336 第22話03:本題




「ちっ、父上、本気ですか!? 本気で我が領だけで他国の戦争に参加すると!?」


「…………」


 泡を喰って詰問しようとする愛娘にも、ランバートはいつものように惚気のろけるでもなく、即座には反応を返さなかった。そこがハークには、彼が並々ならぬ決意を秘めて今回の決定を下したのだと思えてならない。


 一方で何も言わぬ父相手に、更に食い下がろうとするリィズの気持ちも分かる。この領全体が彼女にとっては家であり、それを支える軍の面々に至っては家族も同然。それを他国の地にて、決して参加しなくてはいけない戦いでもないというのに命を懸けさせなければならないことに疑問を感じているのだろう。

 だが、それ以上の言葉を、彼女の兄が止める。


「リィズ、控えなさい」


「あ、兄上!?」


「お前の気持ちも分かる。確かにお前は次期当主として、いずれ私の上に立つとも定まっている者だ。しかし、今は違う。だから控えなさい」


「で、でも……」


「お前を含めた関係者の皆様への説明も後ほど改めて行う。それまで待ちなさい」


「……は、はい」


 そう言って黙り込んだリィズの肩に、隣に座るアルティナの手が気遣うように置かれる中、室内はしばしの沈黙に包まれたが、話を再開させたのはランバートであった。


「まぁ、そういうワケだ。クルセルヴ殿、ドネル殿。我らの参戦を受け容れてくださるかね? 受け入れてくださるのであれば、我が軍の精鋭五千を二日後、オランストレイシアへ向けて進軍させる用意がある」


「ごっ、五千!?」


 既に瞠目したまま硬直していた表情からさらに眼を押し開いた状態で固まるクルセルヴに代わり、ドネルが口を開いた。


「いや……受け容れるも何も、全力で助力願いたいのはこちらでして……。しかし、ええんですかい? ワシらにゃあ返せるモノなんぞ、ありゃあしませんぞ? 本国とて似たようなモノでしょう」


「最悪、タダ働きとなるのも覚悟しているさ」


「……本当に、喉から手が出るほどにありがてえ話です。感謝してもし切れねえですな。ですが、その真意は何です? どこに狙いがございやすか?」


「お、おい、ドネル……!? 失礼ではないか!? またとないお話であろうに……!?」


「坊ちゃん、ここはワシにお任せを。他国の争いにわざわざ介入しておきながら見返りを求めねえなんて、聞いたことねえです。帝国を追い返した後、オランストレイシアの占領行動に移行、と聞いた方がまだワシのねじくれた精神にゃあ納得ができますぜ」


「なっ……!?」


(それはそうだろうな)


 絶句するクルセルヴとは対照的に、傍で聞いていたハークは、むしろ傍で聞いていたからこそドネルの言葉と説に合点がいった。


 国や、それに連なる組織は非情だ。指導者たるものは常に自分たちの利益を優先とする必要がある。それは指導者たるものとしての才覚の証明であり、義務だ。怠れば滅びの道を辿ることになる。綺麗ごとなどは二の次だ。

 ただし、ただ単純に利潤だけを追い求めたとて、人はついてこない。本当に良き指導者というものは、崇高な理念と現在の利益との釣り合いを巧みに推し量りながらも選択を行い続けられる人物なのである。

 無論、その困難さは言うまでもない。茨の道であるどころか、賽の河原で砂上の楼閣を死守するようなものだ。


 ただ、この国の指導者はこぞってこの不可能とも思える困難な道を選択するらしい。

 先王ゼーラトゥースといい、眼の前のランバートといい。


 だが、それでもさすがに今回はやり過ぎと言える。善意に傾き、寄り過ぎていた。


「我がモーデルは他国を侵略した歴史はない。それでもご納得いただけないか?」


 ロッシュフォードがそう横合いから取り成すがドネルは首を振る。


「できませんな。それは今まで、の話です。口約束に国の命運を賭けるようなものです」


 一見頑なとも見えるだろうが、ドネルの発言は自国の岐路に立たされた者として当然のものとハークには理解できた。彼とクルセルヴのこの時の発言が、凍土国オランストレイシアの命運を決定づけかねない状況なのだから。


(いっそのこと、時期をずらしてオランストレイシア軍とワレンシュタイン軍にて帝国軍への挟撃を行うという腹積もりであるのならば、ドネル殿もまだ話に納得できるのだろうがな)


 帝国軍の戦力をこの機に叩き潰す算段として最も軍事的な好機を得るため、という理由づけとして有効だろう。

 だが、ランバートらはハッキリと言った。オランストレイシアの防衛戦であると、そして何よりクルセルヴらに協力すると。


「では、貴国からの最大限の感謝と尊敬、信頼を得ることができる。これによって関係の強化を……」


「もういい。ロッシュ」


 ランバートがロッシュフォードの言葉を遮った。父の意を察して、彼は少し呆れたような表情となる。


「親父」


「今回は強者同士の総力戦になる。クルセルヴ殿と我々の軍との連携がとれなければ本末転倒に成り兼ねん。それには互いの信頼こそが必要不可欠だ。命を預けてもらわねばならんのだからな」


 ロッシュフォードはふうっ、と一息吐き出す。


「わかった。後は任せるよ」


「おう。疑心暗鬼になってる暇などねえからな。この際ハッキリ言おう、よく聞いてくれ、ドネル殿にクルセルヴ殿。戦場をモーデル王国、そしてこのワレンシュタイン領にしたくねえからだ」


「戦場を、ですかい?」


「ああ。勝手なことを言うようだが、できればその『キカイヘイ』とは他国の領土でやり合いてえんだ。この後のキカイヘイの詳細情報を得た経緯にも繋がるのだがな、このキカイヘイは貴国との戦争に使われる前に連合公国の首都陥落戦にも投入されたらしい。その戦いでヤツらは約五時間で首都を更地と変え、住民を皆殺しにしたそうだ」


「なっ、五時間で、更地!? さらに皆殺しですと!?」


「まさか!? い、いや、あり得る! あの超攻撃能力であれば!」


「一度戦ったがゆえにクルセルヴ殿は良く解っているようだな。キカイヘイどもは広範囲の殲滅攻撃を持っていやがる。そういう目的で造られた兵器らしい」


「つ、造られた兵器!?」


「その話は後でまとめてしよう。まァ、とにかくそういうワケだ。もちろん、貴殿らの国の民も誰一人見捨てるつもりはない。全力で守るつもりだ。ただ、生臭な話ではあれど、後顧の憂い少なく俺たちも迎撃に専念できるということさ」


「なるほど。そういうことでしたらワシも納得できましたわい。……無礼の数々、平にご容赦くだされ。この通りです」


 座ったままとはいえ頭を深く下げるドネルに続き、クルセルヴも慌てて同様にする。ところがそれを視て向かい合うランバートも頭を下げた。


「いいや、失礼な物言いであったのは俺も同じだ。申し訳なかった」


「はは。では、恐縮ですがお互い様、ということで」


「うむ。そうだな」


 互いに和やかな雰囲気となり、顔を上げて笑い合う両者。

 次いでランバートはその次の議題を話し出す。


「さて、では今度は『キカイヘイ』の詳細を我が領が掴むことができた経緯の話だな。帝国からの恭順者を得たこと、そしてここにいるハークらの活躍によって、内部構造を詳しく調べることができたこと。この二点が大きな要因だ。以下は我が息子ロッシュフォードより説明させてもらおう」


 ランバートの言葉を受けて、ロッシュが恭順者の名を出さずに彼らの捕縛戦とその後のキカイヘイとの初戦闘の経緯を説明していく。要点を押さえ、詰め込み過ぎることなく、今現在の会議中に必要なことのみを伝えていた。


「内部構造に関しては、後で実物を見ながら説明した方が理解がしやすいだろう。我々が確立しつつある対キカイヘイへの有効な戦法と連携もそこで学んでいただく。そのため、クルセルヴ殿とドネル殿には一時的にとはいえ、我が軍の麾下に入っていただきたく思うのだが……」


 一度だけ顔を見合わせた主従二人が頷き合う。


「了解です。異論はありません。元々戦力では、私たちではワレンシュタイン軍の一部にも満たないでしょうから」


「しっかし、まァ、あんなとんでもない化け物を撃破とは……。恐れ入りますわい」


「軍の中で撃破の際のメンバーであったフーゲイン=アシモフは従軍させる。頼むぞ、フーゲイン」


「了解だぜ! 大将!」


 名を呼ばれたフーゲインは表情を引き締めさせた。

 そして、ランバートもさらに表情を引き締めつつ言った。


「指揮を執るのは俺だ。よって、ロッシュはいつも通りの留守を頼む」


「分かった」


「さて、ここまでがクルセルヴ殿たちへの話だ。ここからは……」


 ランバートはなお一層真剣な、最早悲痛なくらいの表情でハークの方へと真っ直ぐに顔を向けた。


「ハークたちへの大事な話となる。ハーク……。お前さんは軍の人間でもねえし、領内の人間でもねえ。オマケに冒険者だ。だから俺はお前さんに命令することはできねえ。ただ、頼むだけだ。ハーク、頼みがある。もうすぐお前さんが所属する寄宿学校の卒業式が行われるのも百も承知だ。出席すれば、ぶっちぎりの首席として皆に祝福されるだろうが……、従軍すればそれまでに戻ってくることはまず敵わねえ。それでも、俺達と共に、凍土国オランストレイシアまで行き、キカイヘイを打ち倒して帝国軍をぶっ潰すのに協力してくれねえか!?」


 がばりとランバート、そして横のロッシュフォードが頭を下げる。

 先程の冒険者ギルドにてルナから最後に伝えられた言葉が頭を過ぎるが、ハークは迷うことなく二人の頭が机に擦り付けられる前に答えを発していた。


「無論だ」




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