289 第19話13:JUST BRING IT!②
今日イチの盛り上がりを更新する会場の中で、逆に静まりかえる一角があった。
ハーク応援団が占拠する一角である。その中にはエリオット少年の見舞いから戻ってきていたエヴァンジェリンとリィズの姿もあった。
「何と言うか、改めてとんでもない実力なんだねぇ、あの御仁。……あんなに盛り上がったのに。こう言っちゃあ何だけど、すっかり水かけられちゃった感じだよ」
「技術なら、ハークに敵うヤツは俺の眼から視ても恐らくいねぇ。そりゃ、大将であってもだ。そう俺は思う。だが、いくらなんでもレベル差があり過ぎるぜ。無茶だ。あのヤロウ、まだ実力の半分も見せてねぇぞ」
エヴァンジェリンやフーゲインは、この場どころか客席に座る人々全てにおいて最強、もしくは少なくともそれに準ずる能力の持ち主だ。
彼らの言葉には説得力ある。内心では否定したくとも根拠がなく、アルティナとリィズも俯くように黙るしかない。
「おや? アルティナ様やリィズ様方も、同じご意見ですかね?」
そんな二人に、不思議そうな様子でブライゼフが尋ねた。
「え? ええ、さすがに今回は……」
「はい……レベル差があり過ぎます」
答えを聞いて、ブライゼフはゆったりとした動作で腕を組んでから目を瞑る。そして改めて口を開いた。
「ふ~~む、アルティナ様もリィズ様もそう思われますかねぇ。あっしは全く、そうは思いませんなぁ」
「……え?」
「な、なぜですか?」
「思い出してくださいや、俺らが街トゥケイオスが無数の骨の魔物どもに囲まれたあの日のことを。迫り来るガイコツの波に、恐るることなく立ち向かっていった、あのお背中を」
「「あ!」」
アルティナとリィズの脳裏にも瞬時に思い起こされる。あの絶望を具現化したようなあの日の光景が。
だが、ハークはそれを正面から迎え撃ち、打ち破ったのである。虎丸や日毬ら従魔の献身があったとはいえ、無理矢理にでも勝利をもぎ取り、守り切ったのだ。
「あっしにゃあ、昨日のことのように思い出されますわ。……あン時に比べりゃあ、相手はたかが一人」
組んだ腕を解き、閉じていた瞳を開き、ブライゼフはニヤリと笑いかける。そして一点を指差して言った。
「御覧なさいや。我らが御隊長のあのお顔を」
「え?」
「あっ!? 姫様!」
リィズも気づいて同じ方向を指し示す。
そこには前試合の興奮冷めやらぬ観客らのざわめきにまぎれて、いつものように斬魔刀の峰を右肩に乗せたハークが選手入場口より姿を現したところであった。
だが、その表情だけがさっきまでと違う。
「……おい、ハークの奴、なんか笑ってねぇか……?」
「笑っちゃあいないわよ。けど、なんかそんな雰囲気ね」
距離があって若干見誤ったフーゲインの言葉を訂正したのは眼の良いヴィラデルである。
彼女の言うように、ハークは笑顔こそ見せてはいなかったが、その表情は明るいものであった。少なくとも、これから先に進めば挑むであろう相手の能力の前に慄いているとか、意気消沈しているようには見えない。
「……なんだか楽しそうだわねェ」
エヴァンジェリンが心底不思議そうに言う。
「なんか、充実した表情してますね」
「気合入ってそうです!」
アルティナとリィズも続く。彼女達の言うように、ハークの足取りは軽く、どこか楽しげでさえあった。まるで、楽しみにしていた遠足に向かうかのように。お気に入りの喫茶店で、美味しいものでも食べに行こうと誘われたかのように。
「参ったなァ。アイツは不感症かよ。なァ、ヴィラデルさんよ、エルフ族ってなァ皆ああなのか?」
「まさか。そんな訳ないでしょ、
フーゲイン相手に、ヴィラデルは心底呆れた様子で答えたが、その後、溜息交じりに言葉を吐いた。
「……ったく、判断間違えたかしらねェ」
後悔にも似た彼女の呟きは、本来応援して力づけるべき小さな選手の姿に逆に励まされて勢いを取り戻した大応援団の声にかき消され、誰の耳にも届くことはなかった。
仲間達の考察通り、ハークの気分はその日最高潮にまで達していた。付き人を務めるシアが不思議がるほどに。
とはいえシアも、世界最高確実と称され自分の眼で視てもそれを認めざるを得ない鍛冶職人がいたとして、彼の作業風景をこちらが飽きるまで眺めていて良いと言われたらどうだ、という言葉で納得していた。
つまりはハークにとってのそういうことなのだ。
モログはハークにとっての目指す先を体現した存在なのである。その力を存分に、そしていくらでも体感して良いと言われたと同義なのだった。
そして、その腕試しでは傷つくことはあっても恐らく死ぬことはない。重傷を負ったって回復魔法を使ってもらえれば問題なく、数日ほどで元通り。それがこの国、この世界だ。
これほどに危険度を排されて、やらぬ意味などハークにはない。
恥は
ハークにとって、人生とはそういうものであった。つまりは死という最悪さえ担保でき得るならば、己の信念に
だからこそ、『特別武技戦技大会』への出場を迷いなく決意できたのである。
そしてその判断は間違いなく正解であったと確信できた。
モログは、彼は圧倒的に本物だった。本物の、圧倒的人間種の頂点であり最高点。その最強たる存在に、あと二戦で手が届いてしまうのである。己の心が浮き立つのも当然ではないか。
できるのは、せめて顔の表情にだけは出さぬよう努めること。その程度だ。
そんな、傍から視れば浮ついた様子のハークを視て、他人、特に対戦相手がどう思うか。
侮られたと思うに決まっているのである。
「おい、小僧!」
急に、明らかに自分に対しての圧を感じて、ハークは今自分がどこに立っているのかを思い出す。
試合舞台の上だ。そして自分は今その中心に立ち、対戦相手が入場してくるのを今や遅しと待っていたのである。
〈おっと、いかんいかん〉
ハークは、心ここにあらず状態であった自分を恥じ、気を引き締める。
今から決勝のことなど考えても詮無き事である。目の前にあるやれることを一つ一つ着実に行い、望む場所を目指して進むべきだ。いつものように。
「申し訳ない。少々考え事をしていたようだ」
ハークは素直に自分の非を認め、頭まで下げる。が、やはりそれで相手の気が収まる筈もない。
「腑抜けたガキめ! こんなヤツが上位クラス取得者だと!? 俺は信じぬぞ! 何かの間違いに決まっている! 絶対にそうだ!」
遂に激昂を始める対戦相手。よく視るとそれほど若くはない。ヒト族で、年齢は四十代になるかならないか程度に視える。
〈そうまで怒らんでも……。青筋まで立っておるではないか。今回は意図してではないが、そう簡単にかき乱されるようでは、他愛が無さ過ぎるぞ〉
「しかも剣技の達人だと!? おい、小僧! 俺はな、物心ついてより剣の修業を重ねているのだ! もう三十年にもなるのだぞ! キサマとは年季が違うのだ!」
「ほう?」
ハークは少しだけその言葉に興味を覚える。この世界で、ハークの眼から視てマトモに剣技を学んだと思える相手はいなかったからだ。
その時、アナウンサーが試合開始を告げにかかった。
「さぁっ、両雄出揃いましたね!? それではベストフォーへと進出する、大事な準々決勝第一試合の開始を宣言いたします! ではっ、始めてくださーーーい!」
対戦相手はババッと剣を構えた。一方のハークは、例のだらりと力を抜いたような構えである。
「では行くぞ、小僧! 稽古をつけてやる!」
「そうだな。稽古をつけて進ぜよう。儂の方が倍、剣を学んでおる故な」
「何!?」
言うが早いか、ハークは滑るように移動を開始する。これまた例の、ハークお得意の進攻歩法による奇襲戦法である。これをやられると、相手はまず動き出しのタイミングを見失い、場合によっては気がついた時既に遅しといった状態に陥ることになる。
今回もご多分に漏れず、上記の状態となっていた。
「なっ!?」
「修行が足りん」
必殺の間合いに既に踏み込んでいたハークの刀が対戦相手の脳天に、スコーン、という音と共に決まった。ちゃんと峰打ちである。
ウンとも言わずに、彼はズルリと大地に転がった。
とっくに意識のない男に、ハーク優しく語りかける。
「済まんの、こちとら生まれた時より刀を振っておるのでな。もう六十を越えておるよ」
見下ろす少年の姿に、実況含めた観客がようやく気づいた。すでに試合は終わっているのだと。
「おわぁーーーっと、なんということだァー! もう終わってしまったぞ、ハーキュリース選手! またも一撃で準決勝進出を決めてしまったーー!」
再び怒号のように盛り上がる会場の中心、勝ち名乗りを受けるハークは珍しく、観客に向かって手を振るのであった。
そして十分後、準々決勝第二試合、クルセルヴの試合が行われ、もう一人の上位クラス取得者も順当に、波乱なくベストフォー進出を決めた。
ここに、ハーク対クルセルヴの試合が完全に決定したのである。
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