319 第21話03:My Way③
ルナの言葉に「お前もこの街を訪れたその他大勢の一人だ」と言われたような気がしたクヴェレは、またも機嫌を急速に傾けて言い返す。
「見学なんかがアタシの真の目的じゃあねえのさ。この奥にいるエルフの小僧との真剣勝負が本当の望みなんだよ」
不敵な表情を浮かべて啖呵を切ったつもりだったが、またしてもルナの表情を崩すことはできなかった。
「ああ、決闘がお望みね。ちょっとー。決闘申込者登録名簿、持ってきてー」
ルナが少し離れた場所にある冒険者ギルドの受付係にそう頼むと、一人の女性が「はーーい」と返事をして、ボードのついた書類の束を運んでくる。
「え~~~~と、現在の対戦希望待ちはアンタで今、五十一人目だね」
「五十一人!? 五十一人!?」
驚いてクヴェレはまたも声を荒げてしまった。目の前のルナに手で下を抑えるようにして声のトーンを下げろと指示されてしまう。
「ま、同じこと考えるヤツってなあ、いるモンだからねぇ」
(うぐっ!?)
今度は本当に言われてしまう。ただ、今回は真実そのままのことなので、言い返すこともできなかった。
ルナが続けて言う。
「ンで、どうするんだい?」
クヴェレの前に五十人もの待ちがいるけどそれでもやるのか、という意味だろう。
当然、やる以外の選択肢はない。わざわざ三週間近くまでかけてモーデル最南主要都市の地より訪れたのだ。他人であるルナにも、既に決闘の意思を伝えてしまっている。今更、自分から引くワケにはいかない。
「もちろんやらせてもらう。当然の話だ」
「りょーかい。宿は大丈夫? この待ち人数だと、アンタの番が来るのは最短でも十日以上はかかるよ」
「え、十日? 最短で? もっと一日で対戦できるだろ、十本くらい」
「馬鹿言うんじゃあないよ。相手はまだ寄宿学校の学生だよ? 授業と飯と寝る時間を差し引いたら、自由な時間は授業終わりの放課後から晩飯までの数時間しかないんだ。そもそも、その数時間足らずで複数人と決闘を行うこと自体が本来、殺人的なスケジュールさ。それともナニかい? 一日に何度も戦わせて疲れてヘトヘトにでもなったところでも狙いたいのかい?」
「い、いや、そーとまでは言わねーが……」
「大体ね、向こうはアンタとの決闘によって得るものなんかほとんどないんだ。相手して貰えるだけでもありがたいと思いな」
さすがに一方的な文句をつけ過ぎたようで怒られてしまう。
ならば二の句も告げないのが普通の反応だろうが、クヴェレは正に口の減らない人間であった。
「っていうか何でアンタが、ギルド長なんかが個人のマネジメントみたいなことしてんだよ?」
話題の矛先を変えるのもお手の物である。
「大会前から彼に寄宿学校の戦士科講師をお願いしたのがアタシだからねえ。少しでもサポートしなきゃあ。そんなコトより、ホラ、これ」
「ん? 何だよコレ?」
手渡された紙には、今回の決闘を受けるに当たっての規定が記載されてあった。
お互いに殺害は狙わない。決められた範囲内で戦い、範囲外へと出たら敗北。などと、視線を這わせていけば、先の『特別武技戦技大会』に準拠したルールのようだった。
一番下に自分の名前の署名欄もある。
「貴族のケンカかい、こりゃあ?」
クヴェレの言う通り、貴族同士がお互いのメンツをかけて決闘する際にはこういう書面を交わすものだ。だが、冒険者同士の場合は少ないどころか、滅多に見られるものではない。
ちなみにこれが貴族同士の決闘の場合だと、決闘後は共に遺恨を残さない、決闘の内容や勝敗を無暗に吹聴しない、などの文言が追加される。
「安心しな。当日までギルドで預かっておくだけさ。『
「フン、どうだか」
クヴェレが懸念しているのは、この書面に自分の名を記載したとして、後々の名声に利用される可能性について、である。どのように利用すれば良いのかなど、考えれば考えるほど出てくるのではないか。
だがルナは、思わずといった感じで溜息を吐いた。
「あのねぇ……。モログと公式試合で引き分けた以上の戦績が、必要あるってアンタ思うのかい?」
今度こそクヴェレはぎゃふんとなった。
確かにルナの言う通りだ。強さを示す戦績でそれ以上のものなどほぼ無いに等しい。それこそ、もう一度モログと公式試合でぶつかり、撃破する以外にないだろう。
クヴェレはいかにも表面上は渋々といった様子で、しかし素早く署名欄に自身の名を記入した上で、書面をルナにつき返すのだった。
「オーケー。それで、宿探しはこれからだろ? 何なら紹介したげるよ?」
「いらねえよ。自分たちでそれくらい探すさ」
せめてそう言い返すことぐらいしか、クヴェレにできることはなかった。
◇ ◇ ◇
約一時間後、クヴェレたちはギルドに戻ってきていた。今度は三人分の料金を払い、寄宿学校の校庭の隅に入場させてもらう。
見学スペースは授業の邪魔にならないようにか、本当に寄宿学校校庭の端っこの方だけで広いとは言えない。
そこに椅子すらも置かれることなく結構な人数がひしめいていた。
(金取られるってえのに、物好きが多いねえ……)
そんなことを思いつつ、適当に空いているスペースに歩を進める。
「お、やってる。ガキ共がやってるぜ」
「エルフの剣士、ってのはどれだろうな?」
シュクルとオットーが言う通り、雪が降り積もって雪原のようになっている校庭で、大勢の生徒達が修練に励んでいた。
今はどうも素振りの練習中のようだ。長さが一つ一つ違うが、反りを持った奇妙な木剣の林が動いているのは奇妙な光景で見慣れない。
「オイ、あれじゃあねえか?」
見つけたようでシュクルが指差す方向を向くと奇妙な人物がいた。
「何だァ、ありゃあ?」
思わずそう声に出してしまうほどだった。
とにかくただ一人着膨れている。
モコモコの分厚い上着に身を包み、首にファーのようなものを巻いているので顔の下半分が隠れていた。さらに下半身は縞々の動物の毛皮を腰に巻くことで膝下までを包んでいる。
ただ、エルフの特徴でもある細長く横に尖った耳だけが露になっていた。オマケに聞いていた通りに背が低い。そのせいか、着膨れしていることと併せてフォルムがどこか丸みを帯びていた。そこに、自身の背丈をも超える長さの『カタナ』を背負っていることで、更なるイメージを想起させる。
「まるで風船か団子みてえだなァ、ハハ!」
クヴェレも内心、特に後者を脳裏に思い描いたが口には出さなかった。だが、デリカシーゼロの男シュクルは思ったことがそのまま口に出てしまう病なのである。
途端に周囲から針を刺すような視線を送られてしまう。またも怒られてしまうのかとも思った矢先、見物客の中から「おおっ」という声が複数聞こえたことで彼らの視線が元に戻っていく。
同じように校庭の中心へと眼を向けると、今まで修練する生徒達を見守り、時折、指示するだけにとどまっていたエルフの少年が、服と同じく分厚い手袋を脱ぎ、背に負う長大な『カタナ』の結び目に手をかけていた。
「おッ!? センセーの修練が始まるぜェ!?」
見物客の間からそんな誰かの声が聞こえ、周囲がそれを皮切りにざわつき始める。その声に紛れるようにして、クヴェレは仲間に指示を飛ばそうと口を開いた。
「オットー、チャンスだ。鑑定法器を出してくれ」
「分かったっ」
クヴェレの意図を察したオットーは、即座に荷物袋の中へ手を突っ込んだ。
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