305 第20話04:牙




 シアと机を挟んで向かい合わせに手元の書物を読みこんでいたモンドは顔を上げ、目頭を揉む。


「ダメじゃな。ハズレじゃ」


 そして読んでいたものをパタンと閉じ、横の積み上げた本のタワー、その一番上にと置く。

 遅れてシアも顔を上げた。


「こっちもダメだよ。『空龍の牙』、っていう記載はあるのだけれど、それだけだ」


「そうか。残念じゃの」


 そう言いつつも、二人の間にモンドの言葉通りの雰囲気はない。既にこの地で二人が再会してから、もう何度も繰り返されたやり取りであるからだった。


 酔いもすっかり醒めたモンドは一度席を立つと腰を伸ばす。座り過ぎたためだ。休憩がてらに周囲に視線を巡らせた。


「それにしても、凄い蔵書の数じゃのう。一国の施設並みじゃぞ」


 モンドが半ば呆れ、半ば敬服するように言う。

 この世界、この国では、書物はそれほど高価な代物ではない。コピーや活版印刷に代わる魔法や法器などが存在するからである。

 それにしたって個人や一領主の持つ蔵書量としては異常な量だ。壁一面どころかヒトの背丈を軽く超える本棚二十余りが全て本に埋め尽くされていた。間違いなく千や二千どころではない。


 戦事へ常に備える辺境領伯爵家らしく、軍事に関する書物が多いが、他のジャンルに関するものもふんだんに集められていた。


 その中から、シアとモンドはとある方法が書き記された書物を見つけようとしていた。


 その方法とは、伝説の素材である『空龍の牙』を人間の武器として加工する方法。


 かつて遥かな昔、一国の姫の心とその国の未来を救うことになった一匹の龍、『空龍』。

 おとぎ話の一つとして語られる存在であるのだが、元から実在を確実視され、話の内容も幾つかの脚色が指摘されるが実際に起こった事実であるとされている。


 この、実際の出来事だと考えられているのは、おとぎ話の題名ともなった『空龍の牙』が未だ実在していると広く一般にも知れ渡っているから、というのが最大の要因であった。

 ただし、そのままの形、かつての姫が空龍から受け取った形のままではない。


 魔法的処理を施され、おとぎ話に語られる国が悠久の時の中に埋没しようとも、ヒトの振るえる剣として、そしてヒト族全体の宝として、現在まで脈々と受け継がれてきていたのである。


 所蔵する国はモーデルの南部、というよりも、古都ソーディアンから二百キロ南、国境線を挟んで今は細々と存在する黄金教エイル=ドラード教団の総本山たる法王国。

 つい三百年近く前までは拝謁料を支払うことで公開もされていたらしい。実際に使用された記録すらあったという。


 シアとモンドの二人が今現在、膨大な数の蔵書と格闘するようにして調べを進めているのは、その『魔法的処理』とやらの方法であった。


「確か……、公表されてた筈なんだよねぇ……」


「ワシもそう聞いておった。だが、まぁのう、素材が素材だけにの、普通は調べんからなァ」


 モンドの言葉に、シアはクスッと笑う。


「まず、素材が手に入る、なんて想像もしないからねえ」


「ホントじゃい。伝説級の中の伝説の素材じゃぞ? まーったくハーク殿と関わると退屈せんわい。いや、する暇なんぞないなァ」


「ははは、違いないねえ」


 二人はひとしきり笑い合う。

 また再度、意識を目下の本の内容へと移す前に、モンドが口を開く。


「どうにかして、そいつ・・・と斬魔刀を混ぜ込む気かい」


 疑問ではなく確認だった。


「ウン。そうだね」


「つまりは、一度溶かすということか」


「それだけじゃあないよ。斬魔刀は、内側がやや柔らかめな金属、外が硬質な金属で構成されてる。そいつも分割しなきゃ」


「成る程。こりゃ、難儀な作業となるのう」


 言葉ではさも大変そうに語るモンドであったが、その表情は実に楽しげであった。

 後の作業に想いを馳せながら、シアもモンドと共に視線を手元へ落とした。




 約八時間が経過し、朝が訪れ、扉の外の建物全体がにぎやかになりつつあろうとも、二人は気づかない。


 ついに見つけたからだ。


「……あったよ! コレっ、コレだ!!」


「なっ、なぬっ!?」


 モンドは席を蹴っ立て、ダッシュでシアの後方へと回る。


「龍の牙は、至近距離で放たれる『龍魔咆哮ブレス』の熱と衝撃を受けておきながらも、なお傷一つつかぬ物体である。いくら熱しようと打ち付けようとも変形することはない……」


 シアの音読と全く同じ文章に視線を走らせるモンドは何度も頷く。


「うむ、うむ! なればどうすればよい!?」


「……だからこそ、加工には魔法的処理が必須となる。高密度な魔晶石を砕き、それを粉末にし、触媒とする。それに、毒素を持つ魔物の血液を混ぜ込む……。……モンド爺ちゃん! コレってヒュドラの血液で良いんじゃあない!?」


「うむ、うむ! シアの言う通りじゃろう!」


 ヒュドラは一般的な生物の範疇すら超えた再生能力を持つと同時に毒攻撃を備える魔物としても有名である。ハークや虎丸、日毬などの規格外がパーティーにいるお陰で、誰も喰らったことはないが。


「なになに……? ただし、これだけでは強力過ぎるため緩衝材を使用する。これの代わりとなるのが、タラスクの未熟甲殻である。…………未熟甲殻……? 何それ?」


「タラスクっちゅうのは、この辺境領に生息する、ヒュドラと双璧を成す強力な魔物と聞いたぞい」


「そうだね。全身を包む鎧みたいな甲殻が常に生産され、新品に交換され続ける厄介な敵さ」


「ほうほう。……と、なると甲殻がまだ体内で生成途中の段階のことかもしれんの」


「あ、そうかもね! ……だとすると、アレをまた一匹討伐しなきゃいけないのか……」


 シアを含めたハーク達一行は、ややイレギュラーな形ではあるが既に一体のタラスクを相手に討伐を成功させていた。

 ただ、その直後に突如現れた空龍ガナハ=フサキが放った『龍魔咆哮ブレス』によって完全消滅している。彼女の牙と交換するかのように。


「まぁ、本来、魔物の素材を手に入れようとするならば、討伐するのが一般的であるからのう。ところでその本、著者は誰じゃ?」


「えぇっとね……、ジャック=ドレイヴンだって。どっかで聞いたことある名前だね」


「ジャック=ドレイヴン!? 龍研究の超第一人者ではないか! と、いうことは少なくとも千五百年以上前の情報か!」


「え!? そんな前の人物なのかい!?」


「うむ。……そうか、わかったぞ。千五百年前までは龍族と人間種族間の距離は、今とは比べ物にならんほどに近かったと聞く。だとすれば、折れたり抜け落ちた牙や爪などを手に入れる機会もあったじゃろう! 確率がいかほどかなどは想像もできんが、少なくとも現在のように限りなくゼロよりは遥かにマシじゃったろう! その中で、使用法を確立したのかも知れん! よし、シア! 裏を取るぞ! これからは千五百年前の記述が書かれてある書物に絞って、調べを進めるのだ!」


「え? まだ調べんのかい?」


「当然じゃい! 一本しかないのじゃからな! 失敗なんぞできんじゃろう!」


「た、確かにそうだね」


「よし、とにかく片っ端からじゃあ! まずは該当年度の書物を集めていくところから始めよう! ワシは向こう端、シアは……」


 そこまで勢い込んでモンドが言ったところで邪魔が入った。

 分厚い扉を結構な力で叩く者がいたのである。明らかなノックの音であったが、盛り上がった気分に水を差された状態のモンドはつい大声で返してしまう。


「なんじゃい!? この大事な時に!?」


「すっ、すいませんお邪魔して! こちらにモンド=トヴァリ様という方はおられますか!?」


「ワシじゃ! 何用じゃい!」


 早く用件を済ませたいのかモンドの声の調子は荒いままである。しかし、直後に扉の外から放たれた返答により、モンドの調子は全くの正反対のものへと変わる。


「城の門にご家族を名乗る方々がいらしております! 祖父に会わせてくれと仰っておりまして……!」


「なぬっ!? あっ、あの子たちが来ておるのかっ!?」


「え? モンド爺ちゃん、もしかしてご家族で来てたの!? 息子さん達、王都にいたんじゃあなかったっけ!?」


「そうなんじゃあ! 息子にも刀の製法を伝授してやらんと思うての! その前に手っ取り早く刀の素晴らしさを伝えられるし、大恩あるハーク殿の応援には元々駆けつけるつもりじゃったからな! 折角じゃからと家族全員での旅行じゃい!」


「そうだったんだ。そういや事情は詳しく話したの?」


「まだじゃい。ま、ワシに助力を求めるっちゅうことは、まずもって鍛冶仕事以外にはないとは予想しとったがの。ん? そういえば、何時間経った?」


 ええと、と首を傾げるシア。お互い、作業に没頭していて全く時間を気に留めていなかった。そこへ、扉の向こうからツッコむような声が上がる。


「もう朝です! 既にこの城においでになってから八時間以上は経過しております! 幼いお子さんが、お祖父ちゃんを返して! と泣いておりまして、親御さんが必死になだめておられる状況です! どうか救援をお願いします!」


「なぁぬぅ!? おおし! 待ってろ、爺ちゃん飛んで行くぞい! シア! スマンが一人で作業を先に進めておいておくれい!」


「わ、分かったよ! 行ってきな、モンド爺ちゃん!」


 シアの返答を聞き終わらぬ内からモンドは扉を開け、外に控えていた衛兵と共に全速力で城の門へと向かう。

 辿り着いた先にて、彼は息子夫婦に事情を大まかに説明しては安心させることにとりあえず成功したものの、四歳になったばかりの孫は一向に納得してくれず、ご機嫌を取るのに結局三十分以上もかけるのであった。


 その間、ずっとシアが一人で孤独な調べ物作業を続けていたことは、もはや言うまでもない。




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