307 第20話06:計画談義②




「親父、そう自慢気に言うモンじゃあないぞ」


「あ!? そうなのか!?」


「ええ、確か公表されているのよネ」


「その通りじゃい。ヴィラデルディーチェちゃんはさすがに物知りじゃのう」


 モンドはすぐ近くに置いてあった分厚い辞書かのような本を抱えてくると、会議机の上に置いた。ホンのわずかに埃が舞う。


「ジャック=ドレイヴン著、龍研究の成果、その二?」


 眼の良いハークが背表紙を読み上げる。


「ここんトコロだね」


 次いでシアが、ハーク達に向けて栞の挟んだ箇所を開き、ある一点を指で示す。


「何々……? 高密度の魔晶石を砕いて粉末に、触媒とする。ンで、そこに毒素の強い魔物の血液を混ぜ込む。これらだけだと強すぎるので、緩衝材としてタラスクの、……未熟甲殻? を使用する。だってサ」


 今度はヴィラデルが、特に席から乗り出すワケでもなく一文を要約して読み上げてみせた。ただ、ごく一部に分からぬ記述があったらしく、そこだけ疑問を呈するような形になっていた。

 その疑問への答えを持っていたのは、ランバートであった。


「タラスクの未熟甲殻ってなァ、高レベルの巨大タラスクの体内奥深くにある、生産されて間もない甲殻のことだな。固まり切ってねえから加工に便利だ。俺の盾にも使われているぜ」


「ほう、ランバート殿のか」


 ハークが感心したかのように言う。

 丁度二週間ほど前、帝国の秘密戦力であろう『キカイヘイ』なる者たちと、モンドとロッシュ以外のここに居るメンバーは激戦を繰り広げた際、『キカイヘイ』の攻撃を唯一まともに受け返せたのは、結局ランバートの使う大盾のみであった。他の者は全員、ダメージを受けるか躱したか、受け流したに過ぎない。


「ふゥン……、触媒、とわざわざ書いてあるってことは、この後魔力を籠めるってことなんでしょうね。それで『魔法的』処理か……」


 シアが肯き答える。


「そうみたいだね。モンド爺ちゃんの発案で裏取りも行ったんだけど、九つ中八つ同じ記載を見つけたよ」


「それは凄いな。大した手間であっただろうに」


「ホッホッホ……、まぁホントは、二桁はいきたかったところなんじゃがのう」


 モンドがこめかみをポリポリと掻きながら照れくさそう言った。


「九つ中八つも見つければもう充分デショ。それだけあればこの記述の正しさをある程度は証明できた、と言っても過言ではないワ。念の為に聞くけど、一つだけ別の記述があったというのは、どういう感じのものだったの?」


「タラスクの未熟甲殻の記載部分に違いがあってのう。リバーサーペントの尾びれだとか、キメラの皮下脂肪だとか、とにかく山ほど色々なものを使えと書いてあったかの」


「ああ、ナルホド。それって他の八つより著作された年代がかなり古かったりしたでしょ?」


「ん? おお、そうじゃったのう! 確か百年は開きがあったかの!」


「ならきっと、緩衝材に適した素材がまだ発見されていなかったのね。そうなるとコレ、魔法学的知識だけでなく、他の分野の学問知識も混ざってるワね」


「そうなのか?」


 学問知識と聞いて、ハークが反応を示す。


「ええ、薬学か化学ばけがくか。ま、どっちにしても簡単なものでしょうけど。それはさておき、毒素の強い魔物の血液っていうのはヒュドラのもので良いのでしょうね」


「む? 言われてみればそうか」


僥倖ぎょうこうよネ。必要な素材も全てこの付近で狩り取ることができるワよ。ヒュドラもタラスクも、この地のモンスターでしょ? どっちからイく?」


「ふうむ」


 既にハーク達はどちらも討伐経験済みである。

 特にヒュドラは二体もだ。どちらも古都ソーディアンから辺境領ワレンシュタインへの途上で。だが、一体目は既に全ての素材をまとめて売却処分済みであり、二体目は日毬の『岩山流落圧殺マウンテンフォール・プレッシャー』によって完膚なきまでぺしゃんこにされてしまっていた。


 一方のタラスクも、その巨大さと堅牢さの前に多少の苦戦を強いられるかと思った矢先、シアの開発した新武器によって、結局は難無く討伐に成功している。ただし、直後に現れた空龍ことガナハ=フサキの『龍魔咆哮ブレス』によって、何がどの部位であるかも不明なほどに粉砕されてしまった。


 結論として、どちらももう一度討伐する必要があるのだ。

 が、それをロッシュが止める。


「ヒュドラに関してだが、そちらはウチの軍部より提供させてもらおう。ヒュドラに対しての討伐依頼は多い。二~三日待てば手に入ろう」


「よろしいのか?」


「うむ、構わんさ。ハーク殿には常日頃からお世話になっている。これくらいは提供させてくれ」


「ありがたい。恩に着る。何と言うか……、本日はいただくばかり、だな」


 ハークが些か感慨深げに言う。最初に答えを返したのはモンドであった。


「何を申されるか。旦那が今の今まで振り撒いてきたものが実を結んだのよ。これを結実と言わんでなんとしますか。大体、これでも一部で過ぎませぬわい」


「そうだよ、ハーク。まだまださ! せめて恩の半分くらいまでは返させてもらわないと、離れさせてもらうワケにはいかないからねっ!」


「私もですよ、ハーク様!」


「自分も同じくです! ハーク殿!」


「ガウッ!」


「きゅんっ!」


 シアに続いて仲間達の言葉が次々と重ねられていく。これほどまでに直接的な言葉で自身の行いを肯定されたことのなかったハークは、実は内心で戸惑っていた。

 そんなハークを、瞬時にいつも通りの彼に引き戻させてくれたのは、これまたいつも通りなヴィラデルの遠慮会釈無い一言であった。


「アラまぁ、アンタたちまるで嫁入り前の一言みたいじゃない。それくらいにしときなさいな」


 まるで音がするかのように三人の娘が顔を紅潮させる。同時にランバートとフーゲインまで目を吊り上げて別の意味で赤い顔となりかけるが、さらにヴィラデルが追加発言した一言で、そんな雰囲気も雲散霧消する。


「まーったく上手くやったモンよネェ。貯まりに貯まったその貸しとやらを、アタシにも分けて欲しいくらいだワ」


 冗談としても出来の悪い憎まれ口に、ハークもついつい苦笑を見せた。


「フッ、貴様に分けるくらいなら、今日中に使い切る方法を考えたほうがマシだ」


「まっ、そうでしょうネ。フフッ、アナタはそういう態度の方がお似合いヨ」


「だろうな。自覚しとるよ。……ん? ひょっとすると、貴様までこの際とばかりに借りを返したつもりか?」


「さぁて、ネ。そう考えてくれると、アタシとしても嬉しいワ」


 ニヤリと視線を通わせて笑い合う二人。

 存外に人心地ついたような形になり、ハークがすっかりいつもの調子を取り戻したのを見計らったのか、ロッシュが再度口を開いた。


「さて、話を続けさせてもらって良いかね?」


「おお、済まぬ、続けてくれ」


 ハークが頷くと、ロッシュも頷き返す。


「うむ。ではヒュドラの血液はそれで良いとして、次はタラスクとなるワケだが……、これに関しても半分は我々に任せてもらえるとありがたい」


 ロッシュの言葉に、この場にいたほとんどの人間が驚きを示す。


 頻繁に移動を繰り返すがために自らの縄張り外へと出ることの多いヒュドラと違って、タラスクは反対にあまり移動すること自体が少なく、自身の縄張りを超えて移動することは稀である。

 そういう意味では大人しいモンスター、などと表現してもいい。無論、戦うことになれば凶悪無比極まりない相手であるが、移動自体が少ないということは防衛を主とするワレンシュタイン軍が戦う必要のある場面も少ない筈だった。


 ただ、彼の言葉には気になる単語が含まれていた。


「半分?」


「ああ、前々から我らを悩ませていた強個体がいてな。レベル四十五のタラスクだ」


「レベル四十五の!? もしかして沼地のヌシのことですか!? 兄上!」


「憶えていたか、リィズ。その通りだよ」


「沼地のヌシ? そんなのがいるのか」


「うむ。ハーク殿、このワレンシュタイン領南部には広大な湿地帯が広がっている。その先には塩湖が存在し、資源としても交通の便としても有益だ。なので本当のところならば開発を急ぎたいところなのだが、それを妨げていたのがこのヌシである強個体モンスターなのだよ」


「同じようなことを前にベルサ殿から聞いたよ。ヌシ云々は今初めて聞いたが」


 ここで捕捉のためかランバートも話に加わる。


「俺と同レベルさ。なんで、俺がブッ倒しちまえば、問題は無ぇんだがよォ。が、息子に止められちまってな」


「今は時期が悪い。親父が万が一大怪我を負ったりすれば、このワレンシュタイン領はおろかモーデル王国全体にとっても危うい結果になる。もし、その時を狙って帝国に事を起こされたら甚大な危機に陥りかねん。アンタだって納得しただろう」


「まぁな。だがハーク、お前さんがもたらしてくれた情報のお陰で、この問題を先送りしっ放し、というワケにもいかなくなってきやがったのさ」


「む? それはもしや」


「ああ。帝国がもしかしたら『超高レベルモンスターを操れる』かも知れない、という情報さ」


 ハークは約一週間前、空龍ガナハ=フサキと知り合ったことをキッカケに、己と虎丸、そしてエルザルドの間だけで共有していた情報のほとんどを仲間たちにも伝えていた。

 また、その中で信頼できる関係の近しい人物にも情報の幾つかを提供することを決めていた。

 それがランバートとその長子ロッシュフォードである。


 今度はそのロッシュが話を引き継ぐ。


「実に有益な情報、重ねて感謝するよ、ハーク殿。この地に帝国が攻め入ったと同時に、そのレベル四十五のタラスクを操られたらたまったモノでは無い。古都ソーディアンさえ『龍魔咆哮ブレス』一発で消滅せしめたかもしれんというドラゴンを不完全とはいえ操って暴れさせたというのなら……」


「そうか。意のままに完全に操れたとしても、不思議ではない、な」


「ちょっと待って。事情は至極納得できるものだったけれど、虎丸ちゃんや日毬ちゃんがいるとはいえ、今のハークにそれを依頼するっていうの!? 斬魔刀の無いハークに!」


 意外なことに苦言を呈したのはハークの横に座るヴィラデルであった。

 確かに彼女の言う通りである。虎丸と日毬の協力があれば、レベル四十五のタラスクであろうともやってやれなくはないが、斬魔刀の無い今のハークには決定打がほとんど無い。勝算は低いと換算せざるを得ないのだ。


 が、ランバートが大きく手を振った。


「いいや、依頼するのはハークに、じゃあねえ。依頼をしたのは今年度『特別武技戦技大会』での優勝をハークと分け合ったモログだ! ヤツはどういうワケか、サポート要員としてハークを指名してきたんだ」


 この言葉で、ハークは昨夜遅くにモログが「すぐに俺の本気を見せられる機会がある」と語った真意を悟った。




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