303 第20話02:器
虎丸や日毬と共に部屋に入ると、ハークは去り際のレオ=ファウラーがノックは要らぬなどと言っていた意味が分かった。
とにかくだだっ広い。部屋、というより大広間である。まるで謁見の場のようだ。
その奥に鎮座する、まるで玉座のような豪勢な椅子に腰掛ける人物がハーク達を待っていた。
モログだ。
「やぁ」
声をかけると彼も気がついたようである。
「おおッ、待っていたよッ、エルフの剣士殿ッ。こちらに掛けてくれッ」
モログの前には彼が座るものと全く同じ椅子が用意されていた。部屋の中だというのに若干距離が遠いが、勧められるままにハーク達はそこに向かう。しばらく無言のままハークが歩き、ようやく椅子に腰を下ろし、そのすぐ横に日毬を肩に乗せたままの虎丸が陣取ると、モログが再び口を開いた。
「わざわざ呼び付けるような真似をして済まぬなッ」
「いや、気にせんでくれ。儂も貴殿とは改めてゆっくりと話をしたかった」
「そう言ってくれて、ありがたいッ。ところで、彼は帰ったかねッ?」
彼とはここまでの道案内を行ってくれたレオ=ファウラーのことだろう。
「ああ。確かに帰ったよ。やけに重い足取りだったが」
「それはそうだろうなッ。彼はこれから自分の街まで夜通し帰らねばならんッ」
「何? 宿ではないのか?」
ずっと闘技場の中心にいたので、正確な時刻は分からないが、普通に考えれば夕餉の時間を過ぎるくらいだろう。そろそろ就寝の準備に入っても良さそうな頃合いだ。ここから街を出るのは相当な苦行に違いない。
「うむッ、仕事が相当量溜まっていると予想できるので、一日も早く帰路に着くつもりであったらしいッ。彼は地方都市コスタ・デラ・ソルラの冒険者ギルドを統括する立場であるゆえになッ」
「地方都市コスタ・デラ・ソルラ!? こことは正反対の、モーデルの端っこではないか!?」
ハークは先程のレオという男が冒険者ギルド第六寄宿学校学園長とギルド長を兼任する人物であるとは思い出したのだが、どの街であるとは分からなかった。だが、地理に関してはこの半年間の独学で頭に入れつつある。それによると地方都市コスタ・デラ・ソルラとはモーデル王国西の大都市の名であり、ここワレンシュタイン領の領都オルレオンとは丁度逆側に位置する。
そこへ帰る、ということであればとどのつまり、西大陸で最も広い国土であるモーデル王国を横断する必要がある。
「一体、どれくらいかかるのだ……」
この国は本当に広い。オルレオンから古都ソーディアンは距離的には二番目に近い大都市であるのだが、それでも馬車で二週間かかった。横断となると想像がつかない。その想いが呟きとなった。
「約一カ月、といったところかッ」
「一カ月! 一カ月!?」
大事なことなのでハークも二度言ってしまう。と、いうことはあのレオなるギルド長は、都合二カ月以上、自分の指揮する冒険者ギルドをほっぽり放しにしていたのか、そりゃあ、足取りも重くなる訳だ、などと思う。
冒険者ギルド長という仕事は、あくまでも傍から視る限りではあるが、かなり多忙な仕事であると予想できた。
古都ソーディアンのギルド長ジョゼフも怪我で数日間休んだことがあったが、その後数日はかなり大変そうだった。彼には医療部門の長たるマーガレット=フォンダ女史を始めとする副官的な立場の人間が何人か控えていたのでまだマシのようであったが、ここのギルド長であるルナなどは、半分くらいは昼も夜もない生活を送っているらしい。
二カ月も間を開けた状態であれば、仕事の溜まりようは尋常ではあるまい。
地獄が待っておろう。気の毒だ。
「夜通し止まらずに走って、王都で乗り換えることで数日ほど到着が早まるらしいがッ、難儀なことだッ」
「どこか他人事のようだな」
なんとなく、ハークはレオのために言ってやりたくなった。あの青年のことなどほぼ知らない他人も同然なのだが、モログが付き人などをやらせなければ、などと思ったのだ。しかし、それはハークの思い違いであった。
「いやッ、実は俺も断ったのだッ。だがッ、彼はそれでもやらせてくれと言ってくれたのでなッ。無下にはできなかったッ」
「ぬ。そうなのか」
「うむッ、彼とは付き合いが長くてなッ。貸しだけでなく借りもある仲なハズなのだがッ、少しでも借りを返したいと言ってくれたのだよッ。律儀なものだッ」
「そうか、知らず失礼なことを言った。済まぬ」
「気にしないでくれッ。やれやれッ、こっちの言いたいことを先に言われてしまったなッ」
そこまで聞いて、ハークは目の前に座る巨漢が些か困ったかのような雰囲気を醸し出していたのをようやくに感じ取った。兜が顔面を全て覆っているせいで分かりにくい。
「む? と、いうことは、モログ殿の話とは?」
彼はますます困ったように頭を下げて言う。
「ああッ。君に謝りたかったッ。すまんッ!」
この一言で、ハークの中にあるモログに対して言いたいことや訊きたいことの半分近くが消し飛んでしまった。
とはいえ、確認すべきこともある。
「貴殿の言う謝りたかったこと、とは、本気で戦っていなかった……ということで合っている、かな?」
「その通りだッ。やはり君は気づいて当然だったかッ」
モログはがばりと、下げていた頭を上げる。
「まぁな。最後の攻防、貴殿が武器を手放した際、明らかに手応えが変わった。そこから推察したよ。あれは上位クラス専用スキルの効果だな?」
「うむッ、そうだッ。バレぬ自信はあったのだがなッ……」
「儂にもよく似たような上位クラス専用スキルを所持する友人がいる。糸口がそばにあったようなものだ。で、なければ今も疑念を抱く程度だっただろう」
「そうかッそういうことかッ、そう言われてみればッ、この地には『
「ああ。フーゲイン=アシモフというこの地の上級大将だ。彼も武装すると逆に戦闘力が落ちる」
「うむッ、似たようなものだなッ。尤もッ、俺のSKILL『
「そうなのか?」
「うむッ。例えばこんなのがあるッ。『長期間修練をサボる』と全体のステータス値が減算されるのだッ」
これは、ハークにとって前世を生きた世界の話であればごくごく当たり前の話ではある。しかしこの世界では基本的に一度得た力は時間経過で衰えない。いや、霧散しない、と言った方が正しいか。
例外的に、不摂生からの肥満や、老いなどでバッドステータスが発生する場合があり、この効果によってのみステータスの減算が行われる。
ただし、このバッドステータスの効果であっても、影響を受けるのはステータスのごく一部である。肥満は速度能力、老いはスタミナ、次いで魔法力といった具合に。
全体のステータス減算というのは、そういう意味でも悪い方向に破格なのだ。例えるならば、つまるところのレベルダウンと言えるのだから。
「厳しいのだな」
「だがその分、見返りもあるッ。『多くの観客から見守られる』とッ、能力が更に上がるのだッ」
「……とんでもないな。だからあの場でのスキル発動を制限していたのか」
「その通りだッ。ああいった場は俺に有利過ぎる条件が整っておるのだよッ。だがッ、君に対してだけは見誤ったッ。すまんッ!」
モログは再度頭を勢い良く下げる。
「ふぅ。もう充分だ、モログ殿。貴殿の気持ちは伝わったよ」
「ありがとうッ。だが俺の気がすまなくてなッ。君にはあまり関係のないことだがッ、俺の正体を明かしたいッ」
「何?」
ハークの眼の前で、モログは自らの兜に手をかけた。
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