352 第22話19:Take Me UNDER
聖騎士団の生き残りがまとめて潜伏していた村で、最も屋根が高く大きな建物の一部屋にハーク達は案内されていた。外側の造りは粗末なものだが、中は意外としっかりとしていて中々に広い。遅れて本隊も到着し、ランバート、ベルサ、フーゲインにシア、そしてヴィラデルも部屋の中に集合した。
対してオランストレイシア側は、宰相フェルゼを始めとして聖騎士団団長とその補佐二人、そして最後に聖騎士団に復帰したばかりのクルセルヴと従士ドネルが軍議に参加していた。
早速、オランストレイシア側の聖騎士団団長が口を開く。
「閣下。二、三よろしいでしょうか?」
「構わんよ。何だね」
「この軍議は、我が凍土国オランストレイシアの行く末を決定づけるような、そんな重要なものになる。そう仰られましたね?」
「うむ」
「では何故、ここに魔物がいるのです。我々に退治せよと仰るのですか?」
同じようなことをこの国の王都にて侍従長にも言われた。だからこの反応は、この国の中央に近い者たちにとってはごく標準的なものであると確証が得られただけとも言える。特にハークにとっては。
が、二言目がいけなかった。途端にワレンシュタイン軍側の面々、その表情が変わる。険悪なものへと。
「……はぁ?」
まるでナニかを売る気なら買うぞと言わんばかりの声を出したのは、なんとこの中では最もしがらみが少ないとはいえヴィラデルであった。
美麗な顔を歪ませて、遠慮会釈なく睨みを利かせている。何、ナマイキな事を言っているんだ、そう言わんばかりの凶悪な眼差しであった。
こういう時、ヴィラデルと最近急速に気の合う間柄となってきているシアが、止めるなり取り成すなりしてくれるものなのだが、この時ばかりはヴィラデルと同じような内心であったのかそのような様子を見せることはない。フーゲインや、ランバートなど他の面々も同じであった。
「……魔物ではない。従魔だ。君なら聞いたことはあるだろう」
場の雰囲気をいきなり壊した部下の質問に、宰相は殊更平静を装って答えたが結果的に無駄な努力であった。聖騎士団の団長がまたも余計な言葉を口走ったからである。
「ああ……、辺境に住む蛮人が使役するというアレですか。と、すると子供がこの場に参加しているのもそういった風習に則ってということですね?」
今度は明らかな挑発であると誰もが分かり易いものだった。既に敵意を振り撒いているヴィラデルは元より、これには我慢をしていたフーゲインも殺意が漏れ始めている。ランバートもイラつきを覚え始めていることが横から感じられ、奇妙なことに、今ワレンシュタイン軍側で最も冷静なのは、標的に定められたハークと虎丸達であった。
必要以上に挑発的な物言いに、何か狙いがあるのかと考えてしまうほどである。
「どうやら聖騎士団の団長さんとやらは、
良い加減我慢できなくなったヴィラデルが口を挟んだ。しかし、ワレンシュタイン側に止めようとする者はいない。
「その安い挑発相手に簡単にムキになってしまうのは図星、あなたも同じようなことを内心は考えているのではありませんか? お若いエルフのお嬢さん」
「言ってくれるじゃない。良い加減その汚い口を閉じなさい、雑魚が。さもないと凍りつかせるわよ」
ヴィラデルは怒りのあまり無意識に魔力を放出していた。おかげで部屋の温度が数度低下した気がする。
「……そうやって痛い所を突かれて実力行使に及ぼうとするのも、蛮人の行動通りですね」
ヴィラデルに気圧されかかって、声が少し小さくなっているにもかかわらず、彼女の口は正に減らない。
一方で、ハークは段々と不思議に思えてきて仕様がなかった。何故に彼女はここまで頑ななのであろうか、と。
少し前から何となくでも相手のレベルを察せられるようになったハークから視て、彼女のレベルは三十台前半といった程度だ。
レベル以上の何か、を持っている気配もない。
正直言って、レベル三十九にしてそのレベル帯以上の実力を確実に備えるヴィラデルの相手にはとてもなりそうもない。団長自身もとっくにその事に気がついていそうなのに、虚勢を張り続ける理由は一体どこにあるのか。ハークにはそれが気になった。
「上等じゃない」
遂に席を立ち上がりかけるヴィラデル。
それを制止する声がようやく上がるが、その言葉の矛先は彼女ではなかった。
「もう止めてください! 母上!」
立ち上がって自分の母親に向かって叫ぶように言ったのはクルセルヴだった。
そんな息子に、母親は冷たい眼差しを横目で送るが、ハークの眼には明らかな内心の動揺が視てとれた。
「敢えてここは団長ではなく、母上とお呼びいたします! 母上! ハーク殿や彼の従魔の方々の実力を疑い、確認などをする必要はありません! 従魔の方々は人間種の言葉を完全に理解する精霊種です! その実力は正に伝説級です! ハーク殿に至っては母上たちは全くご存知ないでしょうが、あの西大陸最強である冒険者モログとワレンシュタイン領にて行われた武術大会にて優勝を分け合った方なのですよ!」
団長を含めた彼女おつきの聖騎士たちまで真面に眼を剥く。クルセルヴは続けた。
「私など軽くあしらわれてしまいました。実際、一撃も当てられることなく、あっけなく完敗してしまいましたから。ハッキリ言いましょう。この村モドキにいる聖騎士全員に、今の私が加勢し戦ったとしても、全く同じ結果となるのは間違いありません!」
「さ、さすがにそんなワケがありますか」
思わずといった感じでクルセルヴの母者も彼の言葉に反論する。
表情こそ変えないが、ハークも実は正直同意見であった。
クルセルヴもあの頃より実力が上がっていると聞いていたし、フーゲインとも模擬戦とはいえ良い勝負ができるほどになったらしい。さすがに彼と戦いながら百人相手にハーク一人で無傷完封
クルセルヴの母者はさらに続けた。
「それに、強さなどを問題になどしていません」
「ええ、そうでしょう。母上、あなたがお気にされているのは、いいえ、恐れているのは彼らの、ワレンシュタイン軍の裏の真意でしょう」
〈ああ、そういうことか〉
ここでハークもようやく気がついた。そういうことだったのだと。確かに少し前の己であれば疑りを捨てきれなかったに違いない、そう思う。
〈だから、あんな無用な挑発を行い、怒らせてこちらにボロを出させようとしていた訳か。もう一つ、主導権をどうしても保持しておきたかった思惑もあるのかも知れん。だが……〉
「ですが、裏などありません。私はモーデルに行ってそれを学びました。彼らが我々を裏切ったり、ましてやこの国から何かを奪おうとすることなどありません。何故なら、彼らは既に持っているからです。他国から力で奪う必要などありません。確かに何かが足りなくなり、必要となることもあります。しかし、それは国内で頑張ればすぐに手に入るものなのです。モーデルはモーデルの中で全て完結ができるのです」
そうなのだ。
一年近く生活して、ようやくハークも理解するようになっていた。
モーデル王国には、他国と戦ってまで奪いたいものなどない国なのである。
戦争で他国から奪うもの、それは主に土地と食糧。
そのどちらも、かの国は余っているのだ。その他に欲しいものができたとしても、大抵は国内で手に入れることができる。そして、ごく僅かに存在しないものに関しては、自分たちで造り出し、生み出すのである。
これが、モーデルという王国の正体だった。
戦争をする必要性のない国。それこそが。
クルセルヴは更に続けた。
「もし、彼らが欲しがっているものがあるとすれば、それはモーデルを侵略しない国と、モーデルと仲良くできる国です。ですから、余計な画策に、くだらない主導権の奪い合いなどに時間を費やすのは止めてください!」
彼の言葉に母親が絶句し、部屋の中に沈黙が訪れた。
しばらく経って、落ち着きを取り戻したランバートが口を開いた。
「クルセルヴ殿の言う通りだ。余計な事に回す時間はない。一応とはいえ、俺たちにも目的はあるが、それは貴国にとっても有益だと確信している。信じてくれ」
聖騎士団団長も、への字に固く結ばれていた口を再び開けた。
「……その目的とは何でしょう?」
「ここで、帝国最強と目される強兵種ども『キカイヘイ』をぶっ潰すことだ」
「『キカイヘイ』……とは、何です?」
「ああ、そっから話さなきゃいけねえか。『キカイヘイ』とは僅か二十騎で、アンタらを半壊させた鋼鉄のバケモン共さ。それが三百。この国に向かって来ているという情報を得て、俺たちはこの地に来た」
「……!? さ、三百!?」
「これで解ったろう? ぐだついていられる時間なんぞねえってな。逆に教えて貰いたいこともある。アンタらは世間一般の情報では全滅したとされていた。しかし、この通り、半分とはいえ生き残っている。ってことは『キカイヘイ』の奴ら二十を、一度は退けたってことだ。世間じゃあ本格的な冬が来るまで粘ったと聞いているが、そうじゃあねえんだろう? その辺のことを詳しく教えてくれ。ヤツらを打ち倒す助けにもなるだろうからな」
真摯なランバートの視線に、団長は一瞬射竦められたかのようであった。彼女は息子であるクルセルヴを一度見てから頷くと、覚悟を決めたように話し始めた。
「分かりました、話しましょう。私たちがこの子、クルセルヴを逃がしてから後のことを」
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