313 第20話12終:天翔ける龍のごとく青く澄んだ太刀




「うわわわわわ……! ハーク、虎丸ちゃん! ちょっともう、速過ぎやしないかい!?」


「済まんな、シア! 夕食までには帰りたいのだ! それに儂の身体であってもなんとか耐えられるのだ! お主の身体への影響などほとんど無いであろう!?」


「そういう問題じゃあなくて……! なんて言うかちょっと……!」


 若干噛み合わぬ二人の会話。

 原因はシアが虎丸のあまりの速度に恐れおののいているからなのだが、ついこの前、空龍ガナハ=フサキに追いかけ回された際には彼女はそんな反応は微塵も見せていなかったのでハークも虎丸も気がついていない。


 それもある意味仕方ないのかもしれない。件の龍に殺意を持って追われた時も虎丸は掛け値なしでの全力疾走だった。むしろ追いつかれぬよう無茶な挙動も行っていたので、普通に考えれば乗り手の精神にかかる負担は今より上な筈である。

 それでも前回、シアが平気でいられたのはのっぴきならぬ状況と迫り来る危機感によってもたらされた緊張と、何とか力にならねばならないという義務感に心を、というより意識を全て埋められて恐怖を感じる隙間すらなかったからだった。

 どちらも無い今、シアの心は音速を超えた速度によって恐怖で満たされてしまった訳であるが、前回は大丈夫であったからとハーク達は気づいてもいない。


 唯一、種族的な特性SKILLを持つがゆえになんとなく気づいている日毬がハークの服の間から前脚を伸ばし、肩をぽんぽんと叩いて励ましているのだが、今度はシアがそれに気づく余裕がなかった。


「ええぇえ!? ここってもしかして湿地帯なんじゃあないのかい!?」


 オルレオンの街を出てわずか三十分も経たぬうちに、荒涼たる風景が陰鬱な超危険地帯を表す光景へと移り変わっていたからだ。


「ああ! もうすぐ見えてくるぞ! なあっ、虎丸!」


『はいッス!』


「という訳だ! もうちっと辛抱を頼む!」


「わ、分かったよ! あ、そうだ! こんなとこにまで来るくらいだから試す相手は生半可なヤツじゃあないだろうから今の内に言っておくよ! 今回の鞘のことなんだけどね!」


「『天青の太刀』の鞘がどうかしたのか!?」


「今回ね、その『天青の太刀』を造るに当たって、実はほんの少しの余りが出たのさ!」


「余り!? 何故……、いや、当然か!? 『空龍の牙』を混ぜ込んでいるのだからな!」


 ハークの言う通りであった。

 『天青の太刀』は、前身たる斬魔刀を一つ一つに細かな部位にまで分解し、そこに魔法的処理によって加工可能となった空龍ガナハの牙を混ぜ込んでから持てる技術をもって再現し直した逸品である。よって、敢えて使い心地に手を加えぬのであるならば、長さ太さも同等とするのが道理。

 従って、混ぜ込んだ龍の牙の分だけ素材が余ってしまう。


「察しが良くて助かるねぇ! その余り端材、一体どうしたと思う!?」


 一聴だけでは難しい問題、の筈である。しかし、先の会話に示唆するものがあった。


「まさか、鞘に使った!? だが、外見からは全く……!?」


「正解さ! 余った、とはいえ本当に僅かだからね! 刃と接するような内側の部分に使わせてもらったよ! これで、モログ戦の最後で使用したSKILLを使っても、鞘を失うようなことはない筈さ!」


「凄いな! シアとモンドの心尽くし、本当に感謝するぞ!」


 シアが言っているのは、ハークが『特別武技戦技大会』決勝戦、モログとの戦いの終盤も終盤に差し掛かったところでぶっつけ本番に繰り出した技、一刀流抜刀術極奥義・『神雷ZINRAI』のことである。


 腕の長さが足りぬがゆえに、通常の方法では一刀流抜刀術奥義・『神風』を斬魔刀にて使用することの適わなかったハークが、無理矢理実現させるべく、その威力と速度以外全てを犠牲にして生み出したスキルであった。

 犠牲にした中には鞘も含まれている。

 発射台として使用し、依って最後まで保持すること適わず爆散させるに至った。


 しかし、どうやら『天青の太刀』と同様にその鞘もシア達の手で新生され、超々がつく頑強に生まれ変わったらしい。

 いきなり破壊してしまうのは忍びなく、また申し訳ないとハークは今回、『神雷』の使用を全く念頭に置いてはいなかったが、彼女の一言で考えを改めた。


「では存分に使わせてもらおう! 見えてきたぞ、シア!」


「ええ!? アレかい!?」


 シアはモログが倒した超巨大岩山タラスクを視てはいない。

 視たのはオルレオンの街からほど近い森林地域でのことである。

 そこで同種を初めて拝むのだが、彼女の眼から視れば充分過ぎるほどの巨大さであるにもかかわらず、優にそれを超えていた。


 小山と見紛う大きさのモンスターを視たのは、無論初めてである。

 ハークの選択により虎丸が一心不乱に目指していたモンスター、それは、モログの超巨体タラスク討伐に同行した際に偶然発見した、湿地帯で次に巨体なレベル四十のタラスクであった。


「いやちょっと、……デカすぎない!?」


「大丈夫だよ。視ててくれ」


 シアの懸念も全く気に留めることなく、ハークは鞘に収まったままの『天青の太刀』を左手に携え巨大なタラスクへと一人向かって行く。

 彼女の心配も仕方のないものである。森林地帯で偶然に発見、その後戦闘したタラスクでさえレベル三十五だった。仲間達の内、適性レベルに達していた者だけで挑んだが、巨大さゆえに甲殻の厚さを中々突破できず、開発が間に合った新武器が無かったら苦戦していた可能性も高い。


 だからこその一言だったのだが、珍しく直で念話を送ってくれた虎丸の言葉で心配も懸念も遥か彼方に吹っ飛ぶことになる。


『心配は要らない、シア殿。お二人のおかげでご主人の総攻撃力値はさらに上昇した。この国のナンバーワン冒険者に追いつく日もそう遠くない。何故ならあの『テンセイノタチ』の攻撃力付加値は百三十五にまで達しておるからだ』


「え!? ええぇええ、百三十五!? 百三十五ぉお!?」


 シアの驚きも当然だった。

 今現在までに、世間が知る武器の中での最大攻撃力付加値を持つものは百二十が最高値であったのだ。

 その最高攻撃力付加値を記録した武器も、シアが生まれる前の随分と昔に破壊されており、失われて久しい。


 と、いうことは正真正銘ぶっちぎり、強靭さ極まりなく斬れ味は並ぶもの無しの史上最強の武器が誕生した、と宣言しても過言ではない。ハークが装備せねば、その攻撃力の全てを発揮できないという制限が玉に瑕ではあるが。


 それでも、戻ってからのシアがこの数値をモンドにも伝えたところ、彼を卒倒させかけた数値であることに間違いはない。

 遥かな過去、人類の確かな歴史上、まったく同じ素材である『空龍の牙』を使用して作成した武器が存在することは既に述べた。しかし、素材名と同名に名付けられたその武器の攻撃力付加値は、現代の技術で造られたものとそれほど大差ない。


 シアが伝説の存在でもある『空龍の牙』を素材に加えたのは、新しき斬魔刀、転じて『天青の太刀』に比類なき強靭性を与えるためで、更なる攻撃力を期待してのものではなかった。


 無論、生まれて初めての刀剣制作に比べ、回数と経験を重ねたシアとモンドの鍛冶師としての腕が生まれ変わらせた大太刀の攻撃力付加値を多少は加算させる効果もあるかとの期待もあったが、精々が一桁台の追加程度と予想していた。


 それがまさかの百三十五という、異常とも言っていい付加値にまで達するとは二人共予想だにしておらず、片割れとはいえ自身が生んだ奇跡にシアが半ば混乱を示す中、状況は止まることなく推移し始めた。


 一歩また一歩と近づいて来る小さなエルフの少年に、巨大タラスクは歯を剥いて威嚇の表情を見せ始める。

 両者の大きさと質量の差はいかほどなのか、百対一であっても効かぬのかも知れない。

 で、あろうとも小さなエルフの少年は、その手に持つ蒼き太刀とともに巨大なるタラスクに充分警戒感と危機感を与える存在であった。


 かくして百倍以上の巨大さを持つ方が先に我慢を放棄し動き出す。

 突進が開始される。一揉みに踏み潰してその小さな身体を蹂躙するつもりであることは明々白々であった。


 対してハークはゆったりとした動きで、腰に大太刀を差そうとする。

 無論、差せるなど有り得ない。

 長大な大太刀を包む鞘はその先の地面に直撃し、先端から突き刺さってその身半分を大地に埋めた。

 固定したのである。柄先はまっすぐ、突進してくる巨体へと照準であるかのように向いていた。


 突撃を続ける小山が迫るなか、ハークは特に急ぐでもなく準備を整えていく。その様子が傍で視ていたシアをやきもきもさせたが、やがて微調整も完了した。

 そして右手は柄を握り、左手を鞘の鯉口へと添える。


 充満し切った鞘中と背面を包み込んだ大量の魔力が今、解放される時が来た。


「行くぞ!! 一刀流抜刀術極奥義・『神雷ZINRAI』ッ!!」


 瞬間、ハークの意識は限界を超克した領域に到達する。

 人の身で音を追い越すというのは、生物としての分をも跨ぐ行為でもある。意識は引き延ばされ、彼の意識は拡散しかける。それでも刀は離さない。ハークがハークたる所以こそがそこにあるからだ。


 確かな手応え、されど両手に伝わる抵抗は極々わずかなものだった。


 タラスクは、止まることなく進み続けていた。己が既に斬られていることなど気づくことなく。その背に、小山の如く積み上がった背面甲殻の上に、目標が移動していることにすらも理解することもなく。


 ハークは正面から真っ直ぐに巨大タラスクと対峙したため、そのまま進まれれば後ろに控えていたシアや虎丸にも危険が及ぶ筈であった。

 だが、誰もその場を動くことはない。疾走する小山の勢いはやがて失われて、大地に伏したからだ。


 その頭部は顎下から頭の後ろ、頚椎に至るまで一刀のもとに両断されていた。

 『天青の太刀』の刃渡りはその前身となった斬魔刀と完全に同じである。扱い手であるハークの身長からすれば長大だが、タラスクの頭部に比べれば十分の一程度。一太刀のうちに断てる筈など、本来ない。


 しかし目を剥くシアの隣、よく解っていなくとも喜ぶ日毬の下にいた虎丸にだけは、蒼き刀身から伸びた光の刃が視えていた。



 帰還後、ハークと共に試し斬りの結果と戦果を報告したシアは、驚異的な『天青の太刀』が秘めし超攻撃力付加値にも言及し、前述の通りモンドを卒倒させかけることになる。


 その後、仲間達を交えた刀談義が夕食まで続いたが、結局は結論など出よう筈もない。そしてシアとモンドは後々まで定期的に、考察と推察を散々っぱら行う羽目になるのだが、この時のことは十年二十年の長き時を経て刀の更なる機能向上に役立つこととなる。とはいえ、今はまだ礎の段階に留まっていた。


 兎にも角にも、本日この時、ハークの新しき刀、蘇りし斬魔刀改め『天青の太刀』は、その真なる産声を高らかに上げたのである。




   ◇ ◇ ◇




 時は流れ三カ月後、世は動乱の気配を放ちながらも、表向きの安寧を保ちつつ日々を重ねていた。

 暦上の新年を経過して一カ月に達したオルレオンの街は平和な日常そのものである。昨夜降ったドカ雪にてどこもかしこも白く染まる中、寒さに強い獣人たちは朝から元気一杯だ。


 彼らを含め、奇妙な反りを持った武器を背や腰に括り付けた人物の数は多い。一様に向かう先は冒険者ギルドの建物である。

 他の都市部であれば、早朝に多くの人物が冒険者ギルドに詰めかけるのは珍しくもない。

 ただ、壁の無いオルレオンに限っては、ギルドへの早朝出勤はむしろ数少ないほうであった。

 それが、三カ月前のある日を境に、もはや風物詩と化しつつあるのはある少年のせいであり、活躍のお陰でもあった。


 その張本人が、えらく着膨れした格好で従魔二体を引き連れてギルド建物奥の寄宿舎から外に出てくる。

 今日も賑やかな一日が始まろうとしていた。




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