320 第21話04:My Way④




「おっ、やるのか」


 シュクルが気づき、寄ってきて壁を作ってくれる。クヴェレは反対側だ。


 こういった、相手の同意も得ずに鑑定法器を使って対象のレベルやステータスを測定する行為は、モーデルでは法律には触れぬ行為とはいえ、マナー的にはアウトに限りなく近い。

 気性の荒い地域や国では、即喧嘩に発展するケースもあるくらいだ。


 それでも相手が冒険者の場合は、レベルやクラス等はギルドにて開示もされているため、罪に問われるというほどのものでもない。レベルなどを高く偽って登録すること方が、よっぽどの罪であり、罰則もあるものだ。


 モッサリと着膨れに膨れたエルフの少年は、未だ『カタナ』なる最新鋭の剣を抜いていない。

 いつ抜くのかと若干やきもきし始めた頃、奥の校舎から一人の女性が出てくるのが見えた。

 やたらと背が高い。

 遠近法的におかしく見えるほどである。しかも日に焼けてか肌が浅黒く、周りが雪景色で白いせいか良く目立った。

 さらに、大きいのは背丈だけではない。


「っひゃ~~、何だあのムネ? スッゲーなぁ」


「うるっせえなこのオッパイ星人が」


 叫ぶ寸前くらいまで感心した声を上げたのはシュクルだった。

 彼は重度の巨乳好きで、とっくに完治不可能の重症者である。クヴェレの見立てでは胸さえデカければ野郎とでも付き合えるのではないだろうか、とも思うほどだ。


 そんな彼女は巨大な胸で抑えるようにして、満載に何かを積めこんだ木箱を両手に抱えていた。


「ヘェ~~~」


「何オットーまで感心したような声出してんだよ。テメエもか」


「ち、違えよ。スタンさんが言ってたじゃあないか。エルフの少年剣士の『カタナ』を作ったのって、そいつの仲間の、やたら背の高い美人鍛冶師だって」


「あ、言ってたな。と、なると、アレが超新鋭天才鍛冶師にして高レベル冒険者スウェシアって人かい。チッ、天は二物を与えず、ってなあ嘘だな」


「お前ぇは一物もねえからな」


 シュクルがさらりと阿呆なことを言い出す。


「うっせえよハゲ。上手いこと言ったつもりか。黙っとけ」


「ハゲてねえよ!」


「黙っとけってんだろ馬鹿ヤローが。それにしてもあの美人がぎょーさん抱えてるモンはなんだ? 木屑か?」


「さあな。ここからじゃあ見える距離でもねえしよ」


 その時、驚いた口調で声を潜めてオットーが二人に語りかけた。


「お、おいお前ぇら、コレを見てみろよ」


 オットーが差し出した手帳大の書物に似た鑑定法器、その中心部たる半球状の水晶には意外な文字が浮かび上がっていた。


「い? 三十八ィ? 高っ。あの美しさで俺やオットーより上なのかよ」


「アタシと一緒か。二物どころか三物、四物まで持ってンなぁチキショー」


「良いなぁ。仲間に誘おうぜ。クヴェレと交換でよ」


「半分賛成だな。そん時はお前ぇとスウェシアさんを入れ替えてやるよ」


「ただ一人の魔法専門職の俺を交換要員にすンじゃあねえよ。アホか」


「うるせえ馬鹿ヤロー。ぜってえ叩き出してやる」


「ぜってーにしがみついてやっかんなコノヤロー」


「おい、二人共、バカみてーな言い合いしてねーでコレ見ろ」


 オットーがそう二人に言う頃、校庭では、見物客とは反対側の端に微動だにせず座りこんでいたせいで置物かとも思えていた白い魔獣が、いつの間にやらスウェシアの隣にまで移動していた。噂では伝説に謳われるような種の魔獣であり、なんと人語まで理解し操るらしい。

 そんな魔獣と自分の前に、スウェシアは木箱の中に山と積まれたものの中身を流すように落としていく。ガチャガチャと硬質な音を立てるそれらにも気になったが、オットーの手元の鑑定法器にも、彼の言う通り注目すべき事柄が開示されていた。


「うお、何だこのステータス。素でこりゃあ、高過ぎだろマジで」


「耐久力だとか、肉体の頑強さを表す数値がヤベエな。反対に魔法系の才覚を表す数値が軒並み低いぜ。彼女、上位クラスかぁ?」


「聞いたことねえし、見ろよ。見慣れたクラス名が出てる」


 オットーの言葉通り、鑑定法器にも『戦士ファイター』と出ている。クヴェレも含めて巷に溢れまくるごく一般的なクラスだ。


「異常なくらいだな。特に最大HPが明らかに高過ぎる。このレベルだと、普通はようやく百を超過したくらいだ。実際アタシもだしな。……読めたぜ。彼女、恐らく亜人系の血が混ざっているんだ。あの背のデカさからすると、ジャイアントだと思う」


「ああ、確かにデカい」


「どこ見て言ってんだよ、シュクル。でも確かに辻褄が合うかもな。彼女、ヒト族にしちゃあデカいけど、ジャイアントの成人としたら随分と小さいし。でも、確か聞いた話だと出身は古都のソーディアンじゃあなかったっけ? なんでそんなトコ出身なんだろうな?」


 確かにその通りだ。ソーディアンは別名が表す通り古い都市であるため、考え方が古い。

 異分子を排除する文化と風習が自然と形成されているという。ただ、先代の王が領主に就任して以来、これも最近は大分変わってきていると聞く。


「ふ~~~む、分からねえが先祖返りだとか色々と事情は考えられるだろう。……だとすると、相当に苦労したんだろうな……」


「あーー、そうだろうな……」


「マジかよ、あんなキレーなのによ。癒してやりてえぜ……」


「シュクルが言うと別のこと目的にしか聞こえねーからやめとけや。……って、おい。剣抜いてっぞ、オットー。そっちやってくれ」


 ちらりと視線を向けると、自分達の本来の目的であるエルフの少年が、最新鋭の武器と呼ばれる『カタナ』を鞘内より既に開放していた。

 日光をはね返して美しく輝いている。不思議なほど蒼い光であった。


「おっと、いけねえいけねえ」


 オットーがすぐに照準を変える。結果はすぐに出た。彼が続けて言う。


「やっぱ34かよ。このレベルでモログと引き分けなんてマジで考えられねえな」


「まったくだ。余程の幸運か偶然に決まってる。十五以上も違うんだからな」


「だな。そーいやモログってよォ、かなり子供好きって噂だよな」


「ああ。シュクルの言う通りだぜ。あれだけ活動してんのに仕事が入ってねえと孤児院訪問したりするらしいからなぁ」


「ってコトはよォ、エルフとはいえほとんど子供みてえな外見のヤツを攻撃すんの、すっげえ躊躇ためらったんじゃあねえか?」


 シュクルがドヤ顔で語る仮説を検証するため、クヴェレは視線を再びエルフの剣士に向けた。確かに背が低く、服や首巻のせいで顔や身体の大部分が隠れて良く見えないが、大人にはさすがに見えない。むしろ未成熟な子供のように見えた。


「思いっ切りそれはあり得そうだな」


「だろ? さっきお前ぇを怒鳴ったヤツも、きっとそういうトコ視てねぇんだよ。なんかセンセーとか言って、強そうなくせに心酔してたっぽいけどな」


 得意気にシュクルが言う。しかし、クヴェレが一目で気づいた有名人に、未だ全く思い至った形跡もないあたり、彼の平常運転のようである。


「シュクル、ありゃあ俺らよりも上の『ランカー』、ドクター・フォレストケープだぜ?」


「え!? そうなの!?」


「バカ、声がデケエよ!」


「あ? 何だ、呼んだか?」


「「「おわっ!?」」」


 近くにいたのにも気づかずオットーがドクターの名を呼んでしまって、本人がデカい身体でぬっと現れた。


 無論、クヴェレも全く気づいていなかったので、この三人は結局のところ程度が同じであり、だからこそ気が合うのではあるが。

 今回も、いきなりのドクター・フォレストケープの襲来に驚き、揃って大声を出してしまう。隠れて鑑定法器を使用している以上、完全な愚策だったのだが、丁度、校庭中心部での修練がようやく始まったらしく、硬質で変わった音が連続で周囲に響き渡りだした。


 その音に誘われ、覗き込むようにクヴェレたちの話に加わろうとしていたドクターの視線が校庭の方に向けられる。その隙に、オットーは素早く鑑定法器を自らの鞄の中へと隠していた。


 下手に見咎められればこの場を追い出されかねない事態を脱し、クヴェレは安堵の溜息の一つもを吐きたくもなるが、我慢して視線をエルフの少年が行っている修練の方へと向ける。

 そこでは、スウェシアが持ってきた木屑のようなものを、彼女とその隣の魔獣が二人がかりで次々と少年に向けて放っていた。


 少年の方は、蒼い光の剣閃を煌めかせながら、自身に間を置かず襲来するそれらをいとも簡単に両断している。

 彼の剣速は、明らかにレベル三十四程度のものではなかったが、クヴェレはむしろ、木屑にしては斬られた瞬間に高く硬質な音を出す物体の正体の方が気になってしまった。


「何だ? 何斬ってんだ、アレ?」


 その言葉に、まだ三人の近くに立っていたままのドクター・フォレストケープが反応する。


「なんだお前ら。見ねえ顔だと思ったら、新しく来たヤツか?」


「あ、ああ。そうなんだよ、ドクター」


 オットーがそう返答すると、ドクターと呼ばれた男はほんの少しだけ眼を見開いた。


「ん? 俺を知ってんのか」


「もちろんだ。アンタ有名人だしな」


「有名人ねぇ……。まぁいいや、教えてやるよ。センセーがカットしてんのは鉄だよ」


 ドクターのその台詞を聞いて、三人が三者三様の驚愕を各々の顔に表す。三人の中でまず反応を返したのはクヴェレだった。


「鉄!? 鉄屑だっつうのか、アレが!?」





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