396 幕間㉓ スカイフォール




 ガナハは目的地に近づくにつれて急速に高度を落とした。

 もうすぐ魔力の空白地帯となる。空龍とまで言われた彼女にとっても、完全に魔法による事象改変能力を失えば、翼による揚力だけで自身の体重を空中に維持することは難しい。


 速度を下げて大地に降りる。ガナハは他のヒュージクラスドラゴン達と比べると異様なまでに体格が小さいが、それでも全長十五メートルを超える身体で音もなく、そして周囲に極力影響を及ぼさずに着地するのは、ガナハが空龍とまで呼ばれる所以の証明であった。



 星が天空で最も輝く存在を一周する約半分程前、ガナハはアレクサンドリアを始めとしてヴァージニア、そしてアズハという同格の同族たちと組み、幼い頃からとても世話になっていた最長龍エルザルド=リーグニット=シュテンドルフの死の真相を追い始めることとなった。


 この徒党を組んでの調査は、実は自分たちの身を守るため、という側面が強い。

 まだまだ確証などないが、先のエルザルドの死に、自分たちと同格の存在が関わっている可能性が高いからである。


 この世界に生きる生物種の中で自他共に最強と謳われるドラゴン種。さらにその中でも特別な力を持つ悠久の時を生きたヒュージクラスに手を出し得る存在など、次点の魔族を排除して考えるならば、どう脳みそをこねくり回して考えようとも同等の存在でなければおかしい。

 つまりは、ガナハ達と同じヒュージクラスドラゴンが、直接的か間接的かは判然としないが、関わっている可能性が非常に高いのである。

 上記の考えを基本に、エルザルドと敵対する可能性が全く無いヒュージクラスのドラゴンたちで協力体制を取ったのであった。


 龍族は群れる必要の全くない種族であるがために、共同作業は慣れぬもので当初、なかなかに進まなかった。

 しかし、龍人であったヴァージニアの指導のもと、徐々に連携が取れるようになり、だんだんと成果も出てきていた。


 アレクサンドリアは同じヒュージクラスドラゴンたちの精査を進めていき、信頼に足る同志の数を少しずつ増やしている。

 一方でヴァージニアは、人間の国であるモーデル王国に潜り込むことに無事成功。ガナハとも接触した『彼ら』との信頼関係を構築している最中である。

 頃合を見て、例の・・依頼を打ち明ける見込み、とのことだった。


 そんなアレクサンドリアとヴァージニアの二柱を、ガナハとアズハは影ながらサポート。その安全を担保しつつ、警戒網に引っかかる手がかりを手ぐすね引いて待ち構えていた。

 が、そちらは現在何の成果も無い。


 ガナハ達をまだ敵と認識していないのか、或いは認識していても手を出しあぐねているのか。ガナハとアズハの『予感』は後者を示していた。

 これまでに数度しかないが、二柱は自分たちを遠くから観察する何者かの視線を感知していたからである。



 そんな彼らに手を出す隙を敢えて与えてやるがため、そして自身の別の目的のため、ガナハは魔族封印が要の地、『黒き大地の穴』へと訪れていた。


 この地はいにしえの勇者が魔族をこの北の半島に封じ込めるべく、魔法を封じる『封魔石』をそのユニークスキルによって東西一千キロに設置した場所であった。

 なので、この『封魔石』で形成された巨大な峡谷地帯は、付近にまで近寄ると事象改変を伴う魔力発動、所謂、魔法SKILLを全て封じられてしまう。


 ただし、この『封魔石』は厳密に言うと結果的に魔法を封じているだけで、実際の効果は別物だった。

 本来は、周囲の精霊の動きを極端に鈍足化させる効果なのである。


 この世界の魔法SKILLは、周囲に存在する精霊を意志の力によって収束、操作することによって事象改変を引き起こす。

 火を起こす、水を発生させる、風を吹かす、大地を操作する、温度を移動させる、発電する、物質を収束させる、物質を霧散させる。これら全て、精霊が引き起こしている現象なのだ。術者の魔法力は、そのキッカケを与えているに過ぎない。


 よって、精霊自体の動きが封じられると、肉体などの物質に包まれ守られていないSKILLなどは一切発動できなくなってしまう。

 仮に範囲外から撃ち込んだとしても、範囲内部に侵入した時点で精霊の結束状態が解かれて急速に威力、効果が落ち、やがては解除されてしまうのだった。


 翼ある種族、飛行可能な種族は数多あるが、風魔法の恩恵無く飛行し続けられる存在は本当に少ない。

 落下が嫌なのであれば、地上から進むしかなかった。

 やがて、十キロ程度歩いて進めば黒い大地の裂け目が現れる。


(ここで……、エルザルド爺ちゃんが……)


 知らずにガリッ、と音が漏れるほどに歯を喰い絞めていた。

 ガナハ達ヒュージドラゴンや、死したエルザルド自身が残した情報体によると、この地でエルザルドは致命的な意識操作を受けていた。


 精霊に対する感受性がとても高いがゆえに、煩わしくないとここを住処としていた彼の残り香を、ガナハは即座に感知する。


『エルザルド爺ちゃんの生前の居住地を感知。このまま歩いて移動する』


 ガナハは声に出すことなく、意識内だけでそう発言する。

 後で仲間たちと共に見直そうと『映像記録フッテージ』にて脳内仮想空間に残しておくためである。

 そのまま目的地点へ向けて真っ直ぐと進む。


(……? ヤケに生き物の匂いが少ないなぁ)


 ガナハは鼻が良い。ドラゴン種の中でもとびきりである。

 その鼻に、生物の匂いがほとんど届かない。こういった人間種にとっての辺境は基本的に年経た強力なモンスターが数多く生息する地となり易いハズなのだが。


(爺ちゃんが、ずっと居たからかなぁ……?)


 モンスターにだって生存本能はある。

 付近に世界最強の一角が住んでいれば、余程の愚者か蛮勇でない限りは距離を空けるのが普通だ。しかし、それにしたって感じる匂いの源が遠く、少な過ぎる。オマケに、ガナハの知るエルザルドは無駄に周囲を威圧するようなタイプではない。


 不思議に思いながらも、目標の地点に辿り着いた。ガナハは付近の『封魔石』で構成された断崖に眼を這わせる。

 目的のものはすぐに見つかった。


『あった! 発見。近づいて詳細を記録する』


 断崖絶壁の九十度落ち込む場所のところに、丁度、巨大な右爪で引っ掻いた跡が二カ所あった。深くは突き刺さってはいないが、さりとてある程度の削り破片を出したハズである。

 これを調べるのが、今回の来訪目的の一つだった。

 崖の際であるがために、恐らく半分程はガナハの眼でも視えぬ谷底へと落下しているだろう。残り半分は多くとも、重さにして人間種の単位で数キロほど。ガナハの片手で収まり、ヒト族であれば両手で抱えるくらいと予測できた。


 回収したハズのヒト族の匂いも、エルザルドを殺害の原因を作った何者かの匂いも感知できない。つまりはそういうことができる相手ということだ。


 ガナハは調べ残しが無いようにと入念に観察して、以上の情報を解説を入れつつ記録映像を詳細に仕上げていく。

 ちなみにガナハの体重は軽く、腕力も弱いために、もし『封魔石』を思いっ切り全力で引っ掻いたとしてもエルザルドほどの砕石は望めないだろう。爪も、一回目でオシャカになりかけてしまうに違いない。


 ゆっくりと時間をかけて調べていると、一時間経ったあたりでガナハ自慢の鼻が異常を捉えた。


『……何か、来る?』


 襲来するその何かの方向、背後へとガナハは振り向く。彼女の瞳に襲来する者の姿はすぐに映った。


『ギガントリザード? いいや、バジリスク!?』


 モンスターはある程度レベルが上がると進化する存在がある。そういう意味では、成長により知能から使用可能能力まで大きく変化するドラゴン種も、そういった存在の範疇に入っていた。

 リザード系はレベルと共に巨体へと成長するが、レベル五十を境に肉体構造まで変化する。両眼の上に新たな瞳が三つ形成されて五ツ眼となり、身体を包む鱗や甲殻のほぼ全てが岩のように硬化するのである。

 増えた眼は魔力の塊を発射して強烈な衝撃波などを発生させたりと、攻防共に強力なモンスターとなる。


 魔法の事象改変を行えぬ今の状況では、決して侮れぬ相手だった。

 ガナハは即座に『鑑定』のSKILLを発動させた。


『レベル七十五!? なんでこんな高レベルモンスターがこんな場所に!?』


 ドラゴン種が長年築いた情報ネットワークは、この大陸に生息する高レベルモンスターの情報も網羅している。それによると、こんなところにレベル七十を超えるモンスターなど生息しているハズが無かった。


 ガナハはすぐさま次に『龍言語魔法』、『可能性感知ポテンシャル・センシング』を発動させる。




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