337 第22話04:本題②
考える素振りすら見せずに参戦を承諾したハーク。彼のあまりにも即決な様子に、むしろ頼んだランバートとロッシュフォードの方が慌ててしまう。
「おいおい……、ハーク。そんなにすぐ決めて良いのかよ?」
「そうだぞ、ハーク殿。頼んだのはこちらだが、本来、貴殿には関係のないことなんだ。ギルド長のルナ殿も大変に残念がっていた。大々的に卒業式を開くつもりだと仰っていたのだからな。今や貴殿は間違いなく、このオルレオンで一、二を争う有名人だし、おまけに現生徒たちにとっても恩人だ。その卒業式は間違いなく次代の英雄の門出に相応しいものとなるに違いなかった筈なんだ」
父親に続いたロッシュの言葉に、少々大袈裟だと思いつつもハークは応える。
「だが、ルナ殿は納得したのであろう?」
「……渋々な。彼女は聡明であるから、今回の作戦計画が我が国、特に我が領と、このオルレオンの街にとって大変重要なものであるとすぐに理解してくれたよ……」
「この国とこの領、何よりこのオルレオンを愛しておるからでしょう」
「違いない」
「なれば、それは儂も同じこと。儂もこの国、この街が好きなのでな」
「ハークさん……」
「ハーク殿……」
感激と、ほんの少しの悲痛さを混ぜ込んだような表情で声を発したのはアルティナ、そして次いでリィズであった。それを視て、ハークは苦笑する。
「そんな顔をせんでくれ。大丈夫だ。ギルド長のルナ殿は儂に卒業を確約してくれた。明日にでも、と聞いている」
この言葉を聞いて、ほとんどの人間が顔をほころばせた。具体的に言えば、クルセルヴとドネルの主従以外である。彼らには何のことか、喜ぶべきことなのかよく分からないことなのだろう。
「良かったね、ハーク! 今回も卒業見合わせかと思ったよ! 一足早いのかもしれないけれど、おめでとう!」
破顔して、まず祝福の言葉をかけてくれたのはシアであった。
「ああ。ありがとう、シア」
しばらくほぼ全員の祝福を貰った後、最後にランバートが代表するように話に加わる。
「俺からはオメデトウよりも、ありがとう、感謝する、と言わせてもらう。ただ、その流れをブッち切っちまってすまねえが、どうしてももう一つ確認させてもらいたいことがある。ハークの従魔殿だ。参戦はしてもらえるのか?」
何名かはこの質問に怪訝な表情をするが、ハークには彼の気持ちがよく分かった。
虎丸と日毬をともに得難い戦力と評価してのことなのだ。明け透けに言ってしまえば、この二体が加わる加わらないで味方陣営における被害予想が大きく変わることだろう。今、この場で確認しておく必要がどうしてもあるのだ。
ハークは自分の横に侍る虎丸と、その肩にとまっていた日毬とに視線を向ける。
念話も交わすことなく主人の、ここは自身で答えるべきだという瞳に応え、虎丸は上半身を引き起こした。それだけで、椅子に座る自らの主人と目線の高さは同じになり、その頭頂部に日毬も移動する。
『それこそ無論だ。我が主いるところこそ、我が存在すべき居場所。参戦を表明する』
虎丸が全員に念話を繋ぎ、ハッキリと宣言した。
次いで日毬も「きゅーん」とひと鳴きする。ハークには「右に同じく~」とも聞こえる。日毬は種族的なSKILL『
位置的に、『下に』かも知れないが、ともかくランバートは小さく、そしてロッシュは大きく長~い息を吐いた。
「良かったぜ。ハークも含めて彼らに断られたら、作戦を抜本的に考え直さなきゃあいかんからな」
「……本当にそうだ。ハーク殿、虎丸殿、日毬殿、親父を、……父と我が軍をよろしく頼む」
そう言ってまたも再度深々とお辞儀をするロッシュにハークは「うむ」と応え、虎丸は吼え、日毬は囀りで返した。
一つの大きな問題が解決したことで、誰が視ても分かるほどに安堵を見せるロッシュ。しかし、彼と同じように安心した様子を見せる者が二人いた。
会議が始まって以来、ほとんど発言していなかったその片割れが口を開く。
「ま、アタシはあんまり心配してはいなかったけどね。なんにしても、一緒に頑張りましょう、ハーク」
「その口振りだと、貴様も参戦を決めておるのか。ヴィラデル」
横目で安堵の溜息を吐かんばかりの表情をしていたのが視えていた、などと余計なことは発することなく確認する。
「ええ、シアと共にね」
名を呼ばれたシアは、ハークに見えるよう右腕で力瘤をつくる。頼もしくも微笑ましく己の瞳に映るその光景に、ハークの口元もほころんだ。
「元々、この時のためにヴィラデルさんと協力して用意してきたんだからね」
「あの合成武器か」
シアが首肯する。
「うん! 正式名称は『法器合成武器』、だよ! 最終調整のためにも、あたしが従軍しないワケにはいかないからね。これまで通り、よろしく頼むよ!」
「うむ。こちらこそだ」
頷きながら答えを返しつつ、ハークはシアからヴィラデルの方へと再び向き直り、言葉を続ける。
「シアは解るのだがの。ヴィラデル、貴様は何故だ? 何故、従軍を決めた?」
「え? ん~~、そうねえ……。正直に言うと……アナタと同じよ、ハーク」
また妙な韜晦でもして煙に巻く気だろう、といささか構えていたハークは、表情をほとんど変えずとも内心驚いていた。
「……ほう。そうか、儂と同じか」
「ええ」
ならばそれ以上、野暮な質問はするものではない。
「分かった。いつものように、貴様もまた頼りにさせてもらうぞ。ヴィラデル」
「ヤケに素直ねえ」
ハークは苦笑しつつ言う。
「魔法戦で貴様に敵う者などおらんからな。儂も正直に言ったまでだよ。それに、状況によっては儂
何を頼むのか、それは援護だけではない意味を籠めたつもりだった。
ヴィラデルは彼を見ると、次いで虎丸へと視線を向け、最後にその頭の上にとまる存在へと瞳を這わせた。
「分かったわ。……ってアンタ……、アタシと幾つ離れていると思ってるのヨ!?」
文句のようなこの台詞に、ハークはますますと笑みを深める。
それを視て、会場内がひとしきりの笑いに包まれた。
収まるのを待ってから、ハークが再び口を開く。
「ま、そうは言っても指揮はランバート殿に従うがの」
船頭多くして何とやら。その危険性をハークは良く知っていた。
何よりランバートの指揮は適確である。そして将器も十二分に持っていた。彼の元で戦うのに不安感はない。そう思っての言葉だったのだが、ランバートは否定した。
「いや、戦闘が始まれば、ハークたちに関しては任せる」
「おいおい、親父。それでは……」
ロッシュが苦言を呈しようとしても、ランバートは手を振って止める。
「良いんだ。キカイヘイとの戦いで、彼らの判断と動きは正確且つ適確だった。それに見知らぬ地、俺も初めての場での決戦となるからな。乱戦になる可能性が高い。いや、ほぼ確実になるだろう。ハークたちには、持てる力を最大限発揮して敵を倒して欲しい」
つまりは、一体でも多く、そして早く敵を掃討してくれと言っているのと同義である。相手はキカイヘイの状況で、この願いは聞きようによっては無茶極まりなかったが、ハークは一言返すのみだった。
「
その時、もう我慢できぬとばかりに二人の少女が立ち上がって発言する。
「ハークさん、皆さん本当にありがとうございます! ランバート様、私も、もちろん従軍させてください!」
「父上、私もです!」
アルティナとリィズだった。迷いのない宣言だった。
だが、彼女らの望みは、叶うことはない。
「駄目だ」
「えっ!?」
「そんな!? 何故です!? レベルですか、父上!?」
レベルなワケはない。アルティナは三十一。リィズに至っては三十二だ。もう充分に強者を名乗り、軍を構成する一人としてどころか率いるのに過不足のない基準に達していた。
だが、彼女らには従軍することよりも余程大事な仕事がある。それも、二人でなければできない仕事が。
それをハークはよく分かっていた。
「アルティナ殿下、あなたにはこれから、アレス王子を糾弾する派閥の急先鋒に立ってもらわねばなりません。外国へ行っている時間はないのです。そして、我が娘リィズよ。お前は俺がもし万が一、何かあった時に俺の代わりとなり、そして引き継ぐんだ」
そういうことであった。
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