第22話:NO WAY OUT

334 第22話01:立ち向かう準備をしよう




 在籍する全校の生徒に、オルレオン冒険者ギルド寄宿学校の歴史に於いて間違いなく最優秀の生徒であると認識されているエルフの少年、ハークは呼び出された同ギルド二階の応接室にて、呼び出した本人であるギルド長兼校長のルナ=ウェイバーから語られた言葉に、思わず自分の耳を疑った。


「明日にでも、儂が卒業?」


「うん」


 ルナは肯く。

 ギルド寄宿学校には、普通の教育機関における飛び級に相当する早期卒業という制度がある。

 そもそもが優秀な戦士、または魔術師乃至魔法戦士を世に輩出すべく日々運営されている寄宿学校が、際立つ成果をもたらすであろうことが確実であろうと予測できるような良質なる人材を、いつまでも学園に縛りつけておく理由などない。学園の講師陣にそういった生徒であると判定を受けた場合、その生徒は特別講習の受講後、最短半年ほどで卒業試験を受けることが可能となる。


 通常よりも難しいその試験を見事突破すれば、めでたく卒業だ。

 ハークもそういった手合いの生徒であると、既に前期のソーディアン寄宿学校在籍時から評価を受けており、早期卒業も可能であると度々打診されてきたが、彼の場合はアルティナとリィズへの護衛の任という特殊な事情と、ハーク自身が学校生活を満喫しており、ゆっくりと時間の限り学んでいきたいという意向のため、申し出を辞退し続けてきた背景がある。


 しかも、後期が始まってからしばらくして、ここオルレオン冒険者ギルド寄宿学校に移ってきた後は、生徒で在籍する間は戦士科の授業を講師として担当することにもなったため、ハークだけではなく学園側、さらにはほぼ全生徒の意向としても在籍維持を望まれていた。

 つまりは双方納得づくの在校であった、筈なのだが。


「アタシとしても、とっても残念なんだけどね」


「ほう。理由を聞いても良いかな、ルナ殿」


 ギルド長、そして寄宿学校の学園長でもあるルナの意向とかではないらしい。

 だとすればどういった事情があるのか。ハークが尋ねるのは当然の流れであったのだが、ルナの口から返ってきた言葉は意外なものであった。


「悪いけど、それをアタシの口から伝えるワケにはいかないんだ」


「何?」


「コレを見ておくれ」


 ルナが取り出した一枚の紙には、ハークを本日中に領主の城へと寄越すようにと書かれていた。

 命令というより、文の内容は嘆願といった感じであるが、領主と筆頭政務官の名が連名で記載されていることから考えて、かなり重要度の高い文書には違いない。


「この通りなのさ。アタシも粗方の事情は聞かされてはいるけれども、詳細はお城の方で伝えさせてもらうってコトになってる。勝手な話かもしれないけれど、ちょっと特殊な事情なんだ。どうかよろしく頼むよ」


 頼みこむように言われ、ハークは頷く。ルナを始め、このワレンシュタイン領の人々には常日頃から非常に世話になっていた。否やもない。


「承知した。今から向かえばよろしいか?」


「そうだね。……ハーク、アタシは、というかオルレオン寄宿学校ウチは何であれ、君の選択を尊重するよ。それだけは憶えておいておくれ」


「む? ……了解したよ、ルナ殿」


 意味深な言葉を伝えられて、少し戸惑いつつもランバートたちの待つ領主の城へと向かうハークだが、そこで彼女の言葉の真の意味に気づかされることになる。




 登城し、案内の兵士に続いて城の中を移動していると、知った顔の二人組が自分たちと同じように兵士に連れられ歩いているのと出くわした。


「おや、坊ちゃん」


「ん?」


 いつものように虎丸と日毬を連れたハークの前を、先行していた主従の内、小さな方、ドネルが気づいたのかすぐ隣の鎧に身を包んだ長身の男の外套を引く。

 それで長身の方、バルセルトア=クルセルヴもハークたちの方にくるりと振り向いた。


 途端、両の眼を見開いたのちに、気まずそうな表情を彼は一瞬だけ浮かべかけるが、すぐに持ち直して軽く頭を下げてくる。


「その節は、世話になりました」


「いや、……儂は特に何もしておらぬのだが……」


 クルセルヴの言葉を聞いて、次に困った表情を浮かべるのはハークの方であった。

 前『特別武技戦技大会』の準決勝で叩きのめして以来、ずっとこの調子なのである。あれから半年近く経っているにもかかわらず、相も変わらずにこれでは一時の気の迷い、とかの類ではないらしい。


「ハークさんや、あまり深く考えずに受け入れてくださるとありがてえですわ。あなた様にコテンパンに伸されたおかげか、坊ちゃんは剣の修練をより身ィ入れて行うようになりましてな」


「ほう、それは善きことですな」


「ええ。レベルも一つ上昇しましたし、さらに坊ちゃんの女遊びも減りましたわ」


「お、おい、ドネル」


 恥ずかしそうに美麗な顔を赤らめながら従者の口を諫めようとするクルセルヴだが、ドネルは構うことなく続ける。


「ま、それで余計に、坊ちゃんに対して近づいて来る女子おなごの数はむしろ増えましたけどな。ストイックな姿がたまらな~~い、とか言って」


「ほう」


 よく分からないがそういうこともあるのかも知れないとハークは思った。追われるよりも追う方が楽しい、などということもあるのであろう。


「…………」


 とはいえ、ここまでにさせた方が良さそうだ。赤く染まった仏頂面でクルセルヴが明後日の方角を向いてしまった。無言の抗議、といった佇まいだ。


「なんにせよ、実力を伸ばせたのであれば重畳といったところですな」


「まったくですわい。ハークさんも活躍目覚ましいようで、各地で噂を聞かせてもらいましたぞ。一日で自分よりもレベルの高いレベル三十五以上の相手を、五人も一遍に模擬戦で打ち破ったらしいですな」


 そんなことも何度かやった気がする。手こずらされたり驚かされたものも特にいなかったが、何度も挑んできた声と身体のデカい者と、髪がもじゃもじゃした女性は共に根性があるなとの印象は抱かされた。


「たかが模擬戦だよ。それにクルセルヴ殿に勝っておいて、今更苦戦することなどないさ」


「こ、光栄です」


 彼自身の名を出すことで、ようやくクルセルヴも会話に戻ってきた。


「そうは言っても、歯応えのない戦いが多かったのでな。貴殿が良ければ共に修練がてら、手合せでも如何か?」


「も、勿論です!」


 少々大人し過ぎるので、敢えて挑戦めいた言葉を向けてみればどんどんとハークの知る彼本来の表情に戻ってきたようである。不敵なくらいが彼には丁度良い、そうハークは思う。


「はは。ところで見るからにハークさんとワシらの目的地は一緒。どうやら全く同じ用で呼ばれたようですなあ。よろしければ御同道と参りましょうや」


「うむ、そうですな」


 誘われるままにハークはクルセルヴにドネルとも並んで歩き出す。ちらちらと時々こちらを見下ろす視線を感じながら、ハークは再度口を開いた。


「実は、儂はここにまで来て何だが、呼び出しを受けた肝心の理由を全く知らぬのだが、お二人は何かしら知らされておりませぬか?」


「いえ、それが全く……」


「ワシらも詳しい内容は明かされておりませんなあ。ただ、非常に重要な事柄であるということと、この地までの旅費等を倍額でいただいてしまいまして、断りに断れなくなってしまいましたわ」


 やれ参った、といった感じの表情で頭を掻くドネルに対し、クルセルヴは大して気にした風でもない。


「私は受けた依頼に選り好みはしませんので」


 これで説明は終わりらしい。やはり若い。

 隣でドネルが若干ながらも苦い顔をしている。ハークと同じことを思っているのだろう。だが、彼の年齢ならばこれくらい向こう見ずなのが当然ともハークは判断する。

 自分のように何度か痛い目を見ることで段々と改善されていくのだ。

 一方そう言った意味で、ハークは今回の依頼が一筋縄ではいかない、かなりの大事であるとの予測を強めていった。




 道案内の兵士の内、ハークの方を担当していた者が目的地、城二階にあるいつかの会議室前で口を開く。


「ここです。では」


 代表して、コンコン、とノックをすると即座に入室の許可が返ってきた。声は領主ランバートのものであると分かる。

 案内の兵士達によって扉が開かれる。促されて会議室内に入ると既にハーク達以外の面子は全て揃っていたということが分かった。椅子の残りがたった三つしか見当たらないからだ。


 ハークは珍しく顔にも出す驚きを見せた。顔見知り、友人、仲間が全てと言っていいほどに勢揃いさせられていたからだ。


「よお。あれ?」


「あら? ハークじゃない。それと……」


「クルセルヴさん?」


 フーゲインがまず最初に手を上げて挨拶すると同時に、ほぼ全員が手を上げたり目礼などを行う中、ヴィラデルがハーク達に続く二人に気づき言いかけるところをアルティナが補足した。


「随分なメンツだねえ」


「うんうん」


「父上。これで会議のメンバーは全員なのですか?」


 シアが発した感想に肯いているのは熊人族の上級大将エヴァンジェリン、最後にランバートたちに向かって尋ねたのがリィズであった。

 正にいつかの『斬魔刀復活計画』での談義の際に集まった者たちが多くいた。モンドがおらぬ代わりにエヴァンジェリンがいるくらいである。


「そうだ、リィズ。ハーク殿、クルセルヴ殿、ドネル殿、掛けてくれ」


 娘からの質問であっても今日のランバートは相好を崩すことはない。そのことがよりこれから始まる会議の重要性を象徴しているような気がした。

 ハーク達三人が席に着き、いつものように日毬を肩に乗せた虎丸が主人の傍に侍るのを見て、ロッシュフォードが会議の開始を告げると同時にランバートが口火を切った。


「クルセルヴ殿、まず貴殿をお呼び立てした理由を早速だが語らせていただきたい」


 いきなり自分の名が呼ばれてクルセルヴは少しだけ焦りを見せる。だが、受け答えに過不足はなかった。


「は、はい。お願いいたします」


「うむ。貴殿の出身国、凍土国オランストレイシアとバアル帝国の戦争が再開することになった」


「は!? え、ええ!?」


 今度こそクルセルヴは、未だ二十歳に届かぬ年齢そのままに驚愕の表情を曝すしかなかった。




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