382 第23話14:ホームカミング②
『主は言葉と、家出前に他のエルフに隠れて学んだ戦い方以外の全てを忘れていた。我に関してさえ、忘れていたくらいだ。今も以前の記憶や知識を思い出していることは全く無い』
「そうだったのか……」
『ところが、逆に主の戦闘面に関しては良い変化が現れた。近接戦闘に対する能力が急速に伸び始めたのだ』
頷くズース。しかし、ここまでは良い流れであったのに、突然の彼の一言でハークは内心、強烈な衝撃を受けさせられた。
「うむ。聞いている。そう言えば、ハーク、お前のその腰のモノは、倉庫にあったやつか?」
〈なぬ!?〉
ズースの人差し指は確実にハークの剛刀へと向いていた。
「憶えておりませぬ」
「そうだったね。しかし、まだ使えたとは驚きだ。適当に放っておいただけで手入れも何もしていなかったからね。背中のものは見たことのない長さだ。新しく造ったのかな?」
「はい。仲間たちに造ってもらいました」
ここまで即座に、そしてどもることもなく返せたのは奇跡と言えた。
『話を続けても?』
「おお、スマン。頼む」
『了解した。主はどんどん強くなり、レベルも上がって仲間も得た。ただ、知識を授けるのがつい先日まで単なる魔獣であった我では心もとない。そこにソーディアン冒険者ギルド長ジョゼフ殿より寄宿学校への入学を薦められた。主は渡りに船とこれを受けた』
「ふむふむ」
ズースはしきりに頷いている。行動の正しさを認めたということなのだろう。
その後の虎丸の話にも、時折頷きながら聞き入っているように見える。
この後の話は嘘も韜晦もない。まっさらな真実である。鼓膜を通してではない念話からの情報に意識を半分傾けながらも、ハークは残り半分を己自身の考えに沈ませた。
〈まさか……、エルフの里、もしくはエルフ族には刀の知識、もしくは製造技術があるのか……? 少なくとも他にも何本か存在するかのような口振りだった。……いや、それより……〉
ハークはほとんど無意識に近い形で、左手を腰の剛刀に這わせた。
ずっと己が前世から持ち込んだものだと思っていたが、ひょっとしたら全く別のものではないか、その可能性に思い至ったのである。
だが惑ったのは一瞬だった。そんなことは絶対にあり得ないと気がついたからである。刀というのは一つとして同じ物が無い。それこそ人間一人一人が違うように、だ。
己の愛刀を別の刀と取り違える、などハークにはあり得ないことだった。完全に断言できる。
恐らく、自身の祖父という男性は、外観だけはよく似た別の刀をハークの腰の剛刀と勘違いしたのであろう。素人目からすれば、刀を外側からだけで見抜くことはほぼ不可能だ。特に、鞘に収まった状態であれば尚の事だろう。
だが、何故エルフ族の里に刀が存在していたのか。
〈そういえば……、あの忍びの如き集団、リン=カールサワーが率いている集団も、前の世の忍び刀に良く似た小剣を装備していたな。あれは完全にこの世界の技術で造られた鋳物の剣だとシアが断定してくれたが、ひょっとすると最初は同じようなものを作成しようとしたが適わず、何とか似たようなものを探し出して、或いは調整して使っているのではないだろうか? 開祖がユニークスキル所持者である可能性もあると予想されていたことだしな……〉
その開祖が刀を製作できるような知識を充分に持ち合わせていなかった、或いは、ハークにとってのシアのような協力者を死ぬまでに得られていなかったとすれば、この仮説が成り立つ。
そしてもう一つ、頭に浮かぶ存在がある。エルフ米のことだ。
〈確か、この世界のヒト族が栽培する米の大元はエルフから、であったな。啓蒙を進めたのは『赤髭卿』だそうだが……〉
大昔のユニークスキル所持者が、まず最初に、エルフ族に対して広めたとすればどうだろうか。それがハークと同じ年代に生きた人物、いや、それどころか、自分と
余談も良いところではあるが、ここで筆者からの注釈を挟ませていただく。
現在、我々が日常的に食している米であるが、元々の野生に生えていたものは赤色、もしくは黒色で粒も小さく、しかも一房に対して実る数も一、二粒と少なかったらしい。
これを、果てしない時間と労力をかけて、昔の方々が現在の米の形へと徐々に徐々にと変革させてきたのである。正にこれこそ偉業と呼ぶにふさわしい。
しかしそうなると、今、我々が食しているような米が、元々、何世代何十世代にも渡って長期に栽培されていた過去が無くては存在もしていないこととなるワケであり、例えば水耕栽培の知識だけを持っていても意味は無い、という結論にも達することになる。
つまり、残念ながら米に対するハークの推理は全くの的外れと断じる他ないのであるが、これは、彼と同じ時代を生きた人々には知りようも無い事柄であった。
とはいえ、ハークが己の考えに沈める時間はここまでである。虎丸の話が終わりにさしかかったからだ。
『ここまでが我が主の、ついこの最近までの活躍だ。あくまでも我の主観による印象だが、我が主は今やこの国に生きるヒト族、亜人族問わず多く人々から信頼と期待を寄せられている。先日など、辺境領を治める領主ランバート殿直々に所領の『剣術指南役』を打診されたほどだ』
「なんと……! 我が孫ながらなんと誇らしいことか……! 才有る子であるとは思っておったが、意外な面で、親やワシの欲目を超えていたということだな!」
ズースは傍目にも一目で分かるほどに感涙寸前だった。しかし、ハークの眼から視れば不思議なことに、ズースの隣の女性も同じ表情をしている。普通こういう時、他人は白けるものだが、エルフは根本的に違うのだろうか。
『我からの説明は以上だ。清聴感謝する。何か質問はあるか?』
「ふむ、二、三あるな。よろしいかね?」
『モチロンだ。どうぞ』
「ありがたい。君の現在のレベルは?」
『四十五だ』
一瞬仰け反りかける二人。
「驚いたな……。確か、三十半ばだった筈だが……。その君から視て、今のハークと本気で戦うとしたら、一体どうなると思うかね?」
『考えたこともない。我が主と我が本気で殺し合うなどあり得ないことだ』
ズースが一瞬だけだが鼻白む表情を曝した。それを視て、ハークは思う。
〈祖父殿は勘違いしておられる〉
虎丸が、今や敬語などは置いておいて、ほぼ完全な人語を理解し、過不足なく言葉を使用するところからなのだろうが、虎丸はその外見通り人間種ではない。従って、その考え方は根底からが全くの別なのである。
人間種のように思考実験に意味など見出さないのだ。あり得ぬことはあり得ぬ、で終わってしまう。
想像の中の比べっこに、興味など無いのである。
「ふうむ、では質問を変えようか。君の横に、今の君でも手こずるであろう敵が存在するとする。ハークはその敵に勝てると思うかね?」
『難しい質問だ。我が敵わぬ敵を主が簡単に倒してしまうこともあれば、主が手を焼くような敵を我ならば二体同時に相手取ることも可能だ。実際に、我が手も足も出なかった相手を、主ならば簡単に屠ったこともある』
〈ああ、コーノのことか。確かにあれを屠ったのは儂だったが、決して簡単な相手ではなかったのだがな……〉
それどころか、一時撤退の文字が頭によぎった瞬間さえあったくらいだ。結果的に良い経験にはなったが。
一方のズースは不得要領の顔をしている。現在の孫の実力を第三者的な視線から測りたかったのだが、思惑が外れたといったところだろう。或いはトロールやヒュドラ、タラスクのように、特定属性の魔法が無くては難しい相手の話とでも思ったのかも知れない。
「ううむ、どうも質問の仕方を完全に間違えたようだね。では、これならどうかな? 横にいるヴィラデルディーチェの嬢ちゃんと、ハークならばどちらが勝つ?」
驚くべきことに、虎丸は淀みなく即座に答えた。
『近距離ならば我が主の圧勝だ。しかし、互いに離れた場所で、ヴィラデルが先に我が主を視認したとすれば、主とて我の協力が無くては危うい』
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