397 幕間㉔ スカイフォール②




 彼女の全感覚と連動した魔力が全身を駆け巡り、必要な情報をピックアップする。

 その中の一つに気になるものがあった。


『え? 『ラクニの白き髪針』!?』


 『ラクニの白き髪針』というのは、亜人種ラクニ族が造り上げた、他者をある程度のレベルを超えても支配できる強力な呪物である。

 この知識を交え、『可能性感知ポテンシャル・センシング』が瞬時に結果を導き出した。


(どこかに生息していたジャイアント、或いはギガントリザードに『ラクニの白き髪針』を使用、その後、この場所を中心地点として周囲八十キロメートルに渡り侵入する他生物を片っ端から殺して食べ、成長するように命じた可能性が最も高い。期間はおよそ星の一周分……。……つまりは、いつか訪れるエルザルド爺ちゃんの死の真相を探ろうとする相手への……、ボクへの刺客!)


 ただ、『森羅万象サーチ』との連動で、気になる計測結果も出ていた。

 『ラクニの白き髪針』は、それを作成したラクニ族にとっても大変に貴重なものである。

 だからと言って全く使用しないままでは正に宝の持ち腐れなので、ラクニ族とて一定の周期で消費していたが、そこから逆算すれば残り本数は世界規模から見ても三本から四本。

 上記呪いの針は、ガナハが出会った人間種で信頼に足る者たちと敵対するヒト族が組織的に使用したという記録がある。


 だとするとこれで二本目。そう考えるとラクニ族の秘宝を、他種族に在庫の半分かそれ以上に供出したことになる。

 ラクニ族は相当に気難しく、強情である。そんな彼らに秘宝の半分以上を出させるなど、彼らを生み出した魔族でなくては、相当実力的に強大でなくてはおかしい。


「キィイイオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 まるで金切り音のような鳴き声を上げたバジリスクが突っ込んでくる。噛みつき攻撃だろう。体格はガナハの二倍以上。生前のエルザルドにも近い大きさだった。


『ひょい、っと』


 素早く左に横っ飛びして、ガナハはバジリスクの突進を難無く避ける。とはいえ、悠長に思考に沈んではいられる暇は、今はないらしい。


 ガナハは歯を剥く。にやりと笑ったのである。


『ふぅーん……、魔法が使えなくて、飛べなくなったボクなら楽勝、とでも思ったのかな? だとしたら……、ナメ過ぎだね!』


 バジリスクは続けざまに尾を振るった。先の突進よりも速い。

 鞭のようにしなった一撃が空間を削るかのようにガナハを襲撃していたが、すでにそこに彼女はいなかった。


 バッシュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ……!!


 圧縮して溜めおかれていた空気が、ガナハの手足より凄まじい勢いで噴出されていた。

 そして彼女の身体は、バジリスクの頭上、地上二十メートルの位置にあった。

 そう。

 飛翔していたのである。


 ガナハは、実は三種の属性での『龍魔咆哮ブレス』を使用可能だが、その中でも最もコントロールが効いて尚且つ威力が高いのは風属性の超爆裂衝撃波ビッグブラストソニックだった。

 ただ、この風属性に限り、威力は何段階も落ちるが、手足の先からもガナハは発射を可能としていた。


 ガナハは、空を自由自在に飛び回る五千年の内に自分自身の肉体を進化させ、四肢の付け根に極々小さな『龍魔咆哮ブレス』袋を形成していたのである。

 これにより、攻撃力こそガナハの普段の攻撃力からすれば無きにも等しいが、翼や風魔法だけでは絶対に不可能な、無茶な挙動が行えるようになっていた。

 副次効果として、何らかの理由で風魔法が継続使用できなくなろうと落下せずにある程度飛行を続けることができるし、今のように、ごく短時間ならば飛翔も可能とすることができていた。


「キィイイアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 バジリスクが上を向き、カパリと大口を上下に開いた。火炎放射を行う気なのだろう。

 上空に留まるガナハへの攻撃手段としては適確かも知れない。

 だが、悪手だった。


『悪いケド、これで終わり!』


 狙いを定めるバジリスクの視界から、ガナハの姿がかき消えた。

 レベル七十五モンスターの動体視力にすら捉えられることの全くない速度で、彼女は開かれたバジリスクの口の至近距離に到達していた。

 そして、ほぼ零距離にて発射される必殺の『龍魔咆哮ブレス』、超爆裂衝撃波ビッグブラストソニック


 周囲の『封魔石』に効果を邪魔される暇もなく、バジリスクの内部へ入り込んだそれは、阻む鱗や甲殻の無い体内より敵を爆散させた。





『良かった。ガナハが無事で』


 表情や声音からは全く判らないが、アズハの真心とも言うべき気持ちはガナハにありありと伝わった。

 と、いうのも、アズハは今回の『ガナハ現場調査作戦』において、ガナハのバックアップを務めていたのである。

 そうは言っても、黒幕が手を出しやすいように、ワザと距離を空けておいたのだ。


 ただ、嫌な『予感』に心配したアズハが全速力で飛んで来てくれたのは良いものの、慌てた所為かすっかり『封魔石』の存在を忘れており、途中で揚力を失った彼女はそのまま派手に墜落していたのである。


『あはは……。ゴメンね、心配かけちゃって。アズハの方こそ無事?』


『ん』


 アズハはコクリと肯く。

 実際、最高速で超高度より地面に激突し、墜落痕を作った彼女の肉体に些かの傷もありはしない。土埃に塗れている程度だ。最強種の頂点の一角は、伊達ではない。


 それにしても、アズハの慌てようはガナハにとっても意外であった。

 しかし、よくよくと遡って思い出してみれば、アズハは普段こそ無表情無関心で、何よりも怠惰であるが、決して情の薄いドラゴンではない。


(そういえばそうだったよね……。アズハは二百年前のヴァージニアの息子さんの決戦にだって、ちゃあんと協力したんだから……)


 ガナハはまるで昨日のことのように思い出す、あの時も音頭を取ったのは今回と同じアレクサンドリアと、今は亡きエルザルドであった。そして、世界は変わったのである。そのハズであった。


『どした? 何か考え事?』


 はっと気づくと、アズハがこちらを覗き込んでいた。一瞬だけだが、自分の考えに意識を沈みこませていたらしい。


『ああ、ゴメンゴメン。ちょっと昔を思い出してた』


『そか。それにしても、さっきの敵は結構いやらしかった。ガナハは一撃で倒せたけれど、もし私だったら負けないにしてもちょっと難しいことになってた』


『あ、そっか。そうだったね。アズハの攻撃手段はかなり魔法主体だったんだっけ』


『そ。オマケに私は凍結の『龍魔咆哮ブレス』しか吐けない。肉弾戦も得意じゃない』


 得意じゃない、というより経験が少ない、の方が正しい。アズハは凍結の『龍魔咆哮ブレス』で相手の動きを止め、魔法で仕留める戦闘スタイルのため、接近戦となること自体がない。そもそも無駄な戦闘を忌避する性格なので、戦いの機会が極端に少ないものであるが。


 とはいえ、アズハは怠惰なだけで、戦闘センス自体は高い。

 魔法が封じられて肉弾戦を行うハメになっても、即座に順応できるとガナハは予測している。特にガナハと同じように『可能性感知ポテンシャル・センシング』を使用できるのが大きい。


『ま、何にしても相手はボクたちの行動を予測して、手を用意していたね』


『ん。しかも、結構メンドクサイ手。敵はかなり頭が切れると思う』


『そうだね。さっ、アレクサンドリアのところに戻ろう。今後のことを相談しなきゃ』


 頷き合う二体のドラゴンは、南に向かい連れ立って走り出した。まずは『封魔石』の効果範囲外に出ねば、ガナハはともかく、アズハは飛び立つことができないからだ。


 この時、自分たちを見つめる何者かの視線を、ガナハもアズハも感じていたが、どちらも言及することなく視線だけで伝えあっていた。




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