332 第21話16終:シンプル・プラン




『成程。だから、エルザルドから事前に聞いていた強さ、というかレベルと全く違っていた、という訳か』


『ええ、そうよ。私にとっての人化にこういう効果を持たせることが可能であるのは、エルザルド老もご存じなかった筈だわ。私も最近まで知らなかったくらいだしね』


『その口振りだと、レベルまで抑えられていたというのは単なる副次効果ではないということか?』


『そうよ。ただ元々、この完全なるヒト族の姿をとる時は手加減モードというか、人型としても全力を出せない状況にあるわね』


『物理・魔法両面に於いて、防御力最高峰の、龍の鱗が無いからか?』


『それだけではないけれど、それが最も影響の大きい要因であるのは確かね。とは言っても、もう少しならこの姿を維持したままでも力を開放することはできるわ。レベルは『鑑定』が無かったからどこまでのレベルまでいくかは分からないけれど、今はほとんど限界近くまで抑え込んでいる段階だから』


『そういうことか。理解はしたよ。それで、ヴァージニア殿がこの地を訪れたことの目的は、我らをご自身の眼で実際に確認するがため、と予想していたのだが……』


『ははは、まぁね。さっきは興が乗ってしまったけれど、主な目的は確かに君の予想通りよ。とは言っても、さっきの鬼族の子に向かって語った言葉もまた、私の真意には違いないけどね。それはそうと、ねェ、ハーキュリース君。よければエルザルド老と私もお話させてもらえないかしら』


『ハークで構わぬよ。無論だ。今繋げる』


 ハークはそう返答すると、胸元に下がる彼に微量な魔力を送り込んで起動させた。


『やあ、ヴァージニア。久方ぶりだな。元気だったかね?』


『……元気、ね……。それをあなたから聞くかしら、エルザルド老』


 ヴァージニアの言葉からは、隠しきれぬほどの寂しさや侘しさ、哀しみが伝わってくる。

 念話は内面の感情を偽ったままに行使することはできないが、この世界の頂点である龍族でさえもそれは同じであるらしい。

 月に照らされる彼女の表情は、最初と全く変わっていない。百メートルほどの距離があろうと、月の薄明かりであろうとも、エルフの特別製たる瞳を持つハークにはそれが視えた。


『ガナハにも言ったが、あまり気に病む必要はない。どんな存在であろうと死する時は必ずある。たとえドラゴンであろうともな。それがたまたまに今回は我の番であった、それだけだよ』


『そうは言ってもね……』


『ガナハの様子は、どうだったね?』


『少しは吹っ切れた感じかな。少なくとも単独行動はもうさせないわ。今はアレクサンドリアが眼を光らせてくれてるし』


『そうか。ならば安心だな。死した我より、今も生きるお前たちの方が優先だ。現在の状況を言える範囲で構わん、教えてくれ』


『アレクサンドリアの号令の下、私とアズハだけが集ったわ。キール爺は残念ながら不参加よ。丁度折り悪く、ロンドニアの領域に滞在していたので呼べなかったわ』


『ふむ、彼の判断力と慎重さは惜しいが、始める前から毒を併せ飲む可能性を持つこともないか。と、なると指揮はヴァージニアとアレクサンドリアか』


『ええ。サポートとしてそれぞれガナハとアズハについて貰っているわ。私はこの三カ月ほど、この姿でヒトとして・・・・・の旅を続けながら必要な前準備段階の情報を集めさせてもらっていたの』


『失った人間種としての感覚を取り戻しつつ、各国の力関係や現況を調査していたということか』


『あと、向こう側・・・・に対しての情報もね。まあ、こちらはからっきしだけれどね。一応最初は万が一の襲撃を警戒して、ガナハに近くの空で待機してもらっていたけれど、この三カ月間、全くその気配はなかったわ。なので今はアレクサンドリアたちのところに報告がてら戻ってもらってる』


『そうか。……我らがドラゴン族の方はどうか?』


『ブルガリアとボルドーの調査は粗方だけど完了したそうよ。どちらも今回の件に加担どころか関与した形跡も理由も見当たらない、とのことね。時期を視てこちらに引き込むつもり』


『了解した。それだけ聞ければもう充分だ。ただ、長期戦となろうとも気を抜くことなく最後まで事に当たってくれ。……いや、最後のは既に生を失った者として冷や水であったかの。忘れとくれ』


『そんなことないわ、ありがとう』


『うむ。ではハーク殿、後はお願いする』


『承知した』


 ここで、話の主導権のたすきが再びハークへと戻る。


『ありがとう、ハーク。エルザルド老と話せて良かったわ。遺言をいただいた気分よ』


『この街に滞在する限り、いつでも話して貰って結構だよ。それで、先程ご自身で語っておったヴァージニア殿の真意だが、どれぐらいこのオルレオンに留まるおつもりなのかね?』


『そうねえ。最短でもあの鬼族の子、フーゲイン君が私の技を習得してくれるまでは滞在するつもりよ』


『あの『千日破壊サウザンド・ブレイカー』というスキルか。儂は徒手空拳には全く詳しくはないのだが、相当に習得困難な代物であろうことはわかる。具体的な期間はどれくらいだと思われる? 三カ月か、半年か? はたまた一年か?』


『えーーと、さあ?』


 急に打っても響かない対応となったヴァージニアにハークが訝しがっていると、胸元のエルザルドが即座に助け舟を出す。


『ハーク殿、我らドラゴンは悠久の時を生きる。故に少々、……いや、個体によっては相当に期間の感覚というものが曖昧だ。人間種の言う三カ月も半年も一年も、我らにとっては等しく短いのだよ』


 ハークは成程、と思った。寿命というモノが無い存在であればそういうこともあるのだろう。彼ら龍族にとってはヒトの言う短期間も長期間も等しく僅かな時間なのだ。

 とにかくヴァージニアは、ハークにとってかなりの期間この街に滞在する。それが分かれば充分だった。


『ふむ、いずれにせよヴァージニア殿は、少なくとも数カ月はこちらにおられるということか。では質問を別のものにしよう。ヴァージニア殿、貴殿のこちらでの身分というか、ヒト族としての出身や、どこから来て元々ここには何をしに来たとか、そういうのは考えてあるのかね? 昼間は我々、というか儂と一緒にいた獣人族の女性、エヴァンジェリン殿も結局聞きそびれたままに終わったが、その内言及せねばならなくなることだろう』


『ああ、大丈夫。このモーデル王国からすれば西の果ての国から、ってコトにするつもりよ。そこで活躍していた冒険者で、あなたの噂を聞いて興味を持ちこの国を訪れたことにしてる。ちゃあんとこの国の西端からこの姿で入国したし、その時に審査も受けているわ』


 ハークは少しだけ目を剥く。侮っていた訳でもないが、自分などよりも余程この世界の人間種たちの世界に精通していることが伺えた。

 ヴァージニアはさらに続ける。


『ヒト族としては珍しい私の戦闘技術も、人間種にとっての辺境の地に私たちドラゴンをいまだに神と崇めるヒト族の教団があるのだけれど、そこに仕える人々に授かったものとするわ』


『ほう、つまりは僧兵ということか』


『そうね。その教団は間違いなく実在するし、昔の私の戦い方を真似ていたのも事実よ。とは言っても、今ではだいぶ私の考え方からはズレてしまっているし、武器を使わずに素手で戦闘を行う者もほとんどいなくなってしまっているけどね』


『ぬ? そうなのか?』


『仕方ないわ、ヒト族には向かないもの。最悪、生まれた頃から成人になるまで修行を重ねても、武器を使った戦闘方法に全く及ばない、なんてこともあるでしょうしね』


 それはそうだろうとハークは思う。


『フーゲインのような鬼族ならではの身体の頑強さがあってこそ、ということか』


『ええ、そうよ! 彼との模擬戦は本当に心が躍ったわ! 私はもうこの姿のまま全力で戦う、なんてことは考えられないからあの技術をこれ以上発展させることはできない。けど、あの子ならもしかしたら。そう思って、私の持てる全てを教えるつもりよ!』


『その気持ち、良く解るよ』


 弟子が新たな道を構築し、それを切り開いていこうとする様子は、師である自分を超えようと奮闘する姿とは全く別の感動を呼び起こしたものだった。


『でしょう!? 私がこの戦闘方法を確立する際に参考にしたヒト族の転生体かとも思ったわ! 背丈や体格がそっくりなのよ!』


『ほう。そういうこともあるかもしれんな』


 ハークはあまり意識したことはないが、弟子に自分と同じような体格の者を選ぶ、という人物は実際に前世の世でも多かったらしい。

 己の感覚で語ることができるし、技の使い方や角度も同じく落とし込むことができるからだそうだ。


『そうなのよ! それでね……!』


 ハークはこの後二時間ほどのヴァージニアの武術談義につき合うこととなり、再び眠りについたのは東の空もだいぶ白む頃であった。




   ◇ ◇ ◇




 さらに二週間の後、オルレオンの地に一人の青年が再訪していた。

 美しき意匠持つ武具をまといし己が身を、更に上から純白の外套にて覆っている。

 さすがに寒さ堪えるからだ。彼の出身地はこんなところよりも余程寒冷地、というよりも今この時期には氷の中に閉ざされているような環境となっている筈だが、この国に滞在して旅する期間が彼の感覚を完全に変化させてしまっていた。


「寒い」


 まるで文句のように独り言ちる。

 それは彼にとってこの街が思い出深い地である、とは言っても決して良い思い出というワケでもないことを示しているようでもあった。どちらかといえば悪い、というよりも痛い思いをした場所である。自分の未熟さも存分に痛感させられた。


(もう二度と足を踏み入れることもしたくない、とまでは思わなかったが、せめてもう少し時間を空けたかったものだな……)


 記憶にある半年ほど前とは一変した街の、雪に包まれて白を基調とした光景にも彼の心の内が晴れることはない。

 しかし、彼は仕事を選ばぬ主義で通っている。今更このスタンスを変える気はなかった。


「さ、坊ちゃん。文句言ってねえで、さっさと行きましょうぜ」


 招聘された二人・・の内の一人であるバルセルトア=クルセルヴに軽口を飛ばしたのは、彼の育ての親に似た存在にして、クルセルヴの唯一のパーティー仲間であるドネルだった。

 クルセルヴ以上に厚着でモコモコしているせいで、ドワーフ族らしく矮躯であることと相俟って丸っこくなっている。


「私を坊ちゃんと呼ぶなと言ってるだろう」


 いつものやり取りを終え、彼らは自分たちを招き呼び寄せた人物に会うために、街の中心部にそびえるように立つ領主の城に向かって歩みを進めた。






第21話:It’s My Life完

次回、第22話:NO WAY OUTに続く

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る