372 第23話04:Find Your ONE WAY




「儂をか!?」


「なーに驚いてやがんだ。当ったり前だろぉ、ハーク。お前さんはもう、ナンバーワン冒険者と一部じゃあタメをはる存在なんだぞ?」


「何!? モログと儂が!? ランバート殿ならよく理解していよう。儂とモログでは隠していた実力が違い過ぎるぞ!?」


「……あ~~……、さて、どうだかなァ……。確かにあの時点では二人の間に明確な差があった。しかし今ではさらにお前さんは実力を伸ばし、『天青の太刀』を手に入れ、レベルも上げた。……今ならなんとかイケるんじゃあないか?」


「さすがに無理だ! 大体、儂はまだ学生だぞ!?」


「おいおい……、先日卒業しただろ」


「……ぬあ……」


「……フッ……フフフ、はっはっはっは!」


 失言をして二の句が継げぬハークを視て、ランバートは本当に珍妙なものを発見した時のように、こみ上げてくる笑いを我慢できなかった。


「はっはっはっは……。ハークでも、学生気分が抜けねえ、とかあんのか。ま、俺らのせいで、折角の卒業式をすっ飛ばす羽目になっちまったからなぁ」


「ああ、いや……、面目ない」


「フッ。ホントによ、そろそろ真剣に考えたほうが良いぜ。身の振り方をよ」


 それだけ言うとランバートは一度後ろを振り返る。そこには普段ならばワレンシュタイン領家老のベルサが控えている筈だったが、彼はまだ主治医、則ちハークの事なのだがその指示により隊列中央の馬車に他の負傷者と共に運ばれている最中である。もう傷自体は完治しているのではあるが、大事をとってワレンシュタイン領都オルレオンまでは仕事復帰の許可を、ハークは出すつもりがなかった。


 そんなベルサの代わりに彼直属の部下が上司のいつもの位置に陣取っている。ランバートの視線にコクリと頷くと、彼は書類の束を二つ渡した。

 受け取ったランバートはその二つの書類の束をハークとシアにそれぞれ差し出す。


「ぬ?」


「?」


「ヘッドハンティングさ。パラパラッとでも良い、そのまま見てくれ」


 言われた通り、ハークとシアは手渡された書類を軽く眼を這わせながら一枚一枚めくっていく。同じようなものを少し前に視たとハークは既視感を思い出す。


「これは……嘆願書か?」


 ランバートは肯く。


「え? 嘆願書? 何の?」


 不思議そうに訊くのはシアである。その質問に、ランバートは少しばかり恥ずかしそうに笑って答えた。


「もちろん、お前さん達二人を我がワレンシュタイン軍にお迎えしてえ、っていう意向嘆願書さ」


「何!?」


「ハークだけじゃあなく、あたしも!?」


「はは。お前さん等二人は総じて自己評価が低過ぎるようだなァ。元々シア殿、貴殿が今回、攻防両面において我らの大きな助けとなってくれたことが発端だ」


〈ああ、そういうことか〉


 自分のことはともかく、他者のことは良く分かるもので、ハークはすぐに気がついた。


 今回の防衛戦、彼女は前線でも存分に自身の力を振るったが、最も活躍したのはむしろ裏方側の仕事の方だ。

 しかも攻防どちらにおいても、である。

 攻撃にはヴィラデルと共に開発、詳しい話を聞いてみればヴィラデルは手伝い程度だったようだが、兎に角彼女たちの手によって生み出された新しい武器、『法器合成武器』は消費魔法力MPを抑えつつも確実にキカイヘイを屠る力となっていた。


 そして、何より防御面では、実戦の経験から導き出し設計した大盾をワレンシュタイン軍の武器開発部門に提出している。素材が大量に手に入ったという僥倖な必然もあったが、あの大盾が無ければ、今回の防衛戦において死傷者の数は八十八という数にはとても収まらなかったに違いない。

 あの熱放射攻撃すら防いでみせたのだ。コレを考慮に入れれば被害は五倍十倍に膨れ上がっていても何らおかしくはないと、戦いに参加した兵士の大多数においてほぼ共通認識となっていたし、ハークも同じ考えだった。


 ランバートが続ける。


「シア殿、俺たちの軍は、正式に貴殿をお迎えし、引き続き武具開発をお願いしたいと考えている。具体的には現在の武器開発部門を第一とし、第二開発部門の長となってもらいたい」


「チョ……チョウ!?」


「部下は五人から十人つけよう。第一武器開発部門から好きなヤツを引き抜いてくれ。ただ、もちろんだが、シア殿の自由を奪う意図はない。部下がいらんというならばそれでもいいし、前線に出て、インスピレーションを高めてもいい」


「は!? え!? は!? え!?」


「少し落ち着くのだ、シア。ランバート殿、それだけ聞くと、今までの立場にあまり大差がないように感じられるのだが」


 防衛戦の前も、シアはワレンシュタイン軍の『阿努倍座あどばいざ』の地位に就いており、軍の鍛冶施設をほとんど自由に使用し、出入りすらも制限されることは一切無かった。後者に関してはハークも同様だが。


「ふ。そういうこった。このまま関係をなくすなど冗談ではない、という意見が多数出ている。特に上級士官から、この要望は強く出ていてな。まぁ、彼らの立場の方がシア殿の実績をより理解したんだろう。給与は……、ホントならこんな場所で言うようなことじゃあないんだが、敢えて言わせてもらうと月に金貨三枚以上は保障する」


「はぁ!?」


「凄いではないか、シア」


「さらに、貴殿のために新しい鍛冶場の新設も考えている。最新設備で揃えるつもりだ、要望があれば今の内に考えておいてくれ」


「ちょ、ちょちょちょちょっと待っておくれよ!」


 驚き過ぎて彼女は眼をグルグルと回していた。確かに破格の待遇だ。

 ここでランバートは照準を変え、ハークの方を向く。


「ハークの場合は逆に、下士官を中心に熱烈な要望という名の突き上げを喰らったよ。先の防衛戦でお前さんの下で戦った奴らが、お前さん等の素晴らしさを広めていてなァ。正確に数えてはいないが、嘆願書に署名した数は四千に達しているかもしれんという話だ」


「四千……」


 そう聞くと、手にした書類の束から急にずしりと重みを感じた。


「身の振り方、とはそういうことか。……しかし、ランバート殿もよくご存知であろう? 儂は元々、冒険者として大成するために……」


 ここでランバートは大仰に手を振った。皆まで言わなくていいという意志を示すためだった。


「分かってる。お前さんの意思が明確なのはな。だが、それによってこちらの意思を全く示さないというのは別問題だ。だろ?」


「ぬ。それはそうだが……」


 ここでランバートは苦笑を見せ、頭髪をぽりぽりと掻いた。


「俺もこんな事ァ初めての経験だが、自分のものも含め、部下たちの要望を伝えず仕舞いというのはなんか違うと諭されてなァ。ギルド寄宿学校の教職陣やルナ殿、ソーディアンのジョゼフ殿には悪いんだが、そりゃそうだなと思い知らされた次第だ。無論、決定権はお前さんにある。……しかし、まァ、こちらの要望を受けてくれるならば、リィズや姫様も喜ぶに違いない」


 この言葉に、ハークははっとさせられた。


 既に一年以上同じパーティーの仲間として幾つもの戦いを共に乗り越えたハーク達とシア、アルティナとリィズは強い信頼感で結ばれている。しかし、元々はモーデル王国第二王女であるアルティナと、彼女の従者にしてランバートの末娘、さらには次期ワレンシュタイン家当主の座を受け継ぐ立場であるリィズの両人を守護するがために、依頼を受けてパーティーに受け入れたという経緯があった。

 時を重ねるにつれ、ハークがアルティナとリィズにとって剣術の疑似的な師匠代わりへと立場を変えたが、その関係には最初から終わりが設定されていた。その終わりとは、第二王女たるアルティナが、異母兄である第一王子アレスを打倒し、新しきモーデル王国の王、新女王として戴冠を受けるまでの期間である。


 当然であろう。新女王とその第一の側近、それが一介の冒険者といつまでも今の関係を維持出来る筈などない。

 お互い住む世界が異なることとなるからだ。アルティナとリィズは王城内で、最低数年間は忙しく過ごし、ハーク達はそこ以外で働くことになる。

 この国は王都のある中央に近づけば近づくほど、生息している魔物は低レベルとなる。最早、言い訳すら効かぬほどに名実ともに高レベル冒険者となったハーク達に、そんな場所で燻るような意味はないし、周囲も許さないことだろう。


 つまりはたまに会い、昔を懐かしみつつお互いの現況を交換し合うだけの関係となるのである。ハークとしては、それもまた善し、いいや、そうなる他ないと諦めていた部分があっただけに、ランバートの言葉は衝撃であった。

 ハーク達がもしワレンシュタイン軍に就職するのであれば、さすがに今までのように一日の多くの時間を共に過ごすというのは無理でも、所謂『過去の仲間』という関係では、最低でもなくなる。


「ハーク、お前さんがもしウチに決めてくれれば、の話だが、まだ具体的には何にも決まってはいない。これからウチの領に帰還してからロッシュやベルサ、閣僚、幕僚たちと協議してからだが、その前に俺の考えを述べておく。お前さんにはウチの領、並びに軍の『剣術指南役』に就任して欲しい」


「『剣術……指南役』……」


「おう。平時には何の権限もない役職だが、その分自由に動くことができる。今までと同じようにモンスター退治に精を出してもいいし、自己鍛錬に励んでもいい。空いた時間でウチの軍の連中やリィズを鍛えてやってくれれば尚ありがてえ、ってところだ。まぁ、シア殿に提案したものと似た立場だな。ただし、戦時、或いは緊急時となれば別だ。総大将と家老に次ぐ権限が与えられる。つまりは今の俺とベルサのすぐ下、フーゲインやエヴァンジェリンと同等だな。今まで、これと同様の立場についた者はウチの領にはいない。役職は新設するつもりだが、参考にしたのはウチの家の大元となった赤髭卿の当時の役職さ」



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