290 第19話14:THE WEIGHT OF MY PRIDE.




 クルセルヴは、自分に割り当てられた選手控室に用意されたベンチの上に、静かに横たわっていた。


 次の試合開始予定はおよそ十分後。

 本来であれば、準々決勝に勝利すれば自分の出番は二試合終わった後になる筈で、早くとも三十分後だったワケだが、ナンバーワン冒険者が大会の盛り上がりに積極的過ぎる・・・貢献をした結果、もう彼以外に残る選手は次に対戦するエルフの少年剣士とクルセルヴ自身のみとなっていた。

 少しでも万全を、ということで大会運営の方から、どちらかが希望すれば最大三十分の休憩時間も設けるとも打診されてもいたのだが、双方ともに消費したMPやSPもほとんど無く、休憩時間は最小の十分と決まった。


 なので、別に身体を休ませているワケでもない。眼も瞑っていない。

 天井の方向に顔を向かせているだけだ。ただし、瞳にそれが映っているかどうかは別問題だった。

 彼は今、意識を想いの内に任せていた。相棒で従者でもあるドワーフ族のドネルにもわざわざ控室の外にまで出てもらってまで。自分の原点を思い出すために。




 クルセルヴの出身家バルセルトア家は、故郷である凍土国オランストレイシアの中でも特に名門と名高い有力聖騎士の家柄である。他国では無名に近くとも、オランストレイシアでは知らぬ人間はいないほどだ。

 というのも代々聖騎士団団長を担う家系なのである。

 クルセルヴの母もそうであったし、一人息子たるクルセルヴもいつかは任を受け継ぐ身であり、彼自身もそう信じて疑わなかった。


 ゆえに子供の頃から厳しくしつけられたクルセルヴは、一般的な母の愛を知らずに育った。物心ついた時から、訓練に次ぐ訓練の日々であったからだ。

 愛してると言われたこともない。

 言葉ではなく行動で示すことも確かにあるが、母親の手料理を口にした記憶もなければ抱きしめられたことすらないのでは、感じられる機会すら無に等しい。


 母と紡いだ記憶の大半は、剣に関するものだけ。


 かと言って彼が、愛情に飢えた子供時代を送ったかと言えばそうでもない。

 昔も今も変わらぬ形で従者のドネルが傍らに居てくれたからだ。

 ドネルが未だにクルセルヴを「坊ちゃん」呼びするのはそのせいでもある。

 ドワーフ族は元来、ヒト族に代表される他の人間種に比べて随分と若い時分より老けた様相なので分かりにくいが、ドネルは結構な歳だ。場合によってはあと数年で、加齢によるバッドステータスが発現してもおかしくはない。


 そんなワケでクルセルヴにとってドネルは家族も同然なのだが、一方で母には身内という感情すら芽生えたことは一度もなかった。

 数えで十二の頃、正式に見習いとして聖騎士団に加わった際に母上呼びも禁止されたが、寂しいなどと思ったこともない。彼にとって、母とは単なる記号、そして呼称でしかなかった。


 三年後の十五の時、正式にクルセルヴは副団長に昇格する。若過ぎる異例の就任だが、いわゆる親の七光りではない。団長あの人がそんなことをする筈がないし、同僚に言われたこともなかった。団長彼女に次ぐレベルに、既に到達していたのだから。


 ないことに、彼は天才だった。

 聖騎士団加入後一年目で、既に三十のレベルに到達している。つまりはわずか十三歳でだ。

 強者の登竜門とも言われる『音速斬撃ソニック・ブーム』もすぐに会得し、並み居る団員もごぼう抜きだった。

 だがドネルの援護もあって、団員内で疎まれたことはない。むしろ副団長に就任してからは、話の分かる方・・・・・・と頼りにされていた認識フシもある。


 時々起こる、言いようのない寂寥感のようなものは女の子たちが埋めてくれた。クルセルヴは子供の頃より容姿に優れ、その手の異性に事欠くことはなかった。

 時々ハメをはずし過ぎて団員にからかわれたり、時に苦言を呈されたこともあったが気にしたこともない。

 いつもマナーなどに小うるさいドネルが、そのことに関して口を挟んだことはなかったからだ。


 副団長に就任して二年目、つまりは十七の時、クルセルヴは国の領内に紛れ込んだ強力な魔物、キマイラの討伐に貢献したことで、オランストレイシアの宝でもある宝剣と守護者の盾ガーディアンシールドの正式な貸与を受ける。

 正に順風満帆であった。ごくごく小さな胸のつかえは残っているが、時間と共にやがては消えていくだろう。そう思っていた矢先であった。


 帝国の侵攻が開始されたのである。


 圧倒的な戦力差だった。帝国は当初、物量で来ると予想されていた。ところがフタを開けてみれば攻めてきたのはわずかに二十。

 楽観視したのも束の間、腕を飛ばして攻撃してくる巨体相手に成す術無く仲間たちが蹂躙されていく。


 剣と魔法、一切が全く通じなかったからだ。

 凍土国最強と自負してきた聖騎士団が一人また一人と失われていく。もはやこれまでと最後を悟った瞬間、クルセルヴに死の恐怖はあまりなかった。ここで己の人生が終わるのは、少し残念ではあったけれど。


 その時だった。団長が叫んだ。


 クルセルヴ、逃げなさい。と。


 逃げてあれ・・を倒す術を見つけなさい。と。

 逃げる先はモーデルが良い。道は我々が切り開くから、と。


 冗談じゃあない、自分も死ぬ。その覚悟は団に加わった頃からあるんだ。そう言い返したかった。

 だが、死を決意して自らクルセルヴの盾となろうとする仲間たちや、手を引くドネル、そして母の最期の台詞が、クルセルヴの両足を敵とは反対の方向へと導くこととなる。


 あなたならきっとできると信じています、息子よ。


 ふざけるな、こっちはアンタを母と思ったことは一度もない。こんな時だけ甘い言葉をかけるな。こんな最悪な状況で、息子などと呼ぶな。


 ……言いたいことは色々あった。だが、今わの際だというのに屈託なく笑う仲間たちの姿にも後押しされ、クルセルヴはドネルと共に逃亡を選択した。



 戦場から全力で離脱したクルセルヴの心に去来するものは、結局は後悔が一色であった。

 心の内を常に突き上げるそれ・・に後押しされる形で、彼は懸命で、愚直なる努力に邁進することになる。

 恵まれた己の容姿を活かし、能力や技術に秀でた女性と関係を結ぶこともその一環であった。


 手段など選ぶ気などない。モーデル王国に来てからというもの詳しい戦況は伝わってこなくなってしまったが、どうやら凍土国オランストレイシア自体は生き延びたらしい。

 本格的な冬が到来して、帝国軍もそれ以上の侵攻を一時断念したことが原因だという。

 クルセルヴの仲間たち聖騎士団が、その命を懸けて時間を稼いだ成果でもあったのだろう。草木どころか魔物でさえも時に凍りつかせるオランストレイシアの冬には、さしもの帝国軍でさえ事前の準備なしでは敵わなかったということだ。


 だが、猶予は少ない。次にいつ帝国の侵攻が再開されるかもわからないのだ。

 モーデルの王都レ・ルゾンモーデルに在住する貴族のご婦人と知己を結ぶことができたクルセルヴだが、彼女の情報によるとオランストレイシアと帝国の間には停戦協定などが結ばれた形跡が無いらしい。


 つまりは未だ戦時中なのである。オランストレイシア側には攻める力も意思も無いから、帝国側が再びヤル気となった瞬間に戦争が再開されることになる。

 その時が祖国の最後となるに違いないだろう。凍土国最強たる聖騎士団を失った状態で、抵抗など適うハズもないのだ。


 それまでに、できることは何でもやる。そう誓ってクルセルヴは己に可能な全てを行ってきた。

 元々天賦の才を備えていたクルセルヴが、手段を一切選ぶことなく様々な面・・・・で努力をすれば、あのモログに次ぐ実力とレベル、そして評価を得ることなどある意味当然の事だったのかもしれない。


 だが、彼は本当に様々な面・・・・で努力し過ぎてしまった。



 コンコン、というノックの音が響く。過去の想いに意識を傾けていたクルセルヴの精神が急速に現実へと回帰する。


「どうした、ドネル」


「時間ですぜ、坊ちゃん。そろそろ仕度したくせんと」


「私を坊ちゃんと呼ぶな」


 いつも通りのやり取りを終え、クルセルヴは身を起こす。




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