327 第21話11:REAL STEEL




 さらに二週間の月日が経ち、そろそろ冒険者ギルド寄宿学校にも卒業の気配が近づいていた。

 残りはわずか一カ月と少々。泣いても笑ってもそれは変わらない。


 幸い、ここオルレオン第七寄宿学校に在籍する生徒達は皆非常に優秀であり、早々とこの時期に卒業を決めていてもおかしくない者たちも数多くいた。

 例年であればこれらの成績優秀者たちは、其々自身の選択により学び場を巣立つ時期を決め、本物のプロとしての道を模索し始めていくものであるのだが、今年に限っては、誰一人として早期卒業を選択する者はいなかった。


 それもある意味で当然と言える。

 今年度、第七校は後期を一カ月ほど超えたあたりで、同都市で開催される四年に一度の王国最高の武大会にて、なんと圧倒的ナンバーワン冒険者として名を馳せるモログと優勝を分け合うという快挙を成し遂げた人物を同校の戦士科臨時講師として打診、雇い入れることに成功していたのである。


 正に異例中の異例のことであり、この機を逃す者などいる筈がない。

 噂を聞きつけて様々な人物が、各々の目的を携えて街を訪れるほどだ。

 彼の授業風景を間近で見たいだとか、あわよくば自分も指導を受けたいだとか、或いは腕試しに一勝負挑んでみたいだとかである。


 それは、領外を問わずどころか、地域や、果ては国さえも楽々に跨ぎ始めた、そんな時期。



 ここ、オルレオンは大都市には必ずある城壁が存在しない珍しい街である。それはつまり、都市防衛におけるほぼ全てを、城門というモノではなくヒトにより担保しなければならない、ということを意味していた。

 依って防衛隊は、単純な戦闘能力としての強さのみならず、その優れた五感をも最大限に発揮して、常に毎日の平和を維持し続けている必要があった。


 エヴァンジェリン=エロリーは、そんな防衛隊を束ねる軍の上級大将であり、総大将とも言える領主ランバート=グラン=ワレンシュタインの副官的立場を務めている人物だ。

 平時においてのみならば、実質的に軍を統括する地位にいる、とすら言っても彼女にとっては過言ではない。


 と、いうのも、平時におけるランバートの判断というのは、有効かそうでないかにかかわらず、非常に現場を混乱させてしまうのである。これが数日程度ならまだいいが、一週間を超えてしまうと、体力に自信のある獣人族や巨人族でさえ疲弊させてしまう。


 あまりにも、な天才型に極稀にだがみられる症状の一つである。

 人間というのは結局、自分基準でモノを考える。これがどの一部分、どの分野であっても他に突出し過ぎて優秀過ぎる場合、物事の一つ一つに決定的な溝が、他者との間に生じてしまうのである。

 分かり易く噛み砕いて言ってしまえば、「俺に簡単にできたんだから、お前にも楽にできるだろう」という思い込みだ。これを、普通の人間が言うのはいい。何の問題もないことだろう。

 ただ、これを十年に一人、どころか、百年に一人の傑物が言えばどうなるか。


 答えが現場の混乱だ。ついていくだけで精一杯になってしまうのである。気を張れているうちはいいが、長くは続かないし、どこかで綻びが生じる。


 これが有事に於いては逆となる。皆、物事に対処するために懸命であるし全力だ。気も張っていることだろう。

 平時には無用の長物扱いされてしまうランバートの実状がこれであった。


 普段の政務に関しては、ランバートの長子であるロッシュフォードが取り仕切ってくれるが、彼は軍に関しては基本的に口出しをしない方針だ。昔はベルサも上司として携わってくれていたのだが、現在は彼も高齢となり、地位も家老へと上昇したため、ランバート付きの相談役のような立場となっている。


 本来ならば、自分と全く同じ立場の同僚がいる筈なのだが、その人物は悪い意味でランバートに非常に似通っており、現場では非常に頼りになるのだが、雑務に関しては全くと言っていいほど戦力にならない。

 今日も元気に街の外でモンスターを見つけては暴れ回っていることだろう。



 そういうワケで、必然的に雑務、特に書類関係の仕事はエヴァンジェリンが受け持つことになる。無理に手伝わせても余計な手間が増えるだけだ。物事には残念ながら、適材適所というモノがある。


 時間を見つけては日に数回行う書類整理中に、エヴァンジェリンの手がふと止まった。


「何だい、こりゃ?」


 自分専用の執務机で、エヴァンジェリンは思わず呟く。その手にある報告書の中身はこうであった。


『性別:女性。

 種族:恐らくヒト族(匂いからは判別できず)。

 身長:百七十センチ少々

 年齢:ヒト族であれば二十代後半と思われる。

 服装:紅色の丈夫そうな皮の様な上下。武装は無し。フーゲイン上級大将の服装と似ている。

 強さ:匂いからレベル三十代後半から四十と推測。雰囲気からかなりの強者と思われる。

 経歴:不明。冒険者ギルドでは該当の人物の記録無し。

 オルレオン訪問の目的:不明。別紙にて詳しい経過を報告』


 まず、彼女はこの報告書を作成したチーム名を確認する。よく知る人物の名が記載されていた。エヴァンジェリンの記憶では、かなりの優秀なチームの筈である。


 だというのに、この報告書の頼りなさといったらどうだ。

 上から見ていけば、女性はいい。だが、いきなりの種族で躓く。獣人族ならば匂いで種族など判ろうものだが、どうもそういうことでもなかったらしい。

 稀にあることだ。特に、遠くの国から訪れた旅行者などはそうなる。食事習慣などがこちらと異なるがゆえに同じ種族間でも体臭が変わるのだ。そうなると匂いでの種族判別は確かに難しい。


 この報告書は、いわゆる要注意人物などを表すリストなどではない。

 現にこの人物は、どこかで迷惑行為を行ったワケでも、ましてや犯罪行為にて街を混乱に陥れたワケでもなかった。

 言うなれば要注目人物リストといったところか。何かをやったワケではないが、その存在を無視できない人物の情報をまとめたものだ。


 これは、基本的にどこの街でもやっていることである。

 大抵は街に入る際に軽く審査を受け、名前や出身、職業や街を訪れた目的などを聴取される。一応は任意だが、半ば以上強制のようなものだ。答えるのを拒否すれば、街への入場も断られてしまうのだから。


 そういった中で、エヴァンジェリンのような治安維持機構側を最も困らせるのが所属不明の強者である。

 強者といえば冒険者がまず思い浮かぶことだろう。実際、酔っ払って暴れるなどの実害をもたらす者もいるにはいるが、彼らは逆に所属がハッキリしている。一見根無し草のように視える彼らも、自らの行動の責任は所属であるギルドが取るし、いずれは本人もしっかりと取らせられる。一切のしがらみを捨てた世捨て人を気取る半端者とは違うのだ。


 強くもないのに一匹狼を気取る不良めいた不審人物程度ならば、精鋭で聞こえたワレンシュタイン軍オルレオン防衛隊にとってはものの数ではない。何かことを起こせば即座に無力化し、必ず報いを与えて街の外に叩き出すが、そもそもことを起こさせるつもりすらもない。

 そのための要注意人物リストなのだ。

 しかし、これが正体不明の強者の場合、初動で躓くと防げないし、被害も拡大してしまう可能性がある。


 報告書の下の方に視点を下ろせば強さの項目は最低でもレベル三十後半だという。横の雰囲気うんぬんにかかわらず、もうそれだけで強者だと判断してもいいくらいだ。


 最後の、一番下の項目にある通りに、添えられていた別紙を手に取る。読んでみれば、内容は以下の通りだった。


『発見したのは二日前。

 いつものように複数チームにて冒険者ギルド入り口を観察中、数名の新顔と共に眼に留まる。久しぶりの強者と判断。当チームが追跡調査を担当する。

 冒険者ギルドで最初に見かけたがゆえに冒険者であろうと予想したが、この時点で全く武装していないことに気づく。冒険者がギルドに赴く際には仕事用の武器や防具を必ず装備していくのは周知の事実である。

 この人物はその後、冒険者ギルド寄宿学校校庭の人だかりの中へ。

 ここ最近のオルレオンに訪れる多くの人々と同じように寄宿学校の戦士科の授業が目的かと思われたが、二~三分見物するのみであった。その際、臨時講師の従魔がこの人物の方へと視線を五秒程度も向けていたことから、警戒すべき強者であると確信する。

 見物を終えた警戒対象は冒険者ギルドを一度去り、いくつかの宿屋を物色、中堅くらいの宿屋に部屋を取ると再度ギルドへと向かった。ここで、別の街や地域から移ってきた冒険者であるのならばギルドの職員に一言挨拶を行うものだが対象は誰にも話しかけることもなく、ギルド併設の酒場にて食事を摂って宿の部屋へと戻り、就寝した模様。仕事終わりの前のルナ=ウェイバーギルド長に人相書きと服装などの外見的特徴を伝えたところ、有名冒険者の中に該当する特徴を持つ者はいないとのこと。ただ、国外の冒険者、しかもモーデル王国周辺地域および国からの冒険者の可能性もある、と見解を受ける。

 次の日は朝から街の散策。一度も冒険者ギルドには向かわなかった。

 正直、行動パターンからは単なる旅行者。冒険者ギルドで最初に見かけたのも、混雑と行列を見かけたことで興味をひかれただけなのかもしれないと推測できる』


(なるほど。こりゃあ迷うワケだ)


 エヴァンジェリンはそう思う。

 この報告書の対象である女性が、もし強者でなければ、ここで調査も終了だろう。強者だという一点だけが話をややこしくしていた。


(これは、あたし自身が直に話を聞いてみた方が良さそうだね)


 エヴァンジェリンはそう判断すると上級仕官用の詰所から出て、外に待機していた今週の事務連絡担当員に伝える。


「この報告書の作成チームに連絡を取ってくれ。あとフーのヤツは今どこにいる!?」


 担当員は即座に記録書を漁り出した。




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