第21話:It's My Life

317 第21話01:My Way




 旅行業を営むスタンは愛馬たちに繋がる手綱を軽く握りながらも、地平線の先に少しずつ見えてきた建物群に今回の仕事の終了が近づくことを悟る。

 オルレオンの街だ。今期はこれで既に四度目である。その事実に、半ば自分が定期便と化しかけていると気づき、ほんの少しだけ可笑しさがこみあげてくる。


(ハークの旦那たち、元気してっかなぁ)


 そうは思いながらもたかだか一カ月程度であの方々がどうにかなってる筈などない、という確信もある。

 そんな謎の安心感があった。本人も超絶と評価していいくらいスタンからすれば実力者なのだが、従えている従魔二体がさらに輪をかけてとんでもない存在なのである。


 四カ月前、スタンは同市に彼らを送り届けた。

 その際、途中のロズフォッグ領トゥケイオスにて前代未聞の異様なる事態に巻き込まれ、共に乗り越え合った仲だ。スタンも僅かながら、住民の避難で助力できたのは隠れた自慢である。会えば互いに近況を語り合い、今では食事を共にするほどだった。


 ただ、その彼らの内の一人、リーダーを務めるハークが昨年ここオルレオンにて大々的行われた第五回『特別武技戦技大会』にて、圧倒的にナンバーワン冒険者として名を馳せていたモログとまさか優勝を分け合うことになるとは、さすがにスタンも思わなかった。

 その日は仕事が入っていて、どうしても応援には駆けつけられなかったが、スタンとしても絶対に良いところまでハークは行くと確信していた。ひょっとしたら準優勝くらいなど……、と考えていたくらいである。

 だが、さすがに優勝は不可能だろうと予想していた。

 それほどまでにモログの実力の高さは、ある意味国中から、絶大な信頼を受けていたワケでもある。


 ところが、蓋を開けてみれば両者実力伯仲の超々好試合で、最後はどちらも武器を失う結果となったらしい。

 しかも先に武器を失ったのはモログの方だったようだ。が、肉体の力のみで耐え切り、結果的に引き分けまで持ちこんだと聞かされていた。


 そこまで見せられれば、現地で観戦した人々は大満足だったろう。文句など出ないに違いない。

 だが、それ以外の人物達はどうか。特に、スタンのように真なるハークの実力、その一端にでも触れた者、それ以外の人々にとっては。


 きっと、彼のレベルのみを聞いて判断し、真偽を疑うか、侮り、ナンバーワン冒険者と勝ちを分け合ったエルフの少年の立場を狙いに訪れるのかもしれない。


 今日、スタンが運んできた客たちも、そんな冒険者たちであった。


「お客さん方、目的地が見えてきましたぜ!」


 客車に接する御者席から壁越しにゴンゴンと叩いてから声をかけると、馬車前方の窓がガラリと開いた。


「おお~~~、ホントだ! スタンさんから聞いてた通り、ホントにでっけえ建物が多いなァ!」


 窓枠から顔を出したのは、今回のお客である冒険者の一団の中で最も気さくなメンバーであるタクマラカン=オットーであった。


「でしょう!? 壁が無いから土地の制限がほとんど無いんですよ!」


「こうして見ると充分に都会なんだねェ! 歴史が無えからってコエドもバカにしてらんねぇじゃんか!」


「コエドも既に、規模では随分と前に凌駕されていますから!」


 コエドの話が出たのは、今回のお客である冒険者三人組の現所属ギルドがモーデル南の海運都市コエドであるからだ。


「マジか~。コエドのギルド長はンなこと一言も言ってくれなかったぜ! 都市とは名ばかりのド田舎とばかり聞いてたよ!」


「はは……、まぁ、お客さん方のような高レベル冒険者は、どこの都市も大切ですからねえ! コエドのギルド長も他に流れるような、迂闊なコトは言えんでしょう! オットーさん方が必要なんですよ!」


「あはは、そうかい!?」


 オットーが機嫌良くはにかむ。半分くらい出任せなお為ごかしではあったが、成功したようでスタンは内心ホッとした。

 とはいえ実際、半分近くは本当のことでもある。

 オットーたちのレベルは高く、スタンのような情報通からは『ランカー』と呼ばれる集団の中に名を連ねる猛者中の猛者なのだ。


 『ランカー』とは、毎年の年度末に各主要都市七カ所の地域統括ギルド間の協議によって導き出される、その年に最も活躍し、その実力を示した者たち十組の冒険者パーティーを表す言葉である。つまりは、何か事が起こった際に頼りになるであろう十パーティーを主要都市ギルド間でピックアップし、相互に彼らの居場所等を連携して把握、有事に備えておくという目的があるのだ。


 一位はもちろんモログ、次がクルセルヴのパーティー。

 オットーが所属するパーティーは確かスタンの記憶上では七位か八位くらいにランクされていた筈だった。


 実際かなりな重要情報であるというのに、スタンの記憶の中身が曖昧なのは、この『ランカー』という制度が本来、普通には公表されていない情報だからである。

 ギルド内、しかもその上部でのみ通用する話の筈なのだ。


 この『ランカー』に名を連ねるパーティーにまでなると、知名度が他とは比べるまでもなく急上昇する。それにより、冒険者間での過度な競争、足の引っ張り合い、本来無謀である自身の実力を大きく超過した依頼の受注や奪い合いが発生することを避けるためであるらしい。


 しかし、近年、何故かリークされ、スタンのようにそういった情報を所持しておくことが商売上命綱ともなり得る職種間に広まっていた。恐らくはそういった主要都市ギルドに所属する上級職員が金目的で流しているのだろう、との噂である。

 あくまでも非公式なので、後半の『ランカー』順位はあやふやでもあったが。


 そういった意味で、今回、スタンが乗せてきた客たちは、過去一番とすら言えるほどに実力者および有名人の筈なのだが、どうもスタンの眼から視て、どこかしらが抜けているように感じられた。

 先の会話でも、レベルとしては三十七もあるオットーはコエドのギルド長の話によるオルレオンの評を鵜呑みにしているようだ。スタンのような、情報の正否が商売の成功どころか生き死ににすら関わりかねない者からすれば、裏取りぐらい己で行って然るべき、とも思えてしまう。


(これが、脳筋……ってヤツなのかねぇ……)


 あまり客に対して失礼な想いなどを抱くのはいけないと解ってはいても、どうしても、四カ月前に自分と旅した少年少女の冒険者一団と比べてしまって、そう感じてしまう。


 だが、それでも今話しているオットーはまだこのパーティーにしてマシな方であった。


「だぁーーー! ウルサーーーイ! 寝てるだろうがコッチは!!」


「あだっ!?」


 窓を開けていたとしても御者席との会話は馬車の走行音などに邪魔されてどうしても大声の応酬となる。

 それで寝ていた一団のリーダーが目を醒まし、絶叫を上げた。

 その後の悲鳴は、同じく寝ていた三人目のメンバーが、リーダーの至近距離からの大声に驚き、ベッドから転げ落ちたものだった。


 やれやれ、と内心スタンは思う。本来、寝ている者達のことを考えずに大声を出していたスタン達も悪いのだろうが、昼過ぎてもぐうぐうと寝ている方が冒険者として如何なものかとも思う。


「まったくさぁ、コッチは二日酔いで頭が痛いんだよォ!」


 ならば自分も大声を出さぬ方が良いのでは、とも思うが、スタンはその言葉を飲み込む。彼女らが寝ていたベッド周辺には空の酒樽と共にゲーム用のカードまでが散乱していた。


「申し訳ありません、クヴェレさん! ですが、目的地であるオルレオンの街が前方に見えてきましたぜ!」


「おッ!? そいつを早く言ってくれよ!」


「ぐぎゃっ!!」


 一団のリーダーであるクヴェレ=グランメールがすぐに機嫌を直して駆けてくる。その過程で、彼女は床に寝転がったままの最後の一人、シュクル=ルーグリュックの背中を踏み、またも悲鳴を上げさせていた。


「おうおう、良いねェ良いねェ! 待ってな、エルフの小僧っ子! すぐにアタシがモーデル最強の一角の座を奪ってあげようじゃあないか!」


 先の文句はどこへやら、上機嫌にクヴェレは窓枠から身体を出して叫ぶように言い放った。


 彼女は非常に難儀な性格をしていて、会話の第一声のほとんどが文句から始まる。しかし、今のようにちょっと別の話を向けるとすぐにそちらへと意識を持ってかれてしまうのだった。

 ただ単に、何かにつけて文句をつけたいだけ、という性分なのかも知れない。


 そこへ踏まれたシュクルが本物の文句をつけにやってきた。


「オイ! クヴェレ、テメエ! ヒトを踏んでって詫びも無しかよ!?」


「うっせえわ! ンなとこに転がって寝てるアンタが悪いンだろ!?」


「アホが! テメエに転がされたんだよ!」


「ああ!? 過ぎたことをぐちぐちとうるっさい男だねぇオメエは!」


 突然始まった口喧嘩に、スタンはまたか、と呆れている。今に始まった事でもない、一日一回以上は行われる小競り合いと彼も認識していた。オットーも我関せずと割って入る気配もない。


 苗字持ちの事実が示す通り、クヴェレたちパーティーメンバーは全員貴族出身者である。王都の冒険者ギルド以外ではあまり経歴にプラスとならない第三冒険者ギルド寄宿学校出身者ながら、結果で黙らせてきた数少ない同校出身者内での成功者であった。


 クヴェレのレベルは高い。なんと三十八である。さらに実績もあった。


 それでもスタンにとって、万が一にもあのエルフの少年剣士に敵うどころか、ただの一撃でさえ与えられるなどと、考えられもしなかった。




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