314 幕間⑲ 世にも恐ろしきガールズトーク
ドラゴンは基本的に睡眠というものが必須ではない。
しかし、長き悠久の時を殺されぬ限りは生きるとあって、無為な時間の消費を睡眠で補う個体は数多い。
アレクサンドリア=ルクソールもそんな最古龍の一柱であった。
ただし、彼女の眠りは浅い。微睡みながらも半ば覚醒しているとでも表現するのが最も近しいものである。
意識は休ませながらも鋭敏な超感覚の八割方が活動状態となっていた。
その一つにひっかかった物体がある。彼女は急速に覚醒し、使える全てで即座に詳細を精査した。
アレクサンドリアの眼が見開かれる。その瞳の奥、彼女だけが視ることのできる『
アレクサンドリアが視線を上げる。凄まじい速度で接近していたそれは、上空で雄々しく翼を広げ急停止し、ゆったりと下降を始めるのだった。
その身体は己に比べると随分と小さく、そして細い。全長など、自分の半分程度しかない。が、秘めたる戦力は、龍族でも一二を争うアレクサンドリアをして決して侮れるような存在ではなかった。
『えらく急な客が訪れたものよのう、ガナハ』
アレクサンドリアは自身の眼前へと着陸した存在の名を呼ぶ。
『あはは……、突然迷惑だった、よね?』
首を横に振るアレクサンドリア。
『いいや、……むしろ歓迎しよう。だが、ガナハよ。先に
『そうだよね。ボクもそう思うんだけど……、まだ
『……相当に立て込んだ事情を抱えてきたようだのう。妾に何をして欲しい?』
「えっ!?」、とでも声を発しそうなほどに驚きを素直に表情へと転換するガナハを視て、アレクサンドリアは即座にその内面を看破する。大方、余りの物分かりと察しの良さに、話を持ちこんだ本元でありながら、驚き呆けてしまったのだろう。
『あのな……、妾とて伊達に歳ばかり喰っている訳ではないわ。ガナハほどの力を持った最古龍がわざわざ同格のもとを訪れ、しかも、
『そっかぁ! さっすがアレクサンドリアだね! ……はぁ、考えが足りないのはボクだけかぁ……』
『得手不得手というものがある。逆に妾にはガナハほどの速度で飛行するなど適わん。それに、察しが良過ぎるというのも存外楽しくないぞ』
『そうなの?』
『まぁな。さっ、そんなことよりも、妾に頼みたいことを話せ。その後、詳細を話して貰うぞ』
『分かったよ。まずはこの場にキール、アズハ、そしてヴァージニアを呼び出して欲しいんだ』
『選出者の理由は?』
『背後に庇護者がいないコト、……かな』
『ほう、……成程な。ヴァージニアには息子もいるが、彼がそうそう不覚を取ることなどない、と判断してのことか。だが、ダコタがおらんな。何故だ?』
『ボクに、エルザルド爺ちゃんが死んだことを伝えたのが彼だから』
『そういえばそんなことをダコタ自身も言っておったな。ガルダイアでもあるまいし、わざわざ自白するような真似をして尻尾を簡単に曝すタマでもなさそうだが……。まぁ、初っ端から下手な賭けを行ってもつまらぬか』
『ウン、そゆこと』
『分かった。ただ一つ、まずは教えよ。エルザルドは本当に死んだのか?』
『うん……』
『……そうか』
アレクサンドリアの脳裏に過去のエルザルド=リーグニット=シュテンドルフの姿が次々と浮かんでいく。悼ましい想いが様々な感情と共に湧き上がるが、それらを全て頭の片隅へと追いやり、今はすべきことに意識を傾けた。
『では各自呼び出していくとしよう。妾の言葉ならば、あの『面倒くさがり屋』も逆らうまい。おっとそうだ、この場にお主がいることは伏せておいた方が良いな。この後の話も、直接回線を続け、
ガナハが肯くのを見て、アレクサンドリアは自身と同等の経験と知識を持つ存在へと『
◇ ◇ ◇
アレクサンドリアによって招集された全員が、彼女のもとに集合したのはわずか一日後であった。ただし、呼び出された者達が全て龍族でも特に高い実力の持ち主であることを考えると、むしろ大分遅い。
上空から白銀の光を煌めかせてようやく舞い降りた一体のドラゴンに、まず浴びせかけられたのは文句だった。
『アズハ! 遅いわよ! どんだけかかってるのよ!』
『星を半周くらいしてきた。それに場所、わかりにくい』
『嘘つきなさい、そこまで離れてなかったでしょ!? 場所なんて『
責め立て続けているのは紅の体毛と鱗を持つ、龍の中でも特異な姿のドラゴンであった。名はヴァージニア=バレンシア。並び立つ紅蓮色の鱗に包まれたドラゴンより若干身体が小さく、体色傾向が似ているがためか姉妹のように視える。
アズハとは龍族間における立ち位置と実力が近いせいか、ヴァージニアと彼女は気の置けない関係だった。今だって、ムスッと黙るアズハの姿を視て悟ったように続ける。
『あ、分かった! あんまり長いこと移動してなかったもんだから、『
『う』
図星である。アズハは龍族では非常に珍しいことに、極度の方向音痴であった。
『何年移動してないのよ?』
『ええと、……二百?』
これには横で聞いていただけのアレクサンドリアも呆れて口を挟む。
『動かな過ぎじゃな。甲殻が風化してロンドニアのようになってしまうぞ』
『うん。足先とか尻尾の先とか成りかかってて驚いた。アレクサンドリア、遅くなってゴメン』
『まあ良い。わざわざ出向いて貰ったのは妾の方なのじゃからな。さっそくと本題に入らせてもらうとするかの』
『ん。アレ? キール爺は?』
アズハは白く輝く頭部をキョロキョロと見回す。事前に呼び集めると聞いていたメンバーのうち、一体の姿が見当たらなかったからだ。
『キールは今、ロンドニアの支配地域に滞在しておるらしい。そのことについても深く話す前に、まずはヴァージニアにアズハよ。ここから先しばらくは直接回線で頼む』
『了解。切り替えたわ』
『……待って、……あ、できた……かな?』
『なんで疑問形なのよ。できてるわよ』
『よかった』
『こちらでも確認した。ではまず彼女を紹介しよう』
『彼女?』
アレクサンドリアが巨大で真っ赤な右の翼を動かす。するとその中に潜む様に隠れていた空色の鱗持つドラゴンの姿が現れる。
この場に集った他の龍に比べると身体が半分くらいまで小さい。だが、姿を隠すだけで鋭敏な龍族の感覚器官を誤魔化し切れる筈もない。気配を殺すSKILLを使っていたのだろう。
『ガナハ!? 無事だったの!?』
『良かった、無事で。でもなんで隠れる? 直接回線にしたのと関係アリ?』
アズハは怠惰ではあるが察しは良い。
彼女の頭脳は優秀なのだ。龍族としても天才、とアレクサンドリアは視ている。しかし、だからこそ怠惰になった、とも感じていた。そして一方で、若い頃、非常に苦労したヴァージニアはそんなアズハが才能を眠らせたままにしておくことにやきもきしているのだ、とも。
『うむ。だが、それでも
『異議無し。アズハは?』
『動くよりもっと久しぶり。できるかな……』
『一応、酒と料理も用意しておる』
『やる。『
『早っ!? 私も』
使用することのできないガナハ以外が同じSKILLを発動させた。
すると、三体のドラゴンの身体から放たれていた魔力量がどんどん抑えられていく。同時に、みるみるうちに身を縮ませつつあった。
数瞬後、空色の鱗を持つ龍の隣には赤いドレスを着た、燃えるように真っ赤な髪と瞳を持つグラマラスな貴婦人が現れ、アズハが立っていた場所には銀髪の、何もかも色白の少女のようでありながら、出るところは出まくり引っ込むところは引っ込みまくった年齢不詳の女性が帯のような布で身体を包むような格好で出現し、最後にヴァージニアが存在していた場所からは紅の髪をなびかせたヤケに肉感的な女性が武道着のような服を着込んで現出していた。
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