第24話:TWIN ICON

398 第24話01:And Now It’s Our Round




 大国であるモーデル王国が初期より推し進め、今や西大陸の周辺国で広く、そして多く真似される慣習、決まり事の一つに『模擬戦争』というものがある。

 読んで字のごとく戦争を模した疑似戦争。言わば、戦争ではない偽戦争のことを表している。


 極々単純に説明してしまうと、一切戦いの無い、一滴の血さえ流れない戦争に似た闘争である。そしてこれが、今日でのモーデル王国の、特に都市部でのレベル偏重を促し、加速させた最大の要因となっていた。


 『模擬戦争』とは、たとえば領地持ち同士の貴族が何事かで揉め事を起こし、それが討論や個人同士の間ではどうしても決着のしようがない場合に開催される、イベントのようなものであった。

 その貴族本人たちを大将とし、互いに百名対百名の精鋭を選出し合い行う。場所は大抵野戦を想定して広大な草原などの野外で、そこに大将役を含めた計二百二名が戦の正装、つまりは武器や鎧兜を含めた完全武装状態で開催される。


「ただし、彼らは武器を実際に使うことはありません。これは庶民にとってはたまの娯楽、一大イベントなのですよ」


 事情を良く知らぬハークに、第二王女アルティナ陣営の会議用テントの中で『模擬戦争』の詳細を説明しているのは、この国の元宰相アルゴス=ベクター=ドレイヴンであった。

 ちなみに、今の同テント内にはハークを出迎えた仲間たちを始め、祖父ズース、ランバート、さらにはドナテロや王国第三将軍レイルウォードを始めとした第二王女陣営所属の主要貴族たちが全員集結していた。


 第一王子アレスからの要求に対する対応を協議中であったのだ。

 その大事な会議を中断してまでハークに今、説明を行っているのだが、文句をつける者など誰もいない。

 皆、ハークの重要性を理解していた。


「一台異弁当……。つまりは、ワレンシュタイン領で行われた『特別武技戦技大会』のようなものでございまするか」


「そうですね、その通りです。危険もありませんから、観戦も自由に行われます」


「ふむ。しかし、全く戦わずに、というのであれば決着というか、勝ち負けの判定には何を?」


「これを使います」


 アルゴスが取り出したのは、ハークもよく知っているサイコロであった。ただし、ハークの知識にあるサイコロより随分と出来が良く、何故か一の数字を表す目のところだけが赤く塗られていた。


「これで?」


「はい。会敵したら互いにこれを振り、数の大きい方が勝利となります。負けた方は死亡扱いとなり、その場に座りこみ『模擬戦争』が終わるまでそのままです。ちなみに同数となると相打ちとなり両者が死亡扱いになります。これを、どちらかの大将が負けるまで続けるのです」


「ほう。戦の結果は兎も角、個人の闘争は運任せになる訳ですか」


「それがそうでもないのヨ」


 隣に我が物顔で座るヴィラデルが、例によって話に加わってきた。


「ええ、ヴィラデルディーチェ殿の仰る通りです。実際にはここに、会敵した両者のレベル差が関わることになります。レベルの高い方が有利となり、サイコロで出た数字にそのレベル差分が加算されるのです。具体例を挙げますと、レベル三十とレベル三十一の対戦となり、両者が振ったサイコロの目が四で同数だった場合、同レベル同士であればここは相打ちとなり両者死亡扱いとなる筈ですが、レベル三十一の方がサイコロの出た数にプラス一となり合計五と数えられて勝利となります」


「ぬう。と、なると五レベル離れたら……」


「ご推察の通り、レベルの低い方に勝ち目は無くなります。六に対して一の目が出ても相打ちの痛み分けが精々です。さらに、六レベル以上離れると二回連続で六対一の目が出なくては相打ちにも持ちこめません。ほとんど不可能と言えるでしょう」


 ここで、再度ヴィラデルが口を挟む。


「ま、それだけ離れたらヒト族の常識的にはムリ! って考えちゃうのも解るんだけどね。とにかくこれが、この国の特に中央部で高レベル偏重主義みたいなのがまかり通った原因みたいなものね。こっちの方ではそもそも高レベル同士での戦闘自体が少ないから、実戦値をあまり知らなくとも無理はないワ」


 ヴィラデルが言いたいのはつまり、辺境領ワレンシュタインなどとは逆に、王都に近ければ近いほどに高レベルなモンスターがいなくなるので、高レベルな兵士や冒険者は近いレベル帯での戦闘を行う機会がなさ過ぎて、実戦での詳細な戦力を測るのが難しいということなのだろう。ハークはそう理解した。

 このヴィラデルの批判とも受け取れるような言葉を受けて、ではないだろうが、アルゴスは表情を変えぬままに、少し謝罪めいた声音と口調に変わる。


「ワレンシュタイン領オルレオンで行われた『特別武技戦技大会』を始めとして、数々の戦いでレベル差をいとも簡単にはね返したハーク殿の功績は、私も存じております。ただ、こちらは一般論に基づいたものでして……」


「自分の戦績が規格外であるのは、この一年で散々実感させられました。問題ございませんよ。しかし、そうなると『模擬戦争』で重要視するのは策でも運でもなく、参加する者たちの平均的なレベルということになる訳ですな。と、すると、国内での揉め事用として高レベルな者を高禄、いや、高額で、まるで用心棒のように召し抱えておく、というのも有用な施策の一つともなりましょう」


「その通りです。今は、まァ、何年かに一度程度ですが、まだ法器が現在ほど普及していなかった頃には、川の上流と下流に位置する領同士で頻繁に争うことも珍しくありませんでした」


 並み居る貴族たちの何人かが表情を変えたり、顔を俯けたりしている。

 憶えがあるのだろう。ハークの前世でも、水源の確保は充分に戦の理由になったと聞く。水田を始めとして、農作物には特に不可欠だからだ。それも、水を生み出せる法器さえあれば、ある程度解決できたということなのだろう。


「成程。しかし、何故アレス王子が、その『模擬戦争』をアルティナに吹っかけてくることになったのですか?」


「実は、この『模擬戦争』は、王座が移動する際の『継承の儀』においても、その一部として該当しているのです。新たに王座へと就く者が戦争に弱くては、国民が不安になりますから。また、退任なさる先の王自ら、新しき王の手腕を試す機会でもございます。ただし、本来はあくまでも形式的です。本気を出せば、経験の長い先の王が勝利してしまうのが普通ですからね」


 ここで、貴族たちの代表のような位置に座っていたロズフォッグ領領主ドナテロ=ジエン=ロズフォッグが、最早我慢ならぬとばかりに参加する。


「アレスはこれを持ち出し、未だ療養中と国民には伝えられている現国王陛下の代わりを務めると言い出したのです! まるで自分が前国王であるかのような不遜の極み! しかも、自分が占拠していることを良いことに、よりにもよって王城を場所として指定してきました! つまりはアルティナ殿下が、寄せ手として攻めてこいというのです! こんな条件は断じて受ける必要などありませんぞ、アルティナ殿下!」


 憤懣やる方ないといった状態の彼を、アルティナがなだめる。


「落ち着いてください、ロズフォッグ卿。それをこれから皆様で協議するのでしょう?」


「や、これは失礼しました……。いや、しかし! 私はアレス王子が『模擬戦争』中の混乱に乗じて、王都を脱出し、帝国に亡命する気なのではないかと考えておるのです!」


「なるほど、ロズフォッグ卿のご意見ごもっともだと私も思います。……ただ、アルゴス様、私が今回の兄の挑戦を断れば、今後において、どんな悪影響が発生すると考えられますか?」


「はい、殿下。理由なくこれを断るのは悪手であると考えます。国民その他、事情に明るくない他国の者たちには、殿下が兄アレス王子の挑戦を逃げたと捉えられかねません。我ら臣下は等しくそんなことはないと解ってはいても、我が国から譲歩を引き出したい他国は、この事をことあるごとに持ち出し、攻めてくるでしょう」


 アルティナは、ふう、と溜め息を吐く。


「弱腰と謗られるワケですか。ロズフォッグ卿がご指摘なされた点はいかがです?」


「確かに一見アレス王子側に有利な条件です。しかしながら、向こうの参加要員は王国第一軍のみ。対してこちら側はレイルウォード殿の王国第三軍を始め、各地よりの連合軍、特に精強で名高いワレンシュタイン軍まで加わっています。これを考慮に入れますと、アルティナ姫殿下率いる参加人員との平均レベル差はアレス王子側を大きく上回る結果となるでしょう。向こう側は地の利を持っていることは確かですが、やはり、『模擬戦争』は率いる人員のレベル差が勝敗に最も影響を与えると理解されています。この挑戦を回避するのは、恐れながら弱腰と捉えられても不思議ではありません」


「くっ! むしろ、現国王陛下の安全をお守りするため、王城に滞在せずに済む口実としての療養中を逆に利用されてしまったということか……!」


 苦々しく吐き捨てるドナテロに、アルゴスも神妙に肯く他ない。


「はい、残念ながら」


「ええい、どこまでも往生際の悪い……!」


 ここで、ハークが再び話に加わる。


「アルゴス殿、その『模擬戦争』とやらには、儂らも参加できるのか?」


「はい、勿論です。ハーク殿には、殿下とパーティーを組んでいただいている記録がございますので」


「ふむ。では、儂の従魔たちは?」


「それも問題ございません。従魔も一体で一人と数えます。この辺りは『ギルド魔技戦技大会』と同じですね。ただ、『模擬戦争』の場合、主であるハーク殿が倒されると従魔様方も戦闘不能と見做されてしまいます」


 ハークは、アルゴスのその言葉を聞いてふむふむ、と頷いて言った。


「了解した。では、我らの参加も表明させていただこう! アルティナの治世を最初から、アレスという男に傷などつけさせたくはないのでな!」




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