351 第22話18:前進と再会




 先遣部隊からの報告を受けた帝国の『キカイヘイ』軍団の長は、斥候として派遣した部隊が命じてもいない手出しを行い、更にそれが失敗に終わったと聞いても微動だにしなかった。ただ、分厚い兜に隠された内側から、一言「そうか」と答えただけである。

 報告を終えた先遣部隊の生き残りは凍土国王都シルヴァーナより二日間駆け通しであったにもかかわらず、休むことなく詳細な報告を終えたばかりだが、滝のように流れる尋常ではない汗の量は、決して疲労だけが原因ではないとその青い顔が伝えていた。


「も、申し訳ございません、大佐殿」


 彼は沈黙に耐えられなくなり、もう何度目か分からない謝罪の言葉を吐く。その声は震えを我慢できていなかった。


「フン。俺が怖いのか?」


 抑揚のない声で大佐と呼ばれた人物は訊く。

 何と答えて良いか分からず、報告役の男は唾を飲み込んだ。

 そうです怖いです、と答えられればどれほど気が楽であろうか。


「心配するな、今のところ俺が貴様を始末することなどない。どのような結果になろうと本国の皇帝陛下と宰相閣下に報告を行える我々以外の人員はとっておかなければいかないからなぁ。ま、勝利の報以外あり得んし、報告が終わった後にお前たちの身がどうなろうとも、俺の知ったことではないが」


 青い顔で絶句する、ワレンシュタイン領で任務に敗れてそのまま全滅したと思われる調略潜入専門部隊、その代わりを務める新しく新設された部隊の長は、所謂初任務で気が逸ったのか行う必要の全くないちょっかいを出して、結果失敗したのだ。


 尤も、大佐にとってはどうでもいい事だ。彼らが要らぬちょっかいを出そうと出すまいと、それが成功しようが失敗しようが興味などないし関係もない。

 大佐にとって関係があり重要なこと、それは凍土国オランストレイシアその王都シルヴァーナ、そこにいる者たちは貴賤の別なく全て平等に皆殺し、そして更地へと変えるということだけであった。これは決定事項であり、必ず成すべき任務である。


 できぬワケがない。

 連合公国の首都陥落戦でも容易く遂行したのだ。今回はその時の『キカイヘイ』が倍以上。後は如何にその戦力に見合うだけの功勲、つまりは、もののついで、を得られるかどうかであった。


 大佐にとってはもはや、興味があるのはそこだけである。


「それで? モーデル援軍五千の中にヤツ・・の姿はあったのか?」


「か……、確認はできておりません……」


「フン。……まあ、たぶんいる。俺には分かる」


「な、何故でしょう……?」


「ヤツについては良く知っている。絶対に人任せにはしないヤツだ。今回ものこのこと出しゃばってくるに違いない」


 抑揚のなかった声に、その一瞬だけ感情が籠ったかのように彼には聞こえた。




   ◇ ◇ ◇




 ほぼ同じ頃、ハークたちとワレンシュタイン軍は凍土国王都から南へ二日ほどかけて移動していた。

 尚、ベルサやランバートなどが事前に立てた計画によると、あと数キロ南に行ったところに待ち伏せに有効な地形が地図上で確認でき、そこに陣を敷いて開戦を行うことが望ましいとされていた。


 確かにこの先は峡谷で完全なすり鉢状だった。

 しかも、そこから南は細い道がしばらく続く。その出口で待ち受けていれば、攻めてくる敵は長く縦に伸びるしかなく、戦力を小出しにするしかない。

 これが対『キカイヘイ』相手にどこまで有効かどうかは未知数だが、さりとて自分から有利な場所を明け渡す意味などない。


 そんな場所を守護するかのようにその村、いや、集落は存在していた。


「この村に生き残りの聖騎士をかくまったという訳ですか?」


「いいや、違うよハーキュリース君。この村自体が丸ごと聖騎士団なのさ」


 成程、村というには少々規模が小さすぎると感じられたのはそういうことか、とハークは思った。小さな小高い丘にへばり付くかのように石造りの家が数軒まとまっているだけなのだ。


「秘密を知るのはごく少数ということですか」


「ああ。近隣の住民とも交流はしていない。と言うより、ここまで来ると近くには村も集落も無いがね。物資は私直属の部下から直接運ばせている」


「それで、モーデルのような情報の早い国ですら、聖騎士団が生き残っていると、全く伝わっていなかったのですね」


 クルセルヴが話に加わる。傍らにはいつものようにドネルも一緒であった。


「打てる手を全て打ったということだよ、副団長。いや、クルセルヴ君。君がモーデルで息災にしているのは知っていた。団長の思惑通り強く成長してくれたようだな」


「ありがとうございます、宰相閣下。しかし、全てがあの人の手の平の内であったワケではありません」


「そうだな。君は、今やレベル四十一だ。私や彼女の思惑を大きく超えてくれた。レベル四十超えの者など我が国では初めてだ。間違いなく君は今の凍土国にとって得難い戦力だよ。今回の戦いで、その力を当てにさせてもらう。存分に発揮してくれたまえ」


「は、はい、勿体無いお言葉です。最善を尽くさせていただきます」


「うむ。ではクルセルヴ君、ドネル君も参ろうか。ハーキュリース君は手筈通りに」


「承った」


 ハーク達は今回の先触れ役である。時間を無駄にできぬため、渡りをつけられる人物、つまりは宰相フェルゼに聖騎士クルセルヴ、更にその従士ドネルを虎丸の背に乗せ、先行する形でここまで運んできたのだ。


 ハークが従魔たちと共に遠目から見守る中、小高い丘にまとまって建設された粗末な建物群の前で何がしか作業中の男、恐らくは見張り役の男に三人は近づいていく。


 気配に気がついたのか、それとも降り積もった雪を三人が踏み固めつつ進む音が聞こえたのか、顔を上げた男の視線はフェルゼで一度止まり、次いで横のクルセルヴに移動して限界まで見開かれた。


「クルセルヴ! クルセルヴじゃあないか!!」


「戻ってきたよ、カロン。君も生きていたんだな。嬉しいよ」


「何言ってんだ、副団長! モーデルで少し丸くなってきたんじゃあないか!? おおーーい、皆! 出て来いよ! 我らの副団長殿が戻られたぞ!」


 カロンと呼ばれた見た目三十台前後の見張り役がそう大声を出すと、家々のドアが次々開いて中からクルセルヴと同年代から少し上くらいの男達が幾人も湧き出てきてはクルセルヴ、そしてドネルを取り囲むように集まってきた。


 大体百人前後といったところだ。クルセルヴに聞いたところ、聖騎士団は元々二百を超えるくらいの団員が所属していたという。そうなると全滅はせずとも半壊したといったところか。


 次々と話しかけてくる団員たちに応対しながらも、クルセルヴも若干に安堵したような笑みを見せ始めていた。

 しかしその直後、良く通る女性の声が場の雰囲気を一気に引き締めた。


「皆さん、宰相閣下ですよ! まずは臣下の礼を取りなさい!」


 途端に和気あいあいとした様子であった彼らの表情は引き締まり、即座にフェルゼへと全員身体を向けてから一斉に片膝をついていた。言い出した女性も同じ体勢をとっている。


〈あれがクルセルヴの御母堂殿か〉


 聖騎士団の団長がクルセルヴの母親だとは、ハークもクルセルヴ自身の口から聞いていた。

 しかし、そうと事前に聞いてはいなくとも一目で気がついたかもしれなかった。それくらい似ている。クルセルヴは分かり易いほどの美青年、そして美丈夫である。そんなクルセルヴの母親である彼女も一見にて美女と呼べる顔立ちをしていた。

 年の頃は四十を超えているとも聞いていたが、とてもそんな感じには見えない。雪のように白い肌が、老いの証である顔の皺を見え難くしているのかも知れなかった。


「相変わらずだな、団長。皆、楽にしてくれて構わん。君たちも再会を喜び合うと良い」


「お気遣いは無用です、閣下。任務ですか? それとも緊急事態ですか?」


「……両方だ」


「では遂に?」


「君の考えている通りのことだ。しかし後続のこともある。本格的な軍議は彼らが到着してから行うつもりだ。だから時間はある。気にせず、少しは身内を労ってあげなさい」


「はっ。ではお言葉に甘えまして。クルセルヴ」


 そう言って聖騎士団団長の女性は立ち上がり、クルセルヴに相対する。


「良くぞこのような時に帰ってきてくれました」


「はっ」


「私の命令を完全な形で遂行してきたと評価します」


「……はっ」


「その上で、聖騎士団副団長。あなたの原隊復帰を認めます」


「……はっ」


 意外なことに、彼女の話はそこで終わりであった。それを解り易く示すかの如くに、彼女の口は既にへの字に固く結ばれていた。

 フェルゼもここまで取り成したにもかかわらずやれやれ、といった表情になる。

 ハークも全くフェルゼに同意という感想を抱いた。ただ、内心別に思うところもある。


〈彼女は、職務に殉じることを既に決めているのだな〉


 前世でも程度の差こそあれ、たまに見られた種の人間であった。

 こういう種の人間は、当時のハークから視ると己の意思を大部分捨て去った者たちかのようで、家族や自分に近しい者、友人や後ろ盾となる一族の都合も一切考慮することなく、職務とその任務を第一に邁進し続けるのだ。

 孤高と表現すれば聞こえは良いのだろうが、要は仕事以外の余計な事に神経を回す手間を避けた、たった一つの方面以外は完全な思考停止に陥っていると言っても過言ではない。少なくともハークは、前世からこういった人種をそうとしか評価できなかった。


 柔軟な思考を持つハークからすれば、願い下げの生き方である。

 かと言って、こういった連中は大体が頑固者で、周りが口で何と言っても治ることはない。変わろうとする意志さえ、持つことは稀である。奇妙なことに、彼らはその身内や周囲の仲間に愛情や愛着を抱いていない、若しくは抱けていない訳ではない。

 それを表現する術を知らない、いいや、敢えてしないと決めているのだ。そんな自分をいさぎよいなどと勘違いして酔っているフシさえあった。


 そういった者に近しい人物は大変である。一度も表に現わされたことのないものを、解っているものとして強要されるのだ。理不尽な話でしかない。


〈結局、己で吹っ切り、変わるしかないのだ〉


 ハークはクルセルヴを見てそう思った。

 そんな彼の周りには騎士団の仲間たちが再度群がり、口々に復帰の祝いと歓迎の言葉を述べながら、順番に彼の肩や背中を叩いていた。

 彼には仲間がいる。そしてそれをずっと支え続けるドネルも。


 それに気づければ、ともハークは思ったが、だんだんと屈託のない表情へと変わるクルセルヴを見て、心配はそれほど必要ないとも確信し、その輪に加わるべく虎丸たちと共に前へと歩き出した。




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