291 第19話15:THE WEIGHT OF MY PRIDE.②




 良い加減、入場時の大歓声にも慣れてきたかとハークは思えてきていたのだが、思い違いであったようだ。


 既に試合舞台上にてクルセルヴが待ち構える中、会場の観客からも見える位置にまで姿を現すと、相も変わらず身体に叩きつけられるような圧力すら感じる。気が引き締まり、不思議なほど戦いへの高揚感が湧き上がってくるものだ。

 片手をちょいと上げると歓声が倍となる。クセになっては後々困ることになりそうだ、とハークは心のどこかでそう思う。


「さぁ~~、出てきたぞォー! 最強の『カタナ』使いハーキュリース=ヴァン=アルトリーリア=クルーガー選手! さて、今回からはハーク選手と略してお呼びさせていただきます! 最新鋭武器を引っさげ今試合も颯爽と登場だァ! カワイイ顔に似合わず凶悪なその切れ味を、容赦なく見せつけてくれることでしょう!」


 実況が遠慮なく盛り上げる。

 残る試合は今から行われるハーク対クルセルヴ準決勝と、そのどちらかの勝者がモーデル王国ナンバーワン冒険者モログとぶつかる決勝戦のみだ。加減も必要ない。

 実況が続ける。


「さあここで、最後まで解説を行ってくださることとなった我らが御曹司! ロッシュフォード=ワレンシュタイン筆頭政務官にもお話を伺いましょう! ロッシュ様、この大事な準決勝、どう観ますか!? どちらが有利でしょう!?」


「ふむ、どちらが有利か、という質問だが……、これは中々に難問だな」


「ほう! どうしてでしょう? 私としては事前情報にていただいているクルセルヴ選手レベル四十に対してのハーク選手レベル三十二という、個人的には非常に残念なのですが、その差レベルにして八という事実だけでもどうしてもハーク選手が不利と考えられてしまいます! ええ、個人的には誠にまこ~~とに残念なのですが!」


 実況が超個人的な意見を発する頃、ハークは試合舞台上に到着し、クルセルヴと改めて対峙する。


「君の個人的な気持ちはよぉく分かったのだが……、最初の質問に答えさせてもらおう。確かに君の言う通りハーク選手とクルセルヴ選手のレベル差は明白だ。我らの凝り固まった常識からすれば、クルセルヴ選手の有利、そしてハーク選手の不利は覆しようがない。だが、しかしだ。よく考え思い出してみてくれ。この大会、ハーク選手は我がワレンシュタイン軍所属のエリオット選手と戦った試合以外、全て己より高レベルの選手を相手にして勝利している」


「あっ!? そっ、そうでしたそうでした! 私も実況に専念するあまり忘れておりました! ハーク選手は確かにエリオット選手以外、全て自分より三~五レベル高い選手と対戦し、勝利していたのです!」


 ここで、合いの手のように一部の方向の観客から驚きのような声が上がる。


「しかも、予選も含み、ほぼ一撃だったな」


「そっ、そうです! その通りです! エリオット選手との対戦以外、全て一撃で試合を決めております!」


「うむ。このことから導き出される事象は、ハーク殿の真なる実力を、我らが測り得る要素や要因が、現時点にしてほぼ皆無であるということだけを示している。これに関しては、クルセルヴ選手とて全く同じことが言えるであろうが、そうなるとどちらの実力も未だ未知数と評価するしかない。よって、勝敗の帰趨は現時点では予測不可能だ」


「なっ、なるほどっ、確かに! レベルでの優劣という常識にもとらわれない見事な解説ですっ! 仰る通り、先入観を排してよくよくと思い起こせば、どちらも実力の底を全く見せることなくこの場に登ってきたという事実しかありません!」


「だからこそ楽しみだ。この試合で恐らくは双方の、最低でも片方の真なる実力の底が明らかになる。好試合を期待するのみだ」


「全くそうですね! では、そろそろ時間いっぱいです! 両者、準備は良いですか!? それでは準決勝、スタートしてくださーーーーい!!」


 開始の合図と同時にクルセルヴが構えた。クルセルヴの武装は剣と盾の、この世界では割と正統派的なものだ。それを雄々しく左右に広げる。

 しかし、開始直後に相手であるハークが飛び込んでこないことを確認するや、右手に持つかなり凝った意匠を持つ片手剣を掲げた。そして、外連味けれんみたっぷりに客席に向かって言い放つ。


「君に恨みはないが、君を倒し、この試合の勝利を我が愛しの女神に捧げよう!」


 それを聴いた観客の一部から金切り声に近い黄色の声が上がる。どれも若い、クルセルヴと同年代くらいの声であり、「キャーーー!」などと、まるで悲鳴のようだ。中には、「愛しの女神って誰のことなのー!?」と抗議めいた口調のものも聞こえる。


 ちらりと眼をやると、彼の『我が愛しの女神』と称えたであろう人物のご尊顔が眼に入る。女神というにはこれ以上ないほどに憮然とした表情であるが。


〈ま、人気があってなによりだな〉


 彼の心が女神とやらに伝わったかどうかは定かではないが、その人気は大したものだった。

 こういった武の大会で活躍した戦士や冒険者などは、固定の応援客を持つことがあるという。そういう存在を『ファン』と呼ぶそうだが、実をいうとハークにもファンができ始めているという話である。どうも老若男女問わずであるそうで、その『ファン層』はモログのものと傾向が被っているらしい。


 そんなハークに、クルセルヴは掲げていた剣を突きつけるようにその切っ先を向ける。


「そして私の目的と未来のために、少年、悪いが君を斬らせてもらう」


 ここでハークは、おや、と思った。先の台詞と後の台詞で微妙に調子が変わっていたからだ。

 先の言葉が観客にも向けたもので、後がハークだけに向けた言葉であることから、声の大きさが元から違うのだが、どこか違和感があった。

 具体的には『目的』と発言したところからだ。眼差しにも真剣さを一瞬、見て取れた。


 しかしハークにも言いたいことがある。伝えたいことをまずは伝えることにした。


「お主が誰を女神と呼ぼうが勝手だがな、儂はこう見えても今世が大変気に入っておる。生き急ぐような真似はせんよ」


 果たしてクルセルヴの表情にほんの少しだけ変化が見えた。具体的には『生き急ぐ』といった辺りで。

 反応を記憶に収めつつも、ハークはそのまま続けた。


「だが、仲間に手を出す者は別だ」


 言い終わると同時に、表情そのままに殺気だけを叩きつけた。言わずもがな、明らかな挑発行為である。

 クルセルヴの反応は、ハークから言わせれば素直だった。

 一瞬の瞠目の後、彼は真っ直ぐ突っ込んできたのである。


「やってみろっ、少年! 『瞬撃』イィッ!」


 先に手を出さざるを得ない状況に陥ったのはクルセルヴの方という、ともかく激烈な形で勝負は始まった。

 まず、クルセルヴが放ったのは高等移動SKILLである『瞬動』をさらに昇華させ、『剛撃』と組み合わせた超高等複合技であった。


 普通の相手であれば、いきなりの大技に最低でも面食らうであろうが、ハークは普通ではなかった。初見の技でもないから尚のことでもある。同じ技を、帝国の『キカイヘイ』との戦闘時にリィズの父親であるランバートが披露していたからだった。


 しかも、以前眼にしたものよりもいくらか遅い。

 これならば問題もないと、ハークは敢えて躱すことなくたっぷりと魔力を流し込んだ斬魔刀で迎撃した。


「ぬぅん!」


 ―—―ガッギィィイイイン!


 凄まじい金属の擦過音と共に、両者の剣と刀が火花を上げる。


「ぐうっ!? なにぃい!?」


 均衡の後に打ち勝っていたのは、比べるまでもなく助走距離の短かったハークの方だった。なんと僅かに押し返してさえいる。


 驚愕するクルセルヴの目前で、ハークが悠然と言い放った。


「儂の前口上はまだ終わっておらぬぞ。で、あるからの、少しお主には痛い目を見てもらう」


 言い終わるや否や、ハークは目にも止まらぬ動きで三連撃を繰り出していた。

 その一撃目と二撃目は、咄嗟に防御しようとしたクルセルヴの剣と盾をそれぞれはじき、次いでの三撃目にて彼の身体を包む鎧を貫通し、その左肩を薄く斬っていた。




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