395 第23話27終:It’s our round




 人気のない王城の中を、モーデル王国第一王子アレサンドロ、通称アレス王子はたった一人歩き回っていた。

 眠れないので、散歩の代わりである。もう一週間も、朝に自分を起こす者がおらず、特に早起きする理由も無いからそのまま自堕落に過ごすことで、昼夜が逆転しかかってしまっていた。


 真夜中となっても眼が冴えたまま、というのはもう一つ理由があった。己の身が、明日も知れぬからだ。

 今この瞬間にも、妹アルティナに率いられた敵の軍勢が大挙してなだれ込んできても何らおかしくはない。

 もしくは、この王城を取り囲み守護している王国第一軍の輪が明日朝一にでも解かれる方が早いかもしれない。蟄居と称し登城を拒否している軍団の長の洗脳は、もういつ切れたとしてもおかしくはないハズであった。


 かつては大勢に囲まれ、自身の安全は絶対だった。それが、あれよあれよという間に今現在の有様だ。これが落ちぶれるというヤツか、とアレスも認識せずにはいられないようになっていた。


 今では気を抜くと一日数回に渡って、気分が急激に落ち込む時がある。明らかに不安からなのだというのは解ってはいたが、さりとて解決策があるワケでもない。

 食事を持ってきてくれる第一軍の兵士とも二、三言葉を交わすのみだ。日に一度程度はアルゴスが様子を見に来てくれるが、それも三十分から一時間までが限度である。

 彼も忙しいのだ。暇で時間を持て余しているのは自分のみ。その事実がよりアレスを惨めにさせていた。


 本当は気づいていた、解決策があるということに。

 今にも、埃をかぶり始めたこの城を放棄し、第二王女側へ出頭、そして、妹に頭を下げればいい。そうすれば針のむしろも通り越し、むなしく空虚なだけの、この生活も終わる。

 が、縛り首にされる可能性を考慮すると、足が自然とすくむ。どうせ変わらぬ未来予想図であろうとも、自分からはまだ進めたくはなかった。


 あてどなくフラフラと歩き続けるアレスに目的地など思い浮かばない。やがて疲れて多少は両足が重く感じたら自室に戻るだけだった彼の眼前、長き廊下の正面奥に何者かが立っているのが見えた。

 ぞくりとする。

 遂に俺を始末しに来たのかと確信しかけたが思い直す。もはや自分に暗殺する価値も無いハズだと知っていたからだ。

 すると、その人影が近寄ってきて言った。


「殿下」


 その声でようやくと人影の正体に気がついた。


「お前か。驚かせるな」


 不機嫌そうな声で言った。しかし実際、内心ではホッとしている。

 現れた人物はボバッサだった。アレスの身辺を守る、帝国から彼についてきた親衛隊統括のような立場の人物である。

 モーデル王国の人間ならばまず考えられないが、職務放棄して姿を消した一団の長とも言える人物だ。本来、アレスからすれば山ほど文句をぶつけて然るべき相手だったが、何故かその気持ちは湧いてこなかった。


「帝国に帰ったのではなかったのか?」


「そのような事は致しません」


 ならばどうして一週間近くも……という言葉が出かかったが、ボバッサの続く言葉があった。


「隠れ家など、急に身辺整理をする必要がありまして」


「ああ、そうか。もう『四ツ首』も使えぬのだったな」


 この国にアレスが帝国からの留学を終えて帰ってきてからしばらくの後、帝国との連携のために購入した施設があった。裏で暗躍し、物件を購入、必要なものを揃えてくれたのはこの国の暗部に潜む『四ツ首』という組織だった。


 幹部だという女性にも会ったことがある。もう名前も忘れたが。

 彼らは金さえ払えば大抵のことはやってくれた。あの時はお互いに連携が取れていたと思ったものだが、それはこちら、主にアレスの勘違いであったらしい。

 半年ほど前に連絡が取れなくなった。いつも使いをやっていたバーが急に閉店したのである。思えばあれがケチのつき始めだったのかもしれない。


「とりあえず、証拠となるものを全て処分してまいりました」


 アレスは顔を顰める。もう正規の手段はとれぬのだから、ボバッサの言葉は破壊を意味していた。アレを、『長距離双方向通信法器デンワ』を購入するには相当の手間と金がかかったというのに難儀な話である。


「そうか。部下たちはどうした?」


「それについてお話が。ご説明いたしますのでついて来ていただけますか?」


 どうせやることもないので、構わぬと答えたアレスを先導するボバッサは彼を外へと連れ出した。

 外といっても王宮内の中庭である。照明用の法器も設置されているハズだが、今は起動していないので月夜の薄明かりしかない。一応、足元を確かめて歩くアレス。とはいえ、暗闇に慣れ切った瞳にはそれほど難儀しない。


 子供の頃にはよく友との遊び場としていた場所だったが、帝国に留学して以来、城の建物内から出たことない彼の心に懐かしさがこみ上げる。同時に、苦いものも。それを紛らわすために前方の男に話しかけた。


「どこまで行くつもりだ?」


「すぐそこでございます」


「……なぁ、ボバッサ。お前たちももう、帝国に帰った方が良いのではないか? もはやできることなぞ、無いであろう」


 ここではじめてボバッサは後ろを振り返った。その顔が、特に両目が驚きに見開かれていた。


「そのようなことはありません。殿下がそのように弱気では困りますな」


 言い終わった瞬間、再び進行方向へと顔を向けるボバッサの後頭部に、一抹の寂しさを覚えながらアレスは反論の言葉を綴ろうとする。


「しかしな……」


「着きました」


 そう言って立ち止まったボバッサの先には何もなかった。

 いや、眼を凝らすと水が、湖があるのが分かる。王都北に広がる塩湖のほとりまで、いつの間にか歩いてきていたのだ。湖畔から先の水が光を吸収しているかのようで、ほとんど黒にしか見えなかった。

 何か、正体の分からぬ不安がある。


「ここに何があるというのだ?」


「殿下。よく見てください。ここに、逆転の一手がございます。出てこい『バケモノ』」


 その時、暗闇を切り裂くようにして、昏き水面から現れた存在。巨大なる体躯にかかわらず、割った水音はわずかであった。


「う、おお……」


 だが、アレスはそれ・・に恐怖しか感じなかった。




   ◇ ◇ ◇




 きっちり一週間後の朝にアルティナ陣営側のテントへと戻ってきたハークをまず出迎えたのは、その帰還を確信していた、いや、知って・・・いたズース、そして彼と共にいたヴィラデルの二人であった。


「お帰り。よく帰ってきたね、ハーク」


「ただいま戻りました、お祖父様」


「うむ。だが、本当にたった一週間であの二人を説得し、戻ってこれるとは思わなかったぞ」


「お祖父様のおかげです。お祖父様の説得があったればこそ、です。お言葉に、心から感謝いたします」


「ふふふ。何のことか分からないね」


 トボけて言う彼は実に機嫌良さそうに髭をしごく。手紙の態で他者には示してはいたが、ハークはわざわざ祖父が『長距離双方向通信法器デンワ』にて森都アルトリーリアの者たちに説得を行ってくれたことに、改めて礼を伝えたかったのである。直接の言葉の方が相手の説得に有効なのは今も昔も変わらない。文章だけで熱量を伝えきることは至難の業であるからだ。ちなみに、お言葉という風に、ハークもちゃんと濁して伝えているのだった。


「お帰りなさい、ハーク」


 代わって、今度はヴィラデルの番である。


「うむ」


「正直に言うケド、アタシ本当に帰ってこれないんじゃあないかって、思ってたわ」


「そうか?」


「ええ。でも、結果、良かったみたいネ。スッキリした顔してるわ」


「そうだな。儂にとっても、一度故郷に帰ったことは、良き経験となったよ」


「そう。良かったわね。ところで、あのデメテイルとかいってたコはどうしたの?」


「ああ、儂がたった三日で森都を出ることになってしまったからな。代わりといっては何だが、置いてきた」


 まるで人身御供のような言い方だが、ハークのように蜻蛉とんぼ返りする理由も彼女には無いのだから当然と言えば当然だった。

 デメテイル自身は帰りもハーク達に同行を願い出ていたので、最後まで残念そうにハークを見送ってくれていた。


 大体からして、帰りの道程にかけられる時間は都合、残り一日ほどしかない。そうなると虎丸がほぼ本気に近い爆走をする必要もあり、レベル二十九のデメテイルでは走行速度に耐えられぬ危険性があったので、どの道不可能であった。


「その様子じゃあ、相当惜しまれたようね」


「……まぁな。本当は二日の予定だったのだが、さすがにあと一日くらいは、と引き留めていただいたよ。留守中、何も異常は無かったか?」


「せっかちねェ、もうこっちの話? まァいいわ。それがね、何も無かったって言いたいンだけどサ、アレス陣営に今朝早く動きがあったワ。今、アルティナ達も交えてこちら陣営も対応を検討中よ」


「よし、すぐ行こう」


「ハイハイ。何か、アナタの行動力、余計に増してない?」


「ホッホッホ、そのようだのう」


 にこやかに笑う祖父とやれやれと言わんばかりの対照的な表情のヴィラデルを連れて、第二王女陣営の陣幕内に姿を現したハークにまずもたらされたのは、盟主アルティナを始めとした仲間たち、同じくランバートも含めた貴族達からの歓迎の嵐であった。


 自らの帰還と復帰を喜ぶ彼らの中心で、ハークは再び戦いの場へと戻ってきたことを実感していた。






第23話:HOME完

次回、第24話:TWIN ICONに続く

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