339 第22話06:盾②
『やあ、いつかと逆になったな。少しよろしいか、ヴァージニア殿』
『モチロン。何かあったのかしら?』
ハークは少し驚く。まだ有事の雰囲気を漂わせた覚えがないからだった。確かにヴァージニアとは今まで何度か念話での会話を重ねてきた中でも、今回のようにハークから押しかけるような形は初めてではあったのだが。
『どうしてそう思うのかね?』
ヴァージニアは少し考えるような素振りを見せる。遠目で窓越しであろうとも、ハークの特別製の瞳にはそれが分かった。
『ん~~、お城……、というか兵士たちの動きがいつもと違うというか、どこか物々しくて、緊張感が高まっているような感じがするのよね。戦争でも始まるの?』
〈こりゃア、大した感受性だな〉
舌を巻く思いだった。観察眼もさることながら、以前、ハーク自身が抱いた彼女の有能さ、且つエルザルドが語っていた人間種への造詣の深さを証明しているかのようであった。
『さすがはヴァージニア殿だな。その事について話があって来たのだ。後でフーゲインから詳しい説明があると思うが……』
そう前置いてから、ハークは今回の遠征の話を開示していく。
ヴァージニアはドラゴンであるため、過不足なく話すとなるとこれまでの帝国の悪行めいた疑惑やら、キカイヘイとの戦闘経緯なども伝える必要があった。しかし、念話とは便利なもので口頭で説明するよりも遥かに時間がかからない。数分程度で済む。
『ハーク、あなたも行くの?』
『うむ』
『へぇ。冒険者ギルドは人間同士の争いごとに、むやみには加担しないようにという教えがあった筈だけれど……?』
『よく知っているな』
『まぁね。そういうところは昔から変わっていないのね』
『そうらしいな。ギルド創成からの不文律と聞いている』
『それなのに良いの? ハークはこの街のギルドで結構な有名人なのでしょう?』
『なあに、儂はまだ寄宿学校の学生の身分さ。まだまだ半人前だよ』
『どの口が言うのかしら。……ああ、成程ね。進路を決めきっていない立場を利用しようというワケね』
『……本当にヴァージニア殿は察しが良いな。本当に龍なのかね?』
つまりはこういうことだ。
冒険者ギルドの寄宿学校は、在籍したからといって未来を確約されるような権限も制約もない。その後の自由な選択肢が残されている。
ゆえに冒険者ギルドの寄宿学校でありながら、入学当初から騎士を目指し軍への入隊を決心している者すらいる。
こう書くと奇妙なものだが、それで問題となることもない。来るもの拒まずの精神なのだ。
『ふふ、まあ龍
『うむ。先程の説明通り、フーゲインも遠征隊への参加が決まっておる。数週間、場合によって数カ月、あるいは下手をすれば半年帰ってはこれぬ。その間、ヴァージニア殿はどうなされるのかと思ってな』
人間種であれば結構な時間の経過である。特に最後の半年と聞けば誰もが躊躇するだろう。そう考えての質問であったのだが、龍種はいわゆるヒトの常識には収まらない。
『ん~、その程度なら待っているわよ? まだフーゲイン君に技を教えている最中だしね。え? それが訊きたいことなの?』
『うむ。ヴァージニア殿の意向も、事前に聞いておきたくてな。儂もしばらくはこの街に帰れぬゆえに』
『もっとこう、ないの!? 参戦して欲しいとか、力を貸して欲しい、とか!?』
『エルザルドから聞いておるよ、それは難しいと』
それはそうだろうとハークも納得していた。エルザルドと同クラスの力が人間種の世界内での争いに与して暴れれば、その争いは人間種の枠を簡単に、そして確実に超える。
『今のこの姿であれば、多少の無理は効くわ。出せる力にも制限があるけれど』
『ほう、それは大変にありがたいな。……ふうむ。なればむしろこの街に待機してもらい、何かあった場合の防衛戦に助太刀を頼みたい』
『何かあった場合の……? ああ、ひょっとして、陽動を警戒している? もしくは状況による敵軍の転進?』
今度こそハークも恐れ入った。ヴァージニアは先の軍会議の最後の最後にて、ランバートが万が一の可能性と付け加えた後に語った懸念を、正確になぞったのである。
無論、そういった可能性に気づいているのであれば、万一だろうとなんだろうと備えておくのが百戦錬磨の将にして傑物たる為政者というものだ。
『もう立つ瀬がないな。ちなみに儂はこの地の領主に説明を受けるまでは思い浮かばなかったよ』
『へえ~、噂通り軍事の天才なのねェ。つまりはこういうことでしょ? オランストレイシアに迫るキカイヘイ二百体が、その天才サンを含めたワレンシュタイン軍主力を誘き寄せる罠で、主力組が居ぬ間にキカイヘイ以外残りの帝国兵でこちらを急襲。だからオランストレイシアへ連れていく兵力は全軍の二十分の一。少数精鋭ってコトなのね?』
『…………ヴァージニア殿は軍師の才能があるな。今のところ帝国軍に動きは見られぬとの報告なのであり得ぬという判断だが、本当に万が一、前準備もなしに突っ込んでこられれば街の被害は尋常に済むまい』
『前準備もなしに……って、それほとんど自殺行為じゃない』
軍の前準備とは、主に食糧と水、予備の武具、前世であれば弾薬弾丸、そして薬。この世界では回復薬に置き換えられるだろう。
人が住む街を攻める場合は、素早く軍事行動を成功させれば略奪にて補充することも可能かも知れない。しかし、そうでない場合はたとえ戦を優勢に進めることができたとしても、時間を稼がれるだけで飢えによってバタバタと倒れていく。始まる前から圧倒的不利を抱えた戦いをしかけることとなるのだ。ヴァージニアの言う通り、ほぼ自殺行為に近い。
ただ、それだけに侮りがたい。背水の陣として窮鼠が決死に猫を嚙むかも知れないからだ。
『だろうな。普通ならばやらないが、困ったことに過去の帝国軍の行動から考えれば可能性はゼロではない。皇帝はじめ帝国軍の上層部は部下の命に一切頓着しない。使うことで自身を燃やし尽くす危険な自殺用スキルを開発し、兵士に習得させるくらいだからな』
『恐ろしいものね、帝国は……』
ヴァージニアの頭の中には瞬間的にそういうものの開発が得意なドラゴン、ガルダイアの姿が浮かぶが、決めつけは良くないと脳から追い出しつつ話を続ける。
『もう一つの危険な可能性は、キカイヘイの軍を指揮する人物が有能且つ蛮勇で、オランストレイシアへの進軍中に何らかの方法でワレンシュタイン軍の主力組の動向に気づき、途中で進路を転換してこちらへ攻めてくる。ということね』
『うむ。挟撃、及び敵領内での部隊孤立の危険性を無視して、ではあるがな』
普通に考えるならば、やらない。しかし、そういった常識はずれな行動が時に最大の戦果を生むことをハークは知っていた。時間勝負だが上述のキカイヘイ転進作戦も成功すればランバートやハークら主力組は帰るべき拠点を破壊され、見知らぬ異国に取り残されることになるからだ。
『分かったわ。この街の人々を守る
『いや、恐らくそれには及ばない。ヴァージニア殿にはむしろ盾になってもらいたいのだ。避難を行う人々の
『え? それは?』
ハークからすれば計り知れぬほどの冴えを見せた彼女の頭脳でも、さすがにこれは解りようがなかったらしい。
『この国最強の、いや、西大陸最強の冒険者、モログが来てくれる』
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