381 第23話13:ホームカミング




 会議用のテントを借りて、会談が始まった。会談と言いつつ、ハークとしては試験のような気分である。

 因みに周囲五百メートルに他者は入れないらしい。第三軍軍団長レイルウォード将軍手配のようである。エルフの耳であれば別だが、ヒト族の耳では何を聞かれる心配も無い距離と言えよう。


 集められたのは主に四人、まずはハークとその祖父であるズース、そしてズース側に座るデメテイルと名乗った同郷同族の女性、最後に何故かハーク側、隣の席にヴィラデルが座っていた。主に四人と書いたが、勿論、ハークの従魔たちもいる。虎丸はその大きな身体の存在感を発揮しにくいようにちょこんと主の隣にお座りし、その肩に日毬がとまっていた。テント内に充満する緊張感のせいか、日毬はちょこちょこと忙しなく動いている。


 何故この中にヴィラデルがいるかというと、ハークの保護者代わりを今まで務めていたと思われたからであった。


「まず、ヴィラデルディーチェの嬢ちゃんに伺いたい。何故、ウチの子をアルトリーリアに帰さなかった?」


「家出少年とは知らなかったもので……」


 憶えてなどいないが自身の祖父だという壮年のエルフ、ズースの質問に対し、すまし顔で表面上は冷静に応答しつつも、その実ヴィラデルとて極度に緊張しているが分かる。

 あの傍若無人な彼女が、とも思わなくもないが正直ハークにも余裕は無い。


「ふむ、成程。アルトリーリア関連のエルフ族が帰還命令を受けたこと、その理由も知らなかったのかね?」


「は、はい。アタシは元々この国の古都ソーディアンの冒険者ギルドに所属していて、周りにエルフはこの子しかいませんでした。半年ほど前に拠点を辺境領ワレンシュタインの領都オルレオンに移しましたが、軍に何名か所属していると聞いていたエルフの姿がなく……。不思議には思っていましたが、アタシも忙しかったもので……」


「活躍は聞いておるよ。同じエルフ族として誇らしく思っていたほどだ。今やレベル四十一だとか。よもやワシのレベル三十九を超えて四十まで超えるエルフが現れるとは思わなかった。いやはや結構、結構」


「恐縮ですワ……」


 顔面表情筋をある程度自分の思い通りに動かせる訓練をしたハークをして、表情が崩れるのをギリギリで我慢したほどだった。


 あのヴィラデルの口から恐縮という言葉が出るとは思わなかった。

 今までハークの前でヴィラデルは、内心はどうあれ誰が相手でもへりくだるということをしていなかった。いつも、相手に対し、少なくとも対等以上で接していた。


 しかし、よくよくと考えてみれば、外見はあの通りの美女だが年齢で彼女が下回った相手はいない。

 今、目の前にいるズースを除いては。そういう意味では妥当とも言えるかも知れなかった。


「本当のことだよ。もう一つ確認だ。この一年、孫と行動を共にしてくれていた、と聞いた。本当かね?」


「ええまぁ、おおむね……」


「拠点を半年前に移してまで、かね?」


「は、はい……」


 何が訊きたいのかイマイチ分からない。ハークの隣のヴィラデルも首を傾げたいのを我慢しているようである。

 次の瞬間、ズースが頭を突然、前方の机に突っ伏した。頭を下げたのだ、と理解するのに数瞬かかった。


「アリガトウッ! 孫を守ってくれてッ! 心から感謝申し上げるッ!!」


「ああいや、あ、頭を上げてください。守るというか、そういうことはあまりしたことはなくてですね、実際は共闘ばかりでしたから……」


 慌てて否定するヴィラデル。自身の功績をひけらかさずにいる彼女は、これまた初めての姿で中々に新鮮だ。


〈それともまさかとは思うが本当に忘れていたりする、のか? いや、さすがにそれはないか〉


 ハークが思い起こしているのは空龍ガナハ=フサキに追いかけ回された時であった。あの時ヴィラデルが機転を利かせてくれなければ、少なくとも今の自分と虎丸はいない。


「謙遜とはまた奥ゆかしいな。では、質問先を変えよう。ハーク、今、ヴィラデルディーチェのお姉ちゃんが話したことは事実かね?」


 だから突然に自分へと質問を振られても事実を語るのみである。一応、ドラゴンという部分だけは伏せておく。


「いいえ。彼女には一度、明確に命を助けられております。空飛ぶモンスターに襲われた際です」


「ちょ、ちょっとハーク!?」


 褐色の肌を真っ赤に染め、ハークに狼狽して詰め寄ろうとする彼女の姿もまた新鮮であった。


「ほっほっほ……。では、謝礼はまた改めて相談させてもらうとしよう。さて次は、ハーク、お前自身のことだ。何故、家出などした? 決して怒ったりはしないから、言ってみなさい」


 ズースの言葉に、自分がハッキリと子供扱いされていることを否応なくハークも悟った。

 さりとて悪い気がする訳でもない。どこか奇妙な安心感がある。


〈いかんな。ほだされとる場合ではない〉


 ハークは心の中で気合を入れ直す。

 ここからは舌戦だからだ。


「実は……、憶えていないのです」


 室内の空気が変わる。全ての視線が自分に向く。

 ここ一年、考え抜いた第一声。


「お、憶えていない? ……一体それはどういうことかね?」


「今から一年ほど前のことです。ソーディアンの街の外で盗賊に襲われました」


「おお、なんということだ……」


 途端に眼の前の壮年男性の表情が悲しいものへと変わった。彼の真横に座るデメテイルと名乗った女性も同様だ。少々どころではない罪悪感が自然と込み上げてくるが、まだまだこれからだった。


「すんでのところで虎丸に助けられました。しかし、その際に崖から転落したらしく。それ以前の事を忘れてしまいました」


 当然の如く横に座るヴィラデルも眼を見開き固まっていた。

 ハークお得意の、『嘘ではないが真実の全てを語らない』というやり方である。盗賊ではなく古都三強の一人を含めた殺し屋のような悪漢たちだったが、あまり変わるものではない。崖から落ちたことも本当だった。


 嘘とは、それ以外に方法が無い場合を除き、大体が悪手なのである。自分で自分の逃げ道を塞いでしまう結果になるし、言葉に真心も籠らない。

 しかし、敢えて知っていることを告白しないだけであれば、一部とはいえ真実を語っていることになる。

 偽るのは詳細まで知っているか否かだけだ。その後の話の展開にどうとでも合わせることができるし、相手を誘導することもできる。場合によっては相手が勝手にその先を想像してくれたりすることもある。

 今がまさにそれだった。


「言われてみれば先程、ワシを見たハークは明らかに戸惑っておった……。ワシが今の役目を受けてアルトリーリアを出たのが三十年ほど前だから、顔を忘れられておっても仕方がないとは思っておったが……」


 好機が飛び込んできた。畳みかけるならば今である。

 ハークはちらりと虎丸に眼だけを向けた。即座に虎丸は『念話』を全員に繋げる。


『ここからは、我が主に代わり、少しの間この虎丸が説明をさせてもらう』


 果たしてズースとデメテイルの両眼がまたも限界まで押し開かれた。

 突然の念話に驚いたのであろう。人間は動揺すればまず平静を保とうとするものだ。そしてそれに注力すれば一時的に思考力と判断力が削られる。

 話の流れに乗るだけで精一杯となるのだ。


「君は……あの・・フォレストタイガーだな? 精霊獣となったのか」


『その通りだ。こんな口調ですまない』


「いや、気にする必要はない。ワシは君の主ではないのだからな。……ようやく名を貰えたのか。良かったな」


『ありがとう、主の祖父殿。我が精霊獣へと進化したのは、我が主が記憶を失った直後であった。それゆえ、色々と助力することはできたが、その前は言葉というものを詳細には感知できていない。よって主の家出理由についてはわからない。主が記憶を失った直後からの話だと認識してくれ』


「分かった。続けてくれ」


 ズースが固唾を飲んだのが分かった。




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