365 第22話32:WAR BUSTER.②




「日毬! 最後の『岩山流落圧殺マウンテンフォール・プレッシャー』だ!」


「キューーーーーーーン!!」


 まだ撃てるのか、それがこの時一様に、敵味方問わず脳裏に浮かんだ言葉であったろう。


 始めに『大濁流召喚タイダルウェイヴ』、次に『岩山流落圧殺マウンテンフォール・プレッシャー』を二発、そして先程の『風月輪ハリケーン・シェイバー』。しめて四発、全て上級魔法だ。

 更に今しがたの『岩山流落圧殺マウンテンフォール・プレッシャー』三発目。


 人間族、もしくはヒト族であったとしても、レベル四十に近ければ上級魔法を一日に五回放つことは可能だろう。

 だが、エルフの少年の左肩にとまるあの存在が巻き起こした災害にも近き現象を、同レベルで引き起こそうとするのであれば、わずか一発で魔力切れと陥るに違いない。いいや、全魔法力を消費し尽くしたところで同規模を再現するのはほとんど不可能だ。


 それを五発。そして更にたった今、前二発と全く変わらぬ大きさの岩山が空中に出現していた。

 その光景を眼にして、少なくともマクガイヤは『大盾を構えての突撃』という指令を出したハークの意図を完全に理解した。


 マクガイヤのこの考えを裏付けるように、エルフの少年が従魔の背に跨り、最前線から圧倒的な速度でこちらに近づき自分たちを跳び越した。

 そのタイミングで、マクガイヤは叫ぶ。


「ここだ! ここが我らの働きどころだ! 後のことは一切考えるな! 皆、全てを出し切れえええ!!」


 仲間たちが精一杯の咆哮で応えてくれる。横に並ぶ彼らも、きっと自分と同じ気持ちであり、ハークの意図を理解したと確信できた。

 仲間たちと共に掲げた大盾が、キカイヘイと接触する。

 複数の巨大な金属音が周囲に響いた。全力で走ってきた勢いを全てぶつけた筈だが、押し込めたのは一センチ足らず。それでも良かった。


「押せーーーーーーーーーーーーーー!!」


「「「「「う応うおぉおおオオオオオオオオオオ!!」」」」」


 今にも地表に接しようと迫る『岩山流落圧殺マウンテンフォール・プレッシャー』、その効果範囲から、残存するキカイヘイを一体たりとも逃がさないこと。それがマクガイヤ率いるワレンシュタイン軍の一部隊に課せられた、最初で最後の少年英雄からの指令だった。


 これが、応えぬ訳にいくか。


「ぬうおおおおおお!」


「負けるなーー! いけえーーー!」


「根性を見せるぞ!」


「ぐううおおおおおおお!」


 遅ればせながら、残るキカイヘイどももこちら側の意図を理解したのか、抵抗というには手痛い反撃が始まる。しかし、事前に総員全ての力を結集した壁はまだ無事だった。


「腰を落とせ! 両腕に力をありったけだ! 大盾に魔力も籠め続けろォ!」


 自分を含めた五十人の隊員が死力を振り絞る。それでも後退は避けられない。地力が違い過ぎる。このままでは範囲外に押し切られてしまう。


「クッソおお! あと少し、あと少しなんだ! 負けるな!」


「そうだ、負けるな!」


 頭の真上・・より、声が聞こえた。

 思わず見上げた瞬間には、その存在は四肢を思いきり壁の内側にぶつけていた。

 ハークと虎丸である。正確に言えば、ハークが跨った虎丸であった。

 勢いに任せたその一撃が、決定的な最後の一押しとなる。


 直後、地震かとも思える揺れがマクガイヤたちを襲った。彼はなんとか耐えることに成功したが、転倒する者も仲間たちの中には多かった。


「はぁっ……! はぁっ……!」


 耳元で鬱陶しいくらいの荒い息が聞こえる。それが自分自身のものだと気づくのに数瞬かかった。


 どうなったのか、それを確認するために眼を前方に向けると、自分たちが作った大盾の壁越しに、接触しているかとも見える岩の巨壁が突き立っていた。


 状況確認をしなければ、そう思って彼は動こうとするが全てを一気に出し尽くした反動か、ギシギシと非常に鈍い。代わりに自分が保持していたと思われる大盾の上に白い四本の脚をマクガイヤは発見する。


「ハーク様!」


 と同時に後方から声が上がった。白く輝く四ツ足の持ち主、伝説の精霊獣に跨る英雄の名が叫ばれていた。

 振り向くと、聖騎士団が駆けてきている。四十人ほどの集団だ。援軍としてきてくれたのだろうか。


向こう側大将たちはどうなった?)


 マクガイヤが心の中でそう思うと、少年英雄も同じようなこと言う。


「おお、クルセルヴ殿! 向こう側はどうかね!?」


「左側通路は掃討完了しています! こちらは!?」


 彼は、にっ、と笑った。太陽のような笑顔である。

 次いで彼は腕を突き上げた。天空へ。曇天だった空が、一瞬晴れたような気さえした。


「我らの勝ちだ!!」


 高らかに、彼は宣言した。




    ◇ ◇ ◇




 全く同じ頃、岩壁の上で対峙する者たちがいた。

 まるで先程までの戦場を一望できるような場である。

 一人はこの地を訪れた援軍、モーデル王国辺境領所属ワレンシュタイン軍の長であり、同領の領主ランバート=グラン=ワレンシュタイン。


 激戦を乗り越えたにもかかわらず、その身を包む鎧と大盾に大きな傷などは見られない。武器も使い古された彼本来のものであった。

 全ては整っている。心も身体も。そう言わんばかりの体勢であり状態であった。


 対して、向かい合う相手は、蹲っている。そのせいで全長がわからないが、少なくともヒト族としては超高身長であるランバートよりもデカい。

 それが、ぬう~っと上半身を持ち上げる。立ち上がったのだ。

 シルエットだけで言えば巨大と表現するしかない。あのキカイヘイどもよりも一回りほど大きい。全高八メートル以上はあるだろう。だが、横幅それほどでもない。


 ランバートが口を開いた。


「悪いが逃しはせん。キカイヘイの戦力は、ここで完全に潰し切るつもりなのでな」


「フッ……ハハハハハハ! 凄いなぁ、全く貴様は凄いぞ! 何故俺がキカイヘイだと思うんだぁ?」


 半分認めたようなモノでありながらも、ランバートの眼の前の人物がそう質問するのも頷ける。その体躯は他のキカイヘイのように、球体に極めて近い胴体から不釣り合いに太く巨大な両腕と短い両足が生えている、という異形ではなく、人間のそれを正確にスケールアップさせたものであった。言わば、この世界には普通に点在する種族ジャイアントが、全身を包む鎧を着込んだ姿とも見える。

 更に、発せられたその声も、他のキカイヘイのように無機質で硬質なものとは明らかに異なっていた。


「半分は勘だ」


「ほう。もう半分は?」


「あの国に巨人族の兵はいない」


 ランバートたちの住む西側諸国にも亜人種に対する差別はあるが、帝国は比べ物にならない。最早人間扱いすらされないからだ。加えて、巨人族と共にくつわを並べて戦うことなど、国が滅びようとも行う筈などない。


「ほうほう。確かに貴様の言う通りだ。だが、一つ間違いがあるぞ。貴様は俺を逃がさんと言ったが、そうではない。俺が貴様を捉えたのだ!」


「何?」


「分からんか!? おびき出されたのだよ、貴様は! 俺の部下、キカイヘイ軍を全滅させたのは、見事と言うしかない! しかしそれも、貴様あってのことだ! 貴様さえ殺せば、いかに最強と囁かれた貴様の軍も、烏合の衆と成り果てる!」


 その時、ガシャガシャと耳障りな音を立てて、巨躯の背後、背中から新たな二本、一対の腕が現れた。


「四本腕……だと!?」


「グフフフフフフフ……フハハハハハハハハハー!!」


 呆気にとられたような表情を浮かべるランバートの目前で、高笑いを発しつつ一面四臂の怪物へと変化したそれは、背に負っていた剣を引き抜く。キカイヘイからすれば片手剣のサイズだが、ランバートからしてみれば、自身の身長よりも長いブレードを備えた剣を其々の腕に計四本も。


「何なんだお前は……、お前みたいな奴が他にいるのか……?」


 慄いたような声をランバートの口から聞けて気分が良くなったのか、自分も他の量産型と同じと判断されたくはなかったのか、彼は語るに落ちる。


「俺みたいな奴だと!? そんな奴は他にいない! 俺が唯一無二だ! 他の連中は全て、新しき身体という負荷に耐えられず、記憶部位に切断処理を施されているからな! 俺だけだ! 俺だけがこの身体を操るために完全を保持されている! 喜べ! 貴様のおかげだ! 貴様の所為、貴様への憎しみ! 復讐心のおかげで、俺は蘇ったのだ!」


「俺の……? あんた、俺と戦ったことがあンのか?」


「あるともさ! 貴様と俺は戦った! あの荒野で! そして俺はお前に負けた! 殺された! 憶えているだろう! 俺はファズマ! ファズマ=ルビオン大佐だ!」


「何だと?」


 この瞬間、敵を眼の前にしておきながら半ばお気楽にもランバートの脳裏に思い出されたのは二十五年前、もうすぐ二十六年前にもなる『不和の荒野の決戦』であった。

 当時、ランバートはわずか十九歳。

 その日を思い起こし、彼は少しだけ考え込む仕草をした。


「憶えておるだろう! 貴様を殺すために俺はいるのだ!」


 顔を上げて、ランバートは答える。

 あっけらかんと。


「憶えてるワケねえだろ。二十五年前だぞ?」


「な、ななななななな何だとぉオオオオオオオ!?」


 内心の驚愕を大きく示すように、ファズマと名乗った敵キカイヘイは仰け反り半歩下がった。その仕草が実に人間らしい。当たり前なのかも知れないが、つい先程まで相手していたキカイヘイどもと違い過ぎて、どうしても意外感が拭えない。

 すぐにファズマは持ち直すと、四本腕を四方に広げるように構え、叫んだ。


「こっ、殺す! 貴様を殺すぞ、ランバートォオオオオ!」


「GET READY!!」


「!!!!!!!!!!!!!?」


 それは、ファズマの堪忍袋の緒が見事に切れて、攻勢へと出る正にその瞬間であった。

 正面モニターに捉えていた筈のランバートの姿が歪み、掻き消えたと同時に、腹部に重い衝撃を受けていた。

 彼には、視線を移す暇すら与えられなかった。


 音速を超えた圧倒的な質量に引き摺られて、巨大な闘気の鉄槌を引き連れてくる。接触インパクトの瞬間、ランバートはそれを、闘気を爆発させた。


「BUSTERRRRaaaAAAHHHHHHHYEAHHHHH,WARRAHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!!」


 全ての形あるものは破壊される。

 いや、その有様は粉砕と言っていい。一切の加減無しで撃ち込まれたランバートの最大攻撃はファズマの胴体部を消し飛ばすかのように文字通り粉々に変え、残りの首から上、四肢、いや、四ツ腕と両足をそれぞれ別の場所へと吹き飛ばした。


 その内、頭部は雪の上にごろりと転がり、顔面部分がひび割れて欠け落ちる。その中から無精髭を生やした、明らかなバアル帝国の人間的特徴を備えた中年のヒト族男性の顔が現れた。

 首が半ばで無くなっており、先が数々の管に繋がっている。管も全てが切断されており、独特の粘性の液体が流れ落ちていた。


 その口が少しだけ動いた。


「く、……そ……」


 そしてもう動かなくなる。

 それを見詰めてランバートは言った。


「悪いなぁ。ホントに記憶力にゃあ自信が無くてよォ」


 本気で悪びれた様子での彼の言葉は、実の娘相手以外には本当に珍しいことであった。

 だが、珍しきそれを、ファズマと名乗った者が実際に受け取れたかどうかは定かではない。




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