335 第22話02:立ち向かう準備をしよう②




「お……、親父、それでは言葉が足りな過ぎるぞ」


「ん? だがもう決まったようなモノだろう」


「そうかもしれないが……、それはある意味俺達が出した勝手な見解でもある。まだ予測の段階だ。まずは判明していることから伝えるのが筋だろう」


「む、そうか。では任せる」


 開始早々、会議の主導権が親子間で移る。

 二人の間の会話から判断するならば、ロッシュは父親であるランバートの発言をやや性急な判断であると諫めているようにも聞こえた。

 だが、ハークの経験上、ランバートへの戦闘面、いわゆる緊急時への対応力は前世の人物たちも含み入れても群を抜き超人的だ。その彼が話の帰結に急いているように感じられること、それ自体がハークにはより切迫した状況を想像させた。


「は、早く教えてくれ! あ! いや、ください!」


 ハークと同様の思いを抱いた訳ではないだろうが、クルセルヴが席から立ち上がらんばかりに身を乗り出した。

 彼の場合は予想外の唐突に自国の窮状を知らされて、当然のごとく焦燥させられたからに他ならない。横のドネルが諫めようとはしているものの、彼自身の顔色もほんの少し青い。


「落ち着いてくれ、と今更言っても遅い、……か。実は帝国内にいる我が領の手の者たちが『キカイヘイ』の新たな情報を掴んだ」


「へェ、スパイを送り込んでいるのねェ。スゴイじゃない、思い切ったコトをするものだワ」


 偽悪的な笑みを浮かべたヴィラデルが口を挟んだ。

 それに反応するのはランバートである。


「人聞きの悪いこと言わねえでくれや。ちゃあんと合法さ。モーデル王国ウチとバアル帝国はもう二十五年も同盟関係を結んだ仲なんだからよ。たとえその関係が昔っから表向きだったとしても、な。キチンとした信用できる身分の商人や、技術者なんかをこちらから提供しているんだ。ただし、彼らには、他にちょいと副業にも精を出してもらっているだけさ」


「ああ、ナルホド」


「モノは言いようですね」


「父上、自慢のように言わないでください」


 ヴィラデルがニヤリと笑みを変えつつ納得した後に続くアルティナとリィズの苦言も、ランバートはどこ吹く風だ。


「話を続けさせてもらう」


 ロッシュフォードが会議の流れを元に戻そうとする。しかし、またもそれを遮る者が現れた。ただし、その主張は正当なものだった。


「待ってくれ! 『キカイヘイ』とは何だ!?」


「おっと、失念していた。貴殿はアレと交戦経験があると聞いているが、名称まではご存じないか。貴殿の所属していた聖騎士団を壊滅させた兵科だよ」


 自分の質問に答える形で発せられたロッシュの言葉に、クルセルヴはまたも驚愕を示し眼を剥く。ただし、この時ばかりは同じ部屋の中にいるほぼ全ての人間が彼と同様の表情をしていた。


 特にハークは、半年ほど前にクルセルヴと特別武技戦技大会の準決勝で対戦した際に、彼が非常に生き急いでいるとの強い印象を持たされた理由が思い至った気がした。


「キ……、『キカイヘイ』と言うのか……。……い、いや、ちょっと待ってくれ! なぜ、あなた方がその情報を知っている!?」


その・・とは、貴殿の祖国、オランストレイシアの聖騎士団が既に壊滅しているのを私たちが知っていることかね? それとも、『キカイヘイ』の詳細を獲得していることかね?」


 ロッシュフォードは努めて冷静に返す。事前にクルセルヴが、今のような強い反応を示すと予測していたのだろう。


「りょ……両方です」


「ふむ。キカイヘイの詳細を我らが把握できていることについては、後ほどにさせてもらおう。いささか長くなるのでな。まずは貴殿の国の危機的・・・状況をなぜこちらが充分に把握できているのか、このことからにしよう。貴殿らにわざわざお越しいただいた理由に通じるものもあるからね」


 ここでドネルがこの会議始まって以来の口を開いた。


「ロッシュフォード様の仰りよう……、むしろそれだけで、ワシらが祖国への造詣浅からず、と言ったところでございますなぁ」


「お褒めに預かって光栄かな? その心は、貴殿らの国の強者は全て聖騎士団に集まる、その彼らを失った今、凍土国オランストレイシアは戦力的な丸裸に等しい。と、いうことでよろしいかな?」


「仰る通りでございまさァ。ぐうの音も出ねえですよ」


 幾分へりくだった口調で恐れ入ったとばかりに笑うドネルに対し、クルセルヴはあんぐりと口を開け放っていた。

 モーデル王国はバアル帝国の長年の同盟国。ということはオランストレイシアにとっては仮にとはいえ敵国の同盟国ともなるが道理。そんな国の上層部たる一角、ワレンシュタイン家に自国の無防備をつまびらかにされては具合が悪いどころの話ではない。などといったことを考えているのが丸分かりの表情をしていた。


「坊ちゃん、そんな呆けたカオせんでも大丈夫ですわい」


「い、いや、しかしな……」


「じゃなきゃあ、わざわざ旅費の全額以上を渡してまで、ワシらを呼び寄せたりはせんでしょう。ねぇ?」


 ドネルがクルセルヴへの説明の後、この会議の進行元へと顔を向け直してからの確認に、ロッシュフォードはしっかりと肯く。


「それこそドネル殿の仰る通りだ。ここで元の話に戻る前に、我らがワレンシュタイン領としての立場を明らかにしておくとしよう。我が領はできた当初から領土を隣り合うオランストレイシアとは立場を同じくし、関係を深めてきた。元々心情や思想的には、貴殿らの国の方が我が国には近いというのもある。国としては同盟を結んだが、近年、我が領に対して敵対行動を取り始めた帝国などよりもずっとね」


「そ、そうだったんですか……」


「まぁ、大っぴらに関係を、というワケにはいかなかったから、貴殿が知らぬのも無理はない。だが、帝国の敵対行動の証拠を押さえた今、こちらも大々的な行動が可能となった。ここで先程の話に戻るのだが、我が領の情報提供者たちから新たに入手した情報にはこうある、『キカイヘイを管理する宰相イローウエル官邸内に動きあり、軍事行動であると推察。ただし、帝国軍には大規模な動きは見られず、むしろ待機命令が下された模様。軍内部ではもうすぐ凍土国オランストレイシアとの戦争が再開されるとの噂あり』とね。このことから我が父は、貴殿らの国、凍土国オランストレイシアと帝国との戦端が再び開かれると予測した。そしてそれは、私の予測も残念ながら同様だ」


「ありがてえ話でございやすわ……。それをワシらにお伝えるためだけに、わざわざご招待いただけるなど感謝に堪えませんですわい。ホレ、坊ちゃんも」


「あ、ああ、モチロンだ! 本当に感謝に堪えません! しかし、だとすると急いで私たちは祖国に戻らねば!」


 言うが早いか立ち上がろうとするクルセルヴを、ドネルが身を乗り出して阻止した。


(やはり若い者は気が早いな。いや、彼の場合、焦りによって前後不覚に陥っているだけか)


 傍で視ている立場のハークはそんな考察をする。とはいえ、焦燥感をどうしても募らさせられる話題を聞いたとしても、少なくとも表面上の落ち着きを保っていられるのが年の功というヤツであろう。


「お待ちなされ、坊ちゃん。ロッシュフォード様のお話はまだ終わっちゃあいませんぜ。むしろ、ここからが本番でしょう」


 ドネルの言葉にロッシュフォードはもう一度満足そうに肯いた。


「うむ、勿体つける気はない。本題に入らせてもらおう。クルセルヴ殿とドネル殿、貴殿らが参加するであろう戦争。オランストレイシアとバアル帝国の戦争……、いいや、貴国の防衛戦に、我らワレンシュタイン軍の精鋭たちも参戦するご許可をいただきたい」


 決意漲るロッシュフォードから発せられた言葉に瞠目したのは名を呼ばれた二人とリィズだけであった。

 他の者は、ハークを含め、この話の流れとなるのに途中から予測がついていた。




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