312 第20話11:天のごとく




「やったやった、やりましたぞォオ!!」


「うわっ!?」


 シアに続いて部屋に飛び込んできたモンドの感極まったような大声と、驚いて目を醒ましたヴィラデルの悲鳴はほとんど同時だった。


「「成功ですかっ!?」」


 まるで我がことのように必死な形相のアルティナとリィズが席を蹴っ立てて訊くが、シアは冷静に至極当然な言葉で返した。


「それを判断するのはハークさ! けど、あたしとモンド爺ちゃんにとってはこの上ない自信作、そして成功作だよ! さぁっ!」


 促され、モンドが前に出る。その手には、老人には余る大太刀が鞘に納められ握られていた。


「おお……」


 恭しく差し出されたそれをハークは受け取る。

 所々細かい意匠は変わっていたが、鞘に包まれたその姿は間違いなく斬魔刀だった。


 事前に多少は予測もしていたものだが、比較にならぬほどに、この時のハークの心は感激に溢れていた。

 思わず鞘から抜き出してやりたい衝動に駆られる。

 しかし、この場は単なる会議室の一室であるのだ。武器を抜くような場でも、充分な広さでもない。


「庭に出よう」


 すぐさま全員が、ハークの言葉に従った。





 オルレオン城の中庭に着いた途端、待ち切れぬかのように第一声を発したのはヴィラデルであった。


「さ、早く! 勿体つけてないでサ!」


「ふ。分かっておるよ」


 苦笑しつつ、ハークは存外緊張しつつも左手の親指で鍔を押し、カキリッ、と鯉口を切った。

 そして一気に引き抜く。しゃらりと涼しげな音が周囲に漏れた。


 引き上げてかざすと、周囲から「おお~!」という大合唱が聞こえる。その姿は、一瞬、丁度一週間前に砕かれた斬魔刀そのものようにも見えた。

 特に、刃紋などそのままだ。が。


「んん? 何か、色が……?」


「どこか、蒼い、ですかね」


「きらきら、しています、か?」


「いえ、コレ、なんか透き通ってないかしら……?」


 各々が抱いた感想を、一歩引いた形になっていたフーゲインがまとめる。


「おお、なんだそりゃ。なんつーか不思議な感じだな。一見、今まで通りの刃にも見えるがよ、角度を変えるとガラスか宝石みてえに透き通ったり、色が蒼く光ったりしてンな」


「ホッホッホ、面白いじゃろう。恐らく『空龍の牙』を素材に加えた結果じゃろうのう。文献によると、つるぎの姿へと変化した『空龍の牙』も角度によってはこのように透けて視えていたらしいわい」


「へェ、そういえば確かにアタシもそう聞いた記憶はあるのだけれど、……実際見てみると、なんかモロそうに感じちゃうワねェ。ねぇ、ハーク、アナタもそう思わない?」


 確かにヴィラデルの言う通り透ける構造から想像できる素材は鋭かろうとも、どれも壊れ易きものばかりだ。シアとモンドが太鼓判を押す限り問題などないのであろうが、疑い無く信じていると言い切れるとまでは言えなかった。


 答えを窮していた訳でもなかったが、ハークよりも先にシアが嬉々として発言する。


「その言葉、待ってたよ! ハーク、そのままちょっと貸して! 今からこのコのとんっでもない強靭さを証明するよ!」


 勢いに押されたハークから新しき斬魔刀を受け取ると、シアは「少し離れてて」と言って自分から距離を取っていく。そこに、モンドがシア愛用のハンマーを抱えてきた。

 まさか、とハークを含めた誰もが思った瞬間、自身の大槌を受け取ったシアはモンドが離れたところを見計らって、完成したばかりの大太刀を天空へと放り投げる。


「え……?」


「ちょっ……」


「何を……!?」


 止める間もなく振り被るシア。


「『剛っ撃』ぃい!」


 ガッキイイイイィイイイイイン!!


 そしてさらにスキルまで使って放たれた豪打が復活したばかりの斬魔刀を痛烈に打ち据えて、再度の天空へと撥ね上げていた。

 無茶苦茶な行為である。復帰したばかりであるせっかくの大太刀を、瞬時に廃品へと追い遣ろうとするつもりであろうか。

 しかも、ハークのエルフたる特別製の瞳には、細部においての全てを捉えてもいた。振られたシアのハンマーが、よりにもよって大太刀の最も折れやすい位置である峰のド真ん中を、完全に横合いから叩き上げていたのである。


 ぐるんぐるんと回転しつつ蒼き刀身の大太刀は緩く放物線を描いて誰もいない大地へと突き刺さった。

 恐る恐るといった感じでシアとモンドを除いた全員が実にゆっくりとした足取りで集まる。


「折れて、おりませんね……」


 アルティナが、信じられないといった風情で呟く。彼女の言う通り、破損のたぐいは視えない。

 同時にリィズもまじまじと刃を見つめて言った。


「私の眼には傷も歪みも視えません。ハーク殿、どうですか?」


「うむ」


 ハークは良く晴れた天空へ向く柄を手に取り、深く突き刺さった大地より蒼き斬魔刀を開放した。

 そして刃を掲げ、空に透かしてみる。


「不思議だ。本当に小さな傷一つすら確認できん」


 透過できて見えるというのはある意味もっともそういったものを確認し易い筈である。


「でしょ!?」


「何度か、これを?」


 強度確認は必要だが、やり慣れているがゆえの自信がシアとモンドの二人からは垣間見えていた。予想通り二人が肯く。


「実はの、工房で何度か試してみたよ。ここまで派手なのは初めてじゃがな」


「成程」


 その言葉を受けてハークはもう一度刀身に視線を走らせたが、やはり細かなへこみすらも視えない。ただし、別のものは発見した。


〈何か、薄い魔力のようなものが刀身、……いいや、刀全体を膜のように覆い包んでいる?〉


 刀身と同色でもあったために遠目からでは気づかなかった。ハークの『精霊視』には、それがまるで循環するかのように刀の全体を巡っているようにも見える。


〈そうか、これは……!〉


 ハークは突然理解した。


 全ての物体は生まれ落ちてすぐに壊れ始める。その速度は実に緩やかなものだが確実である。風化と言い換えてもいい。

 滅せぬもののあるべきか、とはそういう意味でもある。全ての物はいつかは壊れる。早いか遅いかの違いでしかない。


 しかし、それがもし定期的に保守されるならどうか。


 どんなに硬かろうがどんなに粘り強かろうが、いつか細かな傷というものはつく。それが積み重なっていつか致命的な傷となる。が、どんな小さな傷すらもついた瞬間に即修復されるとなればどうなるか。

 結果、ヒトの眼には破壊不可能なる物体に映るのだ。


「正に前評判通りネ! けど、それだけじゃあないんでしょ、シア!?」


「モチロンだよ! さっ、ハーク!」


 ヴィラデルに急かされる形で、今度は斬れ味を試してみてくれとばかりにシアが両手に木材を抱えてきた。ハークは虎丸に顔を向けた。


「虎丸、頼む」


「ガウッ」


 了解、とばかりに虎丸が吠えた。




 両前脚の間と、口の中に咥えられるだけ木材を詰めた虎丸が中庭の中心付近にやや主と間を取って対峙している。

 中庭は特に閉鎖された空間でもない。城の中で忙しそうに働く人々も、幾人か手と足を止めて見物人となっていた。


「よし。やってくれ、虎丸」


 ハークの合図で、虎丸は無数なる薪に適した木材を放る。自分の周囲を包むように降りてきた木材に、ハークは流れるような剣閃を奔らせた。

 無機質な並びを、彼は右から左、逆側へ斜めに斬り上げ、最後またも右から左へと一筆書きのように二等分断していく。


 美しく割られたそれら全てが軽やかな音を立てて大地へと落ちると、遠巻きの見物人たちからも歓声と小さな拍手が上がった。


「……ど、どうかな、ハーク?」


 少し緊張した面持ちのシアが一歩前に出つつ言葉を発した。

 答えはすぐ出る筈、ハークは打てば響く対応が常であるからだ。だが、そのことを良く知っている仲間達の予想は外れ、ハークは呆けたような顔でたった今己が振るったばかりの大太刀を見つめていた。


 不安になったシアが、さらに言葉を重ねる。


「どうしたんだい? どこか違和感でも……?」


「いや、違和感などない……」


 そう、違和感などない。

 いや、違和感が無さ過ぎてそれが・・・違和感なのだ。


 まるで生まれた時点から自分にくっついていたかのような。

 懐かしい気分だった。

 久しぶり会った半身。それでいて、自らの肉体の一部であるような。


 握る手から伝わる感触は斬魔刀そのものだった。斬魔刀以外の何物でもない。

 しかし、それを超えるもの。


〈そうか。お前も生き返った、いや、転生したのだな〉


 そう、『転』じて『生』を得たのである。自分と同じように。

 すとんと、胸に落ちた気がした。


「有り難う、シア。モンド。素晴らしき刀だ!」


 ハークの一言で、全員が「わぁっ」と盛り上がった。シアは両手を上に突き上げ、モンドは手を叩いて泣き笑いの表情となる。多くの者が彼らに祝福の声を浴びせるのが一段落した頃、リィズが問題を提起した。


「ハーク殿! 新しきこの大太刀の名はいかがしますか!?」


 勢いの良さと熱さを含んだ彼女の言葉によって、瞬間的に脳裏へ呼び起こされた名が幾つかあるが、ハークはもう少し熟考する意を語る。


「ふうむ。蘇った斬魔刀、であるとして『新・斬魔刀』や『真・斬魔刀』も良いかもしれんが、今少し考えたいものだ」


「『龍の牙』を使用した『刀』ということで、『龍牙刀』、というのはどうでしょう!?」


「ふむ、悪くはないな」


 しかし、もうちょっと捻りを効かせたい気もする。そんなことまで考えていた時、アルティナが未だに抜き身でハークが手に持ったままである大太刀の刀身をまじまじと視て、感慨深げに語った。


「何と言うか、本当に美しい刀身ですね……。空を愛する龍の牙を素材に使用したからでしょうか? 本当に晴れ渡った空の色。角度によってはまるで宝石ですね……、天青石、……まるでセレスタイトかのようです」


「ん? アルティナ、何だって?」


「セレスタイトです。淡い青色の美しい宝石なんですよ」


「ほう。……その前は、何と言った?」


「えっと、どれのことでしょう?」


「まるでセレスタイトかのよう、といった前だよ」


「ああ、天青石です。セレスタイトの別名のことです」


「ほう」


 直後、ハークの頭に浮かぶ名があった。

 ホンの少し掲げる高さを変え、太陽に透かすようにして心の中でその名を呼ぶと、嬉しげに応える声さえ聞こえた気がした。


「決めた! こやつの新しき名は、復活した斬魔刀改め、『天青の太刀』とする!」


 ハークがその言葉を発した瞬間、蒼天から陽光を受けた美しき大太刀の刀身が光を放った。己の名を証明するかのごとくに。

 仲間達全員が、おおっ、と声を上げた。

 が、彼らの驚きはここからだった。特に生みの親たる彼女には。


「シア! 試し斬りに行くぞ! 付き合ってくれ!」


 名を呼ばれた彼女に抗える提案の筈はなく、二人は程無くして虎丸の背に運ばれオルレオンの街から飛び出していた。




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