373 第23話05:Find Your ONE WAY②
瞬間、ぱぁっと眼の前にランバートがたった今語ってくれた光景が映ったかのようだった。
その中でハークは悠々自適に過ごし、稀に出た領内の強力な魔物をフーゲインなどと共に退治、ごくたまにリィズや軍の若い連中の修練をしつつ、不測の事態が領内で起これば仲間たちと共に全力でそれに対応する。そんな日々を送っていた。
リィズからの相談にも時々乗っているうちに、いつしか月日は巡って彼女も大人になり、ランバートの後を継ぎ領主になって、やがて誰かと結婚して自身の後継者を産むだろう。
その後継者が息子か娘かは分からないが、きっと彼らの教育にも関わり、任されることになる。
もしかしたらその次代までも……。
そうした流れのまま周囲が世代を重ねる中、飽きられるまで、もしくは疎まれるまでワレンシュタインの地にいる。
それは少し、冒険者として自由気ままに各地を歩き、根無し草としての生活を送る未来よりも、ほんの少しだけだが魅力的に思えた。
何よりハークは、求められて仕事に就くということの大切さを知っている。
仕事に勤しむというのは、翻って考えてみれば単純に、そして当然に自分のためなのである。
生きるために必要な対価を得るためということも勿論あるが、人間は集団で生きる生物であるだけに、仕事を得られなくてはその集団の中でも役割を貰えることはない。従って、生きた意味すらも獲得できなくなる。
ところが、他者に求められて仕事に就くというのは、その自分のための当然の行為に、誇りと意義を加えてくれるのだ。
これが希少であるということをハークは良く知っていた。
前世にて日の本一の剣士との評判を得た後でさえ、自身の望む以上の禄と待遇で迎えようとしてくれるところは無く、仕方なく自分で探したものであった。
「俺からは以上だ。決めるのは無論、ハークであり、どのような結論であっても受け入れるつもりさ。だが、よく考えてくれるならば、俺も嬉しいぜ。どうか頼む」
そう言って一度頭を下げると、ぽん、とハークの肩に触れ、未だぐわんぐわんと眼を回したままのシアの様子を一見だけして、フーゲインたちのいる隊列の先頭に向かって去っていった。
その背についていこうとする、ベルサの代わりの士官も、ランバートのように頭を下げた後、去り際に一言だけ残していった。
「どうか、お二人ともお願い申し上げます」
と。
その様子から、ランバートが言っていた『熱烈な要望という名の突き上げ』を行ったのは、ひょっとすると彼かも知れないとも思えてくる。ふと視線を送ると、呆けから脱却したばかりのシアと眼が合った。
彼女は少し恥ずかしそうに笑った。
「あ、ははは……。何か、大変なことになっちゃったね……。……どうしよう……?」
「よく考えよう。まだ時間はあるのだからな。どちらにせよ一朝一夕という訳にはいかん」
「そうだね……。ねぇ、ヴィラデルさんは、どう思う、かな?」
恐る恐るといった調子でシアが尋ねたのは、先の話の際中、ハークに密着するくらいのすぐ後ろにいたヴィラデルに対してであった。当然に聴こえているものとばかりハークも思っていたのだが、彼女の答えは意外なものであった。
「へ? 何がぁ?」
「……え?」
「むう、……ヴィラデルよ……お主まさか先程のランバートの話を全く聞いておらなんだのか……?」
「え!? 何かあった!?」
「い、いや、何でもない。お主の集中力は大したものだ、ということだ。……儂も見習わんとな」
「そ、そう?」
「あははは……、ホントだね」
「もう良いよ。邪魔して済まぬ。引き続き新しき魔法の習得に勤しんでくれ」
「え~~? 何か逆に気になっちゃうな~~」
「本当に構わんで良い。どうしても気になるのであれば後でゆっくりと説明しよう」
「そうだね。本当に後で良いよ。その時は相談に乗って欲しいかな」
「そ、そうなの? ンじゃあ、お言葉に甘えて……」
それだけ言うと、ヴィラデルは話に参加する前の体勢に戻ってしまう。そして瞬時にまた、自分の世界に入り込んでしまっていた。
ヴィラデルのそんな行動を見て、ハークは内心、成程と納得していた。
ランバートから自分たちを軍に誘おうという話を聞かされ終わってから、その衝撃が鎮まった後にすぐ心に沸いた疑問。何故、ランバートはハークとシア、二人だけを誘って、ヴィラデルには声を掛けなかったのか。
簡単な事だった。彼女は頭こそ優秀なくせに軍に属せるような人物ではないからだ。
完全に向いていない。ハークとて他人のことを言えた義理でもないが、彼女は度を超えた自由人である。長く一人で活動してきたことが影響しているのだろう。
更につけ加えれば、その自由奔放さが、次の瞬間に何をするか分からない彼女の強さともなっていた。
無論、単純にハークとシアに続いてヴィラデルまで引き抜けてしまった場合、さすがに冒険者ギルドとの関係が悪化すると懸念して、ということもあるのだろう。
なんにせよ、ハークは自らのすぐ後ろの、体温すら感じるほど物理的に近いヴィラデルのことは忘れ、シアと、そして虎丸に日毬、最後にはエルザルドまで交えて話し合いを始めたのだった。
その日の夕方、隊列一行は予定通りワレンシュタイン領領都オルレオンに到着した。
遠征隊の最前列が街中へと差しかかった頃合いで、ハークの耳に巨大な人の声の塊の様なものが届いた。
なんとなくハークは、それが何であるかに気づく。同時に、今までランバートの提案を受けた場合と、今現在の冒険者の立場を維持した場合の損得勘定を脳内にて査定していたシアも、顔を上げて言った。
「これは……歓声、かな?」
「きっとそうネ」
これまでずっと自己鍛錬に没頭していたヴィラデルも、さすがに集中力が切れたのか顔を上げる。
そうなのだ。半年前、今から帰り着くオルレオンの巨大コロシアムにて行われた『特別武技戦技大会』にて、自分たち選手が客席から受けた大歓声そのものだった。巨大さも引けを取らない。ひょっとすると上かもしれないくらいだった。
興味を惹かれて背筋を伸ばすようにして、ハークは隊列の先頭へと眼を向けた。
「おお……」
そして視界に入った素晴らしく美しいものに彼は釘付けとなる。
それは、美しい花々で構成された、巨大な門だった。解り易く表現するとなれば、花のアーチである。それが幾重にも連なっている。余裕で二桁の数に達するであろう。それは雪に覆われて、白と灰色を基調とした風景にすっかり慣れてしまったハークからすると、鮮烈過ぎるほどに華やかな光景だった。
微風に揺れて、花弁が舞っている。しかし数が多過ぎた。よくよく見ると、街外れの建物や民家の屋根に上った人々が振り撒いている。
彼らは口々に、「おかえりなさい!」だとか、「お疲れ様!」だとかの帰還と労いの言葉を発していた。
「……これは凱旋、かしらね」
ヴィラデルが確認するかのように言った。恐らくそうに違いない。自分たちの帰還を祝われているのだ。
「凄い。こんなに人が集まっているんだね……」
シアの言う通りであった。進むたびに人の数が増えていく。
トゥケイオスの街でも同様のことがあった。あれは凱旋ではなく、ハーク達がこの地に向かうための出立で、その見送りでもあったが、街のほぼ全ての人々が集まってくれていて驚いたものだった。
街の規模が違うゆえか、あの時よりも人の数は多いかも知れない。
やがて花の門を幾つかくぐった後、見覚えのある顔が急速に増え始めた。
そして彼らは、花吹雪に装飾を受けたハークを見つけて声を上げた。
「あ! いたぜ! センセーだ!」
「おかえりなさい! ハークセンセー!」
「ご卒業おめでとうございます!」
「ハーキュリースセンセー! ばんざーい! せーのっ!」
「「「「「ばんざーい! ばんざーい! ばんざーい!」」」」」
ハークは驚いた。見覚えがあるのもその筈で、彼らはハークのギルド寄宿学校における同期生、並びに刀の扱い方を熱心に訊ねてきたこの街の冒険者たちであった。
束になって万歳三唱を繰り返してくれている。
「あらっ! 凄いじゃない! アレ、ハークの教え子?」
「い、いや、殆どが同期生たちなのだが……」
ヴィラデルの質問に、少々戸惑いながらも答えたハークだったが、すぐに見透かされてしまう。
「じゃあ教え子じゃないの」
「凄いね。皆してお出迎え? いや、ハークが出席できなかった卒業式の代わりをしてくれてるのかな?」
「だとしたら、大した師匠思いのコたちねぇ」
「そうだな。儂は果報者だ」
「また難しい言い回しを……。ホラ、手でも振ってやんなさい」
「あ、ああ。分かった」
照れながらもハークは、ヴィラデルに言われた通りに手を振って見せる。
それによって尚一層の歓声が上がり、他を圧倒した。ハークは増々照れくさくなってしまうが、半日前のランバートの提案を、より真剣に考えるようになったのは言うまでもない。
ワレンシュタインの地はもう春だった。
暖かい気配に、ハークは防寒具を脱ぎ捨てた。
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