろうか。
「うげえぇええ! あぎゃああああああああ! ……ハッ、ハハハハハハハハハハァ!!」
「なっ!? 一体何をしている、ボバッサ!?」
激痛に耐え切れず、突如狂ったかのように笑い出したボバッサへと、動への問いを発したのはそのボバッサに最も立場の近かったアレスであった。
しかし彼は、そんな直属の上司に視線を向けることはなく、血の泡を吐きながらも笑い続け、叫び続ける。
クラーケンの牙の脅威は、もう上半身に達していた。
「ブ、ブブブバババババァ!! ガハハッゲッボォ! ごろじでやる! ごろじでやるぞぉお!
そこまでの呪詛の言葉をぶちまけたところで、ボバッサは急に黙り、言葉の代わりに血の塊を口から吐いた。視ればクラーケンの牙が胸にまで到達している。
糸の切れた人形のように全身の力を失ったその身体を、魔物は
来る。誰もがそう思った。だがしかし、ぶよぶよの巨体はここで動きを止めた。
まるでぼうっとしているようである。
この状況に、ハークは兎も角、彼の相方には憶えがあった。
『ご主人、あのクラーケンの動きに、どことなく思い出すものがあるッス。あの時の、最後のドレイクマンモスの姿を……』
虎丸の言葉は、すぐさまハークの苦い記憶をも想起させた。ソーディアンの地で互いに望まぬままに戦った、憐れな操り巨獣のことだ。
『むうっ? ……ということは、あのクラーケンも!?』
半年ほど前に戦い、ハークがその命を最終的に奪うこととなったドレイクマンモスは、『ラクニの白き髪針』にて操られていた。ということは、今目の前にいる存在も同様ということなのか。
ここで、改めてのエルザルドからの説明が入った。
『大体の状況が掴めたぞ、ハーク殿。この地方の塩湖にクラーケンが生息していたことは決しておかしいことではないが、ここまでの高レベルという情報は生前の我にも無かった。あのボバッサというヒト族の男がクラーケンに命令を発していた以上、あの男が実際に操作していたのは明白。そして、虎丸殿の感知能力でも、本来この王城内に潜んでいる筈のボバッサ以外帝国人の存在を察知することができないということは……』
それを聞いて、ハークの頭の中に不穏な予想が浮かぶ。
『まさか……、喰わせたというのか!? 仲間を!』
『恐らくはそうだ。いや、ほぼ間違いあるまい』
嫌な気分となり、ハークは思わず顔をしかめた。珍しく悪態すら吐きたくなってしまったが、状況がそれを許してはくれない。
ランバートやレイルウォードと並ぶ兵士たちの隊列より震える声が聞こえたからだ。
「レッ、レベル五十五です……!」
上官の指示により『鑑定法器』をクラーケンに向けていたのだろう。出た鑑定結果を伝えていた。
しかし、ハークの記憶が正しければクラーケンのレベルは五十四であった筈だ。
『虎丸……!?』
『ご主人! あの兵士の言う通りッス! あのクラーケン、レベル五十五に
『何!? あのボバッサを喰ったからか!? それでも早過ぎないか!?』
『ハーク殿、魔物は元からレベルの上昇と定着が早いのだが、軟体系の魔物はその柔軟性からか更に早いのだ! 気をつけてくれ!』
立て続けの状況変化。だが、事態は転がるように悪い方向へと推移する。
この場、王城の中庭には、ごく一般の見物客も訪れていたのだ。
彼らが恐怖から声を上げ、逃げ出そうとするのは必然であった。
その当たり前の反応に、命令を下す主を失って呆けていたクラーケンが反応したのも、また必然だった。
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