383 第23話15:ホームカミング③




 意外な言葉だったのか、ハークと向かい合う二人は揃って眼を見開き、視線をハークの右隣の女性へと移動させる。


「そう評されておるが、ヴィラデルディーチェちゃんとしては如何かね?」


「そうですわね、概ね虎丸ちゃんの意見に賛成ですワ。もし今、この場でアタシとハークがヤリ合うハメになるとすれば、アタシは残念ながら本当に、大した抵抗も敵わないでしょう。補足するとすれば、遠距離であったとしても、カレの刀が届く位置にまで詰め寄られたら終わりです。このコの剣閃は、アタシには見えませんワ」


 やや不機嫌そうな声音で、気だるそうに髪をかき上げつつヴィラデルは言う。

 その、いかにも不服そうな様子が、彼女が真実を語っていると信じるに足る要因となっていた。


 尤も、横で聞いていたハークは、「お主がそんな可愛げのあるタマか」と言ってやりたくなる衝動に駆られていた。

 彼女とて、この世界一般の達人とも一線を画す存在だ。必ずや何かしら抵抗、若しくは反撃の手段を模索し、見出すことであろう。すぐに考えつくのは『氷の霧アイスヘイズ』あたりだが、過去の彼女の発想力から考えれば、決して断定などできないし、侮れるものでもなかった。


「ありがとう。大変参考になったよ。では最後の質問だ、虎丸君。君まで何故、ハークをアルトリーリアに帰さなかった? その子の安全を守る、というのが君の役目であり、願いではないのかね?」


『違う。我が願いと役目は主と共にあり、その想いと願いを叶えることだ。主の意に反し、故郷に縛りつけることではない』


 これは決して虎丸が意図してのことではないが、強烈な皮肉となった。ズースは表情を歪めたが、これだけで激昂するほどに子供でもない。


「しかしの、森都アルトリーリアであれば君と君の主、ハークは安泰なのだぞ? それくらいを解らぬ君ではあるまい」


『それはどうかな。アルトリーリアの安全性に対して異を唱えるつもりはないが、故郷が陥落すれば逃げることしか出来ぬ存在と、自らの故郷を守って余りある存在、どちらが安泰と言えるか?』


「……それは、当然に後者だろうが、あり得ぬことは考えぬのではなかったのかね?」


『我はもう、そうは思っていない。古都ソーディアンにドラゴン種が襲来した報せは聞いているハズだ』


「むっ!?」


『我らはあの時現場にいた。あれほどの存在から誰一人欠けることなく無事に逃げおおせることは、いくら森都アルトリーリアの危機管理能力が高くとも絶対に不可能だ』


「……そう言えば、あの事件はバアル帝国の仕業との可能性がある、という話だったな……」


『辺境領ワレンシュタインの調査では、既にほぼ断定されている』


「………………」


 ズースは自らの長い髭を掴むようにして、少しの間考え込み、やがて一度深く頷くと唸るように言った。


「解った。最早泰然としていられる時は過ぎたということか」


 次いで彼は正面を視、ハークへと真っ直ぐに視線を移した。


「次は、ハーク、お前の口から直接聞かせてくれ。お前自身の気持ちを。このまま外界に……、いいや、森都アルトリーリアに戻りたくはないのかね?」


「お祖父様、記憶にない儂にとって、森都アルトリーリアは戻るとか帰る、よりも行ってみたいか行ってみたくないか、となる訳でございますが……」


 敢えて『お祖父様』という言葉を使った。望む結果を得るため、ハークとて使えるものは全て使うのである。

 そのまま言葉を続ける。


「正直、行ってみたい、とは思うています。が、それは今ではない」


 一瞬、「行ってみたい」のところでズースの顔が嬉しそうに変わるが、すぐに平静に戻って返す。


「それは、この国のため、ということかね?」


「それもあります。しかし、何よりも仲間のため、えにし深き友たちのために、儂はこの地に残りたく思っております。この国は素晴らしい。人々は日々を懸命に生き、隣人を助け合い、自ら平和を造り出そうとしておる。強き者は弱き者を育み、上の者も下の者も新しきをたっとぶ。森都アルトリーリアはこれ以上かも知れませぬが、儂はこの国が気に入りました!」


 ここからは思いの丈を全てぶつけるだけだ。ハークはその準備のため、一度大きく深呼吸をしてから再度話を開始する。


「何より、この国は儂を強くしてくれた。幼き者、自分よりも力弱き者を、その命と生活を守ろうとする強き意志が、儂に真の意味で強くなるとはどういうことか、を教えてくれた。それはこの国の先王であり、冒険者ギルドの長であり、仲間の未来を守ろうとする年若き男子であり、故郷と恋人を自身の命さえ失っても守ろうとする青年であり、この国の明日を背負う覚悟を持った少女たち二人でありました! 彼らのために、仲間たちのために儂はまだ帰る訳にはいかない! この地を今離れる訳にはいかない! そう考えております」


 言うべきことは全て言った。それでも全てを伝えきれた訳でもない。角度を変えれば、もっと素晴らしき、凄まじき勇士にハークはこの一年出会っていた。しかし、今伝えるべきと心に定めた台詞を、ハークは出し切った。


 ズースはしばらく黙っていた。自身の脳みそに、孫の言葉を深く深く染み渡らせている、そんな姿勢にハークには視えた。

 改めてズースはハークを見詰め直し、口を開いた。


「……もはやお前を、まだまだ子供、などと断じることはできんな。浅はかでも、ましてや一時的なものでもない。お前はもう武人だ。ワシが認めよう」


 ハークの心内がふっと軽くなりかける。ところが半ば当然に、祖父の話はここで終わりではない。


「しかしの……、残念ながらお前の事実は、まだ子供なのだ。内面がどれだけ成長しようとも、な。実際の年齢だけは変えられん」


 結局はそこに帰結するのか。

 即座に反論しようとする孫をズースが手で抑えるようにして留める。


「森都アルトリーリアに限らず、エルフ族には成人に達する前に外界へ出てはいけない、という決まりがある。ただし……、身内の年長者が認めれば別だ」


「…………では!?」


 ズースはしっかりと頷く。


「十年以内に一度はアルトリーリアへ戻ること、以降、成人の年齢に達するまでは毎十年ごとに一度以上は里帰りを行うこと、これを必ず守ると約束するのであれば、ワシは認めよう」


「あ、有難く……!」


 礼を発しようしたハークの言葉と、頭を下げようとする動きをズースは再度、押し留める。


「喜ぶのはまだ早いぞ。お前の身内の年長者とはワシだけではない」


「……!? ではまさか!?」


「察しが良いのぉ。この決まりは絶対のものだ。今からお前は一度アルトリーリアに帰り、お前の両親を説得せねばならん。こればっかりはワシでも曲げることは適わん。だが安心せい。おジイちゃんはお前の味方だ。お前のことを後押しする手紙を今晩書くので持っていきなさい」


〈矢張り、一筋縄では行かなかったか……〉


 落胆しかけるハークだったが、それを救ったのは祖父であった。


「お前が支えるべき仲間たち、とりわけこの国の第二王女、確か名をアルティナといったか、彼女を心配するなとは言わないよ。しかしね、現状、政治的、戦術的にも既に第二王女側が『王手飛車角取り』の状態だ。ここまで来たらエルフ族であろうとなかろうと、どちらも急ぐことはないよ。特に、この国のヒト族であればね」


「え……?」


 ここでズースは、泰然と笑った。


「事態が今日以上に動くのは、最短で二週間は先だろう。それまでに戻ってきなさい。ここから森都アルトリーリアまでは普通二十日間はかかるが、お前の守護精霊獣の力があれば可能であろう」


「お祖父様……」


「道案内などは、既にこちらのデメテイルのお姉ちゃんに頼んでおる。森都に入る際にもスムーズに事が進むだろう。武運を祈っておるよ。そして万が一、お前が最終決戦にまで戻れぬ、事が最終局面まで進むとすれば、このワシがお前の代わりとなって、及ばぬとしても最大限に、この力を尽くすことを誓おう」


 頼もしい笑顔だった。ハークはそこまでの理解が及ばなかったが、たった一人の愛する孫の願いを命に代えても助けようと決意する男の顔であった。

 ハークにはそれが、何故かは解らぬが眩しかった。


「大丈夫、おジイちゃんを信じなさい」


 にっ、と笑うズースの言葉に、ハークは前世でも感じたことのない安堵感に包まれていた。


「有り難き、お言葉です!」


 がばりと頭を下げた。唇を震わせるようにするだけで精一杯であった。




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