356 第22話23:High and Mighty Power




『準備は良いか、虎丸!』


『バッチリッス! 思いっきりいっちゃって良いッスよ!』


 虎丸は四肢の爪を凍土に喰い込ませて自らを完全固定した。


「『瞬撃』ィッ!!」


 一瞬早く隣のランバートのSKILLが発動される。

 途端に彼の姿は歪み、超速の世界に突入したと分かる。遅れてハークも『天青の太刀』その鞘内に溜め込んだ魔力を爆発させた。


「必殺! 一刀流抜刀術極奥義ごくおうぎ・『神雷ZINRAI』!!」


 途端に息がつまり、視界が歪む。

 引き延ばされた時間の中、ランバートを追い越し、声には出せぬ気合の発露と共に全力で両の腕を振るう。


〈ぬぅおおおおおおおおおおぉぉうりゃぁあああああああああああ!!〉


 全身全霊の一撃がキカイヘイ軍団最前列一体の胴体部へ確実に喰い込んだ。


〈重い!〉


 しかし構わず力を籠め続ける。

 斬魔刀から天青の太刀となって最も変わった点といえばこれであった。

 刀の損傷を全く考慮に入れる必要が無くなったのだ。どんなに全力で硬質なものを斬りつけようとも自分ごときの力で折れたり曲がったりすることなどない、そういう一種の安心感のもとにハークは大太刀を振り切っていた。


 一方のランバートも、ハークにはわずかに及ばずとも圧倒的な勢いで隣のキカイヘイに衝突している。

 重いキカイヘイであっても一体だけでは、文字通り眼にも止まらぬ速度へ達した巨大武器と大盾に加えて全身を鎧で包んだ人間砲弾の一撃を受け止めることは適わず、勢いに負けて押されていく。

 そのどてっ腹の中心にはランバートのブレードランスが深々と突き刺さっていた。明らかに装甲を貫通している。

 だが、それで終わりではなかった。


「点火!!」


 右の膝蹴りがブレードランスの柄先へと繰り出される。

 追加の一撃は突き刺さった刃の先端を更に奥へと喰い込ませると同時に、そこに仕込まれた仕掛けをガチリと押し込んだ。瞬間————


 ボッォォオオオン!!


 くぐもってはいても確実な爆発音が発生する。それでキカイヘイ稼働中の証であった赤い一つ眼の灯りが消える。


 これぞ、シアがいつかぶつかるこの日のために開発を進めていた『法器合成武器』の効果であった。先端の突起乃至ないし刃は彼女謹製のもので、刀研究の成果を取り入れており、ただでさえ素の攻撃力付加値を押し上げていた。


 それを、惜しげもなく法器による魔法発動のかなめと使用したのだ。

 当然、至近距離で受けざるを得ない熱と圧倒的な衝撃によってナマクラと化す。が、


「っしゃああ!! やったぜ!!」


「おぉし!」


 内部爆破の衝撃によって押し返されて抜けたブレードランスの穴から残り火を吐き出すキカイヘイは、確実に沈黙。そして、その隣のキカイヘイは、人でいうならば右の脇腹から左肩までを逆袈裟に両断され、当然のように一つ眼の光を失っていた。


「ナッ、何ィイッツ!? 百二十三番ト百二十一番ガッ!?」


「ヤラレタダトッ!?」


「バカナッ!?」


 驚き慄く敵集団の前に、ハークとランバートは突出する形で着地する。

 そんな状態でも即座に攻撃を受けない事実こそ、彼らキカイヘイがギリギリ人間としての精神を保っている証明のようなものであったが、後方、敵軍奥の、ハークの瞳でも距離と舞い散る雪煙のためにおぼろげにしか視えぬ巨大な敵影が叫んだ。


「うろたえるな愚か者共が! 残る最前列の十体、反撃を開始せよ!」


 命令を受けての反応は早かった。十体のキカイヘイ全ての拳がハークとランバートへと向けられる。


「「「「「ロケットブースト・パンチ、発射」」」」」


 寸分違わずに発射された二十の飛拳が二人を襲う。

 防ぎ切れぬ数かもしれない。が、


「少し遅いな」


 ハークがそう評価を下す頃にはもうランバートと二人して、虎丸に股下からすくわれる形で空中にいた。

 誰もいない空間を二十の拳が通過する光景を見下ろしながら、ハークは更に武器を振りかぶる。


「行き掛けの駄賃だ! 行くぞ虎丸!!」


「ガゥウワァーーッ!!」


「奥義・『大日輪』ッ!!」


 すぐ横の谷を足場に再度の突撃を敢行した彼ら、特に虎丸は今回も見事ハークの下半身代わりを務める。

 相棒の突進力も籠めたハークの刀技は、キカイヘイの胴を真一文字に掻っ捌く途上で止まった。

 弱点である魔晶石に後少し。


「ランバート殿、押してくれ!」


「任せろ! ぬぅん!」


 ランバートが左手に持つ大盾の下先を天青の太刀の峰めがけ打ちつける。確実に日本刀の腰が折れる行為だが、天青の太刀はそんな無茶であってもびくともしない。


「ぜぇりゃああああああ!!」


 渾身の発露で虎丸と共に回転した二人は見事に三体目のキカイヘイを撃破。同時に勢いを利用し反転、自軍に向けて一目散に駆けていく。

 虎丸の背にありながら、凄まじい速度に負けることなくランバートは叫んだ。


「今だ! 団長殿!!」


 確実に聞こえていた筈である。この時のランバートの大声は最後尾に詰めていたワレンシュタイン軍五千にも届いていたのだから間違いなく聖騎士団団長の耳にも届いていた。

 ならば何故即座に行動しなかったかというと、ためらっていたのでもましてや裏切り行為、という訳でもなかった。

 彼女は行動しなかったのではなくできなかったのである。自分たちが束になってかかっても傷一つさえ与えられなかった敵相手に三体を一瞬で、彼女の眼から視ればそれぞれ一撃にて屠ったハークやランバートたちの力に驚愕し、狼狽までしていた、と言っていい。


 驚きをもってその光景を眼に焼きつけていたのは彼女の息子であるクルセルヴも同じであった。だが、彼は少なくともハークの力を身をもって知っていたが故に硬直からすぐに立ち直ることが可能だった。


「聖騎士団! フリック! ジャン! 法器を起動しろ!!」


「りょ、了解だ!」


「任せろ、副団長!」


 逸早く反応した団長の補佐役二人が、今現在キカイヘイ軍団の足下、凍りついた川面へ仕込まれていた熱を発生させる法器の出力を全開へと引き上げる。

 既に二十分前から熱を発生させてもおり、軟化させかけていた氷は、すぐにキカイヘイ軍団の体重を支えきれなくなり圧壊の兆候を示し出した。

 彼らの足元に亀裂が奔り、巨大なヒビ割れが生じる形で。


「ナ、何ッ!? マサカッ!?」


「シッ、シマッタッ!?」


「ウッオォオオオオ!?」


 ハーク達を乗せた虎丸が自軍に到達した頃、揺れる足元に碌な抵抗も適わずにキカイヘイ軍団は突然開いた氷穴に次々飲み込まれ、水底へと音を立てて沈んでいった。


「よし! 成功だ!」


 クルセルヴが拳を握りそう叫ぶ。

 また、ハークたちを出迎える形となったフーゲインとベルサも声を出していた。


「おっしゃあぁ! サスガだぜ、大将! ハーク!」


「両雄、お見事でございます!」


 一方、ヴィラデルとシアは手に手を取り合って喜びを表していた。いや、傍から視るハークには、ヴィラデルが一方的にシアの両手を掴み、振り回して祝福しているかのようにも視える。


「やったやった! やったじゃない、シア! 大成功ヨ!」


「あ、ああっ! そうだね、やったよ!」


 微笑ましい光景を眼にしつつ、ハークは一度後ろを振り向く。飛び散る水飛沫も瞬時に凍りつくこの環境では、逆に視界を遮るものは少ない。

 聖騎士団が事前に仕掛けた罠に落ちたのはキカイヘイ軍団の百体近く。残りは即座に後退することで難を逃れていた。おかげで追撃どころか追走もない。

 ハークと同じ行動で確認し終わったランバートも口を開いてシアたちをねぎらった。


「全く大したものだぜ、シア殿。ヴィラデル殿。事前の性能試験でも結果は出ていたが、正に予測通りの結果を叩き出してくれたぜ!」


「シアの提唱した『法器合成形式型ブレードランス』は、想定通りの威力を証明したってワケね!」


「ああ、文句無しだ!」


「どうでしょう? お二人揃って我が軍の正式な武器顧問職についてはいただけませぬかね?」


「おお、それは良い案だな、ベルサ!」


「い!? そ、それはちょっとまた後で……」


「お二人さん、そこまでヨ。シアが困ってるじゃない。そんなコトよりアタッチメントを変えるわよ」


「お、そうだったな! 頼む」


「りょ、りょうかい!」


 シアが魔法袋の中より刃のついた槍の穂先を取り出す。

 爆熱を発したランバートの槍先は、かつての試作品と全く同じように温度と衝撃によって焼け焦げ、ひん曲がってさえいた。

 それを丸ごとシアは交換していく。


「発想の転換、っていうヤツよン」


 そう四カ月前のヴィラデルが得意気に説明してくれた。壊れてしまうならその部分だけでなく元から全て交換してしまおうという発想であるらしい。ハークからすれば少々勿体無い気もするが、確かにその方が構造的にも頑丈となるのは道理である。


 ほぼ槍の取っ手部分である柄を、法器と合成した部分に捻じり込むようにして作業が完了しかける頃、すまし顔の聖騎士団団長がこちらに歩み寄ってきていた。


「もう、彼らも撤退していくのではありませんか?」


 楽観的希望観測が漏れ出た彼女の言葉に対するワレンシュタイン軍主力組の反応は無言だった。

 溜息を吐きそうなフーゲインと、胡乱うろんげ視線を向けるヴィラデルがいたが、両者とも言葉に出さぬ分だけ成長が視られるとハークは感じられていた。


 一時的に無音となった空間に、一際押し込んだシアの手元でランバートのブレードランスが、ガチョン! という完全に法器と組み合わさった作業完了の音が鳴る。

 ランバートが溜息を我慢したような顔で、後ろのキカイヘイ側を向いて言った。


「そうなってくれれば、苦労はねえんだろうがな」


 その時、既に固まりかけていた水面の氷を叩き割って、約百体ものキカイヘイが川中より飛び出してきた。

 そのまま空中に浮いた状態で制止している。異様な光景だが、ハークたちの予想通り背中から炎を噴射し続けていた。


「さて、ここからが本番だ」


 構えるハークたち。

 そう、戦いはこれからだった。




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