346 第22話13:王都シルヴァーナ




 クルセルヴはそのまま言葉を続ける。


「なので、ランバート殿には既にお伝えいたしましたが、この王都内では火の使用が禁止されております。火魔法を使ったりしても逮捕されてしまう場合がございますので、お気をつけください」


 この中で、ハークとヴィラデルが火魔法を使用できた。シアも火点け用の法器を持っている。ハークがいるので最近は全く使っていないが。


「へェ、それって空気が汚れてしまうからなのかしら?」


 ヴィラデルからの追加の質問にクルセルヴは肯く。


「ヴィラデル殿の仰る通りです」


「あ~、だから外での焚き火も許可されなかったってこと?」


「そうかも知れません。五千の兵が焚く火の煙を万一給気口が吸ってしまえば、大変なことになる可能性があります」


「ふむ。となると、料理とかをする時はどうするのだ?」


 このハークの質問にはドネルが答えてくれた。


「熱だけを出す法器がありまして、各家庭単位に配られておりますわい」


「法器を各家庭に? それは随分と太っ腹だね」


 シアが感心したように言う。

 横で聞いていたヴィラデルやハークも、実は同じ気持ちであった。法器は正直、安いものではない。さらに、使用すれば使用するほど動力源である魔石が劣化し、交換が必要となる。則ち金がかかるのだ。


「太っ腹とは、どうでしょうなぁ。この王都は他に比べて税金が高く設定されております。払えなくなればすぐに追ン出されるワケですから、少なくともワシらがいた頃には就業率九十九パーセントを超えておりましたぞ」


「代わりに、家の外でも凍死するような危険性がないってコトかぁ」


「高いお金を払ってどっちを選ぶかはご自由に、ってトコロねェ。けれど、シア、そうなるとこの中では鍛冶仕事はできそうもないわね。メンテとかどうしましょ?」


「あ! そういやそうだね!? どうしよ……」


 鍛冶仕事は筆舌に尽くし難いほどに高温が必要となる。鉄を熔かす必要があるのだから。

 普通、鉄を熔かすほどの熱を発生させればその発生源である法器から先に熔けてしまうのは自明の理である。どうしても火を使う必要性があった。


「心配ご無用です。街の一区画にそういう、どうしても火を扱わねばならない職種用の施設が固まっております。そこなら屋根もございやせん」


「後でご案内いたしましょう。結構な街外れにありますが……」


 そうクルセルヴが提案したところで、彼の言葉を遮る人物が現れた。先行する本陣から駆け戻ってきたフーゲインである。


「よお、話の途中すまねえな」


「お、フーゲイン殿、ひょっとして呼び出しか?」


「ああ、ハーク、その通りだ。クルセルヴにドネルさんよ、本陣まで同行頼む」


「あら、割と早かったわネ。行ってらっしゃいな」


「良い結果になるといいね!」


「は、はい! シア様、ありがとうございます!」


「行ってまいりまする」


 フーゲインに続いて、クルセルヴとドネルの二人は走り出す。無論、全力ではなく、軽く駆ける程度だ。

 遠ざかる彼らの背を見ながら、ハークが再度口を開いた。


「シアの言う通り、上手いこといけば良いな」


「そうだね」


「上官命令とはいえ敵前逃亡だから、こじれる可能性も、ないとはいえないわよねェ」


 ヴィラデルの言葉にハークも肯く。

 クルセルヴは二年ほど前に凍土国へと攻めこんできた帝国軍、正確にはキカイヘイによって当時の所属する聖騎士団が壊滅させられた際に、上官である聖騎士団団長の命令に従い、隣国モーデル王国へ従者であるドネルと共に落ち延びていた。


「証明ができる案件でもないからな。軍隊に於いて、敵前逃亡は大抵が重罪だ」


「それでも、大事の前の小事ってヤツだよ! クルセルヴさんはその団長さんの願い通り、力をつけて国の危機にちゃんと帰ってきたじゃあないか!?」


「シアの言う通りだ。今の彼はこの国にとってかけがえのなく、そして得難い戦力の筈」


「逆に言えば、あの優男サンへの対応で、この国がどの程度、今回の事態を重く見ているのかが判るというものよネ」


「うむ。そうだな、ヴィラデル。ワレンシュタイン軍としっかり連携をとれるかどうかの試金石となるかも知れん」


 彼らの視線の先で、久しぶりに故郷の街に帰ってきた主従二人組は、それを懐かしく感慨にふける暇もなく、ランバートたちのいる本陣へと近づいていった。




 同じ頃、侍従長キャバリエの話は続いていた。


「今回の事態を受けてか大通りの人通りも随分と減ってしまいましたが、ランバート伯爵様がたのご協力さえいただけるのならば、帝国軍を追い返すことも容易でございましょう!」


「その期待には応えたいものですな。それで……、貴国の主要人物の方々を集めた作戦会議は、いつ行われましょう?」


 ここで、近づいてきていたフーゲインがランバートの視界に入るようにして目礼し、クルセルヴたちの到着を伝えた。


「急くお気持ちはご理解いたします。私も同じ思いですが、本日は王城にてワレンシュタイン軍歓迎の宴にご参加いただきたい。モーデル王国にはモーデル王国の流儀があります通り、我が国には我が国の手順というものがありますので」


「分かり申した……。ただ、あまり時はないとも認識をいただきたい。それと……、今の内に侍従長殿へお引き合わせしたい人物がいる」


「ほう! ワレンシュタイン軍期待のホープをご紹介いただけるのですかな? 楽しみでございます……な……?」


 後方より鬼族の兵士に促されて歩みを進めてきた一人の美青年が着る白銀の鎧を眼にして、キャバリエの言葉が止まる。上から下まで舐めるように視線を這わせたキャバリエは改めてクルセルヴの顔を凝視した。


「君は……、聖騎士団の生き残りか?」


「はい……、生き恥を晒しております」


「何を言う。聖騎士はこの国の希望、一人でも生きていてくれればありがたい。しかし、私は全滅したとばかり聞いていたが……?」


「仲間たちが自分だけを逃がしてくれました。団長命令で帝国を撃退する手段と方法を、今の今までモーデル王国にて模索しておりました」


「ならば君は団長命令をしっかりと果たしたことになるな。こうして隣国最強の軍隊を連れてきてくれたのだから。生き恥などととんでもないぞ。ところで、君のことは私も見覚えがある。ひょっとして副団長の……」


「はい、任命式や叙勲式で何度かお眼にかからせていただいたことがございます。バルセルトア=クルセルヴです」


「そうか……。君の帰還を歓迎しよう」


「侍従長様……ありがとうございます。直接の上司であります宰相閣下にもご報告したく思いまして、できればお取次ぎをお願いしたいのですが」


「残念だがそれはできん」


「え!? 何故ですか?」


「……どうやら宴の儀の前に、やはり少しでも詳しく話をしなくてはならないようだ。宴の前に時はあまりないが……。ランバート伯爵様、この後私と聖騎士クルセルヴ、さらにはワレンシュタイン軍の主要人物の中ですぐに集まれる方々だけとでも、会議をさせてはいただけないでしょうか?」


「無論です。早い内に意思疎通を行っておく方が良い」


 ランバートは了承すると、すぐに伝令たちを呼び寄せた。




   ◇ ◇ ◇




 王都深部ではありながらも王城からやや離れた場所に建てられた兵士用の宿舎へ、ワレンシュタイン軍五千の兵は案内されていた。


「凄いな。凍えるような寒さの中で兵たちには野営をさせるしかない、と当初は考えていたのだが、ただでさえ暖かい街の中に宿舎までお貸しくださるとは感謝に堪えん」


「いえいえ、我が国の危機に馳せ参じていただけた友軍を無下に扱える筈などございません。ところで……」


 軍議を行うための非常に広い会議室内に集められたのは、発案者の侍従長に対して、凍土国オランストレイシア側のクルセルヴとドネルに、ランバート以下ワレンシュタイン軍からはベルサにフーゲイン、後はハークに彼の従魔二体、ヴィラデルにシアとほぼ完全実力者主義のような状態となっていた。

 その中の、特にハークとその従魔を見つめて侍従長キュバリエは続ける。


「先程、私はここに集まられた方々が、ワレンシュタイン軍の主要人物にして主要戦力でもあるとお聞きしましたが、何故にここに魔物がおられるのです?」


 即座に答えたのはランバートであった。


「魔物ではないぞ、キュバリエ殿。魔獣だ。『魔獣使いビーストテイマー』というのを聞いたことはないか?」


「ああ、辺境でたまに聞く……、おっと、申し訳ありません。我が国においての辺境ということです。我が国の防衛はランバート伯爵様のような正統派騎士職が多いですから」


「お気になされる必要はない。我が領も国からは辺境領と呼ばれているからな」


「や、これは失礼しました。しかしながらもう一つございまして……、何故に子供が……?」


 これもランバートが言下に答えた。


「彼はエルフの民だ。ああ見えて、俺よりもずっと年上だよ」


 その言葉を聞いて、キャバリエの両眼が、ぐん、と見開かれる。


「そ、そうですか。……エルフの民。私、エルフ族の方を見るのは初めてでして……、重ねて失礼申し上げました」


 キャバリエはすぐに頭を下げた。ただし、その方向はハークらではなくランバートの方向である。とはいえ、ここまでの話し合いを行っていたのはキャバリエとランバートであるので、特に目くじらを立てるものでもないと判断したのか声を上げる人物はいなかった。

 いや、それよりも早く話を進めるべきと考えていた者がほとんどである。


「キャバリエ殿、とりあえず本題に入っていただきたい。宴の儀まで時もないのであろう?」


 ランバートに続いて、クルセルヴも発言する。


「そうです、侍従長様。宰相閣下に何かあったのでしょうか?」


「そうだな、時もない。我が国の恥と言葉を選んでもおられんか……」


「え? どういう事でございますか?」


「まず聖騎士クルセルヴ。君の言葉を訂正しよう。あったのではない。……彼がやったのだ」


「彼がやった? 宰相閣下が、ですか?」


「……うむ。彼は祖国を裏切った」


 一瞬、絶句するクルセルヴ。だが、すぐに言葉を吐かずにはいられなかった。


「な……!? 何ですって、そんな!? 信じられません! あの宰相閣下が!」


「信じられないのも無理はない。いや、私も始めは信じられなかった。しかし確かな情報だよ。部下をやって私が直接調査をさせた。彼は既に祖国を見捨て、帝国と内通をしている……!」


「そ、そんなまさか!? 我ら聖騎士団が壊滅したからですか!?」


「いや、それとは全く関係がない。私の調査によると、彼はすでに数年前から祖国を見限っていた形跡がある。少なくとも聖騎士団が帝国の軍によって壊滅させられた二年ほど前よりも以前のようだ」


 クルセルヴが驚きを通り越したこの世の終わりのような表情へと変わる。ハークたちも暗雲が立ち込めてきた話の展開に顔を顰めるしかなかった。



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