333 幕間㉑ SS:とある真冬の夜の夢(前編)




 これは、ある獣人族の少年が、とある真冬の夜にふと視た夢である。

 現時点では……。




 エリオットは一枚の招聘状しょうへいじょうを握り締めながら、王都レ・ルゾンモーデルの城門前に佇んでいた。

 眼の前には、彼がついこの間まで毎日のように勤めに通っていたオルレオン城の城壁に匹敵する高さを持ちながらも街を包み込む壁が立ち、威圧感たっぷりである。


 城門は開かれており、その前に、これからこの王都に入らんとする人々の列が無数に形成されていた。軽く数えても二桁は超えている。

 エリオットの故郷であるオルレオンには無い習慣だ。そもそも街を囲む城壁が存在していないのだから、通行許可の審査を行う場所もない。


 今までに経験したことのない手順を前にエリオットが戸惑っていると、列の整理をしていた門兵の一人が近づいて来た。


「そこの君、君はこの列に並びたまえ」


「あ、はいっ」


「ん? 君は獣人族か? 俺はあまり亜人には詳しくないんだ。面倒はかけてくれるなよ」


「は、はぁ」


「よし、では今の内に身分の示せるものを見せてくれるか? あるのなら審査が楽になるし、短時間にも済ませられる」


「了解です。こちらをどうぞ」


 高圧的なのか親切なのかよく分からない門兵に、手に持ったままであった招聘状をエリオットは見せる。


「何だね、これは? ……ん? リィズ=オルレオン=ワレンシュタインの花押かおう? 新任の長官殿のご署名と印がなぜこんなところに……?」


 そしてその先まで視線が移り、エリオットの身分を表す箇所にまで及んだであろう瞬間、門兵の青年の眼が一気に見開かれた。


「ワ、ワレンシュタイン軍、た、たたたた、大将!? き、君が!? い、いや、あなた様が!?」


 仰け反って大いに驚きを身体全体で表す門兵の青年にエリオットは同情する。自分だって未だに信じられないからだ。そして慣れない。

 騒ぎを聞きつけたのか、やや年配の兵士が慌てて駆けつけて来るとその青年門兵の頭を軽くとはいえ勢い良く殴りつけた。


「あいてっ!?」


「ッカヤロウ! 今日か明日にでもいらっしゃると、朝に説明されたばかりだろうが!」


「すっ、すいません! でもまさかこんな子供……あああ、いや、すみません!!」


 青年門兵は余程焦ったのか、不用意に失言を口走った上にしどろもどろとなってしまう。少々気の毒なほどの狼狽え方だ。


「獣人族の中でも犬人族の様な一部の種族は、成人となってもこのお方くらいにお若く見えるもんなんだよ! ちったあ亜人種族のことも勉強しやがれ! これからドンドンと彼らもこの王都に戻ってくるし、移り住んでも来るんだ。どうしたって必要になってくるんだぞ」


「は、はい! 申し訳ありません!」


 直立不動の体勢で敬礼する彼の対応に多少は満足したのか、年配の兵士は改めてエリオットの方へと向き直った。


「ウチのモンがすみませんでした、エリオット=フリューゲル大将殿。到着をお待ちしておりました。どうぞこちらへ」


「え? で、でも……」


 今度はエリオットが戸惑う番であった。

 彼の前には無数の列をなして順番待ちをしている人々がいるのだ。エリオットはまだ並んでさえもいない。


「良いんですよ。役のある公人の方々は皆、別の門から出入りなさいます。今後もそちらのゲートをご使用いただくことになりますので、場所をご記憶くださいますようお願いいたします」


「りょ、了解です」


 連れられた駐屯所でエリオットは一応の本人確認を受け、目的地までの道案内を軽く聞いた後、王都の中へといよいよ歩を進めるのだった。




 エリオットを王都へと呼び寄せたのは彼の故郷であるワレンシュタイン領の姫にして大切な存在、そしてつい最近に即位したこの国の女王の懐刀であり、また、先日新設されたばかりの新しい治安維持機構『ケイサツ』の長官に就任したリィズ=オルレオン=ワレンシュタインその人であった。


 この国を始めとして、やがては西大陸全土にまで広がるほどに巨大な影響を及ぼした英傑『赤髭卿』。彼がその昔、建国当初のモーデルにて発案、実行した施策の数々は人々の生活を一段も二段も進化させたと言っていい。それは正に偉業の数々と評価して余りあるほどだ。

 しかし、中には失敗、もしくは頓挫してしまったものがある。

 その内の一つが治安維持機構『ケイサツ』であった。


 国の防衛と街の平和、これらを守るのは全て軍隊であり、兵士及び騎士だ。

 どこの街もそうだし、どの国に行ってもこれは変わらない。この国モーデル王国だって、それは同じ。


 赤髭卿はこれを二つに分割することを提案したのである。

 すなわち外からの暴力に対抗するための力と、内に抱える犯罪に備える力。そのどちらもが力、有り体に言ってしまえば強さが最終的に求められる実力行使組織には違いないが、にもかかわらず、この二つを組織的に分化、完全に別の指揮系統を備える機関とすることを彼は提言したのである。


 ただし、将来的・・・に、という注釈がつく。


 当時の国内および国際情勢ではまだ時期尚早、どちらもがさらに先へと進んだら、と彼はつけ加えたのだ。しかし、彼のシンパが強引に設立を推し進めた結果、『ケイサツ』という機構は十年持たずに有名無実化。最終的には国防軍に吸収されるという結末を迎えた。


 ただ、前述の結果には当時の機構推進組であった文官武官たちも言いたいことがあるに違いない。

 今という現在から比べてみればまだまだに混乱期と言えた建国当初も、当時生きる人々からしてみれば革新的なまでに情勢は落ち着きを見せ、国内はうるおい、急速な発展をみせていた時期なのである。


 赤髭卿が言う『将来』を、『今』であると当時の人々が誤認しても、充分に無理からぬ状況があったのだ。


 こうして二百年もの昔に頓挫した計画を、新女王、並びに彼女最大の理解者且つ幼馴染の間柄である次期辺境領ワレンシュタイン伯確定者リィズは現在に復活させ、新たに設立をしようという試みなのである。


 背景には大きな戦争が終結し、国外、そして国内の大部分の情勢は過去類を見ない程に安定を見せており、紛争の気配すら遠く感じて現ワレンシュタイン伯が自身を無用の長物と愚痴る近況にあるにもかかわらず、その戦争の際に起きた内乱による影響で、王都のみ未だに戦争以前の治安が取り戻せていない現況を、早期に打破したいと考える新女王とその第一の側近たるリィズの思惑があった。

 だからこそ彼女、リィズ=オルレオン=ワレンシュタインは自ら設立に関わった機関、その長官の任に就いたのである。


 エリオットはそんな重要で、栄えある組織の第一期、発足メンバーに選出され、遠路はるばるこの王都を訪れることになったのだ。



 そして現在、彼は道に迷っていた。

 方向感覚には自信があったのだが、生まれ故郷とのあまりの違いに絶賛戸惑い中である。


 王都レ・ルゾンモーデルの道は狭い。

 幾つかの主要道路は広く造られてはいるが、一本道を逸れてしまうと高く密接した建物群によって空模様すら測りにくくなるほどだ。真っ直ぐな道はむしろ少ないし、うねっている。

 オマケに目印となる建物も少ない。

 荒地の岩場を元に建設されたオルレオンは高低差があり、そういった目印となり易い高くて大きな建物が地区ごとに点在している。どうしても見当たらないのであれば、少し開けた場所に出て最も高い位置に建つ領主の城の方向を見れば一発だった。


 しかし、ここレ・ルゾンモーデルはなだらかな平地に建てられた都市であるせいか、そういった昇り降りが極端に少ない。一段高く盛り地してから建造されたという王城すらも、ここから眼にすることはできなかった。


(参ったなぁ。ここ、さっきも通ったよね……。ひょっとしてグルグル回ってる?)


 自慢の鼻も、正解の匂い、辿り着くべき目指す地や人物の匂いを知らぬままでは意味などない。オルレオンから同機構へと招かれたのはエリオット唯一人だけなのだ。

 子供の頃からよく知るリィズも基本的には王城に詰めており、目的地である『ケイサツ』本部の建物には古都ソーディアンより彼女によって選出された副長官、シン=オルデルステインという人物が実際の指揮を執り行っているという。


 このままだと今日中に出頭して挨拶を行うこともできないかもと不安になってきたエリオットは、もう一つの自慢である身体能力を活かして付近の建物の壁をよじ登り、民家の屋上でも拝借させてもらおうかとも思い始めた頃だった。


「何をこんなところで油を売っているのです?」


「うわあ!?」


 気配も匂いも今の今まで全く感じなかった相手に、背後の至近距離から声をかけられ、エリオットは驚いて跳び上がった。


「リ……、リンさん! び、びっくりしたぁ……」


「いつもいつも大げさですね、あなたは」


 振り返ったすぐ先には、リィズお付きの情報分析官として、彼女と共に王城に詰めている筈のリン=カールサワーの姿があった。







※第22話後の幕間㉒に続きます。

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