380 第23話12:迫る、故郷の足音②




 日が西の空に沈み、夕食の時間も近くなって、既に周囲に良い匂いが立ち込め始める頃、地方領主たちが会議の際に集まる第二王女陣営側の本陣、その仮設テントの幕が乱暴に開かれた。


「殿下! アルティナ殿下か、リィズ嬢はおられるか!?」


「おわ!? レイルウォード卿、いきなりどうなされた!?」


 たまたま残っていた第二王女派閥の中心的人物、ドナテロ=ジエン=ロズフォッグが驚きつつ対応する。慌てた様子で入ってきたのは、最初期から同派閥内で縁の下の力持ちをずっと担当していた王国第三軍の軍団長、レイルウォード=ウィル=ロンダイト将軍であった。


「驚かせてしまって申し訳ない、ドナテロ殿! アルティナ殿下か、リィズ嬢は!?」


「お、奥で休んでおられるぞ」


 レイルウォードの質問にドナテロが応え終わると同時に、奥の幕が開いてレイルウォードの求めた人物が両方現れた。


「ここに居ます! 何事でしょうか?」


「私もここに!」


 レイルウォードの大声が聞こえたのであろう。

 アルティナとリィズの二人は既に昨日、ワレンシュタイン軍三千に守られながら、王都レ・ルゾンモーデル目前のこの地に到着していた。熊人の獣人エヴァンジェリンも、護衛役として同行している。今もハルバートを携え、二人のすぐ後ろに控えていた。


「アルティナ殿下、リィズ嬢、大変申し訳ない! 私の部下がやってしまった!」


「落ち着かれよ。レイルウォード卿、一体どうした?」


「どうしたもこうしたもないのですよ! ズース様にバレてしまった!」


「なっ、なんだと!?」


「ズース様に? どういうことでしょう?」


 ドナテロはとっくに事情を察してくれているようだが、アルティナたちはサッパリな様子にレイルウォードも気づく。彼女達が一から事情を把握していないことに。


「殿下、リィズ嬢、よく聞いてくだされ。あなた方の、いや、今や我々の大切な同志、ハーキュリース殿は王国筆頭魔術師ズース様のお孫さんです!」


「え、ええっ!?」


「ハーク様が、ズース様の、孫!?」


「やはりご存知ありませんでしたか。では、森都アルトリーリアで子供が一人行方不明となり、出身のエルフたちが全員半強制的に呼び戻されたことは?」


「聞いています」


「ウチの、ワレンシュタイン軍にもエルフ族が何名か所属していましたから」


「聞いていらっしゃる……? では、どうして……?」


 不思議に思い、戸惑うレイルウォードだったが、ここでドナテロが的確な助け舟を出した。


「殿下、リィズ殿。その行方不明となった子供とは、ハーク殿のことなのですよ」


「「えっ!?」」


 二人の少女の声が同時に上がった。


「なるほど。レイルウォード卿、お二方はハーク殿を子供と認識しておられなかったのですよ。そのお気持ちは私もよく理解できる。いや、一度直接お会いすれば、彼を子供などと、とても外見から侮ることなぞできん。それこそ恐れ多い」


「そ、それは、驚異的な戦果の数々からすれば当然と言えるだろうが……」


「いや、そういうことではない。彼は本当に、安心ができるのだよ。話していると自分と同じくらい、いや、それ以上の経験の持ち主と感じてしまうほどだ。実際に、トゥケイオス防衛戦では彼の行動と言葉にどれほど皆が救われたことか……」


「そ、そうですか、そう言えば息子たちもこぞって彼を称賛していたが……。……って、その話はまた後で! 今はこの事態に対処せねば! とにかく、我が第三軍に所属するエルフ族の女性魔術師が森都アルトリーリアより帰ってきて、つい先程ズース様にバラしてしまったのだ!」


「そっ、それで、ズース様は何と!?」


「やはり恐れていた通りだ……。ハーク殿はまだ未成年者だとして、故郷への強制送還を主張しておられる!」


「ええっ!?」


「そんなっ、ハーク様が!?」


「むうっ、今やハーク殿は殿下やリィズ殿にとってもそうだが、我らが第二王女派閥にとっても既に中心にいる人物だ。情勢は今のところ我らに傾いてはいるが、大事な今この時に抜けられるのは、陣営内に要らぬ不安を蔓延させる結果にも成りかねないぞ……! 何とかならないのか!?」


「当然、私とアルゴス殿、そして陛下の三人でズース様の説得を行った。最初は全く信じてはくれなかったが、ハーク殿の実績を一つ一つ説明し、彼が如何に今のモーデルにとって必要不可欠な人材であって、今の状況を左右する最重要人物であると! せめて現況の決着が着くまでは待ってくれないかともお頼み申し上げたのだが、ズース様の一言で一蹴されてしまった……」


「な、なんと言われたのだ?」


「たった一人の子供に、国の運命すら左右されるような国ならば、とっとと滅びたら良い! ……とな」


「ぬぐっ……!?」


 乱暴極まりない言われようだが、一方で厳しくも的を射ている言葉だった。

 特に国の重鎮としてその中心に携わってきた者にとっては、真っ正面からは返す言葉も無い。

 国を背負う王族や大貴族、将軍家の人間でもない、中枢からすれば離れ過ぎて部外者とすら言えるような人物、ましてや子供に、その行く末を左右されてしまう国など、脆弱過ぎて笑いがこみあげるほどだ。そんなくだらない国など今は滅亡を回避できようとも、早晩、今度は絶対に回避不能な滅びが必ず訪れることだろう。だったら今潔く滅びてしまうが良い。そう言われているのである。


 強烈で苛烈な一撃を貰ったようなモノだった。ただでさえ彼らは、アルティナという十五歳になったばかりの少女に国の命運を預けてしまっている。

 痛烈な反撃を急所に受けたレイルウォードらはその時点でダウン、もはや立ち上がることは適わなかった。


 しかし、落ち着いて考えれば逆に、中枢にかすりもしないほどに遠く、しかも少なくとも外見上は子供である人物が、一体どれだけの事をすれば大国の存亡を握るほどの地位にまで登り詰めてしまうのか、とも言い返せる。あなたはご自身のお孫さんの価値を見誤っていますよ、と、そうズースに諭すべきでもある。が、その言葉を吐くのが当事者では意味が無い。


「かくなる上は、後でズース様に何と謗られようとも我らでハーク殿を匿い、会わせぬようにするしかない! どうせ長くともあと一カ月はかからぬ筈だしな!」


「確かにそうだな……! 少々心苦しいが、背に腹は代えられん! 殿下とリィズ殿も、ご納得いただけますな?」


「……ハーク様が、ご同意いただけるなら……」


「私も、アルティナ様と同じくです」


 アルティナとリィズの二人は、ハークが何も知らぬままに拘束、監禁などされぬようにと釘を刺したワケだが、レイルウォードや、ましてドナテロがそんな手段に訴える気などは毛頭無い。そもそもが不可能だと、二人共理解していた。

 何処の世界に何でもぶった斬り、眼に留まらぬ動きと天変地異を生む従魔を従えた存在を拘束、監禁などできる兵がいるだろうか。


「無論です。このレイルウォードの首に懸けてでもお約束いたします。ハーク殿は今どこに?」


「リィズ」


「はい、アルティナ様。昨日、父から文が届きましたが、ワレンシュタイン領領都オルレオンからの出立前に書いて送ったものであるようでした。スカイホークが運んできてくれたことから逆算しますと、一日から二日は経過しています。急いでこちらに向かうと書いてありましたので、一週間どころか五日程度でこの地に到着する可能性もあるか、と……」


「一刻の猶予も無し、か」


「急いで我が所領のトゥケイオスに早馬を送ります。あそこは東の街道の中継地だ。事情を伝え、しばらくそこで駐留して貰いましょう」


「それが一番良いですね。その間にこちらでも準備を整えるということでしょうか?」


「仰る通りです、殿下。さ、お二人共、お手数ですが連名でお手紙を作成願います。ランバート殿宛にしたためていただければ上手く説得してくれるでしょう」


「「分かりました!」」


 だがその手紙がランバートのもとに届くことはなかった。ランバートを含めたハーク一行は、その翌日には王都目前のこの地に到着してしまったからだ。




   ◇ ◇ ◇




 ランバートは遠征から自らの領都に帰り着き、一晩だけ過ごして報告を行い、とりあえず後のことは息子であるロッシュフォードに全て丸投げして所領を出発した。

 こう書くとまたもランバートが勝手を行い、ロッシュフォードに貧乏くじを押しつけたかのようであるが、今回に関してはロッシュフォードも納得づくであるどころか、彼自身がどうぞ自分に全てを押しつけて、一刻も早く出発してくれと申し出た結果なのだった。


 今、モーデルの王都レ・ルゾンモーデルで起こっている事態は、佳境と大詰めの両方を迎えている状態なのである。

 ただ、一番の主役であるアルティナこそ目前に到着してはいたが、影の主役がまだだった。

 ずっと主役を陰に日向に愛娘と共に支え続け、彼女の派閥誕生から携わって来た中心人物、ランバート=グラン=ワレンシュタインがその人である。


 彼が到着して、ようやく第一王子包囲網は完成する。これは総意に近いものがあった。決して父や兄が、娘で妹への心配だけで他の全てを後回しにした訳でもない。その筈である。


 一方で、今や完全なる敵国である帝国に対する備えも忘れてはならない。どう考えても最大戦力であろうキカイヘイ軍団は完膚なきまでに壊滅させたが、時期的に悪手極まりなかろうとも血の繋がった甥子のために帝国の皇帝が兵を動かす可能性もゼロではない。

 オルレオンに最強冒険者モログを滞在させる契約も、遠征隊の帰還にて既に満了を迎えていた。


 留守居役として残っていた上級大将が一人エヴァンジェリンも、遠征隊と入れ替わるようにアルティナとリィズの護衛役として二人についていっている。そこで、もう一人の上級大将フーゲインが家老ベルサと共にオルレオンに残ることとなった。

 ベルサはともかく、フーゲインはギリギリまで渋っていたが、ランバートの説得によって最後は納得している。


 そしてランバートはフーゲインを欠いた遠征隊主力組のハーク、虎丸に日毬、シアやヴィラデルと共に、五千の兵を率いて王都へと出立した。


 ただし、ランバートはその五千の兵と足並みを合わせることはなかった。

 元々現時点でアルティナの第二王女陣営とアレスの第一王子陣営の戦力差は決定的な開きがある。精鋭隊であるとしても、今更五千の兵など大勢に影響などないのだ。

 しかし、ランバートたちがアルティナらに合流するのは大きな大きな意義がある。そこで彼は、ハークの従魔、虎丸の背にハークらと共に騎乗、後続を待たずにとにかく先行を選択したのである。


 主であるハーク、シアにヴィラデル、そして最後尾にランバート、ついでに日毬も背に乗せた虎丸は、まったくの全力ではなく、あくまで流す程度の速度で駆け抜け、三日で王都の城門目前に建てられたアルティナ陣営の本陣へと到着していた。



 そしてそこで、愛しきたった一人の孫の到着を今か今かと待ち構えていた王国筆頭魔術師が、エルフ特別製の瞳を凝らしまくっていた状況で、それは必然であった。


「うおおお~~!! ハークちゃんや~~~!! おジイちゃんだぞ~~~~~い!!」


 まるで前世の坊主が着る法衣かのような魔導師服に身を包みながら、自分たちに向かって一直線に突進してくる一種異様な壮年の男性の姿に、ハークは動揺しながらも虎丸に念話を飛ばす。


『虎丸!? 儂の名を呼んでいるが、アレは儂の知り合いか何かか!?』


『ご主人! あれはご主人の身内で祖父、おジイさんッスよ!』


『なぬっ!?』


 ずっと考えていた課題の提出を急に求められたようなものだった。

 唐突に、ハークはこの一年の集大成を発揮する事態に陥った。




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