326 第21話10:本物の背中②




「公式でもねえモンを戦績に含めンじゃあねえよ! あんなの練習試合だ、練習試合!」


 何故か、痛い点でも突かれたようにフーゲインが子供じみた言い訳を始める。さすがにエリオットも呆れたような声で応酬する。


「ずるッ!? エヴァ姉から聞いたよ!? 二人共マジガチだったって!」


「あのなァ! 俺はともかくアイツは練習の……ってオイ、お前ら、遅れてきてやがるぞ! 足動かせ!」


 別段状況からそれ程長い間意識を離したつもりもなかったのだが、前方を一定の速度で走るフーゲインとの距離が開いてきているとはそういうことであった。


「ヤベエヤベエ!」


「走れ走れ!」


「ごめんなさい、話に集中させすぎちゃいましたね!」


「エリオット君のせいじゃあないよ!」


 オットーの言う通りである。四体ものヒュドラに追われるという危険な状況を、少しの時間でも忘れる方が悪いに決まっている。


「でも兄貴、アイツらそんなに距離を縮めていないよ!? まだまだ大丈夫じゃない!?」


「油断すんな! ヒュドラは毒液を吐いてくる個体もいる! 噛まれて注入される毒より痛くはねえが、同じ持続ダメージだ! しかも頭は八つあるんだからな、一発でも届く位置に入ったら一気に八連射されるぞ!」


「うへええ! 冗談じゃあねえ!」


 シュクルが叫ぶ。クヴェレも同感極まりない。というより、全員一致の意見なのではないだろうか。


「だが、確かに思ったよりも速くねえな! おい、誰か鑑定法器とか持っていねえか!?」


「あ! 俺が持っている! 任せてくれ!」


 言うが早いかオットーが自分の鞄から鑑定法器を取り出して、それぞれのレベルを計測する。


「向かって右から言うぞ! 三十三、三十二、三十、三十四だ!」


「チイッ! なら、後三人いてくれりゃあなぁ!」


「後三人いたらどうなるんだ!?」


「攻勢に出れる!」


「攻勢!?」


 クヴェレの、フーゲインの言葉を繰り返した形での質問に答えてくれたのは、背後のエリオットだった。


「ウチの軍の事情なんですけど、上司の命令でヒュドラ相手に数的優位、つまりは二倍以上の人員で戦えない時は、絶対に逃げるようにと厳命されているんです!」


 正しい判断、というか命令であろう。ヒュドラは実際に強敵中の強敵だ。再生能力はあるし、首は八本。持続攻撃を備え、巨体ゆえにリーチも長い。クヴェレたちなど一対三の状況でも、逃走を選択したくらいである。


「クソーーー! 俺ならあんなヤツらくらい、なんとかできるってのによー!」


 なのにフーゲインは文句さえ言い放っている。確かに先程の戦闘結果から考えれば一理あるかもしれないが、さすがに増長が過ぎるのではとクヴェレには思えた。

 だが、エリオットにとっては違うらしい。


「フーの兄貴の基準に合わせてなんて軍規考えたら、毎日何人引退する羽目になるか分かんないよ!」


「それでも、逃げんのは好きじゃあねえんだよ! ……そろそろ気づいてくれる頃だと思うんだがなァ……」


 最後の方の言葉が聞こえづらく、クヴェレは思わず尋ねた。


「何か言ったか!?」


「いや、何でもねえ! とにかく今は走れ!」


「わ、分かった! けどよ、これってひょっとして、オルレオンの街の方向じゃあないのか!?」


「ゲ! マジ!? このまま行って大丈夫なのかよ!?」


 シュクルもそう言って確認をとる。オルレオンの街には壁が無い。先程フーゲインが言ったように援軍がちゃんといてくれればいいが、万一ということも考えられるし、いたとしても下手をすれば突破され、街の住民を危険に曝す可能性さえあるのではないか。


 しかし、フーゲインはニヤリと笑ってさえ見せる。自信さえ垣間見えるようであったが、その自信の源はこの後すぐにクヴェレにも分かった。


「心配いらねえ、今日は半休日だからな!」


「あっ!? そっか! そういうこと!? ギルドの……!」


「「「寄宿学校!」」」


 クヴェレたち三人組が揃ってその言葉を発した時だった。

 前方から何かが近づいて来た。しかも、異様なるスピードで。急激にその姿を大きくする一方、土煙が一切後方に立ち昇っていない。


「っしゃあ! 勝った!」


 走りながら、ピョン、一足飛んだフーゲインが空中で身を翻して反転、着地と同時に急停止する。


「おっとっ、ととっ!」


 フーゲインを追い越しそうになるエリオット少年が、仰け反るようにして後ろに体重をかけて急ブレーキ、停止後、身体の向きを素早く百八十度変えて構えを取る。クヴェレたち三人は反応することができずに止まれないまま通過する中で、再度のフーゲインからの大声が上がった。


「助力頼まあ! ハークッ!!」


「応! 任された!」


「お願いします! ハークさん!」


 白き魔獣の背に跨り、肩に七色の光をたなびかせた存在が突き進み、一瞬の内にクヴェレたち三人と交差、同時にフーゲインとエリオットの二人も、さっきまでとは逆の方向に突撃を開始する。


 以降の戦いを、クヴェレたちは傍観者の立場で眺めているのみだった。

 無論、参戦し、助力するつもりもしっかりとあったのだが、ただ単純に、手を出す暇も隙なく、恐るべきスピードにて戦闘が推移し、ワケが分からぬ間に決着してしまったのである。



 解説するとなればこうだ。

 フーゲインとエリオットの二人を完全に後ろからの爆走で追い抜いたハークと虎丸は、ヒュドラ四体に肉薄する直前、分離するかのように二手に分かれる。

 ハークは最も手前のヒュドラに奥義・『大日輪』にて攻撃。

 胸からバッサリと一刀両断し、魔晶石が露出したところを、ハークの肩にしがみついたままの日毬が、正確な『突風ウインドシュート』にて弾き飛ばした。


 一方の虎丸は『斬爪飛翔ソニッククロー』で二番目のヒュドラを攻撃、全ての首を根元から斬り落とすことに成功する。

 攻めも守りも利かなくなったその憐れなヒュドラに対し、逸早く追いついたフーゲイン渾身の『龍翔咆哮脚レイジングドラゴンシュート』がヒット。胸元を貫き、弱点である魔晶石を蹴り潰していた。


 最後に追いついたエリオットは『飛燕脚ヒエンキャク』で三体目のヒュドラに突撃。

 ヒュドラ側は首を束ね合わせるかのようにとぐろを巻いて一塊となることでこれを防御、ダメージを最小限に抑えることに成功していた。

 ところが、意識をエリオットに持っていかれたところに、一体目を片付けたばかりのハークが急速に横合いから間合いを詰める。そのままの『朧穿おぼろうがち』によって、ヒュドラは胸を完全に貫かれ魔晶石ごと消し飛ばされた。


 そして残る最後の一体は、己だけを残して他のヒュドラが全滅させられたことに気づき、戦慄する時間すら与えられることもなく、虎丸の『ランペイジ・タイガー』によって首から下の存在を丸ごと消し飛ばされるのだった。


 以上である。正に瞬殺劇であったことがお分かりいただけただろうか。


 後にクヴェレは語る。


「天才? そんな陳腐な言葉であの人のことを表現しちゃあいけねえな。そもそも近接戦闘能力で、人間種の中でも劣るエルフ族にあって、生まれなんかのアドバンテージがあるワケねえだろ? あの人の強さはもっとこう、時間と労力をふんだんに使って生み出した、モログとはまた違った、宝石の結晶のようなモノさ。アタシは結局、三度あの人に挑んだケド、一度も勝てる、なんて思っちゃあいなかった。それどころか、身体に掠らせることさえ無理と確信していたくらいさ。そりゃあ口惜しかったケド、本物ってのはそんなもんだ。物理的な大きさなんて関係無い。レベル上げに意味が無い、とまでは言わねえが、それだけじゃあ、本物の背中、ってヤツには決して近づけやしないのさ」


 彼女はこの後、パーティーメンバーであるシュクルやオットーと共に、拠点であるコエドへと帰り、そこで意気投合したドクター・フォレストケープとケーン=ボンマルシェとも合流して最終的には五人でパーティーを組むこととなる。


 この時のオルレオンでの日々と出会い、そして経験が、後に大陸第二位の冒険者集団として名を馳せ、王国で最も予約の取れぬパーティーとも評された『チーム・北の星ノーススター』誕生のスタートラインとなるのだから、人生は不思議で素敵であり、そこを懸命に生き抜こうとするだけで素晴らしく偉業なのである。




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