388 第23話20:カミングホーム




「さっ、もう良いわ。渡りましょう」


 せり上がり切って地響きも止まったことを確認し、デメテイルがそう虎丸に指示をする。


 矢継ぎ早に連続で、恐らくは魔法の効果をふんだんに使用した仕掛けの数々を見せつけられたハークは、少しだけ躊躇したい気分にもさせられたのだが、彼を乗せた虎丸は短く吠えて返事をすると、ゆるゆると橋を渡り始めた。


 向こう岸にハーク一行が到着すると、出迎えてくれたエルフの男性二人組が再度うずくまるようにして足元の石畳の中に隠された法器を操作した。またも音だけが大きい地響きを起こして、石橋が今度は降下していく。

 完全に降り切って石橋が水底に消え、地響きが収まったのを見計らって、デメテイルが虎丸の背より降りた。

 彼女に倣い、ハークも虎丸の背より降りる。


「ノイマンさん、ベルトマンさん。ただいま戻りました!」


「おう、お帰り!」


「よく連れて帰ってくれたな」


 どちらがノイマンで、どちらがベルトマンだかハークには全く分からないが、デメテイルとの挨拶を交わし終えると彼らはハークに身体の正面ごとを向けた。


「ハークもだ。よく帰ってきてくれたな」


「本当だ。無事で良かった」


 隠しようも無く大の男二人が瞳を潤ませているのが眼に入り、ハークは思わず謝罪を口にしようとする。


「ご心配を……」


「おいっ、家出坊主!!」


 おかけしまして申し訳ありませんと紡ごうとして、横合いからの大きな声に阻まれてしまった。向こう岸の、ハーク達が今渡ってきたばかりの崖に声がはね返って反響している。

 さっきの釣り人の壮年男性であった。


「お前のせいでどれだけの人間が心配し、夜も眠れなかったと思ってンだ!」


「アポロ爺さん、今は……」


「今言わなきゃあ、いつ言えってんだ!」


 出迎え組の一人が取り成そうとしてくれたが、火に油だ。


「お前も男だ! 子供だからといっても冒険心が抑えられんのは解る! だが、誰にも何も言わずに里を出るとはどういう了見だ!? そこの二人などは、始めの一週間、ほぼロクに寝もせずにお前を捜索し続けたんだぞ!」


 アポロ爺さんと呼ばれた壮年のエルフは、息継ぎも無しに一息に言い切った。大した肺活量であるとある意味感心してしまう。


「まぁまぁ、アポロおジイちゃん、事情は聞いているんでしょう? 今のハークにはそれくらいに……」


「お前にも言いたいことはあるぞ! デメテイル!」


「ええぇ、私ィイ!? この前帰ってきたばかりじゃあないですか!」


「その前に何年戻らんかった!? 里を出たっきり七十年だぞ! 七十年!! お前は誰かが死なん限り戻って来ないつもりなのか!?」


 今度はデメテイルが取り成してくれたのだが、それによってアポロという男性の矛先が変わった。面食らった彼女と共に、ハークはしばらくその男性のお説教の餌食となる。

 だが、その胸にはどこか、懐かしさがこみ上げてきて仕方がない。


〈そういえばいたなァ。故郷にもこんな感じの爺さんが〉


 無論、前世での話である。誰彼構わず叱り飛ばすので、少々煙たがられていた。幼少のハークも、御多分に漏れず苦手意識を持っていたものである。所謂、雷親爺カミナリオヤジというヤツだ。

 だが、糞餓鬼悪餓鬼と罵られながらも、羽目を外し過ぎて陽の陰る遅くまで遊び惚けていたり、池や崖の近くと知らずに駆け回っていたりした時であったり、と、その言葉は常に正当なものだった。

 不思議な縁で身体だけはヤケに若くなってはしまったが、長じた今はそれが良く解った。



 五分くらい経過したところで、ようやく説教も一段落したようで、それを見計らって出迎え組の二人が交互に宥めることによりやっとこさ解放されることとなった。

 先行する二人のエルフの後に続きながら、ハークは横を歩くデメテイルに声を掛ける。


「デメテイル殿」


「ん? どうかしたの?」


「先程の話で、どうも皆、儂の事情を粗方知っているかのような素振りを見せておりましたが……」


「ああ、ズースさんも携帯用の『長距離双方向通信法器デンワ』を持っているのよ。最新のものなので、ヒト族はそれとは気付いていないでしょうけれどね。先にそれであなたのことを連絡してくださったのだと思うわ」


「最新の、ですか」


「ええ。いつも身につけておられるわよ」


「いつも? と、すると『魔法袋マジックバッグ』の中とかにでしょうか?」


「えっとね、最新版のものは結構小さいから服の中に仕舞えるそうよ。厚さにはまだ検討の余地ありってトコらしいけどね。あと、『長距離双方向通信法器デンワ』関係は『魔法袋マジックバッグ』の中に入れてはいけないの。相手方からの連絡を受け取れなくなっちゃうわ」


「そ、そうなのですか」


 どうもこの森都もそうだが、エルフはどうやら大分したたかというか、一筋縄ではいかない連中のようだ。

 能ある鷹は爪を隠す、とは常套句のようなものだが、大掛かりなものも含めて知識差、技術差を他の地域と比べて保っているようだった。


〈おっと、本来は儂もこちら側・・・・であったな……〉


 長いこと、というか、エルフ族の言う『外界』にしか居なかったがため、意識改革には時間が掛かりそうである。


 そんなことを考えながら木々に囲まれた小道を進むとまた新たな森に到着したようであった。

 ただし、今度の森はやたらに古い森であるのか、幹の太い巨大な樹木ばかりが点々と並んでいた。天高くそびえるそれらが大いに枝葉を生い茂らせる一方、間隔は適度に離れており、人の手で整備されたかのような感覚にも陥る。

 地面にも木漏れ日が美しく降り注いでいて、よく手入れの行き届いた神社を想起させる。


 何より、どこか懐かしき香りがした。


「ハーク君、着いたよ」


「え?」


「ここが、森都アルトリーリアよ」


「ここ、でございますか?」


 一見、街らしいものがない。まるで茶畑のようなものがあり、明確に人の手が加わっていると判断できる面はそれだけだった。


〈いや……、よく見ればあれは……!?〉


 通路脇に一見雑草のように生え揃っている水草に見覚えがあった。

 い草だった。

 畳や茣蓙ござなどを造る時に使用するアレである。ハークが前世の最後を過ごした地である九州は、これの生産が非常に盛んであったためにすぐに解った。


 そういう眼・・・・・で見てみれば、そこはかとなく各所に自然を装いながらも人の手が及んでいることが解る。例えば小道の脇にさり気なく積まれた小岩の頂点に、モーデルの各都市でも見た明かりを灯す法器が設置されていたりする。


 更に眼を上に向けてみれば、転々と建ち並ぶ巨木の幹に窓枠が嵌っているのが見えた。その内のガラスが陽光をはね返しているのも。


「あの大きな木々……、まさか家なのですか……?」


「ええ、そうよ。やっぱりそういうのも忘れちゃってたのね。……あ~、でもこの香りと空気、やっぱり落ち着くなぁ~」


 満ち足りたように隣を歩くデメテイルが伸びをする。それを見てハークも深呼吸をした。


〈確かに、外では嗅げぬ匂いだ〉


 自身も彼女と同じく和んでいると、ちょっとした広間が見えてきた。


 そこに、何百というエルフが密になって集まっているのが見える。集団は奥まで続いているようで下手をすれば千の桁に達しているかも知れない。

 彼らはハークの姿を確認すると、波が広がるように「おおっ」と声を上げていた。


 すると、最前列から二人の男女が駆け出してくる。年の頃は二十代後半から三十程度。はっとするほどの美男美女で、どちらも瘦せ型だった。


「あなたのお父さんとお母さん、ケイロン=ケント=アルトリーリア=クルーガーに、ディーアネイラ=サクラ=アルトリーリア=クルーガーよ」


「え?」


 何故かすんなりと頭に入らず、訊き直そうとした瞬間。


 走り寄ってきた男女二人にハークは抱きすくめられていた。躱す暇も無かった。


「ぬお……」


「ああ、良かった……」


「よく無事で帰って来てくれたね、ハーク」


 左右から涙ぐんだ声を聴かされて、ハークは抵抗もできなくなってしまう。





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