350 第22話17:Passing Point③




 ワレンシュタイン軍五千に割り当てられた宿舎の談義室に運ばれた凍土国宰相ラルド=ブレイク=フェルゼは、彼にとっては異国の兵士達と同じ食事を貪るように平らげていた。

 どうもこの一週間、僅かな量の食事しか与えられなかったらしい。所謂、生かさず殺さずの状態であったのだ。


 次々と運ばれる初めての料理に対しても、彼は臆する様子も見せることなく手を出していく。


「美味いな。我が国のものとは違い、随分とあっさりしているが、それだけに量がイケる」


「どのようなものなのですか?」


 ハークも御相伴に預かりながらフェルゼと様々な情報を交わし合っていた。


「ん? 君らはまだ?」


「本日、王都に到着したばかりです」


「そうか、行動が早いことだな。やはり我々も見習うべきか……。それで、我が国の料理なのだがな、芋や肉などに衣をつけて油で揚げたものが主なのだよ。たっぷりの濃いタレをつけて喰うんだ。コッテリとして美味いのだが、四十歳を超えたあたりから量を喰うと脂がキツく感じるようになってしまってね」


 苦笑しつつ、彼はよく煮られて味の染み込んだ肉をパンに挟んで口に入れた。

 ということは四十はとうに過ぎているのだろうが、ハークの眼から視ると、フェルゼの年の頃はランバートと同じくらいにしか感じられない。外見だけで判断すればもう少し上にも視えるのだが、所作が若々しいのだ。

 しかも食べれば食べるほどに元気になっているようにも感じられる。


「食べてみたいですな」


「今回のことが済んだら、いくらでも私がご馳走しよう。ところで君は、あの最強と名高い冒険者モログと武術大会の決勝戦で引き分けたという、エルフの剣士殿かね?」


 ハークの食事を進める手が止まる。


「儂の事を?」


「やっぱりそうだったか。名前を聞いた時点でもしやと思っていたのだ。それにしてもモーデルは良き人材が豊富だな。少しでいいから回して欲しいものだ。なぁ、ハーキュリース君、活躍の場をこの国に移す気はないかね? 我が国はまだ冒険者ギルドがモーデルに比べ発展途上だが、もし来てくれるなら君のために特別な役職を新設してもいい」


 今度はハークが苦笑する番だった。

 評価してもらうこと自体は嬉しいが、ハークはモーデルから移る気などさらさらない。あの国が気に入っていたし、何より強い縁がある。更に、この凍土国はハークには寒すぎた。

 どう断ろうかと考えていると、両者の会談に嘴を突っ込ませる者が現れた。


「おいおい、ウチ一番の成長株を奪わないでくれよ! 相変わらずやることが強引なのは変わっていねえな!」


「おお!? 久しぶりだな!」


「おう、フェルゼ殿! 息災で何よりだぜ!」


 現れたのはベルサを供に連れたランバートである。未だ宴に参加した時の服装のままだ。


「久しぶり? お二人は知り合いか?」


「ああ。今のモーデルの国王陛下がまだ王太子だった頃、まだ俺もガキだった頃に一度交流に、この国には訪れているんだよ。もう三十年は前になるかな」


「懐かしいな。私はまだ先代の見習いの一人にしかすぎなかった。逆に、そんな私の事を貴殿が憶えていてくれたことの方が不思議だし、光栄だな」


「忘れるワケねえよ。ウィンベル家からの流れをくむ俺に、『赤髭卿』のことをしつこく、しかも強引に聞きまくったじゃあねえかよ。先代の宰相殿が止めてくれなきゃあ、次の予定に間に合わなくなっちまうところだったんだ。当時の王太子と共に肝を冷やしたものさ」


「ハッハッハ! そうだったな! あの後は私も、随分と先代に叱られたよ」


 凍土国現宰相フェルゼはモーデル王国建国当時の大英雄にして、ランバートが当主を務めるワレンシュタイン家の前身であるウィンベル家開祖『赤髭卿』を信奉しているという。容姿の顎鬚にもそれが現れているらしい。


 そしてランバートは若き頃、モーデルという大国を受け継ぐべき人材である王太子、今の現国王の幼馴染にして親友、そして何より一番の理解者として、彼の従者として常にその傍らにいた存在であった。丁度、今のアルティナとリィズの関係のように。

 その関係は、約二十五年前の帝国との大決戦でランバートが功績を上げ過ぎたが為に辺境伯という地位に就かざるを得なくなることで終わりを迎えていた。


「貴殿が宰相の地位に就いてくれたから、ウチとの融和政策がスムーズに進んだんだろう? 感謝してるぜ」


「いや、元々モーデルとの融和路線は先代より前からの施策さ。私はその流れを変えぬままに幾分後押ししたに過ぎない。そもそもこの国は場所柄、貴国から流れる高性能な法器が無ければすぐに発展が立ち行かなくなってしまうからね。大体からして感謝するのはこちらの方さ。あの『不和の荒野の決戦』では貴国に加勢するどころか援助することすらできなかった、いや、しなかった我が国に、まさか五千もの精鋭で援軍に来てくれるとはな。更に、まさか私を助け出してくれるなどとは、夢にも思わなかったよ」


「なあに、正直に言っちまうと、ただ単純に双方の言い分を聞かなきゃあ、しっかりとした前情報でもねえ限りは判断することはできねえし、しちゃいけねえって大前提を守っただけさ。まぁ、あの侍従長が、余りにも俺たちに考える時間を寄越さねえのが、クサく感じたってのもあるがな。急に来たとはいえ、外聞を重視するこの国が他国の使者を五時間放置はあり得ねえよ」


「ハハハ、少々耳が痛いな。侍従長は恐らく私を監禁した帝国兵に、協力すればこの国が滅亡した後でも帝国で生かしてやる、とでも言われたのだろう。ひょっとすれば何かの地位も持ちかけられたのかも知れないが、彼は育ちが良過ぎるために暴力に弱い。そこを突かれたのだろう」


「まっ、落とし前をつけンのはそちらに任せるが、帝国の『キカイヘイ』共をぶっ潰した後にしてくれや。ハーク、本当によくやってくれたぜ。お前さん等がいて助かりっ放しだな」


 ここでランバートはその身を身体ごとハークに向ける。


「いや、その様子だと報告は聞いているのだろう、ランバート殿。一人逃してしまったよ」


「それこそ大事の前の小事だぜ。こっちは五千の兵を引き連れてきてるんだ、今更隠密ってワケにゃあいかねえ。宰相殿を助け出したことだって、相手が余程のバカでなけりゃあどの道すぐ気付くさ。遅かれ早かれってヤツだな。むしろ、それが分かっていたから無理に追撃することはしなかったんだろ?」


「まぁ……、その通りだ」


 ランバートがたった今語った内容は、そのままハークの脳内にあの時浮かんだことと同じである。だが、前世であれば一言咎められるなり、嫌味の一つや二つでも送られるのが普通であったというのに、逆に称賛を受けたようでハークは戸惑った。


「全くランバート殿に同意だ、ハーキュリース君。改めて感謝させてもらうよ。ありがとう」


「……ん? どうかしたか、ハーク?」


「いや、なんでもない。他の皆は?」


「全員、戻ってきて身支度しているぜ。結局、宴は中止みてえなもんさ。王城は今でもまだ混乱が収まっていねえ。この機に乗じて王都を出よう」


「承知した。やれやれ、またあの寒空の下で野宿の日々か」


「ガマンしてくれや。正直、一晩くらいはとも思わなくはねえが、この絶好の機会を逃す手はねえぜ。宰相殿も用意を頼む。先行して一週間前に王都を出発したというこの国の防衛軍に合流したい。案内してくれ」


「了解した。しかし、案内するならばもっと良い場所がある」


「「もっといい場所?」」


 意外なフェルゼの返答に、ハークとランバートの言葉が重なった。


「うむ! 前回の戦いを生き残った聖騎士団が潜伏する村だ! 元々、国軍として集めた義勇兵たちは、彼らへの補給路を確保する目的で配置していたのだ! だからこそ、私は王都を遅れて出立する必要があったのだよ」




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