318 第21話02:My Way②




 オルレオンの道幅は広い。

 メイン道路でなくとも余裕を持って大型馬車同士がすれ違えるほどだ。冒険者ギルドに繋がる中央路など、多少の歩行者程度など通行の邪魔にはならない。

 これも、外壁が存在しない都市ゆえの利点と言えた。


「あ~~? 何かヤケに冒険者ギルドが混んでやがるなぁ~」


 横合いの窓枠から顔を出した、チームの魔法師であるシュクルが前方に見えてきたオルレオン冒険者ギルドの様子を視て不思議そうに言う。

 確かに昼過ぎてまで人混みが発生する冒険者ギルドは珍しい。だが、その理由は既に何度もスタンが説明した筈であった。


 横にいたクヴェレがシュクルの頭をポカンと殴って即座にツッコむ。


「痛ってェ!?」


「オメエはホントに馬鹿だな! スタンが何度も何度も説明してくれただろうが!」


「アレ? そうだったっけ?」


「いつもいつも、ホンットにオメエは人の話聞いてねェな!!」


 クヴェレの言う通りである。

 この三人組の中で、スタンの眼から視てこのシュクルが一番にヤバい。

 直接的な表現をするならば、ネジが数本足りていないのである。外見が非常に整っており、大したイケメンだというのに残念なことだ。

 チームの頭脳役ともなる魔法使いがそんなもんで良いのだろうか、ともスタンとしては少々心配になるくらいである。無論、実績は申し分ないので、彼と深い付き合いの無い一般人からはクールでクレバーと噂されているらしい、というのがまた何とも不安を誘う。


「俺らがココに来た目的のエルフが優勝してから、寄宿学校で剣術の講師を始めたんだよ。それを遠巻きから観察してる冒険者で、毎日人だかりができているんだって。シュクル、聞いてなかったの?」


「おう、聞いてた聞いてた。モチロン聞いてたぜ」


 絶対に嘘だ、などと言いたくとも言わない。

 改めてスタンの代わりに説明してくれたのはオットーである。彼は他の二人より一歳だけ年下らしく、現在二十三歳である。それだけに、よく気がつく面があった。


 ちなみに彼だけ苗字呼びなのは、彼自身の要望によるものであり、苗字に誇りを持っているから、だそうだ。

 実際、彼の出身家は位こそ高くはないが、結構な歴史を持つ高名な家柄である。クヴェレやシュクルの実家も似たようなものであった。


「それにしても、聞いてたより随分と人が多いじゃあないか。屋台まで出てっぞ」


「そうですね」


 クヴェレの文句通り、一カ月程前にスタンが視た混雑より、ヒトの数が倍となっていた。オマケに香ばしい焼き料理の匂いを放つ屋台まで、数軒も立っている。

 馬をゆっくりと進めつつも素早く観察を行い、人だかりの大元となっている見物人の多くが、手や背に奇妙な反りを持つ武器を携えていることを発見したスタンは、何となくだがヒトが倍増した理由を悟った。


「ああ、なるほど。そういえばこの街も、カタナの生産が本格的に始まったって言ってましたわ。所持する人が増えて、その使い方を学びに集まる方が増えたのでしょうなぁ」


 ハークが所持、使用する武器『カタナ』は特殊な製造過程を経るために、今までモーデルでも古都ソーディアンのみに生産が絞られていた。

 が、そのカタナ製造技術を持つ老舗がこの度、支店をオルレオンに出店したのだそうだ。この様子だと、大分軌道に乗っているのだろう。


「ヘェ。優勝をあのモログと分け合ったヤツの武装を真似て、あやかろうってクチか」


 またもシュクルが適当なことを口走る。とはいえ、カタナを手に入れた者達の中に、そういった考えがまるで無いとは言えないだろう。


「そういった側面もあるのかも知れないけどね、あの『カタナ』ってのは最新鋭の武器なんだってさ。使い方に習熟すると、武器の付加値が増加するんだって。つまりは使い方とか動きの参考にするために集まってるんだよ。これも、前にスタンさんが説明してくれたぜ?」


 さして気にしたふうでもなくオットーが何度目かの解説をする。彼にとってはシュクルが人の話を聞いていないことなど日常茶飯事なのであろう。慣れたものである。


「おう、そうだった! 聞いてた聞いてた!」


「嘘つけ、テメエは! 毎回毎回テキトーなことばっかり言いやがって!」


 このやり取りも、旅の際中、幾度繰り返されたかわからない。もう到着であるので解放されるような思いもある反面、もう聞く機会はなかろうという一抹の寂しさに近いものも不思議とあった。


 冒険者ギルドの入り口近くまで馬車が辿り着くとリーダーであるクヴェレがまたも口を開く。


「ま、何にせよ首を狙う相手の修練風景拝めるなんてのはありがたい話さ! ありがとうよ、スタン、ここまでで良いよ! ホレ、二人共さっさと降りる準備をしな!」


「わかりました。俺は馬車を停めに行かなきゃあいけないんで、ここでお別れですね。ご利用ありがとうございました。皆さんもお気をつけて。できれば、お帰りもご利用いただければ幸いですわ」


「おう、時期が合えば必ず利用させてもらうよ! それじゃあね!」


 そうしてクヴェレは、遅まきながら下車の準備を始めた仲間二人を待つことなくオルレオンの街へと降り立った。




 まったく自分達を待たずに降車したクヴェレと、特に何の準備も進めていなかったシュクルらの間で口論が発生し、いきなりドヤドヤと喧しくギルド内に入ってきた彼らに対しての胡乱げな眼差しが一瞬送られた。だが、すぐにその視線の先が全て、流れるように元に戻っていく。


 いきなりイラっとするクヴェレ。

 彼女は重度の目立ちたがり屋だった。目立ち方にもいわゆる良し悪しがあるがそれも関係ないほどである。

 一方で、そういった性質が彼女を現在の位置にまで叩き上げた原動力ともなっていた。


 彼女は自分の容姿がそれほど人目を引く訳でもないと、充分に理解している。

 過度にウェーブがかかった髪、太っているでも痩せているでもないが胸が真っ平でメリハリが無く、さらに身長も女性としては高い方だが男性の平均身長程度で、どれもこれもそれ程衆目を集める要素などないからだ。

 だからこそ、外見以外の要素で彼女は勝負してきた。とはいえ、一瞥からの無興味を表した行為に、彼女が慣れることはいつまで経ってもない。


 若干ささくれ立った心のままに奥へと進んでいこうとしたところで、立ち塞がるかのように彼らを止める輩があった。


「おっと、ここから先は小銅貨五枚だよ」


「はぁ!?」


 クヴェレが驚いた声を出す。

 小銅貨とは、銅貨よりさらに小さな価値の銅貨である。

 五枚ということは庶民的なランチ一食とほぼ同額といったくらいだ。上から数えればすぐに辿り着く高額取得冒険者たるクヴェレたちにとってははした金・・・・もいいところである。

 ちなみにもっと小さな貨幣価値を持つものに鉄貨というものもある。さらにちなみになる話をさせてもらえるならば、クヴェレは相当な倹約家で、平たく言えば『ケチ』であった。


 だが問題はそういった話ではない。


「何言ってんだあ!? ここは冒険者ギルドだろうが! 公共の施設だろ!」


「入るだけで金取られる施設なんて、聞いたことねえぞ!」


「そもそも誰だテメエ!」


 クヴェレに続き、オットーとシュクルも声を荒げる。だが、彼らの通行を阻止した人物の表情に、特段の変化は無く、いかにもな立て板に水でつらつらと返した。


「まず一つ一つの質問に答えていこうか。アタシが当ギルド支部の長を務めるルナ=ウェイバーさ。その反応と姿からすると、アンタら新参の冒険者だね? オルレオンの冒険者ギルドへようこそ。よろしく頼むよ」


「え、ええ!? ギルド長!? こちらこそよろしくお願いします!」


 長いモノには巻かれる体質なのか、オットーが音速で頭を下げる。そんな彼の後頭部をフルスイングでべチンと平手で叩いて、クヴェレは言う。


「よろしくーー、じゃあねえよ! その冒険者ギルドの長が、なんで冒険者から金取ろうとすんだ!? 入らせねぇ気……!?」


「うるっせえぇえ! センセーの声が聞こえねえだろーがっ!」


 その時、別の声がクヴェレの文句を遮った。クヴェレもほぼ加減無しにがなっていたのにお構いなしだ。地声の大きさが違った。

 思わずギロリと睨むように、発せられた声の方向へと視線を向かわせると同時にクヴェレの瞳が限界まで驚きで見開かれる。声を発したと思われる大男に見覚えがあり、それが自分達以上の有名人かつ実力者であったからだ。


(まさかアイツ! 第四位の『ランカー』、ドクター・フォレストケープ!?)


 元々ギルドの研究職員を目指していた男で、その過程で強くなり過ぎたがゆえに途中から本格的な冒険者となった男だった。魔物の専門家で、もし順調にいっていたら主要都市ギルドの研究職員に就いていてもおかしくない知識量を持ち、その豊富な専門知識によって実に効率よくモンスターを狩る様子からドクターと字名される人物である。

 魔法専門職の相棒がおり、二人でパーティーを組んでいる。名はケーン=ボンマルシェ。確か相当なイケメンらしい。それっぽい人物を探してみると、酒場で一人酒を呑むそれらしき人物の姿を見つけた。シュクルとはまた違った、濃いイケメンで物静かそうだ。


「気づいたかい? ドクターを始め、かなりの数の有名人がこの先の授業を見物しているんだ。あんまり大声出して邪魔しない方が良いよ」


 冒険者の言う有名人とは、そのままそっくり実力者を表す。

 クヴェレとて、複数の実力者相手にケンカを売る気概までは無かった。ただし、自己のことも主張しておかねばならない。一応、声のトーンも抑えてから。


「アタシらだって有名人さ。クヴェレ、シュクル、オットーの三人組。聞いたことないかい?」


「ああ、コエドの稼ぎ頭だね。知ってるよ。よくこのオルレオンに来てくれたねぇ。こっちの所属に?」


「違えよ! ……っと」


 思わず声をまた荒げてしまい、クヴェレは一度自分の口元を手で抑えてから話を再開する。


「前『特別武技戦技大会』優勝者の片割れに用があるんだ。この奥にいるんだろう?」


「ああ、じゃあやっぱり見物なんじゃないか。だったら、金を払わなきゃね」


「だから、なんで金なんか払わなきゃあいけねえんだ?」


「ここから先が私有地だからだよ。冒険者ギルドでも、寄宿学校の土地さ」


「へ!?」


 よく見ると、ルナと名乗った人物のすぐ後ろからの地面が、石畳から単なる芝生へと変わっていた。ギルドと付属の寄宿学校が土地的に別れず繋がり合っていることは大して珍しいことではない。だが、寄宿学校内への立ち入りに金額を請求されるというのは初めて聞いた。

 もっとも、在校する生徒以外で立ち入ろうとする者自体が、本来ならまず皆無に等しいのだが。


「いやあ、この前の『特別武技戦技大会』でアンタの言う通りに優勝者が我が校から出てね。それ以来、見学者が増えて増えてさ。入場整理や保守にも人員が必要になったんでね、仕様が無いから見学の希望者からほんの少しだけ料金をいただくことにしたのさ」


 商売人の眼で、どこか自慢気にルナはそう言い放った。




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