328 第21話12:REAL STEEL②




 寄宿学校での授業、その後、自分との模擬戦を行いたいというオルレオン外からの訪問者たちとの五連戦を終えて、ハークは夕食までの短い時間を、今やこの世界の刀鍛冶の第一人者の一人であるモンド=トヴァリが、オルレオンに建てた支店、その中庭の一つへと身を寄せていた。


 今やハークはこの領内において、領主であるランバートに次ぐ有名人である。

 どこへ行っても注目されるし、一つの所に少しでも留まればたちまちの内に人だかりに発展してしまうほどだ。


 注目されるのは嫌いではないが、のべつ幕無し、というのは存外気の休まらないものである。この世界とこの国は、ハークの前世よりも街の規模と、何より情報伝達速度が段違いに上であるため、オルレオンの街だけでなく、最早、国中にハークの容姿が仔細まで事細かく伝わってしまっているという。

 一部ではハークの知名度と人気は、前述の英雄ランバートどころか、長らくナンバーワン冒険者を務めてきたモログにすら匹敵すると噂されてもいるという。


 一部では、完全にそれを超えているとすら豪語する者たちもいる。

 その内の一人が、今日のハークの修練の相手、いや、今のところの指南役だった。


「あ、そうそう。ハーク、良い感じよォ~~。そう。そのまま拡散する感じで、慎重に。でもゆっくり過ぎてもダメよ」


「難しいのだな」


「そりゃそうよ~。簡単にイク、なんて思ったら大間違い……、っと、そこまでしておきなさい。暴発しちゃったら大変だわ」


「む、そうか」


 ヴィラデルに言われ、ハークは自らの魔力・・の高まりを解く。途端に、形成されつつあった魔法が空間に溶けるかのように雲散霧消していく。ハークとヴィラデルの瞳には、朱色を基調とした緩やかな沢山の光の粒が拡散していくように映っていた。


「ここまでできていれば、きっと成功すると思うわヨ」


「きっと、か。少し曖昧だな」


「仕方ないワ。アタシも習得していない魔法だからね」


「……そうだったな」


「自分の感覚で語ることはできないから、ハッキリとしたことも言えないワ。あとは、街の外、広い場所で実践してみて、それからってところネ。その時、効果範囲に誰かを巻き込まないように、周りには充分注意するのよ」


「分かっとる」


 まるで小さな子供に言い聞かせるような話し方をされても、ハークは素直に答えるのみだ。



 何をしているかというと、なんてことのない魔法の修練である。

 二人っきりですらない。当然のように、中庭の隅っこに虎丸が寝そべり、その周辺を日毬が漂っている。

 ただ、周囲は壁に囲まれており、外部から彼らの修練姿を拝むことはできない状態だ。


 ここは、モンド=トヴァリがオルレオンに新たに支店を建てた際に、同時期にどうしようもなく知名度が急上昇したハーク用の修練場として建設した空間であった。

 鍛冶武具店には通常、武具を試着、特に武器の試し斬りを行う場所としての中庭が存在している。

 この店舗にも、勿論、広いスペースとしてそういった中庭が用意されているが、ハーク達が今いる場は一般の客が使用するそちらではなく、文字通り専用に用意されたもう一つの中庭の方だった。


 一挙手一投足を多くの人々に注目されるようになってしまったハークのために、この店の出資主であるモンドが、当初計画に無かった区画をわざわざ追加してくれたのである。


 学生の身分を盾に、どんなにハーク自身が否定しようとも、彼が多くの冒険者乃至ないしそれを目指す者たちにとっての先達となり目標であり、先生にして師となった事実は変わりがない。

 そんな彼が一人静かに修練を行おうとすれば、わざわざ街の外に出るしかなくなってしまったのである。が、授業を終えてから模擬戦をこなし、明日の準備もあるハークに、半休日や休日以外でそこまでを行う時間はない。さすがに神速の精霊獣たる虎丸の脚であっても文字通りのとんぼ返りとなる。さもなくば夕食を抜くか、睡眠時間を削るしかなかった。


 どちらもできることならば避けたいハークのため、モンドが元々広めに確保しておいた中庭の一部に壁をこさえ、切り取るようにして二つの区画としてくれたのだ。

 さすがに大人数での使用は難しいが、今現在の人数であれば不自由なく使用できる広さがあった。


 ソーディアンでは、モンドはある意味ハークたちを刀の宣伝用の出しに使っていた部分もあったが、こちらでは最早そんな必要もないと判断したということもあるのだろう。

 シアが言っていたが、ハークが足繁く通う店というだけで相当なる価値と売り上げを生んでいるらしい。ただ、それはそれでハークはモンドに深い感謝を抱かずにはいられなかった。


 そんなモンドだが、今では忙しくここオルレオンとソーディアンを行き来して、双方の街の鍛冶屋店店主に刀の製造方法を伝授し、広めている。

 以前、ソーディアンでは満足に刀製造を過不足なく行えるようになれそうなのは五人に一人程度しかいないとも言っていたが、古都に比べオルレオンではその確率はかなり高いらしい。刀の価値を充分に理解していて、なにより必死さが違うのだろうと評していた。


 今現在、モンドはソーディアンにある本店に戻っており、彼の息子が支店を管理している。それでも変わらず、この隠し部屋のような中庭の使用は快く勧めてくれていた。



 ハークがヴィラデルの指導の下、時間を見つけては習得に励んでいたのは火の上級魔法『灼熱地獄インフェルノ・フォール』である。

 ただ、同魔法の修練自体はここオルレオンに到着した時点より取り組んでおり、既に三カ月以上の時が経過していた。

 だというのに、未だ習得には至っていない。これまでハークが習得してきていた他の魔法に比べると抜きんでて時間が掛かっていた。


 というのも、この『灼熱地獄インフェルノ・フォール』が特別習得に難しい上級魔法という理由もあるにはあるが、最も主な原因としては、ここオルレオンに来て、講師であるヴィラデルとの時間をハークだけでなくお互いが取りにくくなってしまったことが挙げられた。


 お互いに忙しい身なのである。ハークの方は今更言うに及ばず、ヴィラデルも高レベル冒険者としてオルレオン冒険者ギルドの長ルナ=ウェイバーから頼りにされる形で、本来の業務に連日勤しんでいた。

 辺境ゆえに、レベルの高い戦力には事欠かないこの地も、実は純粋な物理系戦士が大多数を占めており、ヴィラデルのような高威力の属性魔法を幅広く使いこなすことのできる人材は貴重なのである。様々な攻撃の手段が行えるという点で、彼女は抜きん出ており、重宝されていた。


 とはいえ、そんな彼女でも魔法属性の得手不得手には制約を受ける身であることには変わりはない。

 三つの属性に渡って『極者マスター』を所持しているだけでも、とんでもないことだが、火属性に関してはさすがのヴィラデルも中級までしか習得していない。魔導の天才として名を馳せつつある彼女でも、自身の習得していない魔法まで教えるのには、中々に苦慮していた。


 それでも今日まできて、ようやく習得への手応えをハークとしても掴めた気がした。

 あとは周囲に被害の及ばぬ地にて試射を行い、スキルの定着を促せばいい。そういうことだった。


 これもヴィラデルの献身のおかげ、そう評価しても今回こそは然るべきものなのだろうが、無論、一方的なものでもない。

 この後残りの時間、夕食時までに、今度はハークがヴィラデルの稽古につき合うつもりなのである。


「さっ、今度はアタシの番よネ」


 ハークも無言で肯く。

 彼女は以前、これを『個人烈寸れっすん』などと口走っていたが、ハークとしても借りを返さぬままというのは気持ちの悪いものなので望むところであった。


 ヴィラデルの場合、年長者そして冒険者として長く過ごしてきた経験による自負、並びに今まで彼女が培ってきた技術が悪い意味で足枷となっていたが、ようやくハークの『武』を吸収できる下地が完成しつつある状態である。

 さて今日は何から始めるか、そうと言いかけたところで、ハーク達に思わぬところから邪魔が入った。虎丸からである。


『ご主人、邪魔して申し訳ないッス。先日、ご主人の様子を覗っていたあの『強者』がフーゲインやエヴァンジェリンと接触したみたいッス』


『何? フーゲインとエヴァンジェリン殿が何故?』


『分からないッス。けど、何か両者の間で盛り上がっているみたいッス』


『いかんな』


 虎丸が言う盛り上がって、とは双方の間で戦闘の機運が、という意味を含んでいる。平たく言えば、このまま放っておくと両者が戦闘にてぶつかり合うかもしれないということを示していた。


「だ、そうだ。すまぬな、ヴィラデル。急用ができた」


「なぁんでよぉー!?」


 珍しくハークも認めざるを得ない正統なる文句に対し、彼も後日の埋め合わせを提案するしかなかった。




   ◇ ◇ ◇




 時間は少しの間巻き戻り、別の場所。

 街の外部にほど近い、建物が疎らとなる街道の道すがらに目的の人物はいた。


「いたいた。ねえ、あんた、申し訳ないけれど、少し話を聞かせてはくれないかい?」


 そう声をかけたのは鎧に身を包んだ獣人と道着を着た鬼人。エヴァンジェリンとフーゲインのコンビである。

 声をかけられた方の女性はくるりと振り向いて言った。


「ああ、待っていたよ」




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