359 第22話26:前哨戦という名の最終決戦!②




「ではベルサ、今回最大の功労者となる彼女を後方へ運んでくれ。あくまでも丁重にな。そしてお前はそのまま軍の指揮を執れ。頼んだぞ」


「了解いたしました、殿。このベルサにお任せを」


 肩を組んだ状態でシアに支えられていたヴィラデルを、ベルサが背に負うような形で担ぎ運んでいく。

 まだ意識こそ保っていたが、それもどこまでもつか分からないほどだ。ヴィラデルは己の魔力を本当に全て使い切っていたのである。


「さて、これで向こうさんは、普通ならば・・・・・撤退するに足る戦力を失った形になるのだがなぁ」


 ヴィラデルと共に後方へと移動していくベルサを見送っていたランバートが、視線を顔ごと逆に移してそう言った。


普通ならば・・・・・、そうでござろうな」


 ハークもランバートに同意する。通常、戦闘で約二割の戦力が早々に削られれば、どんな猛将でも勝ちを諦めざるを得ない。後はどれだけ負けの被害を抑えられるか、だろう。


 今回は、その倍の戦力が一瞬にて消滅したのだ。まともな神経を持つ将であれば、少なくとも後退を選択する筈である。

 そもそも実際には先の強烈な手札の使い手は力尽きてしまったが、それが相手にとっては二度目が来ないなどと確証できはしない。再度受ければ全滅の危険性さえ考えられる。


 しかしながら、残りのキカイヘイ共は怯むどころか足元の雪が消えて罠の有無が確認できるようになったからか、逆に増々躊躇なく坂を駆け上がってきている。自己犠牲というより個々の生命に全く頓着しないその行動に、ハークは彼らの自由意志の欠如を実感した。


「……矢張り、殲滅せねば終わりにならんか」


「そのようだな」


 彼我の距離は既に百メートル圏内にまで達している。その頃には後方のワレンシュタイン軍や聖騎士団も前進しており、ハークたちのすぐ後ろに控えていた。


「来やがったぜ」


 フーゲインが既に溢れる寸前の闘志を抑えるように言う。

 と、同時にキカイヘイ軍の進行が止まった。


「む?」


 誰かが発した疑問の声が聞こえた。何故止まる、といったところだろうか。


「殲滅対象ノ戦闘能力ヲ『特Sクラス』ト判定。最終決戦兵器『ブレストブレイズ』使用準備」


 キカイヘイの先頭集団、前列三列目の中央付近からそう指示が発せられる。小隊長といったところだろうか。


〈キカイヘイは外見どころか、声まで皆同じだからな。大体の位置で覚えねばならぬか〉


 ハークがそれを意識的に瞳に焼きつける中、こちらのワレンシュタイン軍最前列がハーク達を追い越して、横列に展開し大盾を大地に突き立てて設置、壁を形成した。

 ゴクリと唾を飲みこむ音が複数ハークの耳に届く。時を同じくしてワレンシュタイン軍が形成した壁に阻まれて詳細が見えなくなったが、ガシャン! という胸部装甲を一斉に開放した音が響く。


 分厚い鉄板の開放音は狂いもなく重なり合っていた。

 しかし、ハークの特別製たるエルフの耳には、それが三十体分であると感じることができる。つまりは最前列三列目までが照射装置を展開したことになる。あまり奥の列まで同時に照射すれば、味方の背中まで焼き尽くしかねないということなのだろう。


「『ブレストブレイズ』照射」


 先と同じ位置より命が発せられ、熱の放射が開始された。

 ヴィラデルがついさっき発現させてみせた混成魔法『爆裂魔法フレアストーム』に比べ、衝撃は全く無いが発生する熱量は負けていない。

 それでも———


「よし! 耐えてるね!」


「そんなに暑かねえぞ!」


「シア殿が大盾の表面に鏡面処理を施してくれたお陰だな!」


 この為に、ワレンシュタイン軍近接戦闘部隊が装備する特殊大盾は表面に何も描かれることなく、のっぺりとした仕上りであったのだ。

 更にシアの事前説明では内部に断熱材も仕込んであるらしい。

 これで一応は、ある程度の熱の伝わりを軽減できるという元々の目算が立っていたが、今のところ機能しているようだ。大地や周囲の岩肌などは容赦なく熱を受け続けているため、どうしても周辺温度の上昇は避けられないものの、元々の気温の低さも手伝ってまだ緩やかなものだった。

 この辺りは、自然を味方につけたと言えるだろう。


 しかし、そうは言ってもハーク達ワレンシュタイン側も悠長にいつまでも構えていられる訳もなし。


「日毬、準備は良いか?」


「キュンッ」


 自らの左肩へと戻ってきた小さいながらも超大な魔力を秘めた存在に、ハークは優しく声を掛け、日毬もそれに元気よく応えた。


「良し、では頼むぞ。もう一度『岩山流落圧殺マウンテンフォール・プレッシャー』だ!」


「キューーーン!!」


 了解、の意を示すと同時に日毬は指示通りの魔法を発動する。

 ワレンシュタイン軍が持つ強大無比な手札の一つ、ヴィラデルの混成魔法こそ品切れだが、その前段階に使用した日毬の魔法力は、なんとまだ半分を下回ってもいなかった。


 ヴィラデルは、魔法戦闘能力に限っていえばハッキリ言って人間種最高峰だ。エルフ特有の混成魔法という技術まで含めれば、西大陸最強も考えられる。少なくとも今やハークは彼女をそう評価していた。実際、ヴィラデルの秀でたその能力に、己も含めて半分でも迫れるものすら見たことがないのだから、これは当然と言えるかもしれない。


 しかしだ。ヴィラデルが人間種の魔法戦闘能力最高峰であるとするならば、日毬は恐らく生物界最高峰に位置する存在と言える。

 何しろ日毬の最大魔法力は、ヴィラデルと比べても七割増し近く高い。 ハークからすればほぼ倍である。

 つまりは日毬の『岩山流落圧殺マウンテンフォール・プレッシャー』は、今回撃ってもまだ品切れとはならないのだ。


 彼女の魔導力に引き寄せられて、巨大な岩山がまたも空中にその姿を現した。


「ムウッ!? ナンダト!? ドウナッテイル!? アレホドノ魔法ガマダ撃テルダトォ!?」


 どうやら敵は、先の『岩山流落圧殺マウンテンフォール・プレッシャーしかり、『爆裂魔法フレアストーム』然りを打ち止めだと期待して、いや、決めつけて攻め寄ってきたと視える。些か楽観が過ぎるとも思えるが、よくよくと考えてみれば、あの威力の大規模魔法をそう何発も連発できるものではない、と予測したとしてもそんなにおかしい事ではないのかもしれない。ヴィラデルとて、体内の魔力を使い尽くしている。日毬が少々規格外なのだ。


 既に落下態勢に入っている岩塊の狙いは、只今『ブレストブレイズ』と敵が呼ぶ熱放射装置を展開真っ最中の前列集団、その中心点にある。

 相変わらず、ズゴゴゴゴ……という空気を震わせる重苦しい音とともに迫る山を前に、敵小隊長が更なる指令を発した。


「総員! 落下予測地点ヘ集合! 受ケ止メヨ!」


 最も的確と考えられる命令だな、とハークは思う。だが、それだけに読み易い。


 直後、こちらが感じられる熱が減退した。

 キカイヘイの頭部と、熱放射装置のある胸部は完全に繋がっている。

 上空を見るだけであればまだしも、真上から襲い来る物体を受け止めるべく構えるならば、こちら側に胴体を向けたままというのは彼らの身体構造上不可能である。


「よぉし! 道を開けてくれ!」


 同時にランバートが吠える。途端、ハーク達の前に大盾を構えていた、ランバート曰く張警堵バリケイド要員の兵士達が左右に割れて、文字通り道を作った。


 状況は丁度、日毬が呼び寄せた岩山とキカイヘイが接触するところであった。

 約三十体のキカイヘイが、受け止めるべく大木の幹の如き太さの鋼鉄腕を上空に向けて一斉に伸ばす。


 時間が無かったのか、それともあの超質量体をまさか融解させようとしているのか、胸部装甲が開いたままだ。


 そしてそれこそが、ハーク達の狙い目でもある。


 ————ズッウゥウン!!


 地響きを立て、キカイヘイ集団は見事に岩山を受け止めていた。

 この結果に驚きはしない。彼らがあれだけの数で膂力を合わせれば可能であると予想していたからだ。ただし、無傷という訳にもいかない。受け止めた代償に、半数以上が腕部を半壊させている。

 とはいえ、拮抗していた。


「タカガ石コロヒトツ、押シ返セ!」


 させる訳がない。


「今だ! 虎丸っ!!」


ガウッランッガウァアアアアペイジイイイアア・ゴッッアガァアタイッッガァアアァアアアアアアアアア!!!」




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