309 第20話08:教えるということ②
ごくりと唾をのんだであろう音が聞こえてくる。百を超えるとなると、確かな音量だ。
私語を禁止にした憶えもないので、雑談でもしながら聞いてもらいたいものだが、さすがに無理らしい。
「まずは難易度順に説明しよう。あくまで儂の所見に基づくが、最も君らにとってとっつきやすいのはこの小太刀型であろう」
そう言ってハークは移動し、小太刀に似せて削った木剣を手に取る。
実際には片手で扱いやすいように、シンやアルティナのものに似せて柄の長さを調節しており、厳密に言えば純粋な小太刀型とは一線を画しているが。
「こいつは儂の腰元のコイツを片手で扱いやすようにしたものだ」
ハークは自身の左腰に下げた剛刀の鞘をぽんぽんと叩く。クルセルヴ戦で破損した剛刀の鞘はシアの手により既に完全修復されていた。
「一般的な君らの武装である剣と盾に通じる部分も多いことだろう。特に盾の使い方はそのままに流用可能だ。この四種の中では攻撃力付加値は低いかもしれないが、使い勝手は一番だろう。実績もあるのでな」
この実績とは、アルティナのことでもあるが、最もなのはシンの方だ。
彼は剣の才覚という一点だけで考えれば、リィズも含めて前世の弟子の数々などシンのそれを超える者は数多い。にもかかわらず、彼は努力と信念と適性でもってハークの予測すら超えて実力を伸ばしていき、遂には完全に自身のものとしてしまった。
彼は、ハークとはまた違った形で己の剣技を確立させていく、そう確信できるからこその『免許皆伝』なのだ。
「では次だ」
ハークは小太刀型の木剣を元の場所に置き、新たに剛刀型、ハークとしては見慣れた木刀型のそれを手に取る。
「見て解る通り、儂の腰元のものと同型だ。儂にとってはこの型が最も馴染み深い。言わば一般型かな。それだけに指導もしやすいことだろう。儂の技術の全てがこの型に詰まっていると言っても過言ではない。儂の技の数々は、全てこの型で培ったものの派生なのだからな」
ここまで言って、ようやく「おお~」という声を幾人かから絞り出すことに成功していた。
次いで、先と同じ流れで大太刀型を手に取る。
一瞬、斬魔刀のことが反射的に思い出された。
現在、『斬魔刀再誕計画』は小休止中である。正確に言えば材料の入荷待ち状態だ。シアが詰めの段階であるとして、入念な準備を少しずつ進めてくれている。
モンドは家族と共に行動中だ。孫が絶賛ブンむくれ中でご機嫌を回復せねばいかんらしい。泣く子にゃ勝てぬ。
ただ、本来は家族そろって帰路に旅立つ日程でもあったらしい。今回の事態により一週間ほどその予定を先延ばしとしたようだ。宿も取り直している。
そう聞くと、ハークとしては恐縮と共に感謝しかないが、モンドと彼の家族としては渡りに船だとも言っていた。こちらに気を遣っての発言かと思ったが、どうやらそれだけでもなかったようだ。
実は、王都にある支店をこちらに移す計画があるらしい。
現在、王都の状況は日に日に悪くなっており、ヒトの流出が止まらない状況にあるのだそうである。
子供の教育にも悪いので、どうしようかと考えていたところ、今回、初めてオルレオンに訪れてその活気と発展の速度に驚いたらしい。
治安や経済状態も良好。孫も亜人種族に対し偏見を持つ前であるため、只今、良物件を探索がてらの観光中であるとのことだ。事がこのまま進めば古都ソーディアンに続き、この地にも刀の生産が開始されることとなるだろう。
そうなれば、眼の前で熱心にハークの言葉に耳を傾けている者達にも現物に手が届きやすくなるに違いなかった。
「さて、次と行こうか」
まるで合いの手のように歓声に似た声が上がった。
先の一般型を説明した後にハークが上げさせた声と同数以上である。彼としては苦笑するしかなかった。
「先に言っておく。この大太刀型が最も習得難易度という点で高い。また、儂のパーティーや知り合いにも使っている者がいるので良く知っているのだが、他の大型武器などと一緒に考えてはいけない。例えば大剣だ。大剣は幅広な刀身で自身の身体を覆うように防御手段として使えるが、見て解る通り刀の刀身は狭い。しっかりとした受けと
半分以上が注意喚起のような説明になってしまった。若干、言い過ぎたかもとも思いつつ、ハークは最後の説明へと移る。
「最後はこの、長巻型だ。諸君らの敬愛する姫、リィズ嬢がこの型を使用しているから、この型を選択した者も多いのではないかね?」
ハークのこの言葉で複数の照れたような笑いが聞こえる。図星、というヤツだったのだろう。
無論、リィズとアルティナがいる状況ではこんな話など出来る訳が無い。彼女達は二クラスある内の今回とは別クラスである。
ハークは算術科と歴史科の授業のどちらかを欠席し、交互に一日一回、戦士科の授業を受け持つことにしていた。つまり、明日は彼女達の所属するクラスである。
「まぁ、そういった考えで選ぶのも構わない。使ってみればその内分かると思うのだが、この武器の習得難易度も大太刀型とそう変わらない。ただ、リィズ嬢のように肉体の柔軟さがないと、習得難易度はさらに跳ね上がる。これを肝に銘じてくれ」
ハークが話し終わると場が再び騒がしくなる。それが収まるのを待たずに彼は話を再開する。
「さて、今のところ儂からはこれぐらいだ。ここから、……そうだな、十分くらいの時間を取る。相談するなどして再度決めてくれ。勿論、儂への質問も受け付ける」
そう言った十分後、生徒たちが選んだ武器型選択は結局、小太刀型がほんの少し増えた程度で、圧倒的な人気が大太刀型に集中するのは変わりがなかった。
ハークは久方ぶりに、教えるということの難しさを痛感したのである。
◇ ◇ ◇
数日がさらに経過し、レベル四十五の強個体タラスク討伐の決行日となった。
メンバーは事前に決められた通り、依頼を受けたモログに依頼元のワレンシュタイン領領主ランバート、同行を願われたハークにその従魔、虎丸と日毬、最後に希望して参加したフーゲインにヴィラデルであった。占めて五人と二体である。
オルレオンの街を出発して一時間足らず。
既に一行はワレンシュタイン領南部に広がる広大な湿地帯の奥深くに到達していた。
ぬかるみを極力避けて疾走する虎丸の背には三人ほどの姿があった。
ヴィラデル、フーゲイン、そしてランバート。
ハークはどこにいるか、というと、上空を飛行する日毬に吊られていた。
そのせいで、虎丸は今現在すこぶる機嫌が悪い。
「すまんなぁ、虎丸殿」
『……いや、別に』
ランバートの何度目かの謝罪に念話で返すだけマシな方だ。
『良い加減、機嫌を直してくれ虎丸。さすがに四人も乗れんよ。お主も納得してくれたであろうに』
ハークのこの言葉は嘘ではないが、正確な表現ではない。
虎丸は実際に四人の人間種を乗せて疾走したことがある。あのトゥケイオス防衛戦、最初の攻防の折、主たるハークは勿論のこと、シア、アルティナ、リィズを背に負い、市民達の救援に向かったのだ。さらにロズフォッグ家当主ドナテロが率いるトゥケイオス防衛隊に加え、逃げ惑う市民達の頭上を四人を乗せたまま全て飛び越えるという離れ業も成し遂げている。
それはつまり、最も体重的に軽いハークが虎丸の上に加わろうとも、疾走に全く問題など無いことを示していた。
しかし、フル装備であるランバートの着用する鎧は分厚い。さらに携行武器は大盾と、先に刃のついたランスの二種があるが、そのどちらもが人一人分に近いほどに巨大さがある。
とてもではないが、四人まとめてが騎乗するにはスペースが足りないのだ。
そこで、最も体重の軽いハークが飛行形態となった日毬に吊り下げられる形で運ばれているのである。そういう意味で、ランバートは虎丸に謝罪を続けていた。
当初、精霊種に成りたての日毬は飛行形態となると力を示す攻撃力の値が異様に低くなってしまう関係で、ハーク一人を持ち上げるのも一苦労であり、飛行速度にも大きく影響が出てしまっていたが、二度のレベルアップによってこれも大分緩和されていた。
『もー良いッス。機嫌直ったッス』
『そうは思えぬのだがなぁ』
念話は心の声を相手に伝えるに近いスキルだ。よって、中々に本心を隠し通すのは難しい。虎丸から聞こえてくる声音には明らかに拗ねているような響きがある。
『まぁまぁ。それにしても全力疾走ってワケじゃあなくて、流しているだけだとしたって、虎丸ちゃん相手に楽々並走できるなんて、どんだけって思うわネ』
『まったくだ』
珍しく、ヴィラデルが空気を読んだ発言をして、会話の流れを少しだけ変えてくれる。
即座に話に乗るハークだったが、その感想に噓偽りはなかった。
モログはたった一人、自身の脚で駆け、並ぶ形で虎丸と同等の疾走速度を未だ保っているのであった。
ハークからすればとんでもないことだ。以前、虎丸自身からモログのステイタスは速度能力以外全てに於いて自分に勝っていると聞いたことがあるが、その速度能力もコレが最高速でないとしたら、あまり大差ないものなのかも知れない。
「おお~~い! ハーク、そろそろそっちは見えてきたんじゃあねぇかぁ~~~!?」
そんなことを考えていたら、下からランバートの声がかかった。
ハークは空を飛ぶ日毬に連れられているから見通しが効く。
彼は前方から右に左にと視線を巡らせたが、転々とする沼地以外に、前方に山ぐらいしか発見できなかった。
「まだだ! 前方に山くらいしか見えん!」
「その山が目標のタラスクだ!」
「何!?」
その山が、一瞬
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