355 第22話22:Take Me ABOVE②
「ハーク殿、これは聖騎士団潜伏の村からどれくらい離れているのかね?」
そう声を潜めて訊いたのは、ワレンシュタイン家老のベルサであった。ハークの後ろに、彼と同じく虎丸に跨っていた。
「ふむ。虎丸、どうだ?」
『そうッスね。直線距離は自信ないッスけど、ここまで走ってきた距離からすると、大凡百五十キロないくらいッスね』
「一時間足らずくらいでこれか……。まったくもって貴殿らが我が方に味方してくれたことに感謝ですわい。本当にありがとうございます」
「何をむず痒いことを。一体どうなされた、ベルサ殿?」
どこか調子が狂う。今までベルサは、責任ある年長者の立場、そして家老の立場として、若い者達が脱線もしくは暴走するのを止める役割を担っていた。
いわば監督官、現場を引き締める役である。だが、今回の遠征では小言の一つも言わない。
しかも、大抵は補佐として主であるランバートと常に共にいたというのに、こうしてハークの斥候にまで同行している。
「はは。まぁ、今回、暇でございましてな」
「ぬ? そうは見えないが……」
「本当の事でございますよ。今回に限って、殿にはあまり仕事を与えられておりませんでな」
「ああ、成程」
なんとなくだが、ハークはランバートの意図が分かった気がした。「与えられていない」ではなく寧ろ「あまり仕事をするな」とまで言われているのかもしれない。
「年長者や経験者が後進に仕事を譲るのも、立派な仕事でございますれば」
ハークは経験したことはないが、知り合いや城勤めの友人が高齢などで引退間近になり、同じような感じで愚痴っていたのを思い出していた。
「それは頭では解っておりますわい。しかし、長年の仕事が無くなる、というのはどうにも慣れませんでな。何と言うか、まるで……」
「譲ったというよりも、奪われたように感じる。そんな感じですかな?」
「……本当にハーク殿は不思議な方ですなぁ。一体今までどんな経験を成されてきたのです?」
「中々にお伝えしても信じて貰えない道を辿っておりますよ。そんな事より普段の調子を取り戻して欲しいですな。些かこちらが戸惑ってしまいまする」
「そんなに違いますかね?」
「ええ。少々違和感が拭えませんな。こうして敵の偵察に同行してくださるくらいですから」
「ははは。そんなにおかしい事でもござらんよ。こう見えても若い頃は、自慢の鼻を活かしてこういう仕事もよくやったモンですわ」
「ほう、そうなのですか?」
「結構な昔ではございますがね。少し懐かしいですわい。教えるものも、教わるものも沢山ございました」
「教えるものであれば、今でも山とあるでしょう?」
「それがそうでもありませんわい。今回の遠征に連れてきたウチの五千の兵たちは割と優秀なモンばっかりでしてなぁ。唯一と言っていいくらいの懸念でもあったフー坊も、最近は殿に似てきましてな、この遠征では問題行動の一つも起こしゃあしません。勿論、喜ばしい話なんですがな」
そう言って、ベルサは狼顔でありながら寂しげな笑みを浮かべる。
他の人間種からすると判別し難い獣顔だが、表情の割かし豊かな虎丸との付き合いゆえ、ハークにはすぐに判った。
「ベルサ殿は思い違いをされておりますな」
「思い違い、でございますか?」
「ええ。確かに今回の遠征の中にベルサ殿のご指導が必要な者は、今いないのかもしれません。しかし、よく考えてみていただければわかるでしょう。ワレンシュタイン領にはこれからベルサ殿のご指導を必要としている者たちが沢山待っております。まだ若いエリオット君を始め、毎日の業務にほとんど一人で苦労しているエヴァンジェリン殿。そして、何よりこれから領を継ぐべきリィズ。彼女には教えるべきことが山ほどあるでしょうに」
「そっ、そうか。そうでしたな」
「ベルサ殿のお仕事はまだまだこれからです。意気消沈している場合ではございませんぞ。それに……、儂がリィズを指導できる時間もあとわずかでしょうからな」
「そういえばそうでしたか……。姫様たちのレベルも、もう充分。卒業すれば、例の準備も整う頃でございますからな。……少しどころではなく、正直、本当に残念ですわい。ハーク殿は従魔の方々共々、我らが領や、国元に仕える気はございませんかの? 姫様たちは無論のこと、殿も喜ぶであろうこと間違いありませぬ」
「御冗談を。儂にベルサ殿のような城勤めができるとお思いか? それに、貴殿の残った仕事を奪う訳にはいかぬ」
ベルサはやられた、とばかりに自分の額を勢いよく叩く真似をする。
「参りました。やられましたわい。まぁとにかく憶えておいてはいただきたいですな、少なくともこのベルサの眼の黒い内は、ワレンシュタイン領の門は貴殿のために常に開いておると」
「記憶にはとどめておきましょう。さっ、そろそろ戻って報告と参りましょうや。あの速度では今日ということはありませぬが準備は早い方が良い」
眼下数キロ先を進む黒鉄色のキカイヘイの集団は、着実に前進しながらも深い雪を押し退けながら掻き分け掻き分け進む関係で速度はそれほどでもない。もし夜通しで進軍してきたとしても遭遇は明日以降となるだろう。
「ですな。奴らがステータス任せに強引な走行へと切り換える可能性もございますが、斥候を出している気配がまるでありませんので、まずあり得ませんでしょう。それでも念の為、帰り道にコイツを仕掛けておこうとは思います」
ベルサは虎丸の背に掴まりながらも、片手で懐から二対の独楽のような物体を取り出した。
「それは?」
「待ち伏せ用の法器ですわい。この装置を其々百メートル圏内に設置しておくと、眼に見えぬ大地の振動感知装置となるのです。この二対の間をある程度大きな物体が通ると、かなり大きな音が出て知らせてくれます。この峡谷内であれば幅も狭いので仕掛ける場所には困らないでしょうし、反響するから二~三キロ程度遠めに設置することもできるでしょう」
「……ほう、それが……」
ハークと共に虎丸も鮮明に思い出していた。
それはハークが現在の身体で、この世界にて初めての覚醒を果たした日に遡る。
あの日、ハークは人のいる街へと進む途上を同等の法器により感知され、三人のゴロツキ共と死闘を繰り広げる破目になったのだ。
便利な道具だということは分かっているのだが、どうもそれに頼るのは癪に障る。
『いらん』
言下に否定したのは虎丸だった。どうやら虎丸も同じ気持ちであったようだと確信する。
「え? いやしかし……」
「大丈夫だ、ベルサ殿。その法器に頼る必要などない。今の虎丸であれば。奴らは体重が重いからだ。そうだろう、虎丸?」
『そうッス! 寝てても振動で三十キロ先くらいからでも気づくと思うッス!』
「だ、そうだ。今夜は休み、英気を養うこととしよう」
ハークの後ろで絶句するベルサを乗せたまま、来た道を戻るべく虎丸は再び風と一体化した。
◇ ◇ ◇
翌朝、ワレンシュタイン軍と聖騎士団の合同軍隊は、聖騎士団が元々帝国軍を出迎えるべく定めた位置のやや前方に陣を敷いていた。
最前列に並ぶのはハークたちワレンシュタイン側の主力全員。その少し後方にオランストレイシアの聖騎士団が待機し、クルセルヴ主従は両者の間を繋ぐような位置取りの高台に立っている。最後に聖騎士団の更に後方にワレンシュタイン軍五千が後詰のように配置されていた。
踏み砕くかのように降り積もった雪を煙として舞い上げながら、狭い道を突き進む異様な集団の影がうっすらと現れ始める。
峡谷内は狭く、人二十人が横に並ぶのがやっとというところである。切り立った垂直に近い崖の中心と言ってもいい。
なので、横幅のあるその巨大な影、キカイヘイは横に二体で進むのがやっとであった。それが長く後方にまで縦列となり続いている。
それを見て、最前列からランバートとハーク、そして彼の従魔たちが更に前進し、突出した。
ハークは横にいるランバートへと話しかけた。
「昨日はよく眠れたかね、ランバート殿」
「まぁまぁってところだ。お前さん達のおかげだよ。とはいえ軍議の成果は半々といったところだからな。クルセルヴ殿のおかげで協力体制はある程度整ったが、相変わらず頭は二つだ」
「そこはクルセルヴ殿の母者殿が、多少は臨機応変に対応してくれることを祈るしかないな。もしくは……」
ここでハークは、後方で自分たちと聖騎士団の間を橋渡しするかような位置の高台に陣取る美丈夫へと眼を向けた。
「彼が限界を超えて働いてくれるかどうかが、この先の聖騎士団の運命を分かつ、のかも知れんな」
「ああ。俺もそう予想するぜ」
ここで、その美丈夫が予定通りの大声を上げる。宣戦布告代わりの警告であった。
「前方を進む武装集団に告ぐ! 貴殿らは不法に我が国、オランストレイシアの領土を侵している! 直ちに全軍停止し、武装解除せよ! 更に反転するのであれば、こちらが追撃を行うことはない! しかし、我が呼びかけに応えず進むのであれば、自衛のため武力行使せざるを得ない! これは警告である! 繰り返す……!」
同じ呼びかけにも、彼らは止まることも応えることもない。進むままだ。これが正に開戦の狼煙代わりとなった。
「よぉし、行くぞハーク! まずは我らでド派手な開戦の花火を打ち上げてやろう!」
「応! これが我らの試金石だ!」
大盾と共に先に巨大な刃のついたランスをランバートは構え、ハークは同時に『天青の太刀』を腰に納めるような動作をする。
発射台のように設置されたそれの鞘を、すぐ後ろに控えていた虎丸が自分の身体で包み込むように支え、更に口で
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます