345 第22話12:凍土国オランストレイシア④




 事前に先触れを出していたにもかかわらず、王都シルヴァーナに到着したワレンシュタイン軍に与えられたのは歓迎ではなかった。


 それは混乱、そして混沌であった。


「しょ、少々待ってくれ! 今上の方が来られる!」


 応対したオランストレイシアの一部隊を率いる上級騎士は、そう繰り返してワレンシュタイン軍を王都を囲む壁の前に足止めする。

 そのこと自体はある程度仕方がない。国のメンツというものがある。応対する人物にも格が求められてしまうのも当然の話だ。

 だが四時間というのは長過ぎた。更に別の問題もある。


「それはもうこちらも承知している。ただ、良い加減に簡易テントを設置できる場所を指定してくれないかね? 貴国の寒さはさすがに我々には堪える。吹きっさらしでは尚更だ」


 ワレンシュタイン軍の前面には王都シルヴァーナを囲む巨大な壁面がある。しかし、それ以外の方向には風を防ぐ障害物がない。風を身体に受ければ体感する温度は風速ごとに下がっていく。せめて簡易的な布でも周囲に張り巡らせて風よけとしたいところだと、ベルサが先程から許可を願い出ているのだが、応対する騎士の返答はずっと同じである。


「それは侍従長様か宰相閣下がお決めになる! 私の一存では決められん!」


 そこへこの停滞状況に耐えかねたのか、ヴィラデルが嘴を突っ込む。


「ねェ、せめて暖を取るための火でも焚かせてくれないかしら? じっとしてると寒いのよ。燃料を寄越せなんて言わないからサ」


 ちらりとコートの合わせ目から胸の谷間を覗かせて、さりげなく誘惑攻撃まで行っていた。担当騎士のゴクリと唾を飲む音がハッキリと聞こえるかのようであったが、彼は首を縦には振らない。


「だ、駄目だ! 本当にもう少しの筈なのだ! もう少し待ってくれ!」


 言うだけ言って、彼は逃げるようにその場を去っていった。


「ちぇ~っ。まったくもー、アタシたちを凍え死にさせる気かしら?」


「それはない、と信じたいところですな。ところで、ハーク殿は大丈夫ですか?」


 ベルサが心配するのはハークが寒さに極端に弱い素振りを見せていたからである。


「平気ヨ。また毛布でぐるぐる巻きにしてきたから」


「何度も言いましたが凍傷にゃあお気をつけを。なんなら手でも握ってやっちゃあいかがですかね、ヴィラデル殿?」


「ん~~、考えとくワ。それじゃあね、ベルサさん」


 事が進展したのは、そう言った彼女がベルサの元を去ってからさらに一時間経ってからであった。


「やあやあ! 大変にお待たせしてしまいましたな! 侍従長のドゥーシマン=サムソン=キュバリエと申します。キュバリエとお呼びください! 以後、お見知りおきを」


 満面の笑みを携えてやってきたキュバリエと名乗る人物はそう言って握手を求める。やけに瘦身な、初老の人物だ。年の頃は五十がらみといったところであろう。

 ちなみに凍土国オランストレイシアはモーデル王国とは苗字と名の並びが逆である。

 キュバリエから差し出された手を握り返したのはランバートであった。


「いや、わざわざのお出迎え、痛み入る。しかし、貴国の寒さには我ら一同困らせられておりましてな、まず、どこか兵を休ませられる場所をご指定いただきたい」


「承知しております! 私が王都内に場所を確保いたしました! どうぞこちらへ! ご案内いたします!」


「何? 王都内に五千の兵を受け容れていただけるのか?」


 通常、善意の援軍であろうとも街の中に軍隊を受け容れるのは難しい。トゥケイオスの街でもそうであったように、大人数の場所の確保というのはそう簡単、そう短時間にできるものではないからだ。

 街の外に陣幕を張ってのテント生活となるのが普通だろう。


「ええ。現在、王都は余裕を持たせております。……今回の事態に備えて、ですよ」


 少しだけ声を潜めてから、侍従長は言った。


「先見の明がお有りだな」


「それほどでも。さ、このような吹きっさらしからはとっとと移動することといたしましょう。ご案内いたします。衛兵隊! 門を開けてくれ!」


 固く閉じられていた王都への入り口が、やっと開かれようとしていた。




 ランバートたちのいる本陣からやや後方に控えていたハークたちは、巨大な観音開きの扉が左右に動き始めたことで、約五時間ぶりに状況が動き始めたことを知った。

 ちなみに大都市の出入り口の構造としては非常に珍しい。鉄の格子や合板が上げ降ろしされることで開閉となる街がほとんどであるからだ。

 この扉の構造には、凍土国オランストレイシア王都シルヴァーナならではの理由があった。


「やれやれ、ようやくご開帳か」


 虎丸の上に座したまま微動だにもせず、防寒具の上から複数の毛布を巻きつけまるで置物かのようであったハークが久々に口を開く。


「良かったね、ハーク」


「まったくだ、シア。さぁ、早く中に入ろう」


 急かすハークに対して、珍しくもヴィラデルがやんわりと諭す。


「お待ちなさいな。まだ扉が開き切ってもいないワよ」


「……ぬう」


 そこへ、すぐ近くに控えていたこの街の出身者であるクルセルヴが近づき、ハークたちの話に加わった。


「あ、ハーク殿、そして皆さん。今の内に上着を脱いだ方が良いですよ。中は結構暑いですから」


「何、暑い? ……!? むおっ!?」


 完全に扉が開いたと見るや、熱風がハーク達の元を駆け抜けた。

 よく見ると奥に内扉があり、そちらも開かれている。


「わっ、アッツ!? ……ってほどでもないわネ」


「ずっと外にいたから、きっと少しの暖かさも極端に感じられちゃうんだね」


 言いながらヴィラデルとシアの二人が防寒具を脱ぎ始めて、いつもの格好となる。

 ハークも彼女たちに習い、毛布を剥ぎ、防寒具を一つ一つ取り外していった。

 しかし量と種類が多いため全て取り外し終わる前に列が動き出した。着替え中の主人を背に乗せたまま、虎丸はゆっくりと歩を進み始める。


「すまんな、虎丸」


『全く問題ないッスよ、ご主人!』


「ハーク、毛布とか預かるよ」


「頼む。シアも申し訳ないな」


「気にしなさんな、ハーク。それにしてもどういうことなんだろ? 門の中、街の方から暖かい風が流れてくるだなんて」


「フシギよネ。説明してくれないかしら、優男サン?」


「は、はぁ……、そうですね……、まずは街の中を視ていただくのが分かり易いかと思います」


 ヴィラデルに優男などと呼ばれ、戸惑うクルセルヴが言い終わった辺りで一行も門をくぐり終わった。


「わっ、ホントに暖かいわネ。何これ?」


「アレ? 少し暗いね? ん? 街灯が点いてる? こんな昼間から?」


 ヴィラデルとシアの二人に言われてハークは周囲を見回し、最後に頭上へと視線を移した。


「む? ここの大通り、屋根が存在するのか?」


 先程まで門の外で見えていた空模様は曇天であった。薄暗くとも雪が降っていないだけハークにとってはまだマシだったが、陽の光が全く届かなくなるほどでもなかった筈である。


「はい。ただ、このメインストリートだけではありません。この街全ての通りに天井があります」


「ええ!? じゃあ、街全体が屋根の下なワケ!?」


 驚くヴィラデルの質問を聞きながら、より頭上を透かして見るようにすると、四~五階建ての建物の最上部同士が繋がり合っているように見えた。それを支える建物も普通の煉瓦れんが造りや前世の木造茅葺き屋根などではなく、まるで岩盤をくり抜きそのまま使ったような強固なものだった。


「それに、この暖かさは一体……? 街全体を暖めているのかい?」


 ヴィラデルとシアの立て続けの質問に答えるのはクルセルヴであった。


「ええ。無論、法器によって換気は行われていますが、街全体を密閉するような形になっていますね。暖めはこの前のように温水などを主として地熱で行っています。ただし、屋根で覆われているのは街の半分ほどです。残りは山をくり抜いて作った半地下ですね」



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