371 第23話03:カウンター③




 押し寄せる骨の洪水に虎丸と共に抗った記憶が蘇る。掻き分け掻き分けようやく敵の喉元に到達したのだ。あの時は、戦力的にはまだまだ余裕があった筈なのだが、心理的にはかなり追い込まれていたのを憶えている。

 実際、日毬が駆けつけてくれなければ、その命を燃やし、道を切り開いてくれなければ危なかっただろう。

 トゥケイオス防衛隊は全滅、街の市民たちも半分以上が犠牲になっていたとしても、何らおかしくはなかった。


「ホントに大変だったよね……。ギリギリだったよ。今更だけど、怒りが込み上げてくるくらいさ」


 シアの言葉である。

 当然であろう。ハークはあの時攻勢を担っていたが、彼女の担当は防衛の方だった。そちらの方が余程厳しい現実を直視せざるを得なかったに違いなかった。


「もうすぐ直接ぶつけられるさ。話を戻すが、とにかくアレス王子の直接の部下共が、各地で問題を起こした。これが後々重要になるから、頭に留めておいてくれ」


「承知した」


「わかったよ」


「よし。ンで一方、粗探しの方だが、こっちは全く効果がねえ。議会は問題を提起する権限は持ち合わせていても、俺たち地方領主を処罰する権限は無い。持っているのは国王陛下だけ、つまり今は議長ってワケだ。しかし、議長はこの問題に全く取り合うことはしなかった。こうなることを見越して、護衛役に王国第三軍と、魔法の専門家が就いてくれたから、下手な力押しももう通じねえ」


「おお、ロンの父上殿か」


「ああ、あの子の?」


「知ってンのか?」


「うむ、ロン=ロンダイト。ロンダイト家の三男坊。古都ソーディアンで寄宿学校の同期だ。仲良くさせてもらったよ。礼儀正しくて責任感のある子だった。オマケに優秀」


「ほう。ロンダイト家の三男は、元々俺たち地方領主の間でも神童との噂が出回っていたが、ハークの眼から視てもそう評価できるか。こりゃあ第三軍の将来も安泰だな。まァ、そんなワケで、第一王子側の俺たち地方領主への嫌がらせみてえな工作はあまり意味を成さなかった。元々がムリヤリ難癖つけたようなモンだったしな。だがよ、その中でも無視できねえ、マジの事件が起こっちまった。しかも、同じ街で二度も」


「二度? ぬ!? まさか!?」


「ソーディアン!?」


「その通り。ハークとヴィラデル殿が其々解決した二度の襲撃さ。こればっかりは当事者を呼んで、詳しい話を中央でも聞かなきゃあならん。正当な権利であり、対応だ。とはいえさすがに議長も先王ゼーラトゥース様を呼び付けることはせん。あまりに不敬だからな。そこで先王様ではなく第一の側近宛に召喚状を寄越すことにした。彼は貴族籍ではないから、遠慮はいらんしな」


「第一の側近? 貴族籍ではない? ……とすると、そうか、ラウム殿か」


 嫌な予感しかしない。敵対的で立場が上の者が多くひしめく場にたった一人でお越しくださいなど、なぶり殺しの準備ができましたのでどうぞ、と言っているようなものだ。


「そうだ。しかしこれは先王様が直々に断ったんだ。まだ予断を許さぬ状態であるから、としてな。『長距離双方向通信デンワ』で自らの事情説明も提案したんだが、これは却下されちまった。もっともこれに関しちゃあ断られるのも道理だ。前代未聞の事件が二重ダブルで、だぞ。とても時間の計算が利く案件じゃあない。おいそれと質問も出来かねるからな。無論、反対派、第一王子派閥はそこを攻めた。しかしどうなるモンでもねえ。何たって先王様だからな。多少の無理も利くってモンだ。双方平行線のまま無為に時は過ぎ、そしてあの事件が起こっちまった。ゲルトリウス元伯爵の造反だ」


「ゲルトリウス……!」


 ハークの顔が珍しくも苦々しく歪む。

 だが、それも一瞬のことだった。

 ゲルトリウス=デリュウド=バレソン、確かに彼は、まるで自爆攻撃に他者を巻き込むような形で、ハーク達がソーディアンの街を出ることを余儀なくさせた張本人であり、大馬鹿者である。

 しかし、別の見方をするならば、あの事件があったおかげで、ハークはワレンシュタイン領領都オルレオンへと拠点を移す結果ともなった。そこで得た知己、重ねた貴重な経験は古都ソーディアンで得たものに勝るとも劣らない。何より毎日が充実していた。


 もうとっくに、ハークの中では折り合いがついていたのである。


「アレでまた、古都は一体どうなっているんだ、ってコトになっちまった。筆頭政務官を始め、何人か領の職員が逮捕されているからな。第一王子派閥以外の議員も、不敬を承知で調査を進ませねばならない意見に、賛同せねばならない状況へと流れが変わっちまった。……これで第一王子派閥か、アレス王子自身かは分からねえが、とにかく奴らは調子に乗っちまったんだろうな。さて、二人共、長々とここまで話しちまったが、ここからがいよいよの本題だ」


 ハークもシアも特に長いなどとは感じてはいない。が、この言葉でより一層ランバートの話に耳を傾けた。


「連座制って知ってるか? ウチの国じゃあ、あまり馴染みがねえが、他国じゃあ場所によっては幅を利かせている制度だ」


「知っている。謀反や反乱など、重大な罪を犯した者の血縁、近親者、さらには主従の関係などに至るまで、直接犯行に関わっていようがなかろうが、関係なく罪を贖わせる制度だ。……あまり気持ちのいい制度ではないな……」


「詳しいな。俺より詳しいくらいだ」


「ぬ。……まぁな」


「まあいい、それがバアル帝国にもあるらしい。バカ王子派閥はこれを持ち出したんだ。部下が犯罪に手を染め、罪を犯したならば、それに気づかぬ無能な上司にも責任があると」


「……な!? だから先王様、ゼーラトゥース様も罪に問えってぇのかい!? それを支援したのは自分たちだったってのに!? ムチャクチャにもほどがあるよ!」


「シア殿の言う通りだぜ。クソみてえな主張だ。元々この国じゃあ通じもしねえ論理だしな。しかしよ、予想に反して賛同する奴らが現れた」


「はぁ!? 一体どこのバ……え?」


 憤りをそのまま表そうとしたシアであるが、ランバートが人の悪い笑みを浮かべているのを見て、言葉を止めた。

 そして、ハークとシアはほぼ同時に結論を察する。


「む。まさか」


「賛同したのって、地方領主たち?」


「ご明察、ってヤツだ。俺以外の地方領主、ほぼ全てが賛同したよ。まずテメエが部下共の責任を取って罪を贖いやがれ、ってさ。第一王子、アレスに向かってよ」


「跳ね返ってきたワケだねえ」


「全くだ」


「自分たちから言い出した手前、批判する事や拒絶することはおろか、今更引っ込めるなんてこともできん。公文書にも残されているからな。まぁ、それでも恥知らずに抵抗しようとしたところで、先王様がゲルトリウス造反の際に掴んだヤツの一派とアレスの繋がり、さらには両者を背後から支援していた帝国の証拠、裏取引の記録を公開した。これによって、ほぼ全ての地方領主たち、今は第二王女派閥が挙兵したとのことだ。俺たちのところに文が届いたタイミングから逆算して、これが大凡四日前ってところだな」


「成程。そういうことだったのか。機を視たゼーラトゥース殿の好判断でもあった訳だな」


「その通りさ。これでやっとこさ、攻勢に出れる」


「でもさ、さっきランバートさんも言ってたケド、地方領主ってまとまりがないんでしょう? よく歩調を合わせられたね? それに第二王女派閥って、アルティナが寄宿学校を卒業するまでは表に出ていなかったからちゃんと体制化されてないんじゃあなかったっけ? 早過ぎない?」


 そうであった。シアの言う通り、アルティナが本格的に表に出て、対アレス王子の旗印として矢面に立つのはこれからである筈であったのだ。


「それに関してはな、俺やアルティナ様も多少は進めていたんだが、あくまでも水面下だった。ところがこれを、地方領主間で熱烈に宣伝し、勧誘し、進めてくれてくれた人物がいるんだよ。憶えているだろ? ロズフォッグ家のドナテロ殿と娘のメグライア殿だ」


 二人は肯く。忘れる筈などない。ハーク達とは共に苦難を乗り越え合った仲であり、アレス王子陣営の一番の被害者とも言える人物たちだ。


「あのお二人が?」


「懐かしいねぇ。まだ半年くらいしか経ってないのに、そう感じちゃうよ」


「そうだな」


 前述のトゥケイオス防衛戦。その舞台となったトゥケイオスの街、ドナテロはその地を治める領主であり、メグライアは彼の娘である。二人とも大事なものをその防衛戦で失っていた。ドナテロは多くの忠実で優秀な部下たちを、メグライアは最愛の恋人を。

 表面に出す者達ではなかったが、アレス陣営に対する思いは恨み骨髄に達する、というのは容易に推察できる。


「お二人は地方領主間で積極的にアレス王子派閥の無法とその罪状を説いて回った。まだアレス王子派閥から直接的な被害を受けていなかったトコは、備えることができたこともあって後々に大いに感謝されることも多かったらしい。さらにアルティナ姫様が、実は水面下で派閥の長となる準備を進めており、それが既に完遂されつつあること、王位を継ぐお覚悟を整えられたことなどを広めてくれたんだ。さらには、戦力的にも準備万端、問題ないということまでな」


「成程。無敵のワレンシュタイン軍が後ろについておるぞ、といった感じか」


 このハークの返しを聞いて、ランバートの言葉が一度止まる。しかも眼を見開いて、素っ頓狂な表情を珍しくも晒していた。


「ど、どうかなされたか?」


「ふうむ、自分じゃあ気づかねえのかね。俺たちのこともあるが、何よりも宣伝したのはお前さんの事だ、ハーク」


「儂の?」


「おう。あのモログと『特別武技戦技大会』にて優勝を分け合った剣士が味方陣営として護衛についてくれている。だからなにも心配要りません、ってな」


 今度はハークが自身の瞳を限界近くまで押し開く番であった。




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