338 第22話05:盾




 事故が起こったのは、引き合わせたハークが冒険者ギルド寄宿学校の卒業手続きのためということでそちらへと戻っていた間、親睦を深めるためと称してどちらともなく言い出した、手合せという名の真剣勝負を行っていた際中であった。


 ————バキョッ!!


「うおっ!?」


「ゲッ!?」


 フーゲインの拳が、受け止めたクルセルヴの盾を砕き、放射状に大きな割れ目を作ってしまったのだ。


「あ~~……、こりゃアいかんですなァ。本国に戻っても直せるかは分かりませんぜ」


 点検したドネルが診断を下す。

 ドネルは本来、聖騎士の従者としてクルセルヴたち聖騎士団に従軍していたドワーフである。

 戦闘もこなせるが、本来の主たる役割は任務及び作戦行動中にある聖騎士用武具の調整と整備を行うことなのだ。彼も、この世界の常なるドワーフ族と同じように手先が器用で、且つ武具の知識を豊富に宿していた。


 とはいえ、現在のクルセルヴの盾の状況は、ある意味素人が視ても使用不能だと分かるほどだった。


「す、すまねえ!」


「い、いや、気にする必要はない。破られたのは私の未熟が故なのだからな」


 クルセルヴの言う通り、武具の強度はその装備品自体だけに依存するものではなく、装備している者のステータスにも少なくない影響を受ける。つまりは高級品であるクルセルヴの盾、正式名称『守護者の盾ガーディアンシールド』が打ち砕かれるということは、それだけ現在のフーゲインとクルセルヴのステータス差、もっと詳しく言えばフーゲインの攻撃力に対してクルセルヴの装備品を含めた防御力との差を如実に示す結果でもあった。


「し、しかしよ、随分と高級品なんだろう!?」


「……まあ、な。私が故郷で大きな手柄を挙げた際に国から与えられたものさ。高価な素材がふんだんに使われていると聞いてはいるが、それでも二つとないものでもあるまい。本当に気にしないでくれ」


「坊ちゃんの言う通りに、聖騎士への勲章代わり、という側面が強いですからな。剣の方じゃあなかっただけも良かったですわい。ただまあ、一応の名目は貸与された品ではありますがの」


「ケチくさいことを言うな、ドネル。この国では相当稼いだだろうに」


「そうですな。とはいえ、まさか砕かれるなんて思ってもみなかったですなぁ」


「本当に申し訳なかったぜ……」


 再度のフーゲインの謝罪にもクルセルヴは首を横に振る。


「いや、むしろまた良い経験をさせてもらった。全く……、レベル差がある相手に、以前、盛大に痛い目に遭わされたというのに。私も学ばないな……」


「『特別武技戦技大会』の準決勝かい?」


「そうだ」


「俺も客席から観ていたよ。その時から思っていたんだが、お前さんの上位クラス専用SKILLって、もしかして発動していねえのか?」


「……隠しても仕方がないか。君の言う通りだ。私の上位クラスの専用SKILLは条件が厳しくてね……。まぁ、それでも、三位入賞が多少なりとも影響しているのか、半年ほど前からすれば随分と発動し易くはなったがね」


「そっか。今回の戦いでも機能してくれるといいな」


「ああ。しかしそれにしても君の攻撃力は凄いものだな。疑って悪かった。本当にの攻撃能力に引けを取らないものだった」


 元々、手合せのキッカケがそれであった。去り際のハークが、自分と同等の実力者としてクルセルヴにフーゲインを紹介したのだ。その根拠が、何度も共に修練を行っているということで、論より証拠と相成ったワケである。


「正直に言っちまうと、攻撃力だけで見りゃあ俺も大きく差を開けられちまっているがな」


「ん? そうなのかね?」


「おう。あの大会の決勝での最後の最後、ブチ折られちまったじゃあねえか、アイツのカタナ」


「そうだったな……」


「そのすぐ後、またトンデモない斬れ味の、アイツ専用の新武器が造られてな。ま~~た水あけられちまったよ」


「信じられない。君ほどの攻撃能力でさえまだ足りぬというか?」


「俺も最近鍛えなおす機会に恵まれてな、多少はマシになったがまだまださ。おい、今度はさすがに試さない方が良いぜ。また一つ武具を失いかねないからな。アイツは自分でも言っていたが、加減が下手なんだ。ま、今しがた一つぶっ壊しちまった俺が言えた義理じゃあねえけどよ」


 自嘲するように頭を掻くフーゲインに、クルセルヴはふっと笑顔で返す。


「いや、忠言感謝する。それにしても、普通ならパワーダウンするところを逆の結果になるというのが、何と言うか、いかにも彼らしいな」


「だろ? まァ、ウチの軍部も随分と協力したってのはあるがな。さて、代わりの盾が必要だろう? 良いモンがある。ついてきてくれ」


「む?」




 十分ほど移動し、上級仕官用の詰所に着いたフーゲインは、山と積まれた書類の束に埋もれている自分専用の机に向かうのではなく、その隣に座るエヴァンジェリンに話しかけた。


「アンタねえ、さっそくメンドー起こすんじゃあないよ……」


 事情を聞いたエヴァンジェリンはこめかみを押さえつつ苦い表情に変わるが、フーゲインはあっけらかんと返す。


「そんなに問題か?」


 と。

 一瞬、呆れた顔へと変化するエヴァンジェリンの表情だったが、すぐに思い直したかのように平静へと戻った。


「……考えてみれば、アンタの拳で使用不能になっちまうならば、今の内から変えてしまったほうがマシか。フー、アンタ増々と大将に似てきたね」


 声をかけたエヴァンジェリン以外の人間が小首を傾げる中、彼女は席を立ち上がるとその後ろに立てかけてあったものの内、見るからに新品の方を手に取り、元の場所に戻ってくると、それをクルセルヴに向かって差し出した。


「はい。クルセルヴ殿。アタシの予備を使っておくれ。大丈夫。予備とは言っても新品だし、みんな同じものだから」


「こ、これは?」


 それは巨大な盾だった。特別な意匠こそないが堅牢で、一目で出来の良いものとわかる。

 人一人が充分隠れるほどの大きさでありながら、重さはそれほど感じない。


「失礼」


 ドネルが一歩歩み出て、拳を固めた籠手でゴンゴン、と叩く。次いで感に堪えたように言った。


「コイツぁ、……無茶苦茶良いモンですなぁ。ホントにいただいてよろしいんで?」


「ああ。アタシはどうせ留守居役だし、クルセルヴ殿には一日でも早く使い勝手に慣れてもらわなきゃあね。そいつは装飾こそ全くないが、素材や構造はウチの大将、ランバート=グラン=ワレンシュタインのものと全く同型だからね。最後はほとんど壊れちまったけど、キカイヘイの攻撃を何度も受け止めた実績がある」


「そんな凄いものを!? し、しかしエヴァンジェリン殿はよろしいのか!?」


「大丈夫。倉庫にはまだ予備がたくさんあるからね。半年前に、巨大で数多くの素材を手に入れる機会があったから心配しなくていいよ。進軍の際にも数多く持たせる予定さ。明日からの合同訓練にも使うから、今の内に習熟しといておくれ」


「了解した!」


「まぁそうは言っても合同訓練も、明日からじゃあなくて、明日だけ・・になりそうなんだけどね」


の到着が早まったのか?」


 クルセルヴの質問に、エヴァンジェリンは首肯する。


「元々、彼は何かあったら大いに寄り道・・・をする性質タチだから何とも言えないんだけどね。中間報告じゃあ、彼の脚であれば予定通りの到着となりそうだよ」


「また、街が騒がしくならあな」


 実に嬉しそうにフーゲインが言う。次いでドネルが頷きながら彼の言葉を引き継いだ。


「全くですなぁ。まさか前『特別武技戦技大会』の上位三名が、早くも一同に会するワケですからな!」


 その言葉に、クルセルヴだけがわずかに苦い表情を見せていた。




 同時刻、冒険者ギルドからの戻り道、ハークはとある宿屋に立ち寄っていた。

 と言っても、訪ねる訳ではない。その客室の内、一部屋の正面に立つと虎丸と共に足を止める。


 見上げる彼の目線の先には一つの窓があり、その奥に佇むヴァージニアを透かしていた。




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