384 第23話16:森都アルトリーリアへ




 ハークは祖父の言いつけ通り、その日一晩だけを第二王女陣営側のテントで過ごし、翌朝、即座に案内役のデメテイルと共に、一路森都アルトリーリアへと向かい出発するとしていた。

 エルフ二人分と従魔二体分の旅に必要な物資集めには仲間たちやランバートは勿論、ドナテロやレイルウォードだけでなく多くの第二王女派閥の貴族達が自ら参加、或いは供出している。

 その結果、二時間かからずに必要な量どころか過剰な物資量が集まることになるが、その光景を視ていたデメテイルという同族の女性からは心底驚いたという呟きを貰った。


「本当に、ハーク君って第二王女派の中でも中心人物になってたのね。疑っていたワケでもないのだけれど、ここまで凄いとは思わなかったわ……」


 その中心人物を故郷に強制送還させる発端を作ったのはお前だよ、と言いたそうな顔をしていたのは周囲に何人かいたが、ハークが何も言わないのでそれ以上の事態には発展していない。

 ハークとしては、なんとか落ち着くところには落ち着いた、と納得しているからであった。


 実際のところ、まさか女の尻を追い駆けて勝手に故郷を出奔した家出小僧に対し、ここまでの大事となっているのは全く予想できていなかった。

 しかしながら、人生というのは往々にして、自分が逃げよう避けようとする事柄こそ、不意に突然襲い来るものである。今回もやはりそうだった。

 だからハークとしても、いつか訪れるかも知れない身内との邂逅に備え、予め準備を進めていたのである。


 結果として、満点とはいかなくとも、上々とは判断しても良い形となることができた。だからハークに文句は無い。

 けじめをつけるにはいい時期だった。



 翌朝、仲間達やランバートらだけでなく、昨夜ハーク一行の準備に携わったほとんどの人物が、まだ朝日も登り切っていない薄暗い刻限から集まっていた。

 無論、その中にはハークの祖父であるズースの姿もある。彼から故郷の身内に当てた手紙を受け取り、ハークは出立の言葉をまず祖父と交わす。


「では、お祖父様、行ってまいります」


「うむ。後はおジイちゃんに任せ、安心して行ってきなさい! 道中気をつけるのだぞ」


 ハークは素直に首を縦に振り、そのまま頭を下げた。明確な立場上のこともあるが、良い意味で、眼の前の人物にはしばらく敵わないなと確信させられていた。


 次はランバートだった。彼は髪の毛をがりがりと掻きながら済まなさそうに言う。


「申し訳ねえなァ。一年振りに実家に帰るってのに、ゆっくりせず、できるだけすぐに戻ってきてくれ、などと要請するなんてよ」


「気にすることはないよ、ランバート殿。儂がそうするつもりなのだからな」


「そうか。待っているぜ、ハーク。お前さんの席は空けておくからな」


 二人は拳を打ち合わせる。そしてランバートが右にズレると、リィズがハークの前に入れ替わって立った。

 父親やエヴァンジェリン、さらには自軍にも囲まれているせいか、彼女はまだ落ち着いていた。


「ハーク殿、本来ならば、ここで今までお世話になったお礼や感謝の気持ちをお伝えするべきとは思いますが、敢えてここでは言いません! 身勝手は承知していますが、ご帰還をお待ちしています!」


「身勝手などではないよ。儂自身が望んでいるのだからな。アルティナを頼む」


「はっ!」


「あと、日々の鍛錬もちゃんと時間を見て行うのだぞ」


「はいっ!」


 次はシアの番であった。何を言って良いのか分からない、といった様子の彼女に、ハークは自分から語りかける。


「シア、儂がいない間、皆を頼むぞ」


「あ、ああ! 任せておいておくれよ!」


 だが、未だ不安そうな彼女の肘辺りをぽんと叩き、ハークはもう一言声を掛けた。本当は肩にでも手を置きたかったが身長差がありすぎるのだ。


「大丈夫、これだけの味方がいるのだ。儂もすぐに戻る」


「うん! 待っているよ!」


 変わって今度はヴィラデルがハークの眼の前に現れる。しかし、彼女の表情は先程のシアのよりひどかった。


「どうした、ヴィラデル?」


「うん……、昨日のことなんだけどさ……、あの話し合いでもう少しアタシもハークの援護をできていれば、って思って……ね」


「何だ、そんな事か」


 ハークのあまりにもあっさりとした言い方に、ヴィラデルは少しむっとした顔をする。


「何だとはナニよー、これでも気にしてるンだから」


「気にする必要などない。昨日の結果は妥当なものだ。儂はもう納得しておるよ。どの道、けじめはつけねばならん」


「……アラ、そうなの?」


「うむ」


「ならいいんだケド……。でも、森都アルトリーリアでも妥当な結果、になるとは限らないワよ? なんなら、アタシが一緒に行ってあげようか?」


「大丈夫だ。気にする必要はない。それに……」


「それに?」


「これ以上、お主に借りを作るのもな」


 ハークはふっと笑う。それを視て、ヴィラデルは少しだけ肩の力が抜けたようであった。


「何言ってるのヨ。借りっ放しなのはアタシでしょうよ」


「そうであったか?」


 とぼけているのか本気なのか分からないハークの様子に、ヴィラデルはふうっと息を吐いた。


「ヤケに自信満々なのネェ。アナタのおジイさんのように、みんながみんな物分かりが良いとは限らないのよ? こう言ってはなんだけど、頑固でヒトの話を聞かないのもいるワ」


「自信満々、というほどでもないよ。それに、恐らくヴィラデルの言う通りなのだろうとも予想している。しかし、そうであれば最終手段に打って出るだけだ」


「ああ、そういうこと?」


 よくよくと考えてみれば、今のハーク、もっと言えばハーク達を止められる存在などほとんどない。分断しなければモログですら不可能なのではないか。その可能性にヴィラデルも思い至った。


「あまり取りたくはない手段だがな」


 ヴィラデルもようやくと、ふっと笑った。


「そうねェ。四十年間、成人の年齢を超えるまでは追いかけ回されるハメになるんじゃあないかしら」


「なるべく、そうはなりたくないな。ま、兎に角、シアと共に皆を頼みたい。受けてくれるか?」


「仕方無いわネ! こちらのことはシアとアタシに任せておきなさい!」


 いつもの調子へとヴィラデルが戻ったところで、ハークは俯く一人の少女のもとへと自ら向かう。

 アルティナだった。ぽん、とその華奢な左肩に手を置く。


「アルティナよ」


「ハーク様……」


 その瞳は既に潤んでいた。内心ハークはたじろぐが、いつものように表には出さない。


「様づけはいらんと申したであろう?」


「そ、それはそうなんですけれど……」


「忙しいが、儂がいなくとも修練は一日に一度は必ず行うのだぞ」


「は、はい! モチロンです!」


 弾かれるように顔を上げた彼女を正面から見詰め、左手でもう片方の肩にも手をかけてハークは言う。


「一週間で帰ってくる」


 それはまるで宣言のようであった。アルティナの表情が途端に変わった。


「はい! 待っています!」


「おう!」


 こうしてハークは、懐に手の平大の日毬を忍ばせ、後ろにデメテイルを乗せつつ虎丸に騎乗し、一路、森都アルトリーリアを目指し旅立っていった。




   ◇ ◇ ◇




 その日の夜。

 王都を包む壁の向こうで一人のエルフの少年が旅立った日の真夜中。ここ一年ほどでゆっくりと、しかし確実に治安の低下の感じられる王都内に人影はほとんど無い。

 ましてや王都北に広がる巨大塩湖のほとりであれば尚の事だった。

 そもそもが王宮内の一部でもある。王族やそこで働く人々の憩いの場、ささやかなプライベートビーチのようなものだった。そこに一艘の船が浮かべられている。


 いや、船と言うには小さ過ぎる。ボートに毛が生えた程度の大きさだ。音を警戒してか、動力も付いていない。つまりは少々大きいくらいの手漕ぎボートだ。

 そのボートの前に二人の人物は立っていた。

 一人はこの王宮で幅を利かせていた第一王子の親衛隊、彼らを束ねていたボバッサであり、もう一人はその親衛隊に所属していた帝国貴族の一人、つまりはボバッサの部下であった。


「ボバッサさん、……こ、これで?」


 遠慮がちに訊く、部下の声には明らかな不安が籠められていた。しかし、彼の上司はさも当然だとばかりに肯く。


「ああ。スクリューなどつけられるワケがないからな。音で気づかれてしまう」


「あ、ああ、そうか……」


「お前のレベルならば大丈夫だ。翌朝にはこの湖の東の岸に行き着くハズだろう。そこから陸路で帝国に向かえ」


「わかったよ。なぁ、ボバッサさん。他の連中も、こうやって逃がしていたのか?」


 彼の仲間は日に日に減っていた。

 王都内に用意した拠点、今や隠れ家となりつつある建物の広さはそれほどでもない。なので、割り当てられたスペースが増えるのは良かったが、正直、不安が募っていた。




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