353 第22話20:Take Me UNDER②




「まず私たちは、……『キカイヘイ』……でしたか? 彼ら相手に三分の一の兵員を失ったところで全滅を覚悟しました」


 ランバートは頷いた。


「大抵の将は全軍の内二割を失えば撤退を考える。一方的にそれだけやられれば当然か」


「はい。なんとかクルセルヴを送り出した時点で、我々は更に数を減らしてしまいました。もはやこれまで、という状況ではありましたが、せめてできることをしてから死のうと思い、この地の風土を利用することを思いつきました」


「地の利を活かしたワケか。初歩の初歩だな。だが、土壇場で初心にかえれるのは簡単な事じゃあねえ」


「モーデルの軍神とまで言われる方に、そうお褒めの言葉をいただくのは恐縮ですね」


「ふうむ。ひょっとして、深い湖の底にでも沈めたか?」


 すまし顔で社交辞令的な言葉を吐いた直後のランバートの指摘に、聖騎士団団長はその美麗な顔を歪ませた。


「本当に……、軍神と呼ばれていらっしゃるのは伊達ではないようですね。その通りです。戦場となっていた場所の近くに深い水嵩を備える湖があるのを思い出し、そこへ引き寄せました。今の時期は分厚過ぎる表層の氷と降り積もった雪が覆い被さっていてとても不可能ですが、当時はまだ本格的な冬にはなく、表面の氷の厚さも我々の火魔法で影響を与えられる範囲であり、あとはその『キカイヘイ』の自重により水底へ落とし込むことができました。その時には我ら聖騎士団の数も、元々の半数にまで減らされてしまいましたが」


「なるほど。全滅はさせたのか?」


 団長は首を横に振る。


「いいえ。正確な数は分かりませんが、しかし大部分の十騎以上は確実に沈めました」


「ふむ。沈められた奴らだが、抵抗はあったのか?」


「……勿論です。彼らはみるみる底めがけて沈んでいき、すぐに見えなくなったのですが、水の中で魔法を使ったのか巨大な湖の水が突然煮え滾りだしました。……驚きましたが自殺行為でしたね。おまけにその熱が上手く二次災害を引き起こしてくれました」


「ほう、二次災害とは?」


「熱で周辺一帯の雪や氷が解け始めたのです。それで洪水が発生しました。この国では冬が開けた春先に、普段より暑い日があったりすると同様の災害が起きます。察知した我々はうまく退避できましたが、『キカイヘイ』は更に数体が飲み込まれてそのまま湖の底へ。水嵩の急激に増した湖の水にはそれ以上影響を与えられず、溺れ死んだのだと思います。ただ、それでも『キカイヘイ』の全て、というワケにはいきませんでしたが、残りの数騎は撤退していきました」


「ハーク、ヴィラデル殿、どう思うよ?」


 話を振られた二人は少しだけ考えるが、数秒ほどでまずハークが口を開いた。


「その、湖を一度煮え滾らせた、というのは例の爆発的な熱を発生させる兵器だな。それで湖の水を全て蒸発させようとでもしたのだろう。逆効果だったようだがな。しかし奴ら、矢張りあの見た目通り水には浮かばぬようだな」


「そうね。加えて言うなら、死因は溺死じゃあないでしょうね。あの油みたいなものが切れたからじゃあないかしら?」


「ふむ、そうかもしれん。その後に冬が到来していなかったら危なかったであろうな」


「油、とは……?」


 不思議そうに団長が口を挟む。その質問に答えたのはランバートだった。


「ヤツら『キカイヘイ』共にはMPや魔導力が元から備わっていない。その代わりを務める液状のものだ」


「MPや魔導力が、……無い? 一体、キカイヘイとは何なのですか? 生物ではないのですか?」


「微妙なトコロだな。帝国むこうからの恭順者たちから提供された話や、こちらで集めた情報を総合すると、手や足を失った帝国の負傷兵の頭をブチ込んだ兵器、と言ったところか」


「特殊なアーマーを着込んだ兵ということですか?」


「いいや。ああいう形の武装じゃあなくてな、負傷兵の脳みそを直接組み込んじまったんだ。狂気の沙汰だぜ」


「…………御冗談を」


 信じられないのも無理はないが、本当のことである。ワレンシュタイン側の全員と、クルセルヴとドネルも実際に動かぬ証拠を眼にしていた。


「冗談だったらよっぽど良かったんだけどな。まあ、『キカイヘイ』の中身は、後でまとめて話をしよう。今はその対策の話だ。それで? 今回も同じような手を使うつもりだったのか?」


「はい。この先の南に、谷に挟まれて細い一本道のようになっている箇所があります」


「知っている。奇遇だな、俺たちもその道の前に陣を敷く予定だった」


「話が早いですね。ただ、そこは本来、道などではありません。川なのです。一年の半分くらいは凍りついてはいますがね。既に仕掛けを整えております」


「なるほど。地図だけじゃあ掴めねえ情報だ。しかしな、残念だが通じねえと思うぞ」


 途端にクルセルヴとドネルを除いたオランストレイシア側の面々の表情が変わる。特に聖騎士団団長はほんの少し得意気だっただけに落差が大きい。


「対策を施していねえとはとても思えねえからだ。前回で攻めてきた『キカイヘイ』全員を沈められていれば、まだ可能性はあったかもしれねえがな。しかも前回から二年経過してる」


 ここでヴィラデルが敢えて口を挟んだ。


「ねェ、伯爵サン。アタシたちが戦った『キカイヘイ』が、既にその改良型だった可能性が高いんじゃあないかしら? アイツら、確か背中辺りから火を噴いて推進力にしていたワよ?」


 その言葉にランバートだけでなく、ワレンシュタイン側全員が肯いていた。


「ああ、ヴィラデル殿の指摘通りだと俺も思うぜ」


 途端に聖騎士団団長の両眉が吊り上がる。形が良いだけに分かり易い。


「我らの策を無駄な準備だと仰られるのですか?」


 言葉は丁寧なままであったが、明らかな反発が視てとれた。


「そうは言わん。だが、決定打には成り得ない。ここは我らの作戦に協力してくれ。俺たちならば……」


「あなた方の下で働けと? 我らを愚弄しますか!?」


 急に彼女は声を荒げ始める。


「オイオイ、そんなこと一言も言ってねえよ」


「団長、少し落ち着いて、柔軟に考えてみてくれないか」


 ランバートに続いて直接の上司であるフェルゼが宥めるように言ったが逆効果であった。


「宰相閣下。閣下は確かに我々を直接監督するお立場ではありますが、我ら聖騎士団が忠誠を捧げるべき相手は国と女王陛下のみです。一時的であっても、他国の指揮下に入るワケにはいきません!」


「別に軍門に下れと言ってるワケじゃあねえんだ。こちらの戦列に加わってくれれば良い。戦い方はこちらで指南する」


「それは結局同じ事です! 我々は……!」


 その後、一時間経っても議論は平行線に終わり、軍議は一時解散となった。




「参ったね、ランバートさん。大丈夫かい?」


 シアが気遣うように言った。


「ああ、俺のことは心配いらねえよ。元々すんなりいくとは思っちゃあいなかったが、正直あそこまで頑なになられちまうとも思わなかったぜ」


「申し訳ございません」


 クルセルヴが頭を下げる。オランストレイシア側は彼だけがドネルと共にハーク達の元に残っていた。


「クルセルヴ殿の所為じゃあねえ。謝る必要はないさ」


「しかし弱りましたな、殿。ここにきて連携が取れないとは」


「まったくだぜ。粘り強くやるしかないか」


「ねえ、そんなにまでして手間をかけるべき相手かしら?」


 ベルサとランバートに苦言を呈したのはヴィラデルだった。彼女は続ける。


「確かに彼らは弱い存在ではないワ。けれど、今更、百人程度を取り込んだところで、ワレンシュタイン軍としての大勢に影響など、あんまりないでしょう? 下手すれば練度が低くて、穴になっちゃったりするかも知れないワよ」


 ハークもそれは思った。ワレンシュタイン軍の強固な連携に異分子を無理矢理組み込んでは、逆に綻びが生じてしまう結果となることも充分に考えられる。


「頭が二つ、っていう状況をあまり作りたくはなくてな」


 その言葉を聞いて、ヴィラデルは、ふうー、と鼻から息を吐くと一度口を閉じた。

 これ以上文句は言わないが、納得はしていない。そんな感じであった。


「私からも、団長にもう一度考え直すよう促してきます」


 クルセルヴはそう言ってドネルと共に去っていく。それを視て、ハークも口を開いた。


「よし。では説得と交渉はランバート殿たちに任せる。儂は虎丸らと共に少し斥候に出てこよう」


「ワリイな、ハーク。頼めるか?」


「うむ」


「待ちなさい、ハーク。手袋とファーを着せてあげるわ」


 ハークは例の、上着の更に上に分厚い防寒具を羽織ってはいたが、それ以外は身につけていなかった。

 だが、いつもなら首を縦に振って感謝の言葉を綴るハークも、今回だけは首を横に振った。


「え? 大丈夫なのかい?」


 ハークが重度の寒がりと当然のように知っているシアも、心配してそう声を掛けたが、ハークはしっかりとした口調ですぐに返答する。


「うむ。心配要らぬよ。ここに来て、身体がなんとなくかっかと熱くなってきたように感じてな。敵が近づいているのかも知れん」


 と、聞きようによっては不吉な言葉を、ヤケに血色の良い顔で言い切っていた。




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