304 第20話03:器②




 無言のハークの目前で、モログは兜の留め具らしきものを次々と外していく。一つ一つがバチン、バチンと音が鳴り、かなり厳重だ。戦闘中に勝手に外れたりするどころか、ズレることさえ許さない作りとなっているのだろう。


 十を超える解錠音が響いた後、兜はぱかりと前後に割れた。

 このような外し方をする兜をハークは初めて見た。もはや被る脱ぐの話ではない。


 しかし奇妙な点はもう一つあった。兜の左右についていた角二本がそのまま・・・・なのである。

 無論、角だけが外し忘れなのではない。側頭部から生えていたのだ。彼の頭部を包む、短く刈り上げられた赤い頭髪を貫くような形で。


「貴殿、鬼族であったのか」


「いいや、違うッ」


 即座に否定したモログがようやくそこで顔を上げた。眼と眼が合う。その眼が、一種異様だった。瞳の虹彩の割合が大きすぎる。いわゆる白目の部分がほとんど見えず、お陰でつぶらな瞳に感じてしまう。

 黒目がちと言えば良いのか。ただし、その瞳の色は髪と同じ紅だ。


「俺はッ、ミノタウロスハーフなんだッ」


美濃田浦須みのうたうらす? もしかしてそれは……?」


「ああッ、いわゆるオーガキッズというヤツだッ」


 久しぶりにその言葉を聞いた。

 この世界にも差別はある。残念なことに。

 しかし前世と違う点もある。前世では、差別を受けていたのは基本的に弱者であった。

 今世では、どうも明らかな強者ですら差別の対象に上るらしい。

 産まれの違いという、実にくだらないものによって。


 ハークの良く知る者では、シアがこのオーガキッズに該当する。身体が大き過ぎるということらしい。ヒト族にとって、種族間の交流関係がよろしくない血が混ざっていると見做されるからだ。本当にくだらないとハークは思う。

 彼女もこの謂れなき差別に苦しんでいた筈だ。

 ただ、彼女は普段から明るく健やかであるがために、中々そういった影を感じられずにいてしまうのだが。


 ここでハークは気がついた。瞳や巨大な角にばかり注視してしまっていたが、そこから下、頭髪や瞳と同じ色の無精髭の奥には少なくも浅くもない皺が刻まれていた。


〈そういえば、フーゲインやヴィラデルが言っていたな。モログの活動期間は軽く見積もっても二十年を超えている、と。首から下の肉体から想像できなかったが、それなりに年齢を重ねているという事か〉


 今更ながらだが、思い起こせば彼の立ち居振る舞いは相応の落ち着きがあった。もしかするとランバートと肉体的な年齢は同程度なのかも知れない。


「君はウッドエルフ族だったなッ」


「うむ」


 そうらしい。


「では森都アルトリーリアの出身かッ」


「うむ」


 憶えていないが、そう聞いている。


「少しッ、自分語りをしても良いかねッ?」


 今までは確認だったが、ここから疑問形に変わる。


「勿論だ。興味があるな」


「そう言ってもらえると話し易いなッ」


 モログはフッ、と笑うと続きを話し始めた。


「俺は自分の生まれを知らんッ。西大陸であるのかッ、東大陸であるのかすらも分からんッ。物心ついたら奴隷船の中にいたのが最初の記憶だッ」


「ドレイ船?」


「知らぬかッ。人を攫いッ、商品として他国に売りつけるという鬼畜の所業を行う船だッ」


 ハークの表情が苦虫を嚙み潰したようなものに変わる。

 そういえば前世で聞いたことがあった。紅毛人どもの船はごくたまに濃い色の肌を持つ人々を商品として抱えていた、と。

 実際にハークも見たことがある。日ノ本を訪れる紅毛人のうち、いかにも身分有りげな服装をした者どもは、ほぼ例外なく彼らを己の所有物か何かのように扱っていた。


 そして、そんな紅毛人どもの代表者のような宣教師たちは、人は生まれながらにして皆平等なのです、などとうそぶく。

 片腹痛く、どの口が言うか、と思ったものである。そのくせこちらの側室制度を好色だ野蛮だなどと口汚く批判するのである。

 厚顔もここに極まれりだ。だからハークは紅毛人を結局信用することができなかったのだ。それに彼らの多くは日ノ本の人々も見下していた。無論、全員が全員ではなかったが、本気でぶった斬ってくれようかと考えたことも一度や二度ではない。


「俺ははじめ、そこで育ったッ。正確な時間は憶えていないが二~三年くらいだッ。売れなかったか敢えて残されていたのかは判らんがッ、使い勝手が良かったのかもしれんなッ。俺はとにかく成長が早く、どんどんデカくなったッ。ただ、俺はずっとその間言葉を喋れなかったッ。誰も教えてくれなかったからなッ。獣に対する扱いと同じであったッ」


 ハークの眼から視て、モログの語り方は恨み言を吐いているというよりも淡々と事実を話すのみだった。内容は聞いているハークからすれば非常に胸糞の悪いものであったが、モログ自身はとっくに割り切っているのかもしれない。

 彼は続けて話す。


「ある時ッ、船が沈んだッ。魔物に襲われたかッ、嵐にでもあったせいなのかは分からないッ。俺は普段、船倉にいたからなッ。突然、海に投げ出されたよッ。普通、絶対に死ぬ筈だがッ、俺は幸運にも生き延びッ、見知らぬ浜辺へと流れ着いたッ。そこで出会ったのがッ、俺に戦い方から生き方まで全てを教えてくれた師匠とッ、その娘さんだッ」


「……良き出会いがあったのだな」


「ああッ。その出会いが無ければ今の俺はいないッ。彼はもう戦わないがッ、その戦闘技術の一つ一つは俺の身体に根付いているッ。彼の娘さんは俺の姉代わりにもなってくれたッ。すぐに背丈は俺が追い抜いてしまったがなッ」


「家族同然、であったのだな」


 師匠と弟子にて、傍から視れば親子、そういった関係性を築く間柄というのは確かにあった。ハークは前世、どうしても構えてしまって、多くの門下を持つにもかかわらず、そういった気安い間柄とはいかなかったが。


「うむッ。彼は他国の地に住まう者であったがッ、引退前はこのモーデル王国で活動をしていたのだッ。それを聞いてッ、俺も活動の場をここに決めたッ。レオとはその頃からの付き合いだッ」


「と、なると兜は彼の提案か?」


「その通りだッ。彼はその頃まだ一介のギルド職員であったがッ、その方が絶対に良いッ、と熱烈に勧めてくれてなッ。結果的に助かったよッ。西の方はッ、自由闊達なこちらと違ってッ、そういった偏見を持つ者が多いらしくてなッ」


「……モーデルも広いからな」


「違いないッ」


 土地柄によって考え方が異なるのはよくあることだ。ハークの前世では一山越えただけのような場所でも大きな違いがあった。京の都と大坂である。距離は段違いもいいところだが、古都ソーディアンとオルレオンには前述の二都と似たような趣の違いをハークは感じていた。


 ここで、モログの話が一段落ついたのを感じたハークが、少し切り込んだ質問をしようと居ずまいを整える


「ふうむ、ところで、だ、モログ殿」


「何だねッ?」


「貴殿の正体や、今までの話を知っているのはどのくらいいる?」


「ほとんどいないなッ。具体的に言えば我が師に娘御殿ッ、レオくらいだッ。レオとてここまで深くまで事情を話したことはないッ」


 自分の質問に対するモログの返答が予想外過ぎて、ハークは眼を剥く。


「……何故、儂にそこまで……?」


「理由は多岐にわたるッ。貴殿が元々亜人種だということッ。そしてッ、俺のような存在を付き人に選んでいたということッ」


「気づいていたか」


 モログが肯く。これはシアのことを言っているのだろう。


「それで君がそういったことにまるで頓着しない人物だと分かったッ。だがッ、最も大きな要因はッ、全力の君と戦えたことだッ。あの戦いで君がとてつもなく素晴らしい心根を持つ人物だと分かったッ」


「ぬ? 決勝戦で、か?」


「その通りだッ。追い詰められればその人物の本性が見えるッ。いかに覆い隠そうとしてもなッ。だが君はッ、どんな時でも変わることなくッ、常に勝利のためッ、全力を引き出していたッ。尊敬に値するッ」


 褒められているのは分かるのだが、ハークは若干に居心地が悪い思いを感じていた。称賛を受けるのは嬉しいし気分の良いものだが、自分くらいの者なら他にもいるだろう。そう反論しようとも思ったのだが、モログの話には続きがあった。


「さらにッ、君の強さだッ! 君の強さであればッ、きっとその内ッ、俺の立つ位置にまで登ってこられるに違いないッ。いやッ、もしかすると超えられるかもしれんッ! そんな予感がするッ」


 この評価は悪くなかった。言われずとも並ぶ両雄として立ち、そしていつかは超えるつもりもある。だが一つ懸念があった。登る山の頂、それが未だに霞んでいるのだ。


「認めてもらえるのは嬉しいことだがな、儂は結局、貴殿の本当の実力を拝んだことすらない」


 これが最大の懸念であった。

 結局、先の戦いではお互いにある程度の実力を出したとはいえ、あくまでもそれなりだ。

 モログは、自身の実力に大いなる枷を嵌めていた。

 不殺ということで枷を背負っていたのはハークも同じであったが、その程度が全く違う。


 例えばハークは『断岩』を使わなかった。元々使用する隙などまるでなかったので結局は実質使用不可能という結論とはなるが、あれがもし実戦であれば選択肢として全くの無しとも言えなくなる。


 ただ、これは恐らくモログも同様であるのだ。決勝まで彼はスキルを二種しか使用しなかったが、彼の所持スキルがあれだけとはさすがに思えない。使えば簡単に対戦相手の防御能力を突破し、死に至らしめてしまう可能性が高い、と判断してのことに違いない。その上で、基本的なステイタスを落としてほとんど最後まで戦い抜いていた。言わば、両手両足に巨大な重りをはめられた状態である。これでは実際に手を合わせていたとしても、隠された真なる実力を測り得ることはさすがのハークであっても不可能だ。

 要は、どこまで行けば到達点なのかが未だに分からない状態なのである。


「大丈夫だッ。早晩ッ、いやッ、すぐに俺の本気のファイトを見せられる機会があるッ」


「何?」


 モログは任せておけとばかりに自分の胸を叩き、次いで笑った。




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